見出し画像

怖い話

「エアコンのフィルター掃除」が、数か月前からの懸案だった。
お恥ずかしい話だが、たぶん最後に掃除したのが二年ほど前だったと思う。

十月頃、ハウスクリーニングの業者に、本体内部も含めエアコンの掃除を依頼しようとしたのだが、設置後二十年以上経過した製品は、内部の分解ができないため引き受けられない、と断られてしまった。
故障個所があった場合、交換用の部品が調達できない、ということらしい。

我が家のエアコンは、すべて天井埋め込み型で、二十数年前のマンション新築時から各室にビルトインされていたものだ。

十二月になって、ようやく重い腰を上げ、まず、リビングのエアコンからフィルターの掃除に取り掛かった。

エアコンの下に脚立を置いて、慎重に踏み段を上り、エアコンのカバー(ふた)を外そうとした。
ところが、である。このプラスチックのカバーが外れない。というか、外し方が分からない。
溝の部分に指を入れて、下に引っ張ってみるのだが、いっこうに外れてくれない。
指を入れる場所を、いろいろと変えてみるのだが、うまくいかない。無理に引っ張るとカバーをこわしてしまいそうである。脚立のうえで、悪戦苦闘すること約十分。

いったん冷静になろうと思い、脚立を降りて、下からエアコンをよくよく観察すると、長方形のカバーの手前側の長辺に二か所「つめ」のようなものがあることに気づいた。

もう一度脚立に上り、二つの「つめ」を押してみると、カバーは簡単に手前側から外れ、反対側の長辺からぶら下がるように下に開き、フィルターが姿を現した。

やれやれである。
前回フィルター掃除をしたのが二年も前なので、カバーの外し方を忘れていたとしても無理はないが、以前は(おそらく)難なく行っていた作業に、今回、これほど苦労しなければならなかったということがショックだった。

ともあれ、気を取り直して、フィルターの掃除を再開した。

リビングのエアコンは若干大きめで、フィルターが左右に二枚あった。

この二枚の形状の違いを記憶して、左右を取り違えないように気を付けながら、両方のフィルターを外した。

そして、掃除機の丸形ブラシを使って、積もりに積もったフィルターの両面のホコリを念入りに吸い取った。ホコリがあらかた目立たなくなったことに満足し、水洗いは省略した。

掃除機をかけるだけなら、実に簡単な作業だ。これくらいのことであれば、ぐずぐずせずにもっと早くやっておけばよかった、と思いつつ、フィルターを元の位置に取り付けようとした。

フィルターの左右の位置関係はしっかりと記憶していたが、掃除機をかけているうちに、裏表が分からなくなってしまった。

まあ、セットしてみればわかるだろうと思い、脚立に上り右側のフィルターから本体に取り付けようとしたが……案の定うまくいかない。
何度か裏返してやってみたが、うまくはまらない。左右ともダメだ。
フィルターを、本体のどこにどうやってはめ込めばいいのか、まったく見当がつかない。
無理やりはめ込んでみても、今度は、カバーが閉まらない。

右と左の区別だけに気を取られて、フィルターを外したときの手順をすっかり忘れていた。

どこかにエアコンの取扱説明書がないか、家の中を探してみたが見つからない。
隣の部屋のエアコンのカバーを外してみたが、こちらはエアコンの大きさが違い、フィルターの形状も異なるタイプだったため、参考にならなかった。

すでに頭はパニック状態である。
こういう場合は、しばらく作業を中断し、時間をおいてやり直すとか、家族が帰ってから一緒に悩むという手もあるが、私の性格として、ものごとを中途半端に放置することができない。柔軟性に乏しく、融通が利かない。

ああでもない、こうでもないと一時間近く孤軍奮闘しただろうか。

ともかく気を鎮めようと、脚立から降り、もう一度エアコンをしげしげと眺めてみた。

そのとき、本体からぶら下がったカバーの下側に、左右に二か所、手前に突き出ている凸型の箇所があることに気づいた。
一方、フィルターを見直すと、こちらも二枚の長方形の長辺に、それぞれ一か所ずつ凹型のへこんだ部分がある。
脚立に上り、これらの凹凸を合わせるようにセットすると、フィルターをカバーにはめ込むことできた。

なんのことはない、フィルターは、もともとエアコン本体ではなく、カバーの方に取り付けられていたのだった。
こうして、カバーを閉め、めでたく作業終了となった。
(ちなみにリビングの隣の部屋のエアコンのフィルターは、カバーではなく本体に取り付けられていた。)

以上が、ことの顛末であるが、さて、どこが「怖い」話なのか。

まず、私がエアコンのカバーをすぐに開けられなかったことであり、そして何よりも、フィルターを外した際に、それをカバーから取り外したことをすっかり忘れていた、ということだ。

これは、明らかに、老化による脳の認知機能の衰えではないだろうか!

少なくとも、二年前には、そのようなことはなかったはずだ。
逆に、二年前にも苦労したのであれば、そのことを全く覚えてないということも、それはそれで怖い。

ああ、いやだ、いやだ、年はとりたくない。
いや、年をとるのは仕方がないが、いつまでも、できるだけ長く、願わくば死ぬまで、健康な脳でいたいものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?