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"好き"に会いに行く、680 kmの旅

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執筆者 haru

ゴオーというジェットエンジンの音が鳴る。のんびりと滑走路を走っていた機体が急に速度を上げていく、あの緊張感が好きだ。隣の席の息子から「いつになったら飛ぶの!?」と尋ねられ、もうすぐだよ、と答えた瞬間、窓の外の景色が斜めになった。

離陸したのだ。

「わぁ~!」

息子のキラキラとした歓声が機内に響き渡った。

目的地は、5年ぶりに訪れる大好きな町。
 
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息子が生後間もない時にひとり親になり、育休中の1年間限定で親元に身を寄せることにした。

親が転勤族だったので、私の「実家」は大体2年毎に移動した。実家があるのに訪れたことがない土地、は当たり前。当時も、帰省のはずなのに、まるで見知らぬ土地へ逃亡するかのようだった。初めての親子二人でのフライトは、罪悪感や解放感、不安や期待、などの色々な感情でごちゃまぜなまま終わった。

しかしいざ新天地での日々が始まると、ごちゃまぜな感情は手放してもよいかもと思えるようになった。

その町には過去の嫌な記憶が存在しない。期限付きの暮らしなので、未来への憂慮もない。「今ここ」だけを生きていればそれでよかった。目に映る自然、耳に聞こえる生活の音、全てがとても穏やかで美しい。

離婚直後とは思えないような心地よい時間は、あっという間に過ぎていった。

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育休が終わって元住んでいた都会に戻り、職場復帰すると、想像していたよりもずっとバタバタとした毎日が始まった。時短勤務でこなしきれず、消化不良になる仕事、次々とやってくる子育ての悩み、すぐに音信不通になる元夫、片付ける間もなくとっちらかっていく家の中…。
 
忙しさや困り事に心は掻き乱され、グラグラと不安定に揺れた。

なんだか倒れてしまいそうだった。
 
そんな時、ふと育休中の光景がまぶたの裏に浮かんだ。息子や両親と過ごした心地よい日々と、あの町並みや自然。
 
こんなに好きになっていたんだね、あの町のこと。
 
疲れ切った自分が求めているものを受け止めると、少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。

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"好き"が心の支えになることを体験した私は、意識して”好き”を探すようになった。シングルマザーが集う団体に飛び込み、心身を労ったり、自分の想いを文章にしたり、仲間とプロジェクトを遂行することに挑戦した。自分次第で、大人になっても”好き”がアップデートできることを知った。
 
大の大人が、”好き”なものを思い浮かべたり、”好き”なことを楽しむなんて、ただの現実逃避と思われてしまうかもしれない。

でも、自分の身を自分で守る、大切な手段なのだ。

“好き”はどんどん蓄積されていき、ちょっとのことでは心が揺れないようになっていく。
 
それからは、好奇心旺盛な息子に対しても、”好き”が増えてくれるよう応援することを心がけた。

幼少期の自分が興味を持たなかったような乗り物や恐竜や虫や魚。図鑑やテレビで覚えたことを得意げに披露する息子を尊敬し、一緒にワクワクしながら学ぶ。成長した彼が困難に直面した時に、”好き”が救いのひとつとなってくれることを願いながら。

息子と意思疎通ができるようになってやっと気軽に親子で出かけられると思った矢先、新型コロナウィルスが流行し始めた。長い自粛ムードで”好き”を追求する旅には満足に出られなくなったが、そのことがかえって想いを強くしていった。
 
また、あの町に行きたい。
 
そしてようやく、その時がやってきたのだった。
 
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5年ぶりに訪れたが、その町の魅力は全く変わっていなかった。相変わらず海は静かで美しく、ポツポツと浮かぶ船や島々が可愛らしい。生活に溶けこむカタンカタンという音とともに、2両編成の電車が通り過ぎていく。親切な町の人々は話しぶりまで優しい。何もかもが穏やかだが、名物のうどんの喉ごしだけはしっかりと主張してくる。
 
あの頃と違うのは、抱っこ紐の中にすっぽりと収まっていた赤ちゃんが、追いつけないほどに速く駆けていく男の子になった、ということだけ。
 
あ~、私は、やっぱりこの町が好き!
 
港の柔らかい風を思い切り吸い込み、心の中で叫んだ。
 
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心地よい時間はまたもあっという間に過ぎ去り、私たちを乗せた飛行機が再び空へと飛び立つ。眼下に小さくなってゆく景色を眺めながら「まだ帰りたくないよ。もっとここにいたい」と呟く息子。その姿を見て、私はとても幸せだなと実感する。
 
この旅で、息子の”好き”を増やすことができた。私は”好き”を再確認することができた。なんて豊かな時間だったのだろう。
 
息子が一緒に出かけてくれる今のうちに、親子の”好き”を集めにもっと外へ出かけよう。そのひとつひとつが私たちを強くしてくれると思うから。
「次はどこに行く!?何に乗る!?」
結局は、この子がワクワクしている時の笑顔が一番だけれど。重ねられた小さな手を味わいながら、二人で次回の作戦会議をする。

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エッセイを最後までお読みいただきありがとうございました。このエッセイは、Mother's Dayキャンペーン2023のために、haruさんが執筆しました。
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