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伏久者飛必高

執筆者:みみっきゅ

1.主婦からの転身

「伏すこと久しき者は、飛ぶこと必ず高し」 中国の古典「菜根譚(さいこんたん)」より

がんばりたいのに思うようにはできないなぁ、と葛藤するとき、いつもこの言葉を思い出す。離婚してから入った大学の、新入生向け冊子に載っていた、入学祝メッセージだ。学生に戻ったわけではない。講師として採用されたのだ。任期付きとはいえ、一介の主婦が大学教員になってしまった。

2.大学教員になるまで

仕事の楽しさとやりがい、もちろん大変さも存分に味わったあと、高齢出産した。産後、子どもが3歳になるまでは専業主婦。幼稚園に入る年には、別居を見越して、月12日勤務の仕事を始めた。元夫は「苦手」という理由で家事はしなかった。「家のものは一切持ち出さない」という条件を出されたが、子どもと2人家を出た。家を出るとき、元夫が私にかけた言葉は「俺のごはんは?」。家を出ることを後悔するような言葉をかけられなくてよかった。

離婚調停が進み、フルタイム勤務への転職を考えていた時、「教員公募」の知らせが舞い込んだ。「他の応募者と比べると、業績ないから厳しいけどね」という親切な忠告を添えて。

実際、大学教員になるには、専門誌への論文発表など研究上の業績が最も重要で、次に求められるのが教育歴、資格や職歴などは参考程度にすぎない。以前の私なら、自分には無理だと詳しい話を聞くこともなかっただろう。専門職としてのキャリアはあったが、業績に入れられるようなものは何もなかった。そのぐらい、わきまえていた。

でも、今回は違う。子どもとの生活がかかっている。限りなくゼロに近い可能性でも、自らつかみにいかなくてどうする、わたし!!

それからリサイクルショップで35,000円のノートパソコンを購入し、15年ぶりに研究を再開した。子どもは度々熱を出す上、明け方に喘息発作をおこすので、有給休暇はもう残っていない。育児・仕事・研究、どれをとっても自分ひとりでは行えず、頼れる人を全員頼った。みんなの優しさが寝不足の心身に沁みた。家事においては、家の中に大人の男性がいなくなって、とても楽になった。研究以上の新発見である。

それから4ヶ月後、41歳で、初めて学会発表したときは、緊張で震えが止まらなかった。さらに、4ケ月後、膨大な書類をどうにかこうにか整えて、教員公募に応募した。米粒ほどの業績では箸にも棒にもかからず、結果は不採用。

しかし、年度末が近づいた頃、急な公募があり、採用された。人生って分からない。離婚がなければ、自分の能力を越えたチャレンジをすることはなかっただろう。

3.大学教員になってから

優秀な研究者に囲まれると、肩身が狭い。自分が何者か、うまく説明ができない。夕方からの会合はできれば断るし、遠方への出張回数も控え、なるべく日帰りにしている。800㎞以上も離れた地方に来て、文化の差にも戸惑っている。友だちは一人もいなかった。おまけに子どもは、毎週会っていたパパに会えなくなった。

3年たった今、近しい研究者から「いつも楽しそうだね」と言われる。そりゃあそうだ。職場には、図書館があって、好きなだけ本が借りられる。専業主婦のときは隠していた、これまでのキャリアを活かせる。いろんな人に出会い、意見を交わすことができる。やりたいことが溢れ出る。楽しみや自分への投資にお金が使える。授業と重ならなければ、子どもの学校行事にも参加できる。親子まるごと受け入れてくれる人たちがたくさんいる。

4.次世代からのメッセージ

朝は登校の見守りをして、夕方には児童クラブにお迎えに行く、そんな生活感たっぷりの教員に、学生は興味津々だ。研究室で、いろんな話をする。学生は、イメージと違い、まだ脆くて迷える子羊。よく泣くので、相談室みたいに箱ティッシュを常備している。

ひとり親家庭の支援について授業でとりあげるとき、リアクションペーパー(感想)には、学生自身が、数々のエピソードを記してくれる。片親だったけれどとても頑張って育ててくれたこと、子どもが不自由しないようにしてくれたこと、ひとり親家庭を支援する制度や支援があって助かったこと、などについて深い感謝が綴られる。そして、必ずと言っていいほど、「卒業したら自分も社会に貢献したい、お返しがしたい」と続く。切ないほど真摯な彼らに、自分の子どもの未来を重ね合わせ、私は希望をつなぐ。

学生が教えてくれたこと。

大変なとき、「支援」があれば、立ち上がれる。「応援」を受けて、前を向ける。「つながり」を感じられれば、一歩を踏み出せる。歩くのは自分。疲れたら「居場所」で休めば、元気が戻る。卒業したら、社会へはばたき、みんなが暮らしやすい社会をつくるために活躍する。そう、大人だって一緒だよね。

5.次世代へのメッセージ

「伏すこと久しき者は、飛ぶこと必ず高し」

(長いあいだうずくまって力をたくわえていた鳥は、いったん飛び立てば必ず高く舞い上がる)。

次世代を担う学生たちには、私を踏み台にして、もっともっと高く飛んでいってもらいたいと思う。もちろん、最愛の息子にも。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。このエッセイは、NPO法人シングルマザーズシスターフッドのMother's Dayキャンペーンのために、シングルマザーのみみっきゅさんが執筆しました。
このキャンペーンでは、ひとりとして同じ人はいない、個性あふれるシングルマザーたちのかけがえのない素顔を祝福し「自分を大切にすること」「セルフケアの大切さ」を呼びかけています。「こういう支援て大事よね」と応援してくださる方にはぜひ、ご寄付をお願いしております。ぜひ、Mother's Dayキャンペーン応援ページもご覧ください。

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