バンバラ語 概説 文法編
北大言語学サークル所属のもけけです。
バンバラ語の概要や音韻について紹介した前回の記事に続いて、今回の文法編では、形態・統語に関する文法面の内容を紹介します。
人称代名詞
バンバラ語の人称代名詞は、通常、以下の通りです。
文の構造
バンバラ語は、古典的類型論においては「孤立語」に分類され、名詞のみならず人称代名詞に至るまで、格変化を生じません。(小森 2023: 182-183)
主語や目的語といった項は、主として語順によって判断され、それ以外の付加詞は後置詞による標示を受けます。
語順
主語(S)、目的語(O)、動詞(V)の語順を考えるとき、バンバラ語はSOV語順であると言うことができます。(小森 2023: 179)
後置詞
ここでは、清水(1992: 223-224)に従って、バンバラ語の後置詞を整理します。
間接目的語を標示する与格の後置詞は、-ma または -la です。
場所格を標示する後置詞は -la ですが、鼻音の後において、異形態 -na を持ちます。
同伴の意味は、後置詞 fɛ によって表されます。
後置詞 fɛ は、kɔfɛ「の後に」、sanfɛ「の上に」、ɲɛfɛ「の前に」、kɛrɛfɛ「の近くに」などの後置詞の要素にもなっています。
名詞由来の後置詞としては、kɔnɔ「の中に」、kan「の上に」、kɔrɔ「の下に」などがあります。
TAM
助動詞(テンス・アスペクト)
ここでは、清水(1992: 224-225)に従って、テンス・アスペクトに関わるバンバラ語の助動詞を整理します。
未完了相(もしくは現在)を表す助動詞は、肯定で bɛ、否定で tɛ です。
未完了相の助動詞は、現在進行中の動作や習慣、能力に加え、未来の動作も表します。
なお、形容詞文においては、肯定で ka、否定で man という形式が用いられます。
完了相(もしくは過去)は、肯定で ye、否定で ma によって標示されます。
完了相は、既に完了した動作や、未来の別の動作の前に完了するであろう動作、現在の条件などを表します。
なお、自動詞の肯定の完了だけは、動詞に接尾辞 -ra を付加することによって表されます。この接尾辞は、鼻音を持った動詞で -na、流音を持った動詞で -la という異形態を持ちます。
未来を表す助動詞は、肯定で bɛna、否定で tɛna です。bɛna の代わりに na という形式が用いられる場合もあります。
助動詞(モダリティ)
ここでは、清水(1992: 225)に従って、モダリティに関わるバンバラ語の助動詞を整理します。
従属節および不定詞の標識である助動詞は、肯定で ka、否定で kana です。
仮定の未来を表す助動詞として、mana という形式があります。否定形はなく、従属節でのみ用いられます。
命令形を表す特別の形式はなく、動詞の原形をそのまま用います。
名詞句の構造
形容詞
名詞とそれを修飾する形容詞との語順を考えるとき、典型的なSOV型の言語では、形容詞が名詞に前置される場合が多いのに対して、バンバラ語は形容詞が名詞を後置修飾します。(小森 2023: 181-182)
なお、後述するように、通常、バンバラ語の「形容詞」は述語として叙述に用いられ、基本的には動詞と考えることができます。
形容詞が名詞修飾に用いられる場合には、名詞化接辞 -man を伴って、ある種の「並置構文」のようになっていると考えることができます。(小森 2023: 184 / 清水 1992: 223)
所有詞
形容詞とは対照的に、所有者と所有物の表現では、所有者が所有物に対して前置され、典型的なSOV型の語順になっていると言えます。(小森 2023: 181)
なお、バンバラ語では、譲渡可能性による区別が存在し、譲渡可能物では ka という形式が間に入るのに対して、譲渡不可能物では特別な標識は用いられません。(小森 2023: 181)
指示詞
バンバラ語の指示詞は代名詞としても修飾語としても用いられ、既出事項を標示する o (複数 olu) と、近称にも遠称にも使える nin (複数 ninw) の二種類があります。(清水 1992: 220 / Bird 1977: 135-136)
名詞を修飾する際には、名詞の前にも後にも置かれることができます。(清水 1992: 220)
複数接尾辞
名詞の複数形を表す接尾辞として、-w があります。(清水 1992: 221)
名詞句の構造としては、形容詞や指示詞が名詞に後置された後で、最後部の要素として付加されます。(清水 1992: 220)
