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二柱の歳神と二柱の白兎神、大晦日に奇妙な出来事に遭遇する話

 早いものでもう大晦日。
 今年は様々なことがございました。
 失礼、自己紹介が遅れました。
 白兎神社の神、白兎大明神ことシロナガミミノミコトです。
 年越しの準備が終わり、夜になりました。
 のんびりと除夜の鐘の音を待ちつつ、出雲のオオクニヌシノミコトとスセリビメが送ってくださったお蕎麦をいただこうと準備をしております。
 ワニザメをだまして皮をはがれ、通りかかられたオオクニヌシノミコトにお助けいただき因幡の白兎と呼ばれていた頃からおつきあいが始まり、長い年月がたちました。
 お忙しい大神様でいらっしゃるのに、奥様のスセリビメを通して毎年師走になれば採れたて野菜や果物や出雲そばを送ってくださいます。
 ありがたいことでございます。
 人間の世界は次第に厳しい様相になってまいりましたが、それでも穏やかに年を越し来年は善き一年になってほしいものです。
 今年の出来事を思い出しつつ年越しそばの用意をしているわたくしの長い耳に、どなたかの激論している声が飛び込んできました。
 ただならぬ気配でございます。
 わたくしは年越しそばの準備を中断して、大急ぎで声のする方へ向かいました。
 山を二つ超えた辺りの人が立ち入らぬ奥まった山道で、二柱の神が地面に座り込み悲愴な面持ちで論議をしております。
 わたくしはお二方に近づき声を掛けました。
「こんばんは。わたくしはこの先の白兎神社に住まうシロナガミミノミコトと申します。何やらお困りのご様子。いかがなさいましたか?」
 二神は同時にこちらをご覧になりました。
 おやまあ双子といってもいいほどよく似ていますし、着物も同じ。
 どちらも土やら草やら枯れ葉やらを頭から足にまでくっつけています。
 座り込んだ両者の前には、同じ形同じ大きさの細長い小ぶりな木箱が二つ。
 一つは真新しく、一つは古くすすけています。
「ちょうどよかった、教えていただきたいのです」
 一方の神がそう叫ぶと、もうお一方が続けて叫ばれました。
「私たちはどちらが来年の歳神でしょう?」
「は、はあ?」
 意味がわからず、ぽかんと口を開けてしまいました。
 それでもすぐに気を取り直して尋ねました。
「えっと~、あなた方はどなたで、どういう状況なのか詳しくご説明願えないでしょうか? あいにくわたくしは一目で事情を察知できる知恵の神ではございませんので」
 お二方は顔を見合わせ、すぐにわたくしに一礼なさいました。
「たいへん失礼いたしました。私どもは今年の任を終えて常世とこよへ戻る歳神と来年人間世界を見守るためにやってきたばかりの歳神なのです。が……」
 二柱の新旧の歳神様が交互に語られた内容をまとめますと、ここでちょうど出会ったのでご挨拶をして立ち話に熱中しているうちに、うっかり足を踏み外して谷に転げ落ち、ようやく上がってきたもののどちらが帰る神でどちらが人間界にとどまる神かわからなくなってしまわれたとか。
 簡単に言えば記憶喪失というやつです。
 神にもそのようなことがあるんですね。
 いやあ驚きましたよ。
 いえいえ、驚いてばかりもいられません。
 新旧の歳神様が交代なさらなければ、新年は来ないのですから。
 時の流れが変になってしまいますし、これは一大事です!
