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創業ストーリー【創業・理念編】

皆さまこんにちは!シオンの広報担当です。

これまでシオンの創業ストーリーの一貫として弊社代表井上の「学生時代編」、「就職活動〜社会人編」をお届けして参りました。

今回はシリーズ最終、「創業・理念編」になります。

新卒から約8年間、ベンチャーキャピタリストとして働いていた井上が出会った、とあるスタートアップ企業です。その会社は、伊藤忠商事からのスピンアウト組がつくった会社で、不動産コンサルティングを行うスタートアップでした。

ベンチャーキャピタリストとして、多くの個性的な経営者と関わってきた井上が、その中で圧倒的に輝いていたと感じたのが、この会社の創業社長でした。

そんな社長との出会いが、井上の運命を大きく変えていくことになります。

そしてシオンはどのようにして誕生したのか。

最終シリーズ、どうぞお楽しみ下さい!!


運命の出会い

ー転職を決意する会社の社長と出会い、どんなところに惹きつけられたのですか?

一言で言えば、「全て」でしたね。ビジネスマンとしての数字感覚の鋭さと、浪速商人の「情」を併せ持った人で、とにかく恐い。。その中でも圧倒されたのは、「信じ抜く力」だったと思います。

経営者というものは一様に「失敗を恐れるな。やってみろ」といいます。
ですが、実際は失敗を恐れて任せきれず、最終的には、部下の仕事にアドバイスを超えた「介入」をしてしまう経営者が多い。

そんな中、この社長は圧倒的でした。
創業間もない経営基盤が固まらない時期から、仲間を信じ、部下を信じ、ほとんどの仕事上の裁量を委ねていたのです。

不動産ビジネスですので、失敗すれば相当のリスクを負うことになる可能性があります。それにもかかわらず彼は、自ら考え抜き「チャレンジしたい!」という想いのある部下には、その仕事の殆どを任せていたのです。もちろん、「チャレンジしたい!」という意志表示の前には、脳みそが沸騰するくらい調べ上げ、考え抜くというステップを越えたうえでのことですが。

もちろんチャレンジしたいと言うからには、その想いと同様以上の努力・調査・勉強・覚悟が必要です。
その想いや覚悟を体現した部下に対して、彼は部下を信じぬき、すべての責任を自らが背負いながら、部下に裁量を任せていました。その姿に、当時の私は圧倒されました。

この会社に転職する前の私は、キャピタリストとして企業の一部分しかサポートが出来ないことに、物足りなさを感じるようになっていたことも、転職に至った理由の一つだったかもしれません。

そして様々な経営者と話すなかで、「自分も事業主体となりビジネスをしたい。商いをしたい。」という想いが強まってきていました。

そのような心境の中、社長から「うちで働かないか」と何回かお誘いを受けました。
非常に光栄なお話しであったものの、タイミングが合わなかったこともあり、
転職までにタイミングが合わず2回お断りしてしまった経緯もあります。

そんな私に対しても社長は嫌な顔一つせず、もう一度、お誘いくださったのです。
「シニアの事業やるんだけど興味ないか?」と。

そのお話をいただいたとき、私は祖母についての思い出が蘇りました。
私の実家では私が学生時代、階段を踏み外して以来寝たきりの身になってしまった祖母を、在宅で介護した経験がありました。介護の現場は想像を越える厳しいもので終わりの無いことが、これほど辛いもので家族の関係を変えていってしまうほどのものなのかと。

もしあの日が無かったら。安全な住環境で過ごしていたら起こらなかった事故かもしれない。という当時の無念も私の決断を後押しし、私はこのスタートアップへの入社を決意しました。

入社後

業界が変わるということもありますし、「社長の知り合いだから…」と言われたく無かったので、転職時は一般社員からのスタートをお願いし、最初の上司は2歳年下でした。
あらゆる雑務を自ら行うなど、実力と共に周囲からの信頼を勝ち取っていく為に日々努力していたと思います。
おそらく、社会人になって一番仕事してた時期じゃないでしょうか。それは、期待に応えたいという気持ちと、ビジネスマンとして、自分としての矜持もありました。

その後、私はシニアレジデンス事業の業務を任されていくことになります。
(運営会社4つのうち、2つは代表取締役、もう2つは取締役として兼務。)

