転生機士の異世界英雄譚 第二話
異世界に転生を果たした俺は、ヒナタとともにサスティアナの後ろについてしばらく歩き、泉の近くにきた。
「これが眞用に用意した特別製の霊機。神子兵器開発計画の集大成である神機ヴォルツィオよ。全高一〇メートル、全幅四メートル。って、あたしの話を聞いてる?」
泉のそばに駐機姿勢と呼ばれる、片膝立ちをした実物の霊機がいた。
こ、これが……実物の霊機。『神霊機大戦』の霊機でみたことがある機体だが。
この白銀で統一され、丸みを帯びた装甲版……。
騎士が全身鎧を着てるフォルムで、リーダー機っぽい角とか付いてるのは……。
ゲームの設定上に存在こそあったが、プレイヤーが使えなかった圧倒的な性能を持つ特別製の機体に似てる。
たしかにこの機体なら、主人公機と言って差し支えないくらいカッコいい。
これが俺の専用機か。
「俺の専用霊機!! 神機ヴォルツィオか、すげえかっこいいぜ!! サスティアナ、お前の性格は好きになれないけど、霊機の造形美だけは好きだぞ!」
実物霊機を見てテンションが上がった俺は、サスティアナの肩を抱いて喜んだ。
「え? あ、うん。これでも天なる国で一番の造形師とも言われるからね。あたしが作れば、これくらい余裕よ。余裕」
「ああ、さすがサスティアナだ。ちょっと、乗ってみていいか?」
「ちょ、ちょっと眞。まだ、何も説明してないんだけど!」
「大丈夫、大丈夫。神霊機大戦で搭乗手順も練習してあるから!」
俺はサスティアナの制止を振り切ると、泉のそばで駐機している神機ヴォルツィオに近寄る。
でけぇ、確か霊機は、くるぶしの辺にハッチ解放のスイッチが搭載されてるはず。
あった、あった。これを押せば――。
俺が神機ヴォルツィオのくるぶしに隠されていたスイッチを押すと、駐機姿勢で片膝立ちをしている機体の胸部が開き、乗り込み用のワイヤーが降りてきた。
そのワイヤーに片足を掛けると、巻き上げが開始されていく。
まんま、ゲームと同じ搭乗手順かよっ! すげえなコレ。
ワイヤーの巻き上げが終わると、俺の目の前には霊機操縦者の座る機士席があった。
全周囲が見えるモニターと、スティック&ペダル式の操縦席!? ゲーム内と同じ環境が、これほどまで完全に再現されてるなんて……異世界技術ってスゲーな。
機士席に頭を突っ込んで、中を見ていた俺にサスティアナから声が掛かった。
「ちょっと! 眞! その子はまだ調整中だから大事に扱ってよね! 変なとこ触っちゃダメだから!」
「ああ、分かってる。慣らし運転は俺に任せろって」
「はぁ!? あたしの言ったこと聞いてた? ちょっと、眞、眞ってば!」
俺は機士席に潜りこむと、ゲームで何度も行ってきた起動準備手順を始めていく。
機体状況確認。異常なし
燃料残量確認。問題なし。
予備動力炉起動準備。準備よし。
予備動力炉起動。起動を確認。
精霊融合反応炉部へエネルギー注入開始。エネルギー弁開放よし。
精霊融合反応炉点火準備。準備よし。
さって、これで問題なく精霊融合反応炉に火が入るはずだ。
俺は機士席に備え付けられた小型モニターに浮かんだ点火ボタンを、声とともに押す。
「点火!」
一瞬の間があったが、初爆の音が聞こえ、霊機に搭載された動力炉が低い音を立てて動き始めた。
モニターに表示されてるパラメータ値は問題なし。機関良好。
ハッチ閉鎖っと。
機士席のパネルにある丸いスイッチを押すと、開いたままの入り口が閉じられて、そのまま周囲を映し出している全周囲モニターと一体化した。
ハッチ閉鎖完了、視界良好。お次は立ち上がりだ。
ハッチを閉じた俺は、機士席のパネルにある駐機姿勢の解除ボタンを押すと、足元のペダルを軽く踏み込む。
駐機姿勢を解除した機体は、片膝立ちをやめ、ゆっくりと機士席から見える風景が変わっていった。
「すげえ、立った。完璧に同じかよっ! サスティアナ、ヒナタ。今から動くからなっ!」
「ちょっと! 眞! 精霊融合反応炉に火を入れたのまでは許してあげるから、動かないで! その子はデリケートだからっ! 普通の霊機じゃないのよ!」
焦るサスティアナが俺を制止しようと、機体の前に飛び出してくるが、俺はスティックとペダルを器用に操作して、その頭上を大股で跨いでいた。
余裕、余裕。ゲームで鍛えた俺の操縦技術に隙はないっての。
