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リッツパーティー

 リッツパーティーに参加したい。
 
 子供の頃から私はリッツパーティーに憧れを抱いている。気の合う仲間が集まり、丸いクラッカーの上に茹で卵やらスモークサーモンやらをお洒落に乗っけて、それをみんなでワイワイ賑やかにつまむ。弾むおしゃべりと、ちょっとしたお酒(たぶんワイン)。そしてもちろん、ホストは沢口靖子。

 沢口靖子は誰をも拒まない。いつ何時、こちらがシミのついたジャージを着ていようが、手土産も持たずに出向こうが関係ない。その広い心・満面の笑みで「いらっしゃい、どうぞ」と招き入れてくれる(はず)。

 しかし一般人に沢口靖子のリッツパーティーはさすがに敷居が高い。私は常々、ごく身近な誰かが催すリッツパーティーのお誘いはないか、いや誘われなくても催されてさえいれば、どんなコネクションを駆使してでも潜り込むぞ!と密かに企んでいるのだ。

 ところで皆さんは、気の合う仲間とパーティー、といった類いの集まりに今まで何回くらい出席したことがおありだろうか?
 結婚披露宴や会社の忘年会などは、行きたくなくても半ば義務みたいなところもあるので除外。子供の頃のお誕生会なんかは楽しいけれど、セッティング自体はどっちかって言うと親がやるもの。そうではない、自分たちで段取りしてやるホームパーティー、みたいなものにどのくらい参加したことがあるだろうか?

 私はおそらく、一回もない。
 元々人の集まりが嫌いなのもあるが、そういう粋で小洒落たことをやろうとする人種が私の周りにはいない。私がそうだからなのか、そういう場所に私が流れ着いたのか? ともかくホームパーティーの経験がない。友達の家に集まっても、コタツで延々みんなで喋り倒す、などはパーティーとは呼ばない。

 そして何といっても私が熱望しているのはリッツパーティーなのだ。ピザ注文したりタコ焼き作ったりなんかはただただ美味しいだけである。あの愛想のない、無味乾燥食品の代表格であるクラッカーに、わざわざ高級イクラやケイパーなんかを乗せて、「おいし〜い♪」って、んなワケないだろ。
 あんなので場が盛り上がるわけない。見映えがいいだけで美味いはずがない。何か乗せるにしてもせめてバゲットよ。リッツって。みんな口の中パッサパサで喋れんだろうに。

 しかし私は水面下で、リッツパーティーは日本全国津々浦々で開催されていると思っている。そしてそれは土曜の午後に違いない。
 誰かが持ってきた、よく冷えたスパークリングワインを開け宴は始まる。モダンな皿に色とりどりのカナッペ風リッツが並ぶ。お、これはタラモサラダ、こっちはゴルゴンゾーラチーズと生ハムかあ、う〜ん、美味しい!お洒落!楽しい!
 昔からどこででもやっていそうで、でもやっているのを見たことがない。
 きっと、選ばれし者しか参加できない。
 
 キッチンから赤い印の箱を持って来て微笑みながら、「まだあるわよ♪」
と沢口靖子が言った。


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