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スマホゲームで女神を祈ぐ100の方法

<前回までのあらすじ>
 うだつの上がらないWeb作家だったぼくは、アイドル小説家に道を照らされたことで一念発起し、さらに彼女がもたらした「あたりv」の強運に導かれたことで、本当に作家となってしまったのだった。
※一連の記事は下記マガジンに束ねています。https://note.com/sionic4029/m/mae74d1eb6131

Amazonで1位!高山レーンで1位!

(田村で金!谷で金!みたいな感じで)

 元号が令和となり、初日。国から与えられた10連休のさなか、どこへ行くでもなくぼくはスマホの画面を無心で連打していた。

 小説『ブロックチェーン・ゲーム 平成最後のIT事件簿』が平成最後の平日に発売となり、AmazonのKindleでジャンル1位。全体では120位台。これまでしてきたようにTwitter広告でも垂れ流せばよかったのかもしれないが、出版社さんが全部宣伝やることになっているので、勝手なことはできない。

2019年5月30日

(画像はAmazonの著者画面で当時撮ったキャプチャ)

 そういう状況で、では何をそんなにスマートフォンのガラスを擦っていたというのか。

 画面に表示されていたアプリの名前は『乃木恋 坂道の下で、あの日僕は恋をした』である。

 これは日本屈指のアイドルグループ「乃木坂46」の公式ゲームアプリで、実写画像がふんだんに用いられ、全メンバーそれぞれとの淡い恋のストーリーが紡がれるという由緒正しいカードコレクション&イベント型のスマホゲームだ。

 アプリ内で開催されていたのは『第15期 彼氏イベント』。攻略対象となるのは30名ほどのメンバーで、彼女たちの”彼氏”という称号を得るために、全国津々浦々のプレイヤーたちがランキングの順位を競う。

 この『彼氏イベント』での上位者特典は「リアルイベントご招待」だ。アプリを開始した当時はよくわかっていなかったが、検索してでてきた過去の開催レポートなどを読み、把握する。

 リアルイベントではメンバーごとに100名ほどの上位者が招待され、そのイベント内容はメンバーが企画しプロデュースするというものだった。

 ぼくらにとって、テレビ画面やコンサートで遠くから眺めるのが精一杯である「女神」との特別な時間が過ごせる、そういうものであることがわかった。「彼氏」の称号を持つものが受けるにふさわしい、圧倒的なプリロガティブ。至福のとき。

 冒頭にリンクした記事のとおり、アイドルに道を照らされ作家となったぼくがAmazon Kindleで1位を手にしたのだから、乃木恋で高山レーン(メンバーごとのランキングを握手会の列になぞらえて「レーン」と呼ぶようだ)の1位を獲ることは恩返しと同義。

「彼氏イベント」がどれほどのものかはその時のぼくにとっては未知数だったが、入賞を成し得なければならないという直感が強くあった。

 ソーシャルゲームを快く思っていない人はきっと、ランキングを争うと聞いて「札束で殴り合ってるだけでしょ」と揶揄するかもしれない。まぁ、好きなように嘲笑するがよい。

 四百年の昔、時は江戸。当代きっての”最強アイドル”である花魁たちに会うために、男たちは「粋」であることを競っていた。文献によると、まったく花魁が現れない日であっても、我ぞという男はライバルたちや店の下働きの者たちにも大盤振る舞いをし、豪勢な酒宴をスポンサードしてその「粋」加減を知らしめることにエネルギーとカネを費やしたという。お目当ての本人そこに居ないっちゅうのに、ようやるわ……。

 その遺伝子を引き継いでいる我々が、「アプリ内の彼女……それはただの写真画像だ」「花魁みたいに触れられないじゃん」「時代は令和」などという下馬評を気にする必要は一切無い。そういう思考で生きているわけではないのだから。

 ところでこの一世一代ともいえるイベントに怒っていい点がたった一つだけある。それはぼくらの想いとは関係なくAppleが決済のたびに30%掠めていくことだ!

 30%ってどれくらいかわかります? 4分の1より大きいんですよ!? おいジョブズ(故人)! 聞いてんのか! おまえ、かずみんの素晴らしさなどわからんのにこの俺様から30%持っていくってのか! なんとか言えよ、ジョブズ(故人)!