2000年に介護保険がスタートしたシニア関連事業は、現在のようにビジネスモデルが確立されていることが少なく、毎日が試行錯誤の連続でした。

自らプロジェクトを企画しては仕掛け、そこでの経験を次のチャレンジの糧とする。
非常にハードな毎日でしたが、やり甲斐があり、何よりも、やらされていなかったのが何よりも面白かったです。

その後も何度も壁にぶつかりました。
そんな時、私は2つの約束を社員としました。

1つ目は「小手先だけ、上っ面だけで物事を解決しない」
少しでも違和感を感じたときはそのままにせず、時にはビジネスの在り方を根本から考え直すなど、真実・本質は何なのかを常に考え、本質的な解決を行うことを大切にしました。

そして2つ目は、「お客様の満足を徹底的に追及する」
お客様の要望や実現したいことが叶うのであれば、手段は問わずに向き合うことを推奨しました。たとえ社員がマニュアル外の対応をしていても、それがお客様の要望を叶える手段なのであれば私は咎めませんでした。
ビジネスの答えは常に「二人称」にあると思っています。自分が顧客だったらどうして欲しいのか?そこに全ての答えがあると思っています。

徹夜が続く日もあり大変でしたが、非常にいい会社でした。信頼できる仲間と本気で仕事し、本気で意見をぶつけ合い、本気で遊ぶ。もうこのままサラリーマンでいいかな、と思えるくらい毎日が楽しかったです。

リーマンショック

このまま順調に事業が拡大していくと信じていましたが、2008年、リーマンショックが起こり、多くの金融業界、不動産業界が大打撃を受けました。
私が所属する会社も例外ではありませんでした。

私は「この仲間達と一緒に仕事をし続けたい」という一心で、何とかこの会社を存続させたいと思い、出来ることは全てやりました。その時の気持ちは、もう1人のサラリーマンのマインドではなかったと思います。

しかしながら、そう簡単にどうにかなる訳でもなく、残念ながら最終的には事業を継続していくことが難しい状況になっていってしまいました。

株式会社シオン誕生

ー壮絶なご経験をされたのですね。お話を伺っていると、井上さんが転職先企業で素晴らしい時間を過ごされていたことが伝わり、そのような大切な会社が継続できなくなってしまったということに心が痛みます...
その後、どのようにしてシオン創立に至ったのでしょうか。

会社が継続していくのが難しい状況を目の前で体感し、改めて会社経営の怖さを実感したものの、この会社のDNAを引き継ぎ夢を証明する会社を作ろう!という思いで、シオンを創業することになりました。

せっかく会社をやるなら、挑戦できる日本であり、社会を創ることに貢献したい。日本が抱える課題を解決し、世の中に必要とされる会社を創りたいと思いを持って生まれた会社です。

創業当時は、自身のノウハウや経験を活かせるコンサルティング事業からスタートし、経営の基盤を固めることにしました。
ただコンサル然として、資料を作り提案して終わりではなく、”自ら現場にまで介入することを本当の経営改善をしていく本物のコンサル”を目指し、数多くの案件をこなしました。

その後、事業の拡大の流れもありましたし、外国人材雇用における入管法変更がありましたので、これをチャンスと捉え外国人材関連の事業を開始することになります。

当時はまだ、外国人労働者を増やすことに抵抗も多かったですし働ける範囲も制限がありました。しかし、人手不足の問題は日本が抱える中長期的で深刻な問題で、次の世代の日本を創っていく為には、外国の方の力を借りることは選択していくべき道の一つです。この分野においては、優秀な外国籍の方に日本を選んでもらい働いてもらうことも重要ですが、それ以上に外国人を受け入れる日本側の土壌が大事だと思っていますので、この部分においても事業として注力しています。

ヘルスケア事業の展開

一方で前職から引き続き、ヘルスケアのコンサル事業にも取り組んでおりました。

前職で事業者として一通りのことは経験しておりましたので、今後のヘルスケアマーケットの健全な成長を考えた時に、一事業者として施設運営に没頭してしまうのではなく、これまで介護施設運営をしてきた中で感じた、”介護業界・介護事業者の困りごと”を解決する
サービスを事業者横断的に提供することが必要との思いから事業構築をしてきました。

中でも最も大きな課題である”人手不足”に対し、介護領域に特化したワークシェアアプリの開発や、今後、拡大するであろう外国人労働者のサポートツールの必要性から、スタッフの知識や経験を一元管理できるオンラインマニュアルシステムの提供などのDX支援を展開していきました。
(ヘルスケアに関する事業の詳細は今後の記事で掲載して参ります!)

