ショートストーリーの茶話会 5
書き下ろしの童話です。
知り合いのおうちに預けられたうさぎの男の子が、迎えに来ないママ(飼い主)を待つ悲しいお話です。
最後はハッピーエンドのつもりですが、人によってはどうでしょうか。
「悲しいのはダメ」という人は、今日はスルーしてくださいね。
題名『どうして、むかえに来てくれないの?』
白ウサギの男の子マシュマロは、一人暮らしの女の人といっしょにマンションの小さな部屋で暮らしていました。
白くてふわふわで真っ赤なお目々なので、飼い主であるママはマシュマロとつけたんです。
たいていママは短く「マー君」と呼び、ママはみんなから「マー君ママ」と呼ばれています。
ある日のこと。
ママはマー君をキャリーケースに入れて、外へ出ました。
「どこへ行くの? 病院?」
外へ行くのは、健康診断や爪切りで病院へ行くときくらいなので、マー君は「やだな~」と思ったのです。
するとママは笑いました。
「今日は、アシタバおばさんのおうちへ行くのよ」
アシタバおばさんはママの古いお友達で、ご主人と二人の子供と一緒に庭付き一戸建てに住んでいます。
お庭で野菜やアシタバを育て、時々マシュマロに持ってきてくれるのです。
「わーい、アシタバを食べに行くの? ぼく、アシタバ、大好き!」
「ちがうわ。おとまりよ」
おとまり?
はじめて聞く言葉に、マシュマロは首をかしげました。
「それ、どんな味なの? アシタバよりおいしいの?」
「食べ物じゃないの。ママね、急な用事で遠くまでおでかけするの。だから三日間、アシタバおばさんのおうちで待っていてちょうだい」
マシュマロはビックリしました。
「ママがいなくなるなんて、やだ! ぼくも行く」
「そうはいかないのよ。大事な仕事の用事なんだから。ちゃんと三日後に、マー君の大好きなお野菜をたくさん持って迎えに行くから、それまで良い子で待っていてね」
「うん、ぼく、ちゃんとアシタバおばさんの言うことをきくよ。だから、絶対にむかえに来てね。約束だよ」
「はい、約束ね」
お話ししているうちに、お庭のあるおうちに着きました。
アシタバおばさんと女の子と男の子が、玄関の前で待っています。
「こんにちは。マー君を連れてきました。すみませんが、よろしくお願いいたします」
ママがていねいに頭を下げて、マー君のキャリーケースをさしだします。
にこにこしながら、アシタバおばさんは受け取りました。
「ええ、ちゃんとお世話しますよ。お茶でもいかが?」
「急ぎますので、これで」
アシタバおばさんと一緒に待っていた女の子がキャリーケースをのぞき込んで歓声を上げます。
「かわいい~。白くて、お目々が真っ赤で、ふわふわ~」
男の子もうれしそうです。
「ほんとにマシュマロみたいだ~」
「かわいがってあげてね」
ママが二人の子供にもお願いします。
「は~い」
子供達は元気にお返事しました。
マシュマロは、じっとママを見上げました。
アシタバおばさんは好きだし、子供達もいい子のようですが、ママが一番好きだから、行ってほしくなかったのです。
ママは、キャリーケースの中でいっしょうけんめい「おいていかないで」とみつめているマシュマロに優しく言いました。
「三日たったら、ちゃんと迎えに来ますよ。お野菜、たくさん持ってね。約束よ」
そして、ママは急いで行ってしまいました。
キャリーケースに入ったマシュマロは、アシタバおばさんに運ばれ、子供達も一緒におうちの中へ入りました。
広い居間の隅に、新しいケージが置いてあります。
「さあ、マシュマロちゃんの別荘よ」
べっそう?