 わたくしも歳神様たちの前で枯草がまばらに残った地面にぺたんと座りました。
 ちなみに寒くはございませんよ、神ですから。
「えっと今年の歳神様なら今年の人間界の出来事をご存じで、新しい歳神様はご存じない。この点で見分けられるのではございませんか?」
 無難な提案をしてみました。
 両神は同時に首を横に振られました。
「人間界の今年の出来事はすべて神の国へ送り、新しい歳神はそれをすべて覚えてやってくるのです。ですから知識では判別できないのです」
「ちなみに今年の神の世界の出来事も人間界の歳神に知らせていますから……」
 うわ、それではわかりませんね。
 わたくしは、二つの木箱を見ました。
「その木箱には何が入っているのですか?」
「歳神の任官状です。こちらへ来るときに持たされ、一年間やしろに置いておいて帰るときにまた持っていくのです」
「どちらがご自分のかおわかりになりませんか?」
「まったく」
 そうですね、古いか新しいかの違いだけで同じ箱です。
「ご自分の好みの飾りひもをつけたりとか……なさいませんよね」 
 わたくしの苦し紛れの問いに、一方の歳神様がため息をつかれました。
「はい。こんなことならオリジナルのステッカーでも貼っておくんでした」
 わたくしの長い耳がピンと立ちました。
「ステッカーを貼ろうという発想が出られるなら、あなたが今年の歳神様ではありませんか?」
 また両方の歳神様が首を横に振られました。
「最近は神の世界でもステッカーは普通にありまして。差別化したいものに貼ったりしています」
「もうずいぶん前からですから、新旧どちらの歳神でも知っていることです」
 あらま。
 さすが新し物好きな日本の神。
 斬新ですね。
 常世のステッカーってどんなデザインなんでしょう?
 興味あります。
 いやいやいやいや、感心している場合ではありません。
 わたくしどもはあれこれ話し合いましたが、どうしても見極める手立てが見つかりません。
 お話ししているうちに思い出されるのではないか期待していたのに、全然記憶が戻る気配はございません。
 話のタネが尽き、皆で黙ってしまいました。
 歳神様たちが悲痛な表情になっておられます。
 ひどく責任を感じておられるのでしょう。
 歳神様がおっしゃるには、最悪の場合、お二方がご一緒にいったん神の世界へ戻られ、あちらの神々に教えていただいて新しい歳神様が再び来られるということになるとか。
 そうなると年が明けるのが遅れ、それと同時に四季や時間がずれて人間界には様々なひずみが出てしまうのです。
 まだ除夜の鐘は聞こえませんが、今年の終わりが近づいているのは感じ取れます。
 さて、どうしたものか。
 途方に暮れているわたくしの肩が、トントンとたたかれました。
「どうなさったのですか、シロナガミミノミコト?」
 呆然としていて近づく気配に気づかなかったものの、声で誰なのかすぐにわかりました。
福白兎ふくしろうさん! 困ったことになっているんです。お知恵をお貸しいただけませんか」
 やってきたのはわたくしと同じ白兎の神。
 山の白兎神社である福本白兎神社ふくもとはくとじんじゃのウサギ神、福白兎さんです。
 わたくしよりも一回り大きい体つきで福々しく、襟と袖口が細く金色の縫い取りをしたように見える白い単衣と袴を着て、腰には二本のニンジン型誘導棒を下げています。
 この方は大昔アマテラスオオミカミ(天照大神)が今の鳥取県八頭町やずちょうにおいでになり仮住まいを探しておられたときに、裾をくわえて引っ張り良い場所へご案内した白兎さんなのです。
 アマテラスオオミカミはその場所が気に入られてしばらく滞在されたのちに、冠を置いて去って行かれたとか。
 太陽神の裾をくわえてご案内したため、光の色が映り白装束に金色のアクセントがついたのです。
 その後も道祖神どうそじん的なお仕事をなされ、慣れない道で迷っている神仏や精霊の案内役をしたり、道が危険な時は安全な場所へ誘導したりとたいへん頼もしいウサギ神なのです。
