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野生酵母で醸されたワイルドエール

近年のクラフトビール市場はますますの拡大傾向ですが、ビアスタイルの種類が飽和してきていることも、合わせて感じられます。

そんな中で、IPAやピルスナーなど一般的なビールとは異なる醸造方法や味わいを持つワイルドエールに出会い、魅了され、このビールの魅力を少しずつでも広めたいという想いからオンラインで酒屋を運営しています。

ワイルドエールとは?

ワイルドエールとは、自然界に存在する「野生酵母」を利用して、自然発酵で造られるビールです。

日本酒でいうところの醸造所の「蔵つき酵母」や、野山で採取した酵母を使って発酵させるため、酵母の違いだけでも味わいが異なります。

また、人間の手によるコントロールが及ばない野生の酵母を使うため、ロットごとに状態が違うのも特徴です。約束された味ではないことを楽しむ器量が求められるかもしれません。

醸造方法は通常知られるビールとは大きく異なり、ワイン醸造にも近いものとなります。酸味や果実味など通常のビールにはない独特の味わいが特徴であり、時間と手間をかけて造られる奥深いビールといえるでしょう。

一般的なビールとの違い

野生酵母を利用していること以外にワイルドエールの明確な定義はないと思いますが、醸造過程では以下の手法を取ることが多いようです。もちろん自由で多様性のあるビアスタイルのため、すべてのワイルドエールに当てはまるわけではありません。

  • 野生酵母で醸されている

  • 発酵期間が長い

  • 木樽で発酵させることがある

  • 瓶内で熟成させる

野生酵母で醸されている

通常のビールとの大きな違いとして、ワイルドエールでは野生酵母を利用する点が挙げられます。
一般的なビールに使われるのは「酵母純粋培養法」で培養されたビール酵母です。純粋培養された酵母で醸造することで、安定した品質で大量のビールを生産できるようになりました。
しかし、安定した品質と引き換えに、それぞれのビールが持つ特徴は弱まります。また、醸造中に野生酵母が混ざると不快なオフフレーバーが発生することがあるため、野生酵母は一般的なビールでは邪魔者扱いされます。
ワイルドエールでは、通常のビールでは邪魔者扱いされる野生酵母を利用します。原料となる麦汁を、醸造所内や、時に醸造所の裏庭や、野山に晒し、浮遊している野生酵母が溶け込むのをゆっくり待ちます。
なお、野生酵母は上面発酵酵母(エール酵母)のため、野生酵母を使うビールは「ワイルドエール」と呼ばれます。

発酵期間が長い

一般的なビールでは、上面発酵酵母を使うと約5日、下面発酵酵母(ラガー酵母)を使うと10日前後で発酵が完了します。

ワイルドエールではその期間をはるかに超え、年単位で発酵・熟成させることもあります。一人前のワイルドエールになる熟成期間は2年とも3年ともいわれており、長い期間を経ることで複雑で芳醇な味わいが醸し出されます。

ワイン樽で25ヶ月の熟成ののち、約4ヶ月のボトルコンディションを必要とする醸造所もあります。

木樽で発酵させる

発酵に木樽を使うのも、ワイルドエールの特徴のひとつで、バレルエイジドビールとも呼ばれます。

大量に造られるビールは、ステンレスや樹脂製のタンクを使って醸造させるのが一般的です。

多くのワイルドエールでは、酵母が溶け込んだ麦汁を木樽で発酵させます。何度も使用した木樽に定着した酵母の活性や、木樽の持つ香りや味わいがビールに溶け込み、複雑で重厚なアロマとなります。

一般的なビールでも、昔ながらのように木樽での販売を再開した醸造所もありますが、木樽に詰められたビール(カスクビール)は一次発酵の済んだものを詰めているのが一般的で、一次発酵から木樽でおこなうワイルドエールとは醸造法が異なります。

瓶内で熟成させる

瓶詰めしてから熟成するのも、ワイルドエールの特徴です。

大手メーカーで造られる一般的なビールは、瓶詰めしてから熟成させる概念がありません。瓶詰めする段階で不純物をすべて取り除き、新しいビールほどおいしく飲めるように造られているためです。

ワイルドエールではワインや日本酒と同様、瓶詰めしたあとも熟成によって味わいや香りが変化します。ワインや日本酒は基本的に発酵が終わってから瓶詰めされますが、ワイルドエールの場合は酵母を一緒に瓶詰めして発酵・熟成させるのが大きな違いです。

なお、瓶内発酵・熟成するものは生きた酵母が入っており、保管温度を管理しないと大きく劣化してしまうため注意が必要です。

ワイルドエールの様々な特徴

ワイルドエールには、野生酵母を使うこと以外に厳密な定義がないため、その土地の風土や、醸造家の自由な発想などから様々な特徴があります。

野生酵母特有のフレーバー

ワイルドエールで特徴的なフレーバーとして、ワインでは腐敗酵母とされてきたブレタノマイセス酵母に起因するオフフレーバー「ブレット(ゴムやカーネーション、馬小屋の香りと例えられることがある)」を感じることがあります。一方で自然派ワインやオレンジワインなどでは、ブレットもバランスさえ欠いていなければ肯定され、味わい深いアロマの一部として捉えられることも多くなりました。
腐敗酵母として邪魔者扱いされてきたブレタノマイセス酵母ですが、この酵母こそがワイルドエールの奥深さや美味しさを構成する重要な要素と言えます。

