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ネズミ講編 その1の1(出向そして見知らぬ女性からの入電)

東京への出向を命じられた俺は尻の上に寒さを覚え、すぐに背中を脂汗が流れていくのを実際の触覚より広いであろう範囲で感じていた。


ワ(自分のことを指す南部弁)が東京に住んで仕事するってが?
おめどほんとにしゃんべってらのが。
やいやいや、恐ろしないごどさなったでゃ。

大体において、俺らは秘境グンマーの自社で数年勤務した後に青森工場へ幹部として帰る「そこそこの努力で実現する明るい未来」を獲得する手筈ではなかったのか。

東京ってどごよ?どやって行ぐって、へば。
そったらじぇんこもねんで。

ぐっるぐると頭の中を大いなる不安ばかりが駆け巡り会ったこともない東京人が俺に冷たい言葉を投げかけてくるが、嫌ですなんて言えるはずもない。なぜなら俺は長男だから。生殺与奪の(略

着々と出向に関する手筈は整えられ、住まいや手当の決定、入館用IDカードの発行などが一通りすんだ所で俺はコンクリートジャングルに放流された。
たしか19歳の春である。

突然の満員電車通勤、何を言ってるのか良くわからねーがめっちゃレベルが高いことだけはわかる数々の仕事、昼食後の屋上でのオッサンの集いonサラリーマンヒエラルキー、仕事帰りのスナックでフルーツ盛り。
超一流企業のマジでつええ戦士達は、弾けたとはいえまだまだバブルの残渣でオヤジもチャンネーもイケイケで毎晩ドンチャンだった。輝いていた。

おはようからおやすみまでずずずいーと初めてのことだらけで俺の中に価値観が強制的暴力的にインストールされていき、まるで去年までの人生は優しい絵本の中の出来事だったみたいに色褪せ思い出しづらくなっていくのを感じつつも、世間に出まわり始めの3Dプリンターのようなスピードと不確かさで「東京の俺」が「青森の俺」の上にプリントされ青森の俺が小さくなっていってしまうことを心地よくも思ったりした。(でも部活で経験した辛さの感触や血の味、ザラザラした感情は消えなかった、不思議と。これは後ほど書こうかな。)

満員電車通勤にもやっと慣れてきた9月、”東京の仕事語”もようやっと理解できるようになってきて業者さんとの折衝も接待も一端にこなせるようになっったような気がしていた19の夜。いや、電話が来たのは昼か。


突然オフィスの個人デスクの電話に「シリウスさん、久保さんから」と庶務のカドワキさんからの取次。

「久保さん?て、、だれだっきゃ」

心当たりが全くないが、取次があった以上は出なければあるまい。俺は長男だから。
「はいシリウスです」
「あ〜んシリウスさん、久保と申しますゥ〜、T高校の卒業生対象に案内があって電話してまっすぅ〜💓 こないだはクドウくんにも会ってきたんんだよ💓」


まあ、アウトだろ。普通に。
今ならわかるよ、そりゃ。今ならね。
でも中学でも高校でも家庭でも、会社の社員寮でも高校の部活でもそんな教育はなかったよ。こういう電話をまともに受けちゃいけないなんていう基本中の基本。

なぜこいつは俺の出身校を知っているのか。
なぜ職場かつ出向先であるここの電話番号をしっているのか。
なぜ高校の同級生とコンタクトを取れているのか。
お前はいったいどこの誰なんだ、会社員なのか個人事業主なのか、または人攫いか。

そんな無茶苦茶に最初に点呼指差し確認すべき基本事項をスッ飛ばして一方的なアポイントメントを受諾しなければならない程の「メスの匂い」と「SEXの予感」がPBXテレホンの受話器からピンクの煙を纏い溢れ出していた。たった30秒程度の電話回線の向こうからの喋りなのに、だ。

「ああ、いいですよ、今度の土曜の昼なら空いてます」

推定22-24歳、女性、細身、茶髪、派手目のちょいヤンキー顔。
我ながら完璧なプロファイリング、所用時間は2400msec。
イキるでしょう、そこはイキらなければならないでしょう男子としては。
俺はまあ忙しいのだ、夢側の甘い世界実現のため日々オフィスという名の関ヶ原で戦っているのだが、しょうがないから特別に貴方の為に時間を作って差し上げますよお嬢様といった精一杯の中2秒マインドを振り絞って紡いだ言葉。
一体どうやったら今後こんな月9みたいなシーンが俺に訪れるのだろうか。先生。


そうしてまんまとアポイントを取らされた俺はノッコノコと大崎のルノアールっぽい喫茶店に向かうのだが、字数が多くなってきたのでまた次回に続ける。

アディオス、アミーゴ。




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