 今は道案内や誘導方法が現代風になり、お見かけしたときはウサ耳のついた安全ヘルメットをかぶり、蛍光色の安全ベストを着物の上にしっかりと着て、両手に一つずつニンジン型の誘導棒を持って崩れそうな道で困っている旅の途中らしい神と精霊をご案内しておられましたっけ。
 神ならば飛んだり瞬間移動も可能な反面、その地をよく見て回りたい、自分の足で歩いて確かめたいという場合も多いので、道案内は大切なのです。
 今日はヘルメットとベストは身に着けておられませんが、ニンジン型誘導棒は腰に下げておいでです。
 いついかなるときも不慮の事態に備えていらっしゃる尊敬すべきウサギ神でございます。
 福白兎さんも枯れた草の上にお座りになったので、わたくしと二柱の歳神様は代わる代わる困った事態について説明しました。
「というわけで、お手上げ状態なのです」
 わたくしは助けを求めるように福白兎さんを見つめました。
「まいりましたね。実は昨日、道の見回り途中に歳神様のお社へうかがい、感謝とお別れのご挨拶を申し上げたのです。何度もお会いしていますし、お顔もはっきり覚えていますが、あまりにもそっくりで僕にも区別がつきません」
 交互に歳神様たちを見比べながら、福白兎さんの額に縦じわが寄っています。
 時は刻々と新年に向かっていますが、新しい歳神様はまだ鎮座されず、古い歳神様は現世におられるまま。
 来年は様々な問題が起こることを覚悟で、一度お二方にお帰りいただくしかありますまい。
 わたくしと同じことを考えておられたらしく、歳神様たちもどんよりした表情になっておいでです。
 そりゃそうでしょう。
 歳神様は人々の幸せを願って常世からおいでになるのです。
 それが災難を増やすことになってしまっては本末転倒、お辛いでしょう。
「仕方ありません。我々は常世へ戻って……」
 一方の歳神様が重い口調で決意を述べ始めた瞬間、福白兎さんが叫びました。
「待ってください。そうだ、思い出した! 試してみましょう」
 わたくしどもが問いかけるより早く福白兎さんが立ち上がりました。
「すぐに戻ります。まだお帰りにならないでくださいね」
 山の白兎神の姿が消えました。
 微かな期待をもって待っている我々の前に、まもなく福白兎さんが現れました。
 なぜか小さな木の折箱を二つ持っておいでです。
 福白兎さんは歳神様の前で、上の箱の蓋を開けました。
 搗き立てらしく柔らかい丸い栃餅とちもちが二つ入っています。
 一つは赤、もう一つは白。
 はて、この状況でなぜ栃餅?
 疑問に思ったのは歳神様も同じらしく、不思議そうに福白兎さんを見つめています。
 山の白兎神はニコニコしながら歳神様の前に栃餅の箱を差し出しました。
「どうぞお好きな方をお取りください」
 歳神様たちはとまどったご様子でしたが、福白兎さんにうながされ手を伸ばし、迷うことなくお一方は赤い栃餅、もうお一方は白い栃餅をお取りになりました。
 福白兎さんがほっとしています。
「わかりましたよ。赤い栃餅を手にされた方が新しい歳神様、白い栃餅を手にされた方が今年お世話になったお帰りになる歳神様です」
「どういうことですか?」
 疑問と好奇心でいっぱいになったわたくしがお尋ねしたので、福白兎さんは笑顔で教えてくれました。
「僕は栃餅が好きで、時間があるときに作るんです。以前たまたま今年の歳神様に差し上げたらたいそう喜んでくださったので、お寄りできそうなときには持参しました。昨日うかがった時も最後だからとお持ちしたら『ありがとう、今年はこれが楽しみだったよ。来年の歳神も栃餅が好きだから、できれば暇なときにでもおすそ分けしてくれないかな。ちなみに私は白い栃餅の方が好きだが、来年の歳神は赤いのが好きなんだ』とおっしゃっていて。それでもしやと思って」
「あ!」
 二柱の歳神様が同時に叫びました。
「そうだ、私は来年の歳神だ」
「私は帰るんだよ」
 赤と白の栃餅がきっかけで、お二方の記憶が戻られたようです。
