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離婚によって得られた円満な家族

執筆者:面長よしこ

「ねー!戦いごっこしよー!」
息子の元気な声が聞こえてくる。
自粛期間中、一日中家にいる時は毎日聞くセリフだ。

疲れるからゴロゴロしていたい、というのが私の本音だ。
ん?ひょっとして運動不足の母を案じて提案してくれているのか?親孝行な息子だ。

「くらえー!無敵最強キーック!パーンチ!」
容赦ない蹴りやパンチを食らう。どうやら親孝行の提案ではないようだ。
こちらも負けじと応戦する。

「仲直り攻撃ー!」
息子を抱きしめて頬ずりをする。キャハハと楽しそうに笑う息子。

住み慣れた古いマンションの一室。ドタンバタンと隣室や階下に響いているはずだ。なのに苦情を言われたことがない。それどころか息子を見ると「大きくなったね!」と笑顔を向けてくれる同じマンションの住人たち。お父さんを見かけなくなったことについて、詮索してくる人もいない。周囲の人々に恵まれて感謝である。

息子が3歳の時に離婚

元パートナーは元々DINKS(共働きで子どもを意識的に作らないこと)を理想としていた。私は、それを承諾して結婚した。熱愛で結ばれた夫婦ではなかった。それでも、2人での生活は自由気ままで、お互いそれなりに幸せを感じていた。

しかし、私の子どもが欲しいという願望が、日に日に強くなった。そして授かったのが、今の息子である。

生活が一変し、子ども中心の生活になったことで、元パートナーのストレスが溜まっていくのは、火を見るよりも明らかだった。暴力を振るわれることはなかったが、口数が少なくなり、いつも仏頂面。子どもに対する暴言も酷くなっていった。

そしてついに、元パートナーから出た言葉は、「離婚」だった。

保育園の準備や送り迎え、息子の世話は、ほとんど私1人でやってきたので、離婚してもやっていける自信があった。息子も私の方に懐いていたので、父親が居なくても寂しがることはないだろうと思っていた。

元パートナーから、2回目に「離婚」という言葉が出た時は、殆ど迷わず承諾した。当時息子は3歳。このまま無理に元パートナーを引き留めても、息子に対する暴言は酷くなる一方だろうし、下手したら暴力を振るわれるかもしれない。

離婚経験のある高校時代の友人からは、別居や専門的な更生プログラムの利用などを勧められた。しかし私は、それらは結婚生活を維持したいカップルが選択する手段だろうと考え、その選択はしなかった。

離婚が決まると、それまでとは打って変わって、元パートナーの態度が穏やかになった。息子への態度も優しくなった。生活からも戸籍からも自由になることで、心に余裕ができたからなのか、元パートナーの会話も笑顔も増えた。公正証書作成から離婚届を提出するまで約2ヶ月。スムーズにスピーディーに進んだ。

現在:離縁は絶縁ではない

離婚から約2年経つが、今のところ養育費を払い続けてくれているし、月1回の面会も行なっている。

私も交えた面会では、傍から見ると円満な家族だろう。だがそれは、離婚したからこそ得られた、月1回、約6時間という、限定の円満なのだ。
離縁は絶縁ではない。

私たち母と子の物語は始まったばかりだ。この先どんな試練が待ち受けているか分からない。
だが、今日も保育園の連絡帳に書いてある先生の言葉を読んで、とりあえず安堵する。
「朝からずっと走りまわってあそんでいます。元気一杯です。」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。このエッセイは、NPO法人シングルマザーズシスターフッドのMother's Dayキャンペーンのために、シングルマザーの面長よしこさんが執筆しました。
このキャンペーンでは、ひとりとして同じ人はいない、個性あふれるシングルマザーたちのかけがえのない素顔を祝福し「自分を大切にすること」「セルフケアの大切さ」を呼びかけています。「こういう支援て大事よね」と応援してくださる方にはぜひ、ご寄付をお願いしております。ぜひ、Mother's Dayキャンペーン応援ページもご覧ください。

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