これだけゲームと酷似している機士席なら、実機である神機ヴォルツィオの操縦に戸惑うことはなさそうだ。
サスティアナの制止を振り切った俺は、神機ヴォルツィオの慣らし運転がてら泉の周囲を歩き回る。
しばらく歩き回り、操縦の感覚に慣れ、満足した俺は再び神機ヴォルツィオを駐機姿勢に戻してハッチから地上に降りた。
「サスティアナ、お前のこと性悪クソ女神かと思ってたけど、見直したぞ。この機体、まんま神霊機大戦の操作が反映されてる」
「うっさいわね。あんたが、勝手に炉に火を入れて乗り回すから! もう、この子の機嫌が悪くなったらどうするつもりよっ!」
地上に降りた俺をどつきかねない勢いで、サスティアナが走ってきたが、こちらの相手をしている時間はないとでも言いたげに機体に駆け寄った。
「精霊融合反応炉は正常値。炉の冷却も順調に稼働中。突貫で作ったわりにいい仕事してたみたいね。まだ、慣らし中だから反応値は低めね。でも、これは想定内だし」
いつの間にかサスティアナは眼鏡を掛け、神機ヴォルツィオの足元にあるメンテナンスの扉を開け、機器を繋いで機体のチェックを始めた。
「慣らし中にしては、かなりいい動きをしてたし、それに出力が半端なく高い機体のような気がするが。フルで精霊融合反応炉を出力させると相当な反応を引き出せる機体だろ」
「当たり前よ。転生した眞の魂を、この神機ヴォルツィオに搭載した無の精霊王と融合してるからね。希少な精霊王級の精霊融合反応炉搭載したうえ、人の精神力とも言える魂を主動力源とする魂過給機付きなの。そんじょそこらの霊機とは比べ物にならない機体だから! それを勝手に動かしたのよ、眞はっ!」
チェックを終えたサスティアナが、眼鏡を外すと、怒りの表情をして指先で俺の胸を突いてくる。
「問題なく操縦してただろが? それに転生の特典として、あの機体は俺専用なんだろ? 違うのか?」
「え? あ、うん。そうだけど……。でも、でも。その子がぶっ壊れると、とっても困るのっ! 部材の補給も簡単にはできないし、修理設備もここにはないんだから!」
「はいはい、了解。了解。ちゃんと気を付けて乗るって」
突き付けられた指を払い、俺より身長の低いサスティアナの頭を撫でてやる。
「むきぃーその態度はなに! 眞を赤ちゃんから転生させるのは忍びないって思って、すぐに操縦できるよう、こっちの世界でわざわざ人工的に魂の器になるその素体を作ってあげたのはあたしなのよ。ちょっとは神として敬いなさいよー!」
そう言えば、普通転生って赤ちゃんから始まるよな。
でも、今の俺は向こうの世界にいたままの黒目黒髪の姿形をしてるよな?
サスティアナに言われ、自分の姿形が気になった俺は泉を覗き込んだ。
やっぱ、高校生の俺のままだ。
服装こそ異世界風だけど、見慣れた顔が水面に映ってるぞ。
「俺の身体が人工的な肉体ってどういう意味だよ?」
「そのままの意味。人から生まれた身体じゃないの。眞のDNAと、タンパク質と、その他人体に必要な素材を混ぜて人に似せて作られた身体に、眞の魂を定着させてるのよ」
「つまり人間ではないと?」
「なんで? 魂があるんだから人間でしょ。ただ、人から生まれてないだけよ。そんなの些末な問題だわ」
サスティアナは、何当たり前のことを聞いて来ちゃってるのと、言いたげな顔でこちらを見た。
いや、人から生まれてない人は、人間かどうか迷うところなんだが。
まぁ、特に問題もないし、深く考えると泥沼にはまりそうだし、そういう生まれだと思っておくか。
「人との違いを強いて言えば、神機ヴォルツィオと魂を共有してるから、ヴォルツィオを破壊されて機能停止に陥れば、眞の生命活動も終るってことくらいね」
「はぁ!? そんな話聞いてないけど!?」
「ええ、言ってないもの。だから、神機ヴォルツィオの取り扱いには気を付けてねって言ってるじゃないの」
マジでこのクソ女神、性格悪いぜ。
神機ヴォルツィオの機体が撃破されると、俺も死ぬのかよ。
機士は機体と一心同体とか言うけど、文字通り一心同体じゃねえか!
機体撃破即死亡とかって、わりとハードな気がするが、俺の操縦技術とあの機体なら、そうそう簡単に撃破されることはないと思いたい。
俺は駐機体勢のまま泉のほとりで、片膝を突いている神機ヴォルツィオに視線を向けた。