特に普段から自然派ワインを飲まれる方からは、ビールよりもワインに近い美味しさを感じるという感想を多く得られます。国内の自然派ワインショップで、ワイルドエールの取り扱いが増えている背景にはそんな理由もあります。

フルーツやハーブを漬け込む

醸造する途中で、フルーツやハーブ、花などの副材料を一緒につけ込むワイルドエールもよく見られます。ビールが造られている地方の名産品を合わせてつけ込むこともあり、他にはない独特の風味を持つビールが多く生まれています。

なお、フルーツを漬け込んでも糖分がアルコール分解されるため、必ずしも甘口になるとは限りません。フルーティで華やかな香りを持ちますが、ドライで、食中酒にも向いています。

様々な木樽を使う

ワイルドエールの発酵・熟成には木樽を使用しますが、新しい樽だけを使うわけではありません。

ワイン樽やウイスキー樽、変わったところではしょうゆの樽など、特徴的な樽で熟成させることで唯一無二の特徴が生まれます。

また、様々な樽で熟成させたビールをブレンドしたり、長期熟成されたビールと若いビールをブレンドするものもあり、これまでに出会ったことのない味わいを楽しめるビールといえるでしょう。

世界各国で造られるワイルドエール

ワイルドエールは世界各国で造られており、醸造所ごとに特徴的なビールが造られています。

ワイルドエールの代表格「ランビック」

ワイルドエールで最も有名なのが、ベルギーで造られる「ランビック」です。ベルギー・ブリュッセル周辺で古い時代から醸造されており、それ以外の地方で造られるワイルドエールはランビックを名乗れません。ベルギー政府でも製法が定められており、その伝統が守り続けられています。

原材料に小麦を多く使うのが特徴で、若いビールと熟成したビールをブレンドした「グーズ」、ブレンドしていない「ストレート・ランビック」、フルーツを入れた「フルーツ・ランビック」などがあります。

新鮮なホップではなく、3年以上寝かせたホップを大量に使うのもランビックの大きな特徴です。

ビールに欠かせないホップには、独特の苦みと殺菌作用があり、新鮮なホップほど苦みと香りが強くなります。

最近流行しているビアスタイルとして、ホップの苦みと香りを前面に出したIPA(インディア・ペール・エール)があります。IPAは冷蔵技術が発達していない時代、長距離輸送でビールが腐敗しないようにホップを大量に入れたことが、もともとの由来です。転じて、ホップの特徴を生かした、強い苦みと華やかな香りのあるビールを指すようになりました。ホップの強烈さが前面に出ているため、好き嫌いの分かれるビールといえるでしょう。

一方のランビックでは、ホップは風味を加えるのではなく、殺菌効果を期待して使われます。ホップは古くなると香りと苦みが飛び、殺菌作用だけが残ります。野生酵母とともに麦汁に入った雑菌を殺菌するため、大量のホップを使うのです。

長年寝かせたホップを使ったランビックはホップを大量に使っていても、苦味が弱く飲みやすいビールとなります。

欧米で造られるワイルドエール

欧米諸国でも、ワイルドエールが造られています。多くはベルギーのランビックを手本としていますが、原材料や木樽など、醸造所ごとに特徴を持たせたワイルドエールが造られ、独自の進化を遂げています。

欧米ではセゾンビール(またはファームハウスエール)として、カテゴライズされていることが多いです。
元々ベルギーの農家が夏の農作業中に飲むために自家醸造したビールが由来で、昔は農家の納屋などで醸造されるため納屋に住み着いた野生酵母などで醸されていたそうです。

アメリカではポートランドのLittle Beast Brewingや、北東部バーモント州のHill Farmstead Breweryなどが有名です。お隣カナダ・トロントにあるBellwoodsもよく知られています。

SIROPではベルギー、ドイツ、オランダ、スウェーデンなどのワイルドエールも取り扱っています。他の国でもワイルドエールの知名度と人気が上がっており、多様なビールが次々とリリースされていますので、取扱国を順次増やしていきたいと思っています。

日本国内で造られるワイルドエール

日本では、長野県の酒蔵「玉村本店」、山梨県の「Far Yeast Brewing」など、日本の中堅醸造所でも造られています。
さらに個人経営などの小規模な醸造家も増え、多様なワイルドエールを楽しむことが出来ます。岡山県の「koti」、千葉県の「SONG BIRD」などは醸造所の近くで野生酵母を採取し、醸造に利用しているそうです。

日本では、もともと酒蔵につく天然酵母で日本酒を醸造する文化があります。まだ数は多くありませんが、通常のビール酵母だけではない古くて新しい発想で造られるワイルドエールが出てきており、今後の発展も楽しみです。

まだまだ、面白さを伝えきれないほど歴史や奥深さのあるワイルドエールですが、クラフトビールをよく飲まれる方はもちろん、自然派ワインや日本酒がお好きな方に好まれることが多いビアスタイルです。ぜひその奥深さをお試しください。


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