夜を彷徨う
関東に来てからというもの、楽しく飲んでいても頭の片隅で、「最終電車を気にしないといけない」というジレンマに陥る。飲み始めのころは、時間まだ余裕あるし全然いける、と思っていても、いざタイムリミットを迎えると最終電車の存在にいつも焦り、最大級の疎ましさを感じる。しかも神奈川在住なので、都心で最終電車を逃そうもんならタクシーでも帰れない。
そして私は先日、こともあろうか最終電車を逃した。正確に言えば、最終には乗れたんだけども、その電車は私の家の最寄り駅までは行かなかった。快速であと2駅だったのに。電車で12分で着く場所なのに。
近くにはホテルもインターネットカフェもなかった。高額なタクシー代を支払うのも嫌だった。だから必然的に野宿することになった。
ちょうど夏から秋に季節が移ろい始めた気候だったので、真夏のように暑くなかったのが唯一の救いだ。けっこう大きな駅なのに、辺りにはベンチがなくて、隣接しているバス停まで歩いてみた。
がらんとしている。誰もいない。逆に誰もいないほうがいいか、と思いながらベンチに横たわった。一応ハンカチで顔を隠した。海外を旅しているとき、安いチケットだとトランジットの時間がやたら長くて、空港で少しばかり寝泊りすることがあった。そんなときに横たわったベンチの居心地に似てるなと思った。少し懐かしい気持ち。
こんなときは早く寝るに限る。自分のバックを枕にして、寝る努力をした。いつの間にか寝落ちしていたはずなのに、しばらくしてウィーンウィーンという大きな騒音に起こされた。片目の半目で音がする方に目をやると、清掃車が駅周辺をきれいにしている様子だった。「車、こっちまで来るので移動してください」と、声をかけられた。おそらくこの清掃車の関係者。あ、すいませんっ…と言いながら枕にしていたバッグを手に取り、夜を彷徨うことになった。
また駅の改札周辺まで戻ってきた。改札口ってシャッターで閉められるんだ。知らなかった。座るところがなくて、壁にもたれかかるようにして駅の端っこの地面に座った。ツラ…。
とにかく寝る努力をした。まだ2時過ぎ。始発まで3時間以上ある。ツラ…。
しかし努力の甲斐あって、寝落ちした。
キュピーン!キラーン!キャハハハハ!というような類のアニメ声に起こされた。片目の半目で音がする方に目をやると、数メートル先におじさん?が立っていて(後ろ姿)、スマホでアニメを見ている模様。業者用のカートを傍らに携えているので、駅に併設された店舗の業者さんか誰か。がらんとした広い構内にアニメ声が響き渡り、駅の静けさを物語った。せっかく寝たのに起こされてしまった。
さみぃぃぃ〜!夏から秋にかけてのナイスなシーズン!じゃないのよ。寒すぎるっつーの!(牧野つくし調でお願いします)
時刻はまだ3時過ぎ。1時間おきに起こされる私。だるーツラー。なんてったって赤ワイン飲みすぎてるシチュエーションだし。楽しい時間のツケってか。だから関東生活、ヤなんだよー。福岡だったら街中から家までタクシーでたったの10分なのに。などと、うだうだ考える。とにかく寒いのでもう寝られる気がしなかった。バッグからパソコンをこそこそ出して、もういーや、仕事しよ。という謎マインドになった。
少し移動して、階段に座った。ポチポチと、パソコンで作業をした。捗るわけないやろがい。15分くらいですぐにパソコンを閉じ、階段でボーッとしてたらまた寝ていた。
ウィーンとか、ガラガラガラとか、そういう音で目が覚めた。スマホを見ると、時刻は4時半。ギターらしきものを抱えた青年がエスカレーターでウィーンと上がって来ているのが見えた。どこかでライブしてた帰りかな。始発組の仲間が目に入ってきて、ようやく現実を取り戻した気がした。改札のシャッターや、店舗の入り口がガラガラガラと開けられる様子を見ながら、こんな早朝から働き始める人がいるのか、と疲弊した私は特に大きな感情を抱くこともなくそう思った。人の気配を感じたり、駅構内の明かりがついたり、始発をにおわせるような雰囲気に、心が脱力した。
家に帰り着いてソファーにごろんと倒れ込んだときには、そのふわふわ感にとんでもなく癒された。ふわふわしたソファーじゃないのに、ふわふわしていた。ベンチ、硬かった。外、寒かった。今は真逆の世界に無事チェックイン。野宿のトランジットはもう勘弁。
朝、4時くらいから働いている人がいたな。
そう思いながら、私はソファーに深く沈んだ。
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