なんだか、すてきなひびきです。
自分のにおいのないケージでしたが、マシュマロはすぐに気に入りました。
日が暮れると、アシタバおばさんのご主人も帰ってきて、マシュマロのアシタバ家でのおとまりが始まったのです。
マシュマロは、だんだんアシタバさん家族のことがわかってきました。
アシタバおばさんは、近くのお花屋さんで働いています。
ご主人のアシタバおじさんは、電車に乗って、遠くにある会社に勤めています。
お兄さんは、小学6年生。
お姉さんは、小学4年生。
マシュマロは、この家では「マシュー」と呼ばれて、可愛がられています。
最初は「変だな。ぼく、マー君なのに」と思いましたが、すぐに「ママが呼ぶのがマー君で、アシタバさんちで呼ぶのがマシューなんだ」とおぼえました。
アシタバ家は広くて、へやんぽ(うさぎをケージから出して室内で散歩させること)でも思いっきり走れて、学校から帰ってきたらお兄さんとお姉さんが遊んでくれます。
楽しいですが、「早くむかえに来てくれないかな~」とマシュマロは待っていました。
おうちは小さいし、ママと二人だけだからお留守番が多いけれど、やっぱりママが一番好きなのです。
三日後、ママがむかえに来る日になりました。
「今日はおうちへ帰れるんだ」
マシュマロは朝からそわそわ。
でも、なかなかママは来ません。
お昼になって、アシタバ家の人達がバタバタしています。
「何しているんだろう?」
マシュマロがケージから見ているうちに、一家は急いで出かけてしまいました。
夜になって、みんなは帰ってきました。
「ひどいよね」
「信じられない」
「こんなことって、ある? マシューがかわいそう!」
「どうして知らせなかったのよ! 黙っておいていくなんて!」
怒ったように話しています。
アシタバおばさんとお姉さんの目が真っ赤です。
「ぼくみたいな真っ赤なお目々だ。どうしたんだろう? 何を怒っているのかな? ママはまだかな?」
マシュマロがそんなことを考えていると、アシタバおばさんが晩ご飯のお野菜と牧草をケージに入れてくれました。
「マシュー、だいじょうぶよ。今日から私たちがあなたの家族だから」
お野菜を食べながら、マシュマロはふしぎでした。
「ぼくの家族はママだよ? ママがむかえに来て、ぼくはおうちへ帰るんだ」
その日、ママはとうとうむかえに来ませんでした。
「どうして来てくれないんだろう?」
悲しくなったマシュマロは、一晩中ケージの中で耳をピーンと立てて、ママが来るのを待ちました。
でも、朝になっても、ママは来ません。
お姉さんが、朝のお野菜と牧草を入れて、トイレのお掃除をしてくれました。
「どうして、ママは来ないの?」
いっしょうけんめい目やしぐさで問いかけるマシュマロの気持ちがわかったのか、お姉さんは怒ったように言いきかせました。
「あのね、『マー君ママ』はもう来ないの。マシューは、うちの子になったのよ」
意味がわかりません。
「ママはむかえに来るよ。ぼくの大好きなお野菜をたくさん持ってむかえに来るって、約束したもの」
毎日毎日、マシュマロはママがむかえに来るのを待ちました。
それでもママは来ませんでした。
アシタバ家の人たちは、マシュマロをとてもかわいがってくれます。
マシュマロはだんだん自分が「マー君」と呼ばれていたことも、ママがむかえに来る約束もわすれていきました。
アシタバママとアシタバパパと、お兄さんとお姉さんが、マシュマロの家族になったのです。
やがて長い年月がたち、マシュマロは年をとりました。
小学生だったお兄さんは社会人に、お姉さんは大学生になりました。
元気にお部屋で跳ねていたマシュマロも、今ではケージの中や居間の隅っこでうずくまってウトウトすることが多くなりました。
すると、何かひっかかるような気持ちがしてきます。
「ぼく、何かわすれていないかな? 大事なことをわすれているような気がするんだけど、何だったかな?」
どうしても思い出せません。
そのうちにマシュマロの寿命がつきました。
うさぎは地上での命が終わると、お月様へ帰るのです。
悲しむアシタバ家の人たちにお別れを告げて、マシュマロはまず虹の橋を跳ねていきました。
若いときと同じようにピョンピョン跳べます。