シオンの経営理念にもある「人とテクノロジーの力で社会にイノベーションを起こす」の取り組みの代表例でもあります。

ヘルスケアの現場の現状としてはまだまだDX化が進んでいないので、シオンがその流れをつくるパイオニアとして今後も展開を続けていきたいですね。

ーこうして今あるヘルスケア事業部やGOS(現在子会社として事業展開中)が作られていったのですね。
成長企業支援事業部はどのようにして立ち上げられたのでしょうか?

私の一番長い職務経験はベンチャーキャピタルです。ベンチャーキャピタリストとして業務に向き合う中で、ベンチャー企業が成長するためには資金も必要ですが、それ以外に必要なものが沢山ある。それをワンストップでサポート出来なければ、真のベンチャー支援が出来ないのでは無いか。と考えています。
そのために、3つ領域でのサポートを行っています。

  • ベンチャー企業の「ヒト」に関する課題を解決するサービスとして、人材エージェントと人事領域に特化したスキルシェアサービスで人に関する課題をサポート。

  • 「モノ(事業)」の支援として、戦略PRとデジタルマーケティングを掛け合わせたシオン独自のマーケティングサービス「ラショナル・マーケティング」で事業やサービスのマーケティングをサポート。

  • 「情報」に関する改題解決サービスとして、ベンチャー企業の戦略的情報発信支援をサポート。

おかげさまで大手ベンチャーから日本を代表するリーディングカンパニーまで、様々なクライアント様とお取引をさせていただいております。

現在はIPOに向けて新規事業開発にも取り組んでおり、さらなる進化に向けて拡大しているフェーズです。

ーはじめてシオンの歴史を詳しく知りました。最初はコンサル事業から始まり、クライアントが必要とするものを順次揃えることで今の事業モデルが出来てきたのですね。
そして井上社長の前職からの想い、創業当初からのメンバーの努力があってこそ今のシオンがここにあると思うと、改めてシオンという会社を全員で大切に育て上げていきたい、と思いますね。

経営理念 SION


総会での集合写真

ーシオンが大事にしている4つの「キーワード」ですが、どのような想いを込めてつくられたのですか?

Style :誰とどうやるか。シオン独自のやり方
Infinity:自ら限界を決めず無限の可能性を追いかける
Only :何とも、誰とも似てない独自性
Nifty :人を惹きつける気質・態度・格好良さ(粋)

何をするかも大事ですが、私達がもっと大事にしたいのは、「誰とやるか」です。

誇りを持てる「いい仲間」と仕事をしたい。共に人生を歩みたい。そんな仲間と歩むのであれば、万が一失敗したとしても、その経験を次に活かして何度でもチャレンジできると私たちは考えています。
時には意見の相違や論争になることもあると思いますが、本気で向き合っている証なので、シオンではそれも大事だと思っています。
私達が味わいたいのは目先の小さな安堵感よりも、心の深いところでの信頼関係に裏付けられた相互理解であり、全員で本気でやりきった達成感とそれを共に喜びあう仲間です。

そのような仲間たちと、我々はチャレンジしつづけます。
限界は自分で作り出しているものです。諦めない限りどこまでも挑戦することができ、挑戦の先には可能性があります。
シオンが考える「仕事の楽しみ方」の原点は、こういったところにあります。

ーこういった考えは前職から通じていることもあるのでしょうか?

そうですね。前職での経験があったからこそ今の私があり、シオンがあります。

前職の社長に言われた言葉、日常会話で飛び交っていた言葉や考え方が、私の”決断する時の判断基準”にもなっており、今の自分の中の軸にもなっていると思います。

また日常生活の中で感じたことや、シオンで活かしたいな、と思ったことは自分の言葉で言語化したりしています。
言葉でうまく言い表せないような、「何処かいいな、かっこいいな」と思うことありませんか?そんな”粋を感じさせられるような”生き方を大切にしています。

ー経営理念や行動指針は井上社長のこれまでの数々の経験から生まれているのですね。こうして改めてみてみると、井上社長が普段発する言葉やその意味にも繋がっているように思います。

ー現在シオンは拡大フェーズであり、共に働く仲間を募集しておりますが、どのような仲間が欲しいと思われますか?