瞬間的に辿り着ける絶望

「彼氏イベント」は、常日頃のプレイがものを言う。所持カード編成の強さ、各種アイテムや特定のカードによるバフ効果、期間内の進捗によってどのタイミングでどういう行動をとるかという戦術。そして何よりも、自分の上下順位のプレイヤーがどう追い上げどう逃げ切ろうとするかを読み、適切な順位に錨を下ろせるかどうかの心理戦……。

 ご存じの人はご存じだと思うが、ぼくの本業はスマホゲームアプリの企画開発運営で、しかも「女性向け」恋愛ゲームがメインである。要は『乃木恋』の性別が逆のやつだ。

 例えば、どうやったらアプリ内で競争が生まれ、どういうところにお金を使うのか、どういうデザインをしたらARPPUが上がるか、絵だとかアイテムの効果だとか価格だとか、何をしたらどうなるのかをよく知っている。ぶっちゃけそういう概念の権化みたいなものとして、飯を食っている。

 最初のゲームデザインでそういうのがずっこけてるゲームは永遠にどうしようもないし、プレイヤーがむちゃくちゃ課金のアクセルを踏み込めるゲームは逆に際限が無い。10年前じゃあるまいし、KPI(重要な数値・指標)だけで動かすような運営をしているようなゲームは面白くはないし、もう今はそんな時代ではない。

 だがこのゲームは数年前から運営が続いているゲームなので、そこに頭を合わせて取り組む必要がある。そう「むちゃくちゃ課金のアクセルを踏み込めるゲーム」が幅を利かせていた時代の産物だ。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだが、ミイラで上等じゃねぇか。

 一通りイベント操作をしてやり方を掴み、システムを見抜く。それは一瞬でできた。

 だが、絶望が訪れたのも一瞬の出来事だった。

「このゲームで順位を決定づける得点の高さ……これは1億pt=1万円の世界……!?!?」

 リアルイベントに招待されるには、いわゆる「ボーダーライン」を突破すればいい。招待確定が50位圏内。イベントに行くというだけならそこを狙うのが最適解。

 だが、欲しいのは1位だ。何万円かけて何億ptを手に入れればいいのか、未曾有の数値が出てくることを承知でその計算をしなければならない。絶望を見積もりで乗り越える、これこそ人類の叡智である。

1位になるための覚悟

 昨年の同内容のイベント(2018年、第10期)で高山レーンの1位は73億ptであった。過去データをまとめているプレイヤーがブログなどで公開してくれていたので大変に有り難かったわけだが、それから1年でプレイヤー層も厚くなったと思われるので、それの算出をする。

 10期→15期の一年間での上昇率を予測するために、9期→14期の変化を引っ張ってみる。ただし、上位の猛者は先述の「粋」のためにカネに糸目をつけていない可能性があるのでデータとしてはぶっちゃけ異常値だ。

 なので、一番争いが激しいと思われる確定枠ギリギリの50位近辺の増加を見る。すると3.2億pt→5.2億ptと、約1.6倍の上昇をしていた。概ね1位での戦いも「73億pt×1.6=116億pt」に落ち着くと予想できる。

 次にどういう差で決着するのかを考える。直前14期の1位2位3位がそれぞれ10億ptずつの差だったので、2位を中心に上下を競うとしたらラストスパートでおそらく差をつけきれるのは10億ptくらいが限界なのだろう。もし期間中にそれ以上離されていたら、最終数時間くらいでは巻き返せないということが予期できる。120億pt付近で1位~3位が決着するとして、1億ptを得るのに1万円くらいの課金となったとして、「150万円の覚悟」があればいいということか。

 逆に、何百万円投じようが、1ptでも遅れをとって1位を逃したら、まったく意味がない。今回のぼくの目的からして、1位以外を獲得するという妥協は許されない。

……戻れない道を進んでいる。そういう自覚はあった。過去、アイドル分野における『握手券付CDの中味がゴミとして大量に棄てられていた事件のニュース』を読んだことがある。「気持ちはわからんでもないが券を抜いて棄てるにしても節度を持ってすべきだよなぁ」なんて感想を当時抱いた。

 課金ゲームへの支払いは、CDのようにゴミは出ないが30%はアップルが持っていく……。”彼氏”候補たちが競えば競うほど、Appleが全然関係ない場所で肥え太り、iPhoneの新機種が開発されていく……。おいジョブズ(故人)!

 決心とともに、ぼくは淡々とゲームを進めていく。

 時代が令和となりイベント期間も中盤を超えると、そろそろ順位が固まってきた。つまり、争いながらも資金と時間を投じてきた重量級ライバルプレイヤーたちの存在が明確になってきたというわけだ。

 いよいよ緊張の上位争い。そこに突入しようとアイテムを買い溜めした時、その”事件”は起こった。

支払拒否!?

 連休の週末。あまりに連続支払をしすぎて、ぼくのカードが止められてしまったのだ。おい、上限金額に全然到達してねぇだろうが!