虹の橋には、犬や猫やライオンや象や、いろんな動物たちがやってきますが、生きているときのようにケンカをしたりおそったりすることなく、仲良く進んでいきます。
橋の終わりでは、白い服を着たおじさんが旗を持って、動物たちにこの先の道を教えています。
「犬はこっちだよ。猫は向こうの道を行って。鳥さんたちは、まっすぐ上に続いている道を飛んでね。ウサギさん、お月様へ帰るのはあの道だよ」
マシュマロは、おじさんが旗で指した銀色の道を見つめて、ちょっと心配になりました。
他の動物たちは2匹とか5羽とか、誰かしら一緒に行く仲間がいるのに、この時うさぎはマシュマロだけしかいなかったのです。
「ぼく、迷子にならずにお月様へ帰れるかしら?」
おじさんは、にっこりしました。
「今日は、うさぎさんは君だけだけど、もう少し先に、お月様からおむかえ係の人が来ているから、ちゃんと行けるよ」
「ありがとう!」
元気を取り戻して、マシュマロは銀色の道を跳ねていきました。
前の方に、白い服を着た女の人が立っています。
「あの人がむかえに来てくれたんだ。あれ? どこかで会ったような?」
マシュマロは、立ち止まってしまいました。
女の人が、マシュマロに気がついて叫びました。
「マー君!」
マシュマロは、すぐに思い出しました。
「ママだ! ぼくのママだ!」
全速力で走って、マシュマロは白い服を着ているマー君ママの前でうたっち(うさぎが後ろ足で立ち上がること)しました。
「ママ!」
「マー君」
マー君ママは、泣いていました。
「ごめんね。迎えに行けなくて、約束を破ってごめんね」
ママは、泣きながら事情を話してくれました。
あの日、ママは約束通り、マー君の好きなお野菜をどっさり買って、むかえに行きました。
ところが歩道を歩いていたのに、暴走した車が乗り上げてきて、ママはひかれてしまったのです。
すぐに救急車を呼べば助かったかもしれないのに、運転手はそのまま逃げてしまい、後から来た人たちが急いで連絡してくれましたが、もう手遅れでマー君ママは救急車の中で息を引き取ったのでした。
アシタバ一家は、何の落ち度もないマー君ママをひき逃げした運転手に怒っていたのでした。
ひとりぼっちになったマシュマロを、アシタバ一家はすぐに自分のうちの子にすると決めてくれたのです。
マー君ママの死は、とても悲しくて、みんなはマシュマロに話せなかったのでした。
死んでしまったマー君ママは、マー君との約束があるので、生き返らせてくれるように神様にお願いしましたが、かないませんでした。
その代わり、神様はマー君ママを「お月様へ帰るうさぎたちのお迎え係」にしてくれたのです。
そうすれば、いつか必ず寿命を終えたマシュマロと再会できますから。
「ごめんね、ごめんね、マー君。約束を守れなくて、ごめんね」
ひざをついて泣いているママの胸に、マシュマロは飛び込みました。
「ううん、ママは約束を守ったよ。ほら、ちゃんとこうして、ぼくをむかえに来てくれたもの。ぼくのほうこそ、ごめんなさい。ママを忘れてごめんなさい」
ママはしっかりマシュマロをだきしめました。
「いいのよ。アシタバさん家族が、あなたをかわいがってくれているのを、ずっと見ていたわ」
「うん、アシタバママも、アシタバパパも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな優しかったよ。ぼく、幸せだった」
「あなたが幸せに暮らせて、とてもうれしかった。アシタバさんに感謝しているわ」
マー君ママは、マー君に戻ったマシュマロをだきしめたまま立ち上がりました。
そして、マシュマロはようやくむかえに来てくれたママに抱っこされて、お月様へ帰って行ったのです。
お月様で、マシュマロは毎日たくさんのうさぎたちと遊んでいます。
マー君ママは、マー君に会えた後も、うさぎのお迎え係をしています。
一日に一度、マシュマロは必ずママのところへ跳ねていきます。
お月様へ帰るうさぎが来ると、ママと一緒に案内します。
誰も来ないときは、一緒に地上を見下ろします。
そして、心優しいアシタバさん家族が幸せに暮らせるように見守っているのです。
完
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