「人間力の高い、素直な人」ですね。
当たり前のことを当たり前にできる気持ちの良い人達とであれば、仲間の為に頑張ることが出来ますし、素直に実直に、物事に取り組むことができる仲間は大事です。
目の前の当たり前のことを素直に取り組む。これが出来ていれば、仕事の結果も自ずとついてくるものです。

あとは、いい人間が集まる「いい集団」を目指しています。

いい人の概念は人それぞれ異なります。ですが、「こういう人と働きたい」と思う人に1人1人がなれたら、若しくは目指していたら、それが”いい集団”になると思うのです。

各々の描く”いい人”を集めることは勿論大切ですが、最も大切なことは、いい方向に向けられるような”土壌”をシオンが持てるかどうかです。
万が一ネガティブなことがあったとしても、周りの人たちが明るくポジティブであれば,
人は変わります。そんな土俵づくりが一緒にできるような仲間が欲しいですね。

ー周りの環境は人に大きく影響を与えますよね。
いい集団の集まる環境づくりに向けて、どのような社長でありたいとお考えですか?

“強さと愛のある社長”でありたいと思っています。
強さは優しさであり、厳しさは愛だと思っています。
自分が強くないと社員は何事も頼れないし、愛が無ければ社員と徹底的に向き合えない。

前職でのサラリーマン時代、五千万稼げたはずのものを逃してしまい、損失をつくってしまったことがありました。当時の5千万はとてつもない額で、これはクビだな...と覚悟を決めて社長に報告しました。すると社長は「勉強になった?良かったやん。」と笑って言ったんです。

前職の社長は、普段の仕事のやり方や人としての在り方にはかなり厳しかったのですが、
こういった想像を越える大失敗にも笑って対応してくれて、「自分の意志で決めて、本気で取り組んだこと自体が価値なんや。」と。
強さとはこういうことだなと、今でも思っています。

私は社員を家族だと思って接しています。家族は𠮟るべきことはきちんと叱るけれど、絶対に見捨てない。その礎には「愛」があると思うんです。そういった関係性の仲間(家族)を増やしていきたいと思っています。

シオンは「愛」の溢れる場所であり、いざという時に頼りになる存在でありたいです。

そして、何より大事にしているのは、社員に夢を持ってほしいということです。

夢や目標を持つことは、とても大切なことだと考えています。。その夢は途中で変わってもいいと思っています。常に持ち続け、願い続け、追い続けることが大事。社員の皆さんには自分の夢に向かって前に進んでいってほしいです。シオンで働くメンバーが向かう夢と、シオンが向かっている夢が、同じ方向を向いていければいいと思っています。
そのために沢山の夢を乗せた船の舵をきり、社員皆と夢を実現できるような、そんな器になりたいと思っています。

ー私たち社員のことを家族同様、本気で向き合い、信じてくださっているからこそ、社員がついていきたいと思い、同じ方向に向かって進んでいるのだなと感じます。

それでは最後に今後の目標をお願いします。

IPOは夢への通過点として実現させたいと思っています。
私自身も過去にIPOを経験していますが、社員にとってのIPOは良いことしかないと思っていますし稀有な経験になるので、その瞬間を共に味わいたいと思っています。

そしてIPOへ上場した後は海外展開を目指します。海外進出を目指す成長企業を支えられるような、そして自らが海外で事業を大きく展開していけるような企業として成長させていきたいと考えています。

そして、今後シオンから独立する人も出てくるかもしれない。むしろ出てきて欲しいし、出していきたい。起業はギャンブルであってはいけないと思っているので、その時に誰よりも支えてあげられるような、そんな存在でありたいですね。


いかがでしたか?
井上社長の幼少期~学生時代、社会人経験を経てシオン誕生までのストーリー。これまでの経験は全てどこか繋がっているように思いませんか?

ひとつひとつの場面は違えど、井上勉という1人の人間の考え方があり、そして多くの出会いと経験が重なり、成長し新たなステージへと広がる。

「自由って難しい、でも夢中になれる」

やらされているのではなく、やりたいと思うことをするから楽しいのです。
自分らしいスタイルで活躍できるチームが、私たちシオンです。

「Growth Infrastructure for The Future」(未来のための成長インフラとなる)

私たちは「欲しい未来は自分で作る」ことにチャレンジするアントレプレナー達と共に歩み、希望と情熱を持って未来をつくっていきます。