見出し画像

見たことがないスポーツ:日本酒道

私は剣菱瑞穂、名門K大の日本酒道部・酒将である。
日本酒道は、柔道、剣道、空手道などと並ぶ日本伝統の武道だ。武人たるもの人に勧められた杯は必ず干さなければならない。一方、どれだけ酔ったとしても、常在戦場の心構えも求められる。

きょうは宿敵W大との交流試合。副将まで戦って2対2のシーソーゲーム。酒将同士の戦いで勝敗が決する。W大の酒将は宿敵・菊正宗だ。

お互い正座のままにじり寄り、向かい合って礼をする。
審判の「乾杯」の合図と共に、杯を一気に飲み干す。私の方が僅かに早く干した杯を卓に置いた。1ポイント先取だ!
次の瞬間、菊正宗が私の盃にお替り酒を注ぎにかかる。私も攻撃をかわしながら注ぎ返す。お互いに一歩も譲らない激しい差しあいに会場は静まり返る。
その時、僅かに手許が狂い、盃の酒をこぼしてしまった。相手陣営から「粗相!」の大コール。私は相手の徳利からペナルティの酒を注ぎ、一気に飲み干す。
ポイントでリードされ、残り時間も僅か。絶体絶命だ……

酒量も限界に達し、体が前後に揺れる。勝敗は最後のワンチャンスに賭けられた。私は酒を注ぐフリをして、菊正宗の徳利とお猪口を奪い、場にあるすべての酒を飲み干す。そして間髪いれずに、相手の手許に置かれた伝票を抜き取った。

「お会計お願いします!」
「あっ、それはこちらで!」

菊正宗が慌てて手を上げる。私は彼の両肩を抑え込み勝利宣言をした。

「きょうはこちらで払わせていただきます!」

応援席から歓声があがる!奇跡の大逆転に、菊正宗はがっくり肩を落とした。私は胃から込み上げてくるものを飲み下しながら、彼に目を据え、深々とお辞儀をした。武道は礼に始まり、礼に終わるのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?