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「SNS見ない人は少数派」 広告業界の中から見た、炎上が生まれてしまう理由

「生理を個性と捉えれば、私たちはもっと生きやすくなる」 

大手メーカーの生理用品ブランドによる広告が炎上し、冒頭のコピーを掲げていたプロジェクトの終了が発表されたことは記憶に新しいのではないでしょうか。SNSが人々の生活に溶け込むようになってから、広告の炎上が後を立ちません。 

すべての広告にはなんらかの形で広告代理店が関わっている、という認識はもはや一般的常識となっていますから、広告代理店、特に名の知られた数社は多くの人々にとって嫌悪の対象となっています。

Twitterを見ていると「これだから広告代理店は」「時代遅れのクリエイター気取り」といった辛辣な批判や、果てには日本を裏で牛耳っているといった陰謀論まで、様々な意見を目にします。 

筆者は都内の広告代理店でプランナーをしている女性です。今日は、広告代理店の一従業員として、今の広告業界とフェミニズムをどう見ているのかをお伝えしたいと思います。

広告が炎上する2つのパターン

本稿では個別の広告を批評したり、炎上の原因を推測したりすることは行いませんが、フェミニズムの観点から炎上する広告には大きく2つのパターンがあると考えています(筆者はこれまで関わった広告キャンペーンが炎上した経験がないため、あくまでも広告代理店の業務の特性を踏まえた上での推測となります)。

1)クライアント及び制作代理店の意思決定者に当事者の気持ちを理解できる人がいなかったために、価値観がアップデートできなかった広告 

御存知の通り、広告代理店は男性社員が多く女性社員はどちらかといえば少数派の業種です。そして意思決定をするレイヤーでは女性が更に少なくなります。 

さらに、クライアント企業も同様の問題を抱えています。女性向けの商材を中心に扱っており、現場では女性が男性の数を上回る企業でも、意思決定レイヤーになると突然男性ばかり……というのは、よくある話です。 

女性をターゲットにした広告を作っているのに、意思決定をするテーブルにその気持ちを代弁できる人がいないと、受け手がどう感じるのか確信を持てないまま、制作が進んでいきます。その結果、これまで世の中に受け入れられてきた「過去の広告を踏襲する」ことが必然的に多くなるのです。 

通常、広告を制作する際は、いくつかの企画案が作られます。時代に合わせてアップデートされた案が含まれたとしても、意思決定をする際に当事者がいなければ、従来型の方が安全ではないか、という判断になってしまいがちです。これまでは炎上してこなかった、という実績をとってしまうのです。

こういった過程が繰り返された末に、「今」の感性とのズレが看過できないものとなり、ある日炎上が生まれるのでは、と筆者は感じています。

2)新しい価値観やムーブメントを起こすために制作されたにも関わらず、当初の意図と最終的なアウトプットにズレが生じてしまった広告

ここ半年ほどで炎上した広告キャンペーンの多くはこちらにあてはまると考えます。 

一つの広告の完成までにはたくさんの人が関わっています。広告が企画されてから世に出るまで半年以上かかることはザラにありますし、その間に色々な人が手を加えていきます。

特に、ディレクターを始めとするクリエイティブスタッフは、その案件以外にも複数の案件を同時に担当しています。広告代理店の力不足と言われてしまえば仕方がありませんが、企画者の意図と成果物にズレが生じないよう管理しきるのは容易ではありません。

企画者から制作者にバトンを渡すときに意図を伝えきれなかったり、出来上がりを見て違和感をおぼえたときには既に納品の期限が迫っていたり、あるいは、1つ目のパターンと重なる部分もありますが、意思決定者が土壇場になって挑戦的な表現を不安視したために広告表現が少しだけ変更されてしまったり……。

当初の意図と成果物を完璧に一致させることは簡単ではないですし、それはたくさんの人が関わる大手企業のものであればなおのこと難しいと感じます。 

広告代理店の「中」の人はツイッターをどう使っているか

それでは、広告が炎上したときに代理店の社員はその様子をしっかり把握しているのでしょうか。(統計がないので筆者の感覚にすぎませんが)大前提として、広告代理店の従業員でTwitterを見ていない人はむしろ少数派といっても良いでしょう。

元々、良くも悪くもミーハーな人が集まりがちな業界です。SNSの類を好んで見ている人がとても多い。広告を企画する際も、企画書にツイートのスクリーンショットが載っているのは日常茶飯事です。

ツイッター上で広告代理店社員を名乗り発信するアカウントは一見少ないように見えますが、これは企業名を出しながらSNS発信することは、広告業界では一般的に推奨されていないことが理由です。

