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アートギャラリーで働くということ(後編)

20代の終わり頃、1年ほど現代アートギャラリーに正社員として勤めていました。今回はその時の体験をもとに、「ギャラリーで働く」ということについて書いてみたいと思います。前編はこちらからご覧ください↓

なお、体験談は特定を防ぐために9割リアル:1割脚色で書いています。また、ギャラリーの大多数が個人経営のため、個々のギャラリーによって事情がだいぶ異なります。あくまで私個人の体験・感想として、参考にしていただければ嬉しいです!


念願のギャラリースタッフに

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面接、筆記試験、適性検査を経て、晴れて現代アートギャラリーの正社員に採用されました。新規オープンのプライマリーギャラリーです。

ギャラリーでの働き方として、かつて私がイメージしていたのは、「ルールがあってないような感じ」でした。忙しい時は鬼のように忙しいけど、暇な時は閉めたり夏休みを長くしたり、他でおもしろい展示をやっていたらチェックしに行ったり、など臨機応変に動く感じです。

実際そういうギャラリーも多いと思うのですが、私が働くことになったギャラリーは正反対でした。大手企業のようにカッチリしていて融通がきかず、意思決定が遅くて、そのかわり残業代や各種手当はきちんと支払われました。

取り扱いアーティストについては、これから順次増やしていくという段階でしたが、国内外問わず中堅を口説くというスタンス。海外ではある程度の知名度があるけど日本では紹介されていない、というアーティストを見つけてこようとしていました。


スタッフは実質2名だけ

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いよいよ働くことになりましたが、一緒に働くスタッフは1人しかいませんでした。オーナー、同僚A、私という構成です。もうひとり、外部の総務スタッフがいましたが、ギャラリーには来ないのでほとんど顔を合わせませんでした。

展覧会企画はオーナーがディレクションしますが、実質動くのが2名しかいないとなると、当然すべての作業を2人でやることになります。大まかな役割分担はあるものの、基本的に全部一緒にやるという感じ。協力しないとこなせません。

週5フルタイムで2人きり・・・というのは、気が合わないと地獄だと思いますが、歳が近いこともあって幸運にも仲良くなれました。すごくいい人だったのもありますし、お互い「仲良くしないと働きづらい」ということも十分理解していたと思います。彼女とは辞めてからもプライベートで会ったりしています。

1年程して2名増員し、計4名となりましたが、新しい2人もすぐに馴染んで仲良く働けました。やや年上の経験者の方々だったので、業務上非常に助かったことを覚えています。

スタッフ同士はうまくやっていたのですが、オーナーが曲者で(ありがちな話)、結局その4名は現在誰も残っていません。前編でも書いたように、相性に左右される職場なので、いろいろなギャラリーを転々としている人もいたりします。


ギャラリースタッフの業務内容

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外から見ると、ギャラリーってけっこうヒマそうに見えるんじゃないでしょうか。実際知人に「なにしてんの?」と聞かれることもありました。でも、実はめちゃくちゃたくさんやることがあるんですよ。

【展覧会関連】
・アーティストに連絡を取って、展覧会のテーマや展示作品の相談
・アーティスト事務所、他の所属ギャラリーとの契約
・作品輸送の手配
・展示位置の検討と、設営の手配
・実際に設営も手伝うor自分たちで全部やる場合もあり
・海外アーティストの場合、来日手配(航空券、ホテルの予約等)
・来日したら送迎、案内、場合によっては画材店などに付き添って通訳
・プレスリリース(日英)作成と郵送
・メディア掲載の依頼(メール、電話、FAX、郵送)
・展示作品と展示風景の撮影手配
・展示によってはカタログの作成(執筆・翻訳依頼、文章チェック、印刷会社との連携)
・作品リスト、プライスリスト、個別作品の情報シート作成
・オープニングイベントの企画と準備(飲み物やプチギフト手配)
・トークイベントをやるならファシリテーターや通訳の手配
・招待客の選定と招待状送付
・展覧会期間中は受付、来場者案内
・芳名帳管理、来場者数などの記録
・作品が売れたら、請求書の発行、梱包・配送や設営の手配

【日常業務】
・作品管理(撮影、データ入力、倉庫での物理的な管理)
・ウェブサイト、SNS、メルマガでの情報発信
・問い合わせ対応
・アーティストとのコミュニケーション(SNSで近況を聞くなど、雑談)
・経理、勤怠管理
・備品管理
・スペースの清掃
・展示品のチェック

【その他イレギュラー業務】
・プロモーション写真や動画の撮影
・アートフェア出展、それに伴う出張
・アトリエ訪問
・アーティストの制作の補助
・特別顧客のためのプライベートビューイング

思い出せる範囲で書いてみましたが、まだあると思います。羅列するだけで疲れました…。受付に座ってぼーっとしてるだけじゃないんですよ笑

細かいことが多いので、抜け漏れのないようにするために神経を使います。また、1-2ヶ月で展示を入れ替えるため、常に3つくらいの展示プロジェクトが並走しており、関係者のメールをさばくだけで半日かかったりします。

やることは積み重なっているのに、展覧会期間中は作業に集中できないというのも難点です。おしゃべりが好きな訪問者もわりといて、大事なお客さんになる可能性もあるので都度解説をして回るのですが、相手をしているとあっという間に時間が過ぎ去ります。毎日終電まで残業して土日出勤しても終わらない…という涙の日々でした。


全部自分たちでやる?