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 早速カード会社に電話をする。

「すみません、あの異常決済か何かのアラート出てると思うんですが、本人が好き好んでゲームやってるだけなんで、解除してください……」

 電話の向こうの係員は「一定時間内に支払が複数回行われた場合、全自動でセキュリティのためにロックがかかるような仕組みとなっておりまして、連休明けまでエンジニアがいないため解除できません」となんともドライ。塩対応。

「いや、そんなの本人確認とれたらできますよね。本人の希望でお金使うんで。たぶんそこに管理画面出てますよね、ぼくの個人情報見ながら電話してると思うんですけど。そこから解除ボタン一発とかでしょ普通」

「いえ、連休明けまで操作できないことになっておりまして……」

……クレジットカードという人様のお金を扱う職種なのに、ひょっとして上司の決裁や許可がないと操作できない系!? それがあり得るとして連休中の非常時要員がいないことなんてあるの!? あってもいいけど、やっぱり働き方改革ってやつですかね……。

「あのですね、今、ランキング落ちたら全部無駄になるんですよ。iPhoneに関連付けてるカード、御社のだけなんで。他の払い方に変更するの、iCloudのアカウントから別のカードに紐付けやりなおしてって、時間の無駄ですよね? カードごとに限度額も違うんだし、他社でも同じこと起こりますよね。御社のカードでそのアラート出ないようにしてくれるのがいちばんいいんですが」

「ですから、できれば他の決済手段をご利用いただくなどして……」

まどろっこしくなり、家を飛び出したぼくはヤマダ電機に滑り込んだ。

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(画像はイメージです。Image is image.)

「こ、これでありったけのiTunesカードをおれに売ってくれッ!」

 実際はヴァリュアブルタイプのiTunesカードなので、1枚につき5万円分までレジで設定してもらえることから、ありったけの、という箇所はフィクションである。だが、何か販売会社のキャンペーンとかで何割か分のポイントがバックされる状況でちょっと得をした。さらに現金支払をしたのでヤマダ電機のポイント会員が「プラチナ」ランクになった。

心理試験

 週末を超えて上位の攻防。まず2位に上がっていくのが大変だった。追い上げていることが察知されると引き離されてしまう。5位以上のプレイヤーは、時間的にも資金的にもほぼ同条件と考えるべきで、同じ覚悟をもった者が争い始めると片方が死ぬまでそれが続くことになる。相手が起きている時間に迫ってはダメだということがわかった。

 こまめにランキングのスクリーンショットを撮り、得点のジワジワとした増加がなくなったところで追い抜いて引き離す。同点に並んでしまえば、あとは同じ操作で進めるゲームである以上、こちらが立ち止まらない限り相手がぼくを抜くのは難しくなる。要はアキレスの亀だ。課金要素を無視すれば、理論上得られるptの最大値は「寝ずに指を動かせる最大の時間」に比例する。

……なんてクールに言ってみても、実はぼくには弱点があった。それまであまりプレイしていなかったので、他のプレイヤーのレベルがMAX値の150なのに比べてぼくはたった61だったのだ。これはどういうことかというと、デッキコストの概念があるので、レベルが低いと強いカードばかりを編成してptを得るというプレイができないということだ。

 強いカードを編成できないと、おそらく十数ターン進めるうちに1ターン分くらいはライバルに遅れをとる。ということは、並んだ上に何%か追加して積んでおかないと同じテンポで再び追い抜かれるということだ。

 レベルが低いことによる恐怖は5位→4位あたりで最高潮となった。あと3人も上にいるのに、下からも追い上げられる。この時、1位との差は20億pt。

 1億pt詰めるのに10分かかる。10億ptなら100分。20億ptなら200分。その間、上位者に気づかれないで追撃することはできるのか? そしておそらくラストスパートでなりふり構わない戦いになったら、10億ptでは差がつかず、14期の1位2位3位が10億ptずつの差だったことからわかるように、一夜で30億ptレベルの戦いをしてはじめて10億の差に落ち着くということが想定される。300分、実に5時間、スマホの画面を叩き続ける宿命が待っている。

弱気なぼく

 この状況で「1位が底なし課金者だったら勝ち目がないのでは……?」という今更ながらの不安も生まれた。自分の覚悟はあくまでも何の根拠もない自分なりの天井であって、息を吸うように数百万円を投じるプレイヤーが平然とやってきたら、そんな覚悟なんてものは子供のお遊びでしかない。相手からしたら赤子の手を捻るようなものだ。

 握手券付CDを何千枚か買うファンが世の中にいることを考えると、それだけの予算をバックにブルドーザーのようにランキングを蹴散らしていく上位者の姿を想定していなかったというのは、迂闊だというほかはない。