会社として様々な企業との関係性がある中で、所属を明らかにしながらクライアントの商品やサービスを批判し、拡散されてしまう……ということがあると、多かれ少なかれ業務に影響が出てしまうので、それを避けるための暗黙の了解があります。

それでもツイッターは日常的に利用していますから、自分が携わった広告が世の中に出たときはブランド名や企業名でエゴサーチします(若手社員であればまずやっていると思っていただいてもいいでしょう)。

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好意的な意見があればとても励みになりますし、炎上につながりそうな意見があれば不安視し、ひとたび炎上が始まってしまえば対応に追われます。

当事者ではなくとも、炎上している広告があればみんな評判を確認しますし、なぜそのような広告表現になってしまったのか、どうすれば炎上を避けられたのか……会議前後の雑談で話題にあがることも少なくありません。

もちろん、広告自体は、受け手にとって余計なノイズである、というのがスタート地点ですし、私達は広告によってお金をもらっているので様々な意見があるのは当然だと思っています。ただ、タイムラインの向こう側では関係者がハラハラしながら様子を見守っている、というのが炎上の舞台裏です。

フェミニズムが話題にあがることも少なくない

先ほど、広告代理店で働く女性は少数派とお伝えしましたが、近年の新卒採用では以前よりも女性の採用数が増えてきています。大手代理店の場合、総合職の新卒採用数のうち、3〜4割が女性で占められるようになってきているはずです。

先に述べたとおり、広告代理店に入社する人はそもそも社会や人、流行への関心が高いです。フェミニズムももちろん注目されていて、私の周囲の女性社員は(ときには、男性社員も)フェミニズムについて深く情報収集し、考えを深めていると感じます。実際に、社内向けのセミナーなど、情報共有のシーンではフェミニズムが話題にあがることも少なくありません。

そして、女性社員は性別による扱いの違いを日常的に実感させられることが多いです。どの職場でもその傾向はあると思いますが、やはり男性が多い職場では、女性を「華」として男性と同列に扱わない人もいれば、妊娠出産を機に激務の現場から離れて、キャリアに休止符を打つ女性社員もいます。

出世につながりそうな責任あるポジションに抜擢されるのは依然として男性が多い、そんな感覚を女性社員同士で共有し合うこともあります。一度フェミニズムに触れると違和感をおぼえる場面はたくさん出てくるのです。

ツイッターをはじめとするSNS上のフェミニストたちの発信を目にすることで、現場の女性社員たちは新しい視点を身に着け、エンパワメントされていると感じます。これまで受け流してきた小さな違和感を言語化して、「私が置かれている環境はおかしいのではないか、変わる必要があるのではないか」と言葉にする機会は確実に増えていくと信じています。

広告が炎上することは、必ずしも悪いことではない

フェミニズムの文脈で広告が炎上することは、必ずしも悪いことではないと思っています。現状からの変化を恐れ、価値観アップデートできない当事者にとって、受け手側による「それは違う」という反応は進化を決意させることになるからです。

表現のズレで本来意図していたメッセージを異なる伝わり方をしてしまった場合にも、しっかりと表現を見直した上で改めてメッセージを伝えられるコミュニケーションに挑戦することができます。

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制作に関わった個人名をあげてその人格を否定するような行き過ぎた炎上からは何も生まれませんが、企業と消費者が対等以上の立場で意見を交わすことで、社会が一歩ずつアップデートされていくのを感じています。

本来広告とは、企業と顧客を結びつけるのが主な役割であるはずです。しかし、見たくない人の目にも入ってくる広告であるからこそ、時代遅れになりつつある価値観に引導を渡すという役割は果たせるかもしれないと思っています。

「女性が家事や育児を引き受けるのが当然」「正式な場で女性はヒールを履く」……いまだにこう考える人は(フェミニズムが広がりつつある都心部を出ると)多いと思いますが、「男性が当たり前に家事や育児を行う社会」「女性がフラットシューズを履き、男性はジャケットを着用していない職場」こんな広告が一般化することによって、そんな人たちにも時代が変わりつつあることをわかってもらうことはできると思うのです。

フェミニズムについて学び始めている広告代理店の女性たちの意見が日々の業務、そして皆さんの目に触れる広告に反映され、あらゆる性差別に立ち向かうフェミニズムの視点でアップデートされた広告が増えていくことを祈っています。私自身もそういった使命感を持って日々の仕事に取り組んでいくつもりです。

執筆=ジェーン
画像=Unsplash

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