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設営については、安全の観点から専門業者に任せるというギャラリーもありますが、私が勤めていたところはできるだけ自分たちでやるという方針でした。たとえば絵画なら、作品サイズと目線の高さから位置を計算して、釘穴あけて、作品を掛けます。

アーティストに現地制作をしてもらうことになって、下地を用意したこともあります。身長くらいあるガラス板を壁に設置していたところ、ビルの振動によってガラス板が真横に落下してきました。素人仕事なので留めが甘かったのだと思います。

幸い、落ちどころがよくてガラスにはヒビも入らなかったのですが、もし粉々に割れていたら破片で自分の顔・体もぐちゃぐちゃだったかも…とすごく怖い思いをしました。また、作品になる前の板だからよかったものの、完成した後だったら何百万円の値がつくものです。何の指導も受けていないスタッフが扱うと危険が伴います

撮影や翻訳も自分たちでやっていたのですが、クオリティを考えるとプロに頼みたいところです。カメラの勉強をしたり、じっくり翻訳文を練ったりできればいいものの、業務量が多すぎてそんな時間はなく、とにかく展覧会に間に合わせるのが最優先という中で、納得できるレベルに到達していない仕事もたくさんありました。

とはいえ、限られた予算でできることをやるのも大切。近隣のギャラリーでは、ギャラリースペースまでスタッフがつくったという話を聞き、出来栄えに驚愕しました。天井を壊して屋根裏スペースをつくったり壁を増設したりステージを組んだり、どんだけ技術と体力あるんだよという…。美大出身の"つくり手"がいたりすると、設営や梱包もお手の物だったりします。


気になるギャラリースタッフのお給料

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ギャラリースタッフで正社員というのは、けっこう貴重な待遇です。求人を探してみるとわかりますが、ほとんどが時給制の非正規雇用となっており、しかも最低賃金に近い薄給であることが多いです。

アート関連の仕事は薄給でもやりたいという人がたくさんいますし、正直プライマリーギャラリーが儲けるのは難しいので、高いお給料を支払うのは厳しいでしょう。

ただしプライマリーの中でも、定評のある人気アーティストを排出している有名なところでは、事情も違ってくるかと思います。敏腕のディレクターを引っ張ってきてそれなりのギャランティを払う、ということもあります。

私の場合、ギャラリーの収益と関係なくオーナーの懐事情がよかったため、一般的な企業と同程度のお給料をもらえていました。さらに残業代がキッチリ支払われるシステムだったため、忙しい時期は残業代だけで十数万になり、年収ベースでは450万円くらいでした。20代後半女性としては、むしろいいほうなのではないかと思います。

とはいっても、そこまで残業代がつくということは労働時間もかなりのもので、月80時間の過労死ラインは超えっぱなしでした。月80時間だと日割りで4時間、10時〜6時が定時だったら毎日職場を出るのが10時過ぎなので、プライベートの時間がほとんど取れません。プラス休日出勤も多く、好きじゃないと続けられない仕事なのは間違いないです。


ギャラリーで働いてよかったこと

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激務ではありましたが、アートに囲まれて仕事ができるという夢のシチュエーションでした。アーティストやコレクター、ギャラリストの方々と知り合う機会も多く、現在進行形のアートシーンに自然と詳しくなれます。

特に、アーティストと密に関われるというのはすごく貴重な経験でした。中には気難しい人もいますが、コミュニケーションを取っているうちに徐々に心を開いてくれて、あちらから連絡をくれるようになったりして、信頼度が上がっていくのが嬉しかったです。

また、アートフェア出展のために海外出張する機会もありました。アートフェアは、多数のギャラリーがブースを出してイチオシのアーティストの作品を展示しているので、まさに"いま"のアートを知ることができるイベントです。巨大な会場で膨大な数の作品を観ることができ、連日感動しっぱなしでした。

あとは何と言っても、展示の準備が完了した時の達成感は半端じゃありません。作品の選定から設営まで関わっているので、思い描いたように作品が並んだ様子を前にすると感無量です。展覧会のオープニング前は連日深夜まで追い込み作業をしていて体力的には限界ですが、いよいよお披露目と思うとワクワクニヤニヤしてしまいます。


大変だけどやりがいは大きい

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ここまでで、ギャラリーで働くことの苦労は十分伝わったかと思うので、あえて「つらかったこと」は書かないでおきます。また、1年強で退職した理由についてもノータッチでいきます。いろいろ事情があるんだろうな、と察してください…。

ひとつ言えることは、ギャラリーでは作品を販売しなければ儲けが出ず、売れなければアーティストにお金を払うこともできなくなります。アートが好き!という想いが強くても、ビジネスとして捉える感覚がないと、気持ちにズレが生じるかもしれません。

肉体的にも精神的にもキツい仕事ですが、やりがいは間違いなく大きいです。ただし、大手企業のサラリーマンから転職する場合などは、ほぼギャンブルですのでよく検討してからにしましょう。そのギャラリーと自分の相性が合うか、納得いくまで通ったり話を聞いたりすることをおすすめします。

私は結局ギャラリーからは離れてしまったのですが、とてもいい経験をしたとは思っています。今は別の仕事ですが、アート関係なのでギャラリーと関わる機会もあり、あの時の経験は無駄じゃなかったなと実感しています。この体験談も、どなたかの参考になれば幸いです!


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