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読書感想文:『空芯手帳』/八木詠美

書評レビューを見かけ、「偽装妊娠」という言葉に引っかかる。
Amazonで即購入。

あらすじ

主人公は30代の女性会社員。
過重労働に加えて、「女だから」の理由で雑務を押し付けられている。
コーヒーカップの片づけを頼まれて、
「コーヒーのにおい、すごくつわりに来るんです」と発言。
偽装妊娠のはじまり。

変化する周囲の対応。
この嘘をきっかけに、主人公の行動も変容していく。
章立ての「妊娠〇週目」の進行とともに、張り詰める緊張。
出産の日。その後を描く。


文章から受け取る印象

とても冷静。
セクハラ、女性蔑視言動に対して、心かき乱されることはない。
こんな不思議なことが起こるんです、なんででしょう。という客観性。
偽装妊娠にともない変化していく主人公が、冷静に描かれる。


理性的であり、大胆不敵

「偽装妊娠がバレちゃうかもハラハラ」みたいな後ろめたさは無い。
堂々たるもの。
主人公は物事を深く見つめている。描写はとても緻密で知的。
しなやかな知性で物事を受け止め、
緻密な感情を織りなし、
理性的かつ大胆不敵な行動を繰り出す。

この二つが両立しているから、面白すぎる。
中盤から出産日に至るまで疾走感、緊迫感が壮絶だった。
久々に小説一気読みをした。

好きな場面

あっぱれ、これこそしなやかな知性と思った場面。
差し入れのお菓子配りを、無言で押し付けられた主人公。

以下、引用
*****
「部署の全員に配るにはゼリーの個数が三つ足りない。私は頭の中で、まず自分を消した。(中略)考えながら疑問に思う。どうして私は最初に自分を除外したんだろう。」
*****
冷蔵庫にゼリーをしまう。
「早い者順です」と貼り紙。
自分のゼリーを持って、揚々と席へ戻る。
口元へ運ばれるゼリー。
それを見つめていた男性社員、給湯室へ駆け込む。

自分を大事にした主人公のしなやかさ。
男性側の行動は無意識かつ浅ましくて、それが可笑しい。


女性の目線を書き残した名著

『キッチン(吉本ばなな著)』を読んで、
これが100年、200年、ともすれば1,000年後、
当時の女性はこのように考えていたのだなぁと、
語り継がれる本だと感じた。

『女生徒(太宰治著)』も同じ。
男性が女性一人称で語っている。
女性の視点で、リアルであまりにもグロテスク。
女生徒が妊婦に対して抱く嫌悪感、鮮明すぎる。

この『空芯手帳』も、
当時の女性の置かれていた環境、
それに対する感情、たくましい行動が描かれている。
もっとたくさんに人に読まれて、後世に残るべき本だと思う。


翻って自分の経験は

男性の醜悪な行動(無意識だからこそ救いようがない)に、
うわぁ~~あったわそれ、と当時を思い返す。

私が新卒入社した会社も、本著のようなトラディショナル企業。
こういった男性は、
本当に無意識に、女性を周辺に追いやる。

一方で、無意識に行動する浅ましき男性の、無邪気さも分かる。
そういう人は、
女性蔑視的行動を除けばめちゃめちゃ良い人だったりする。

友達なら可愛げあるじゃんと考えてあげてもいいけれど、
職場だから許せない。
仕事中の私って、許せない1つのことが、めちゃめちゃに許せない大罪に感じる。


女性にしなやかに生きてほしい、という気持ち

私は全女性にしなやかに生きてほしい。
だれの言いなりにもならず、自由意思で選択を連発してほしい。
自由意思の100コンボ。
女性は、何によってしなやかさを損なわれてしまうのか。
私はもっと勉強しなくてはいけない、と思わせてくれる本でした。


以下、東京新聞より



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