構文
コピュラ文
バンバラ語では「AはBです」のように二つの名詞を繋ぐ表現を作る際、コピュラ ye を用いてBの要素を囲むような文を作ります。否定では、tɛ … ye となるようです。(小森 2023: 177-178 / 清水 1992: 223-224)
なお、単に「Bです」のように断定する表現を作る際には、断定詞 don という形式を用います。否定では、tɛ を用います。(小森 2023: 178 / 清水 1992: 223)
断定詞 don は、主語の状態を叙述するような述語の表現にも用いられます。(小森 2023: 178 / 清水 1992: 223)
関連して、存在および場所を表す動詞は、前章で確認した未完了相の助動詞と同形であり、肯定で bɛ 、否定で tɛ です。(清水 1992: 224)
所有文
小森(2023: 178-179)によれば、所有表現は「BはAにあります」という存在文の構文によって表されます。
形容詞文
小森(2023: 183-185)によれば、意味上の「形容詞」は基本的には動詞と考えることができ、述語として叙述に使われます。
なお、助動詞の章で確認したように、動詞文に現れる未完了相の助動詞が bɛ であるのに対して、形容詞文では ka という形式が用いられます。
また、一部、名詞修飾のみに用いられ、叙述に使う際にはコピュラが必要になる語もあります。(小森 2023: 184-185)
関係節
バンバラ語の関係節は、修飾を受ける名詞句が従属節の前や後ろに移動することがないという点で、非常に独特であると言えます。
修飾される名詞句は、平叙文と同じ語順のままで文中に留まり、関係詞 min が後置されることによって標示されます。(小森 2023: 186-187)
さらに、こうした関係節が一つの名詞句として文の要素になる際は、文の主節の中には現れず、主節の外に置かれて指示詞によって照応されます。(小森 2023: 187)
受動文
バンバラ語では、いわゆる「受動文」のような意味の文は、他動詞が同形のままで自動詞となり、他動詞文の目的語の項を主語として取るという現象によって作られます。(小森 2023: 185-186)
なお、自他同形の自動詞文において、項を動作主ではなく、あくまでも被動作主として受動文的に解釈することが求められる点について、小森(2019)では、バンバラ語において自動詞文の主語は動作主であってはならないという意味役割上の制約があるとされています。
まとめ
以上で見てきたように、バンバラ語には、他の言語と似たような構造を持つと言えそうな部分もある一方で、身近な言語では滅多に見られないような非常にユニークな特徴も数多く存在しているのです。
身近な言語では見られないような言語の特徴に触れ、母語を始めとする周囲の言語を相対化してみることは、言語に興味をお持ちの皆さんにとって非常に有意義な経験になると信じています。
今回の記事を通して、バンバラ語に少しでも興味を持ったり、世界の言語の多様性を実感したりしていただけたならば、大変嬉しく思います。
文献
Charles Bird & John Hutchinson & Mamadou Kanté. 1977. An Ka Bamanankan Kalan: Introductory Bambara. Indiana University Linguistics Club.
小森淳子(2014)「バンバラ語の「形容詞」の特徴について」『スワヒリ&アフリカ研究』25巻 pp.130-144 大阪大学大学院言語文化研究科スワヒリ語・アフリカ地域文化研究室
小森淳子(2015)「バンバラ語の関係節の特徴について」『スワヒリ&アフリカ研究』26巻 pp.157-169 大阪大学大学院言語文化研究科スワヒリ語・アフリカ地域文化研究室
小森淳子(2019)「バンバラ語の自他交替と自動詞の特徴について:「受動文」から考察する」『スワヒリ&アフリカ研究』30巻 pp.33-48 大阪大学大学院言語文化研究科スワヒリ語研究室
小森淳子(2023)「マイナー言語を半期だけ教える時に教える10のこと: バンバラ語を学ぶ学生のための類型論」『外国語教育のフロンティア』6巻 pp.175-189 大阪大学大学院人文学研究科
清水紀佳(1992)「バンバラ語」亀井孝・河野六郎・千野栄一(編著)『言語学大辞典 第3巻』pp.216-227 三省堂
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