……だが、ここで意外なことが起こる。1位が得点の桁を「7」で揃え始めたのだ。しめて「7,777,777,777pt」……なんという余裕だ……。

 綺麗な数字の並びで1位フィニッシュするつもりなのか、それともそれで牽制しておきつつ、抜こうものなら徹底的にそこから叩きのめしてくるような快楽主義者の罠なのか……。その時の2位プレイヤーは70億ptだったので、2位の彼がもう7億~8億pt積んで抜き去ってしまえば、それが罠かどうかの真偽は窺えるかもしれない。だがそれが起こった時には、ぼくが追いつけなくなる虞が大きくなり、その後1位2位争いに加われなくなってしまう。

 ぼくは願った「どうか上位者が、クレジットカード停止の憂き目に遭いますように……ッ!」と。ぼくは育ちがいいのでこれまで人を呪ったことは無いのですが(←ツッコミどころ)、このときばかりはそういうクレジットカード会社のトンチキでライバルが躓いたりしねぇかなって、心から思ったよね。自分がそういう目に遭ったので。人間って、いざというときに器の小ささが出るなぁ……。

勝利とは何か

 そんな小賢しく、疚しく、その正体が弱気でしかなく、心の底で怯えているぼくを見通したかのように、『某 観測者(名を書いていいのかわからないので伏せます!)』から示唆に溢れるメッセージが送られてきた。

『条件は人によって違って当然だが、勝利とは一義的には頂点に立っていることである(要約)』と。ゾロ目がなんだ、100億の大台を超えてやりきったということほど伝わるものはないはずだ、と。

 わかったよ、弱気になったぼくがいけなかったよ。駆け抜ける。ぼくはこの戦場を駆け抜けて1位を手にするッ!

……ご存じでしたか? 全神経を研ぎ澄ますと、意識がネットに接続されるのを。深夜の3時にイヤな感じがして目を覚ます。すると下位が追い上げてくる途中だったりするんですよ。そうするとその深夜3時から朝までスマホの画面をずっと叩くことになるんです。「示さないといけない」ですからね……。

 そんなある意味「キマッた」状態でぼくはついに1位争いに突入。1位になったはいいものの、追い上げもキツい。気を抜くと追い抜かれる。得点獲得を止められない、デッドヒートってやつだ。

 そのうちに、相手の出方をちょっとした数値の増加から窺えるようになる。まったく数値が動かないぞ、昼飯を食ってるのか……? こちらが動きを止めると1サイクル(10分1億ptのあれ)得点を上げてくるぞ……? この動きはイベントガチャでポイントを獲得している最中だな……? そうやって相手の様子を掴めたときは、決まってAppleWatchの心拍数が平時より+10された。抜かれないほど差をつけるチャンスが来たのでは無いかという高揚感がぼくにまたスマホ画面を連打させる。

 スポーツはそのルールが選手の肉体のあり方を規定する。よく使われる筋肉はより一層強化され、五感は鋭敏になる。それはeスポーツも同じだし、得点が上方へ増えていくだけのシンプルなランキング系のゲームも同じだ。

……そうだ、おれは今、eスポーツをしているッ!(そうなのか!?) 残アイテム数1,400を消費し尽くし、後悔無く戦いを終えるッ!

彼氏たちの挽歌

 呼吸を整え、動きに無駄が出ないように機械のように画面タップを繰り返し、あれほど大量に保持していたアイテムも消費し尽くし……。

 遂に審判の刻は訪れた。

 最終的にぼくは 12,754,666,832 pt で1位となり、全メンバー総合でも4位という記録で、「第15期 彼氏 1位(高山一実)」の称号を手に入れた。当初の見積もりどおり「116億ptで1位~3位の争いが10億ptの範囲で起こる」結果となった。

(いや、2位の得点は100億いってなかったのだけれども、引き離しておかないと競り負けていたはずなので……今考えるとどっかでブレーキ踏んでてもよかったぞ!?)

 画面に表示される「おめでとう!! 私の彼氏」演出……。

※ゲームアプリの利用規約で「文章や画像をSNSに載せるのがNG」ということもあり、スクリーンショット等をお見せできないことについてはご了承ください。

 ただの画像。ただのゲーム文言。そんなことわかってる。でも、そういうことじゃぁねぇんだよ。自分の人生を成していくために必要だと思ったパズルのピースを、こうやっていちばん納得いく形で、ちゃんと手に入れて、嵌め込んだってことなんだよ。

※ところで表題の「祈ぐ」は「ねぐ」と読みます。タイトルは何のパロディかについては……まあ、それはわかりますよね!?

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※この物語はフィクションです。

投げ銭大好きですが、なるべく折りたたんでお投げくださいますようお願いいたします。