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はじめて買って、共に死ぬ

中学時代。
お小遣いを握りしめ、父に土下座して、はじめて手にしたCDがある。

10年以上も前に発売されたアルバムを、わたしは棺桶まで持っていくつもりだ。

***

ジャケットでお分かり頂けると思うが、『TRUE  BLUE』はセガが誇るゲーム『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』シリーズのボーカルベストアルバムである。

(わたしがソニックという存在に心奪われたことは以前の記事で語り尽くしているので、良かったらご覧ください)

誕生15周年を記念し発売されたこのアルバムが、わたしはどうしても欲しかった。
PS3版『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(通称新ソニ)のメインテーマを、どうしてもフルサイズで聞きたかった。

(1:21:57〜1:22:45のバックで流れている曲がそれ)

名を『His World』という。
彼の世界。ソニックの世界。ソニックが走る、風の世界。
名前がもうエモーショナル。

ギターとストリングスとボーカルが織りなすサウンドを、自分のプレーヤーで永遠に聞いていたかった。
公式サイトとゲーム内の音源では足りないのだ。歌詞だって知りたい。

だが今も昔も、わたしが住んでいるのは東北の辺境。田舎もいいとこの港町だ。

地元のCDショップ、隣町にあるTSUTAYA、車で1時間かかるイオンの中のタワレコ、反対方向に1時間かかるブックオフ……
クールな笑みを浮かべる青い針鼠は、どこに行っても見当たらなくて。

それでも諦めることができなくて、わたしは父に土下座した。

人生で初めて、ネットショッピングに手を出すことへの許しを乞うたのだ。

当時13歳だったわたしの代わりに、父のメールアドレスを用いて。
年季の入ったデスクトップに緊張した面持ちで向き合って。
震える指で、Amazonの『レジへ進む』ボタンをクリックした。
その月のお小遣い全額を握りしめ、配達員がやってくるのを玄関で待った。

そうしてわたしの元に、『TRUE  BLUE』はやってきたのだった。

***

それから7年後。
2015年10月10日。東京で、とあるイベントがあった。

全編通してセガ作品の音楽しかない、まさに夢のようなオーケストラコンサート。
当然、ソニックの曲もある。むしろソニックだけで第1部を構成してしまっている。
あまりにエモーショナルでセンセーショナル。これが行かずにいられるか。

当時のわたしは、大学生になっていた。
そしてこれが、わたしにとって初めての遠征となった。

自分のメールアドレスを用いて、もう震えなくなった指で『チケットを買う』ボタンをクリックし、意気揚々とバイト代を握りしめてコンビニのレジに行った。
夜行バスに乗るのは人生で2度目だったから、そればかりは緊張したけれど。

あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
2階席の真ん中で浴びた生のオーケストラサウンドは今でも耳をかすめるし、目を閉じたら、東京芸術劇場のホールが浮かんでくる。

それくらい貴重で、至福で、最高の時間だった。
「オケを聞く時の正解は2階席。響きがいちばんよく分かるから」
そう教えてくれた中学時代の部活の顧問に、心の中で多大に感謝した。

このGSJセガ。
終演後にちょっとした――いや、ちょっとどころじゃないおまけがあった。

出演者によるサイン会である。なお、出演者はこちら。

飯塚 隆 (『ソニック』シリーズプロデューサー/株式会社セガゲームス所属)
瀬上 純 (『ソニック』シリーズ サウンドディレクター/株式会社セガゲームス所属)
光吉 猛修 (サウンドクリエイター/株式会社セガ・インタラクティブ所属)
かがわの水割 (芸人、『ルーマニア』シリーズ「ネジタイヘイ」役モーションアクター・CV、太田プロダクション所属)
うらら (『スペースチャンネル5』特殊報道チーム所属 ※衛星中継による生出演)

とんでもなくないか。とんでもないのだ。
このとんでもなさが分かる人は生粋のセガファンでありソニックファンだ。
是非ともわたしと握手をしてほしい。

このうち、サイン会に参加されたのは上から3名。
飯塚隆さん、瀬上純さん、光吉猛修さんの御三方である。

告知を見た瞬間、震え上がった。嘘だろう。嘘だと言ってほしい。
ソニックの育ての親とソニックの音楽を作っている人、そして噂には聞いていた「日本一の歌うまサラリーマン」と呼ばれしお方。

そんな余りにも偉大すぎる御三方に、お会いできてしまうのか?
なんつーイベントなんだGSJセガ。

話を戻そう。

サイン会と言うからには、サインをして頂くためのアイテムが必要だ。
GSJではパンフレットが発売されていたので、それにサインして頂くのが普通だろう。わたしも出発前までそのつもりでいた。

が、当日。わたしの鞄にはあの『TRUE  BLUE』が入っていた。

ギリギリまで迷った。物販に置いてすらいない、7年前のボーカルベストにサインして頂くことが、果たして許されるのか。
だけど注意事項には「パンフレットかCD」という制限だけだし……

許されるのなら、このCDにサインして欲しかった。
震える指でAmazonのボタンをクリックしたあの日から、何十回何百回と聞き尽くし、高校受験も大学受験も初めて親元を離れた日の夜も、いつだってわたしに寄り添ってくれた、わたしの原点が詰まったこのアルバムに。

もし駄目なら、購入したパンフレットにサインして頂くつもりだった。
恐る恐る、列整理をしていたスタッフのお姉さんに聞いてみる。

笑顔でOKして頂いた。
ありがとう!!!ありがとうスタッフのお姉さん!!!

そして。

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はじめて買ったCDが、家宝になった。

***

あれから、さらに5年。

社会人となったわたしの部屋の、いちばん目につきやすい場所に『TRUE BLUE』は置いてある。

CDショップを駆けずり回り、涙を呑んだこと。
Amazonの注文確認画面を、何度も父と確認したこと。
真新しいケースに傷を付けないよう、そーっとそーっと開いたこと。
歌詞カードの英語歌詞の羅列を、辞書片手に必死で解読したこと。

眠れなかった夜行バスの車内。
慣れない都会の空気、高層ビルと、そのふもとを行き交う人のざわめき。
なかなか進まない物販待機列。パンフレットの光沢紙が反射した光。
コンサートホールの薄暗い照明。会場を満たしたオーケストラと合唱の響き。

「おっ、TRUE BLUEだ」と笑い、パンフレットにまでサインしてくださった瀬上さん。
「今日はありがとう」と、にこにこながら握手をしてくださった飯塚さん。
「どんな感じがいい?でっかく?わかった!」と豪快なサインをしてくださった光吉さん。

このアルバムを目にする度に、何度だって思い出す。
わたしの心を満たした色濃い思い出の数々が、『TRUE BLUE』には染み付いている。
それは一生誰かに話していたいし、その時抱いた感情も想いも、一生誰かと共有していたい。

でもなあ。
世界で1枚しかないわたしだけの家宝を、わたしのいなくなった世界に置いていきたくないなあ。

だからわたしは、このアルバムを棺桶まで持っていく。
たぶん燃やせないだろうから、墓の中に入れてもらう。

そして『His World』を口ずさみながら、あの世を駆け抜けるのだ。風のように。

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