イノベーションを阻害する国民性

1. この前ネット記事でAI研究の第一人者である東大の松尾准教授が日本のAI研究は遅れているというものがあった。


いわく、AI研究をめぐる戦いはAI研究そのものだけでなく後方で資本等でそれを支援する企業や国側のスタンスの問題であると。


にもかかわらず、日本では経営者や国側のAIリテラシーがないので投資が進まないか、間違った方向に資本や予算がつぎ込まれている…。


2. この記事を読んだ時、あらためてテクノロジーに対する理解のない自分を恥じたが、特にショックを受けることはなかった。日本という組織が抱えるいつもの問題がまた出たと。


つまり、過度な安全重視とルールメイキングといった環境整備の軽視。


(1)まず過度な安全重視について。
この手の話があるとき、必ず初めの段階では日本人研究者が世界の先端をいっているか、そうでなくてもトップ集団についていけているときが多い。


にもかかわらず、途中でかならずといっていいほど欧米企業や最近では中国企業に抜かれてしまう。

大きなイノベーションには失敗のリスクがつきものなのにかかわらず、それに対する忌避感が強く、そのリスクを避けようとするあまり、規制立法が成立し、それが足かせとなって海外勢に負けてしまう。


なぜこれほどまでに日本社会がリスク対処でなくリスク回避に向かうのかといえば、全体の調和を重んじるあまり、個人の主張や行動に伴って生じるコンフリクト(葛藤)を避けようとしてしまうから。その結果、上記の研究者は変人扱いされ、社会の例外と見なされ、冷遇される。調和を乱す存在だから。その彼が例えば青色発光ダイオードを生み出し、ノーベル賞を受賞してもアメリカに逃げてしまう…。


コンフリクトは社会や会社が個人によって成り立っている以上、不可避的に生じるもの。それを避けてないことになどできないという認識が組織の活性化や新たな価値の創造に繋がると思う。


社会自体がイノベーションに伴う個人と全体との齟齬、つまりはコンフリクトをマネジメントし、それによって生じるリスクに事後的に対処する姿勢が必要なのではないだろうか。

日本社会にもっといいファシリテーターが必要なんだろうなあ。

(2) 次に環境整備の軽視について。
よく柔道のルール改正に対し、日本柔道界の方はルールに対してああだこうだというのはみっともなく道に反するみたいなことをおっしゃる。
でも例え、いいものを生み出してもそれが規格化されデファクトスタンダード(市場競争の結果、需要者や供給者によって認められた事実上の業界標準)が確立されないと日本が世界をリードできないと思う。

やはり、至誠天に通ずじゃ世界に通用しないと思う。

3. 自分はローテク代表の警備業の経営者であるが、こういったイノベーションを巡る世の中の流れは今後も注視していきたい。なぜならこの業界は今後劇的にハイテク化していく可能性が高いから。

もはや分をわきまえている場合なんかじゃない!

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夢破れて自分探しにインドに行くも見つからず途方に暮れる。その後W.Hオーデンの詩と出会い、自分は探すものじゃなく父の恩に報いることで作っていくものであると考え実家の会社を継ぐことを決意、現在に至る。
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