 わたくしは気が抜けてしまいました。
「よかった~。このまま思い出されずお二方とも常世にお帰りになられたらどうしようとハラハラしていました」
「すみません、シロナガミミノミコト。とんだ醜態をさらし、ご心配をおかけして」
「ありがとう福白兎さん。おかげで新年をもたらすことができます」
 歳神様たちは謝られたり感謝なさったり大忙しです。
「僕の作った栃餅で思い出されたのは何よりです。さあ、時間がありません、お急ぎください」
「そうですとも、まもなく除夜の鐘をつく頃ですよ」
 我々白兎神に急かされて、歳神様たちは迷わずご自分の任官状の木箱を手にされました。
「では、私は常世へ。ありがとう、福白兎さん」
「私は歳神の社へ行きます。ご迷惑をかけてすみません、シロナガミミノミコト」
 歳神様たちは何度も頭を下げてから、姿が消えました。
 のんびり歩いている暇などないので瞬間移動されたのでしょう。
 わたくしは自分よりも大きい白兎神を見上げました。
「ありがとうございました。わたくしではとうていお役に立てず、新年も迎えられないところでしたよ」
「たまたま道の見回りに来て、暗い中であなたの白い姿が目に付いたから気づいたのです。まさか歳神様があんなドジ、いやアクシデントに遭われるとは」
 わたくしたちは顔を見合わせてクスクス笑いました。
 ええ、もう、心の底からほっとしたのです。
 その時、遠くから鐘の音が響いてきました。
「除夜の鐘をつきはじめましたね。ああ、間に合ってよかったです~」
 安堵しているわたくしに、山の白兎神はもう一つの箱を差し出しました。
「栃餅はお好きですか? お正月のために作りましたから、どうぞ」
「いいんですか! 大好きです。でもお米だけのお餅に比べて栃餅はトチの実をアクを抜いたり餅米と蒸したりたいへん手間がかかります。そんな貴重なものを……」
「せっかくお会いできたのでお分けしようと持ってきたんです。たくさんありますからどうぞ」
 福白兎さんは箱の蓋を開けて見せてくれました。
 赤と白の栃餅がぎっしりと入っています。
「ありがとうございます。あ、そうだ、ちょっと待ってくださいね」
 わたくしはいただいた栃餅を抱えて自分の神社へ戻り、すぐに戻って待っていた福白兎さんに紙袋をお渡ししました。
「福白兎さんは、年越しそば派ですか?うどん派ですか?」
 この辺りでは年越しはおそばとうどん、どちらも食べるのです。
 それぞれのお好みによります。
「僕はそばですね」
「よかった。オオクニヌシノミコトとスセリビメからたくさん出雲そばをいただいたのです。よろしければどうぞ」
「あの大神様からの! そんな貴重なものをいいんですか?」
「自分で手をかけたわけではない、いただきもののおすそ分けですが」 
「いえいえ、とんでもない。嬉しいです、ありがとうございます」
 山の白兎神は大喜びでおそばの包みを受け取ってくださいました。
「つたない僕の手作り栃餅でこんなにけっこうなものをいただいてしまって恐縮です」
「こちらこそ、手間も時間もかかったけっこうなものをいただいてしまって、ありがとうございます」
 除夜の鐘がゆったりと響く山の中で、海と山の白兎神がお辞儀しあっているのは傍から見たら変な光景だったかもしれません。
 それでもわたくしどもは心弾む楽しい思いでお互いからの贈り物を喜んでいたのです。
 ひとしきり喜び合ってから、福白兎さんはまた道の見回りに行かれ、わたくしは自分の神社へ帰りました。
「ヒヤッとしましたが、無事解決して栃餅までいただいてしまって、今年のしめは幸いです」
 いただいた栃餅を大切に食品棚に置き、鐘の音を聞きながら年越しそばの準備を再開したのでございます。
 白兎神社にも初詣に人々が来ています。
 良い一年になるように、海と山の白兎神も歳神様も日本中の神仏も人々を見守っておりますよ。

           完
 

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