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楽しみ

おまんじゅうじゃなくて、楽しみがこわい。

「楽しみ」が怖い。

「楽しみ~!」「楽しみだね」と平気で口にする人をみると、いつもヒヤッとしてしまう。

「この人たちはなんて怖いもの知らずなんだ!」と。
私からすれば、彼らは野生のグリズリーやらライオンをなでなでしている人とそう変わりないほどの怖いもの知らずといっても過言ではない。

私は先の事柄に対して、「楽しみ」と思ってしまったり、楽しいイメージをしてしまうと、ほぼ確実にその事柄はイマイチな感じに終わったり、最悪の場合、嫌な気分が残る形で終わったりしてしまう。

そんな私の前に、楽しみな事柄がやって来るとなったら、緊急アラームが発動し、その事柄が終わるまで十分警戒して臨まなくてはいけなくなるのだ。

楽しみと強く思った時点でフラグが立つので、「楽しみ」と思うことすら怖い。楽しみであることを誰にも悟られてはいけない。

「楽しみ」と口にすることなんて、もってのほかである。
めちゃこわである。

うっかり楽しみと思ってしまったら、その楽しみな日に自分に物凄い災難が降りかかるかもしれないとか、自分がその日に大きなミスや恥ずかしいことをしでかすかもしれないとか、楽しみが崩れ落ちていく因子を瞬時に出来る限り想像し、フラグをへし折っている。
とにかく気を抜いてはならないのだ。

楽しみ。奴らは危険だ。本当は私もフラグが100%立たないのであれば、思いっきりハイテンションで「楽しみー♪」と言いたい。
だが、奴らは高確率で危険なフラグを立ててくる。

「何事も期待したらあかんということや」
母がそんなことを言っていた気がする。

「楽しみ」はある意味で、過度な期待になり得るわけで、私に残された道は無常である他ないのかもしれない。

だけど、思わずあれこれ考えちゃうので、
無常の道はほど遠く、
私と「楽しみ」とのちいさな戦いはまだまだ続きそうだ。



最近、「楽しかった」を言うようにしている。

「楽しみ」は不確かな未来の物事への期待の言葉になるが、
「楽しかった」は実際に自分が体験した過去の出来事への褒め言葉だから

「色々不安だったし、変に期待しすぎちゃわないようにしてたけど、
結局、楽しかったもんねっ!」
と、
言ってしまえば晴れ晴れする。

「楽しみ」との小さな戦いはあるにはあるのだが、「楽しみ」であれこれ思
う以上に、「楽しかった」と言えることを増やしていきたい。




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