第十八夜
こんな夢を観た。
お母さまが、決死の表情で、わたしを殺そうとする。死にたくなどないわたしは、必死になって、お母さまの毒牙から逃れようとしていた。ストーブのなかに、おおきくなったわたしは入らないと気づいたお母さまは、じきに、ありきたりな包丁を手にして、わたしの咽喉もとへと突き刺した。ただの包丁では、絶命するまでにはずいぶんと時間がかかり、あんまり泣かないわたしの涙も、ついに涸れるような心地だった。これが一度目の死である。
二度目の死は、もうすこし幼ない時分であった。わたしたちは、押入れのなかに隠れ棲んでいた。二酸化炭素のなかで、わたしたちはお互いのいのちを撫でては、延命治療と洒落込んでいた。暗がりは好いていたとしても、真暗闇は不得手であったわたしは、心臓のおとに色がつかないか心配でならなかった。当時のわたしは悪運をほしいままにして、かなしいかな、杞憂を手に入れるまでには到らなかった。暗がりのなかで、まず、一等賞のうらみを手にして頬笑んでいたわたしの頸が絞めあげられた。お母さまは中毒のように震えた指さきで、薄情にも、激情を湛えてわたしの咽喉に消えぬ痕を刻みつづけた。もしかしたら、来世には消えているかも知れない。そんなことを希いながら、わたしはよだれを垂らしながら死んだのだと惟う。
三度目の生では、月の果てまで逃げ切ってやると云う気持で、妹たちの手頸を掴んで走りはじめていた。お母さまは獄卒のようにわたしたちを追いつづけて、原付と称ばれる乗りもので轢いてしまった。
三度目の正直を越えて、肥えたわたしの絶望が、お母さまに乗り移ってしまった。
四度目の生活では、お母さまは映画の登場人物のように、カッター・ナイフで手頸を切り、湯船のなかで息絶えていた。
五度目の人生では、わたしはお母さまを死なせないように、わたし自身の手頸を差し出していた。死相を浮かべたお母さまは、なにかを叫ぶように、祈るように、ぼやいていた。それから、わたしの手頸が青白くなるほど引き寄せて、気持ちが悪くなるほどのおくすりと、お腹が空くほどの白湯を飲ませつづけた。屹度、睡るように死んでいた。
六度目の記憶は、無い。
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