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女神とぼくとを隔てる透明な壁

<前回までのあらすじ>
 アイドル小説家に道を照らされ、本当に作家となってしまったぼく。沈鬱なる2020年を乗り越えたが、世界はまだその色を失ったままで。ぼくらは何と戦い、何に勝てばよいのだろう……。
※一連の記事は下記マガジンに束ねています。https://note.com/sionic4029/m/mae74d1eb6131

おめでとう10年め

 2021年2月。乃木坂46の9th. Birthday Liveは配信になった。それに続いて2期生、1期生、4期生、3期生という順で、期別の配信ライブも開催されることになった。昨年が4 Daysだったことを考えれば日程が増えたと考えることもできるし、4日連続でかずみんの顔を見ることは適わなくなったと考えることもできる。

 おめでとう9th.、おめでとう10年め。この大切な節目の日に、世界とこの国がグダグダなことを悔まずにはいられない。

 配信ライブをテレビで観ることには慣れてしまったし、スタジアムならではの壮観、そして高揚を味わうことはできないだろうな。でも、この記念すべき日を、少しでも飾りたい。

 そういうファンたちの心に応えるかのように、公式サイトに祝花の受付に関するお知らせが掲載された。配信ライブながら、アイドルへの想いを届けることができる。粋な計らいだ。

 よし。

 ぼくは祝花をおくることにした。

想いは法を逸脱しない範囲で

 以前花を送った2019年の夏に比べ、ぼくの環境は随分と変わってしまった。前回は作家デビューという「変化」の後だったが、今回は都知事選候補者として活動した後だ。

 公職選挙法のおかげで「物を贈る」ということに無神経ではいられない。政治家というのはどんなに大切な人に対してであろうが、ご祝儀や香典も一定の条件のもと制限されている。冠婚葬祭は法を超えない。

 もちろん、今のぼくは政治活動はしていないし、選挙に出馬する予定もない。見回せばYouTubeのスパチャなどで投げ銭を受ける「元」候補者も数多くいる。

 今や生業としてデジタル乞食だって成立する時代だ。認められないことはないと思いつつも、ルールから逸れたことをすべきではない。

 人はいつから政治家と呼ばれ、そしていつから人は政治家でなくなっていくのか。「落選したらただの人」と巷では言われているが、できるかできないかは法に制限される。これは「能力」の話ではない「可能」の話だ。

 知識の足りない中であれこれ考えたところで結論など出ない。答えを探すんじゃない。答えを知る者を探すべきだ。

 そんなわけでぼくは、東京都選挙管理委員会に電話をした。

「昨年都知事選に立候補して落選したのですが」という前置きをしつつ、次のとおりに質問をした。

質問(1)
都知事選に出たので選挙区は東京ということになると思うが、千葉(幕張メッセ)で開催される無観客コンサートに祝花を送ってよいか。
質問(2)
都知事選後、他の選挙(区議、都議、衆院、参院)に出馬する予定もなく、政党や政治団体・市民団体にも所属しておらず、支持者集め等の活動も一切していない。(1)をしても問題は無いか。

 本来の質問のあり方としては、前提条件を含む(2)の切り口だけでよさそうなものだが、「選挙区外&無観客」というニュアンスを伝えて念のため聞いておきたかったというのがある。

 回答は明確だった。

回答(1)
送り先が選挙区外であっても、演奏者が都内在住(註:選挙区内の投票権を持つ人という意味になる)であることがあり得るため、その場合に贈り物にあたってしまう恐れがある。
回答(2)
前提条件としてもうすでに選挙活動、政治活動をしていないということであれば花を贈ることは問題ないと考えられる。

 ヨシ!(猫のイラスト省略)

 それにしても、他地域で開催される無観客配信コンサートであっても「演奏者」が選挙区内の住民である可能性は、確かにある。やはり聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というところだ。勉強になった。

人知れず咲く花

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 花をおくったはいいが、焦燥もあって前回と同様の発注をしたところ、バルーン等のアイディアを出す余裕の無さが露呈してしまい、申し訳ないとしか言いようがない。次の機会には予算と時間をかけていかねばなるまい……。

 配信ライブなので、会場にファンがつめかける事態にはならず、この花はメンバーやスタッフ以外に見られることはない。配信でも映るわけではないとお知らせに書いてあった。

 他のファンがどれくらい祝花を送っているかはわからないが、Twitterで検索した限りではそんなに多くはなさそうだ。

 それに、すでに世界は疲弊して、アイドルへの祝花を誇示して粋かどうかを競うなんてご時世じゃないのだろう。いや、そうであってほしくはない、単にぼくから見えていないだけだと信じたい。

 大勢の観客が、並んだ花からグループアイドルの世界観を覗き見るという機会は失われてしまったけれど……。

 1期生ライブでは、各メンバーが他のメンバーをプロデュースするコーナーがあり、松村沙友理プロデュースで、かずみんはソロで『ぼくのこと知ってる?』のピアノ弾き語りをしていた……が、最後のワンフレーズでカメラが手元に寄ると、演奏はフェイクで歌のみだったことがわかるという仕掛けだった。

 とても面白い試みだったが、最初から最後まで弾き語りを聴いてみたいとも思った。

 そしてその機会は案外早く訪れた。

心の薬です

 そう、ぼくは昨年もスマホゲーム「乃木恋」で上位に入り、リアルイベント参加権を獲得していた。その開催が延期されていて、2021年の4月になってやっと行われることになったのだ。

 だが、こういうチャンスであっても日和ってしまうのはぼくのよくない性格だ。この情勢でリアルイベントがきちんと開催されるとは思ってもいなかったので、20位ほどに甘んじていた。前回のように最前列ド真ん中の1位を獲らなかったことが悔やまれる。

 当たらぬ未来は予測するくせに、いつも適当なところで全力を出さないで済ませてしまう。舐めプをしているつもりはないが、結果、後悔をするのはいつも自分だ。

 会場は前回と同じビルだった。けれど座席を距離をとって市松模様に並べる都合上、部屋の広さは4倍くらいあった。3列目の中央。

 入場して目を惹いたのは、ステージ前に置かれた巨大な透明アクリル板。3枚連結されていた。同じ空気を吸うことさえ許されないような、アイドルとファンを隔てる壁。

 彼女が座るであろう位置の横にはキーボード。配信ライブでかずみんは「弾かない」パフォーマンスをしたから、何かその延長戦があるのだろうか。

 換気が徹底しているのか、かなり乾燥していた。皆マスクをしているが、花粉症持ちのぼくには厳しい季節。くしゃみや咳をしようものなら、周囲から白い目で見られ、会場から追い出されかねない。息を吸うのも慎重になる。

 会場左手のドアが開く。

 いにしえからのネットスラングなどではない。正真正銘の女神降臨とはこういうことを言うのだろう。

 拍手に包まれて、マイクを通じてかずみんはファンに語りかけようとして、何かに気づいた。

「……みなさん、しゃべれないのよね。本当ならここで何か呼んでいただいていたりしていると思うのですが、どうぞ、ホワイトボードに書いていただいて……。強要じゃないですよ?」

 遠隔地からオンラインで参加している人へも、カメラ越しにかずみんは挨拶をした。全方位への気遣い。

 そして、かずみんはキーボードで弾き語りを始めた。配信ライブのときとは違って、彼女の指が正真正銘、音を奏でていた。

乃木坂46『心の薬』

 かずみんが弾くということで、生田絵梨花が採譜した特別なアレンジバージョン。

「いくちゃんに楽譜書いてもらったら、やりきるしかない。わたしだけのために弾いて歌ってくれた動画を送ってくれたの、すごくない? 毎日寝る前に練習をして、(夢中になって)寝られなくなった」

 弾ききったあと、はにかみながら「途中ちょっと間違えちゃった。緊張で頭真っ白になっても、ここに来てくださっている方々なら許してもらえるかなーとも思って」と謙遜した。ファンはそれぞれ感想をボードに書き始めた。ぼくは「ブラボー!」と書いて掲げた。

「ありがとう! これはライブではやりません、最初で最後」

 その「最初で最後」という言葉で、ぼくは気づくべきだったんだ……。

 それから質問コーナーになった。ファンがそれぞれ質問をボードに書いて掲げ、かずみんが答えるというものだ。今日の衣装はエリザベート(シシー)をモチーフに選んだということ、コロナが明けたらハンガリーへ行きたいということ……。何気ない質問から、出演しているテレビ番組のことまで、一つ一つ考えながら、選んで、答えていった。

 これは持論だが「質問とは接待」だ。相手が話しやすく、かつ次のトークに繋がる質問をして、気分をアゲてもらい、こちらの訊きたいこともきちんと回答してもらう。質問スキルは接待スキルと言っても過言じゃ無い。

 訊きたいことをただ訊くというのは、コミュニケーションではない。こういうのをうまくやるというのは、めちゃくちゃ苦手。苦手なのでロクな質問が考えられない。

 ぼくは「最近読んだ小説は何ですか?」と書いたけれど、あまりに凡庸すぎたのか、かずみんに読まれることはなかった。ほんとうにダメだ。

 もっとリラックスして、最近ハマった○○は? のような、どんなインタビュー記事にもありそうなQ&AのQを思いつけばいいのに、そんな質問はアイドルにとって何千何百と繰り返されているものだろうから、辟易しているかもしれない……。勘ぐりすぎて、最適解が得られない。

 スタッフからカンペが出て「逆質問タイム」になった。要はかずみんからクイズを出題して、ファンがボードに答えを書いて掲げるというコーナーだ。でも、事前にそれは知らされていなかったのか、かずみんは心なしか困っているように見えた。

 さらに会場に薄く流れているBGMのせいで集中できないようで「うーん、考えちゃう。考えてる時に音楽かかってると気を取られちゃう」と言っていた。そういう時に、スッとBGMをフェードアウトしてほしいが、スタッフはまったく気が利いていなかった。これへの苦情は事後のアンケートに書いておいた。

「最近買った高いものは何でしょうか?」というクイズで、答えは「カメラ」だった。他撮りでインスタやりたいが、3ヶ月経ってしなかったらNGが出たと思ってくださいとのことで、その後、それらしき写真は掲載されていないのでおそらくNGになったのだと思う。でも、カメラが欲しくなった。

 最後にかずみんは「春休みではないところ、来てくださってありがとう、(わたしからの)心の薬です」と締めて、会場左手のドアから名残惜しそうに去って行った。

 ぼくはホワイトボードに、かずみんとスタッフへの感謝の言葉を書いて、席を立った。

いつか来るその日のために

 それからしばらくして、ニューシングル『ごめんねFinger crossed』のセンターは遠藤さくら。かずみんは二列目の右。

 それとともに松村沙友理の卒業が発表され、渡辺みり愛も伊藤純奈も卒業することになった。しばらくして大園桃子も卒業を発表。いわゆる「卒業ラッシュ」が発生してしまう。

 そして……。

 いつかこの日が来るとわかっていて、

 わかっていながら何もできずに迎えてしまった。

 2021年7月22日、高山一実、乃木坂46からの卒業を発表。

Next……

※この物語はフィクションです。

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