午前8時、岩本町駅からはじまる私と息子の話
執筆者:五月メイ
「いってらっしゃい。頑張ってね」
2021年、春。日差しが暖かくなり始め、清々しい午前8時。
岩本町駅の階段を上って声をかけると、息子は少し不安そうな様子でうなずいてから歩きだした。次第に姿が遠ざかる。まだ私よりも小さくて頼りなく感じる背中。一人で大丈夫かな?
でも、きっと大丈夫だろう。自分の足で踏み出せたのだから。
結婚生活での学びと、突然のシングルマザー生活
まだ暗い明け方に夫がやっと帰ってきた。
あまりに遅い帰宅を問い詰めると、彼は泣きながら言った。
「離婚したい。もう辛い」
暖房をつけたばかりでまだ寒い部屋の中、私たちは久しぶりに本音で話した。
「もっとたくさん話していれば良かった、思いを語りあう時間が必要だった」
私が結婚生活の最後に学んだことだ。
それから私のシングルマザー生活が突然始まった。引っ越しが終わってすぐの小学校入学式の写真には、ぎこちない笑顔の私と息子が写っている。
慣れない二人での暮らし。仕事はパートや契約社員の職を転々とした。息子との生活を第一に、なんとかやりくりする日々。息子は少しずつ小学校にもなじんで、友達と楽しそうに過ごしていたように思う。
忙しかったせいか、あの頃のことは実はあまり覚えていない。
私の転職と息子の不登校。私が何とかしなくちゃ
息子と二人の生活に慣れてきた頃、昔から憧れていた仕事への転職が決まった。「先の見えない今の生活を変えられるかもしれない」と希望が見えた気がした。
「これからは自分と息子のために、もっと仕事も頑張ろう!」と思った。住んでいたアパートが職場から遠かったため、私は迷わず引っ越しを決めた。
息子は小学校5年生。多感な時期での転校だ。少し心配したが、「まぁ大丈夫だろう」と楽観的に考えた。
息子の登校しぶりが始まったのは、その年の秋。次第に登校できなくなり、不登校になった。
私は学校の先生や、地域の不登校相談、児童精神科などさまざまな人に相談へ行った。
息子自身もこのままではいけないと悩んでいるようだった。
「どうしたらいいのか、何をしてあげられるのか?」答えが出ない。
私自身も新しい仕事が上手くいかず、失敗ばかりで毎日ボロボロだった。
でも「私が何とかしなくちゃ」と、向精神薬に頼って仕事と家庭を切り回した。
思い出すことができた、話し合うことの大切さ
息子の中学校進学を考える時期になっていた。
児童精神科の先生のすすめもあり、中学校生活の居場所としてフリースクールの見学に行った。見学では、楽しそうに過ごす生徒たちの姿が紹介された。「キラキラしている人がばかりで気が引ける」と、不登校が続き自信をなくしている息子は及び腰だった。
ちょうどその頃、私はシングルマザーズシスターフッドの講座に参加し始めた。ストレッチで体を伸ばすのは久しぶりで、こんなにスッキリするのだなと新鮮な気持ちになれた。ずっと体を固く縮めて過ごしていたことに気づいた。
ストレッチの後は対話の時間。
初めて会う人とオンラインで話すなんて……と、緊張したけれど、話してみると心配するほど怖いことは無くて、むしろ人に自分の思いを話すことや話を聴くことで元気をもらった。
シングルマザーとして一人で頑張らなければと思うあまり、話すことや思いを語り合うことの大切さを忘れていた。あの頃と同じ間違えをするところだったとハッとした。
それからもう一度、中学校進学やフリースクールについて息子と話してみた。
息子からは、コミュニケーションが苦手だから馴染めるか怖いということ。一人で電車に乗って登校するのは不安だということ。パソコンやゲームが好きだから自由なフリースクールで思い切りやってみたいということ。
私からは、人と関わることの面白さも味わってほしいということ。好きなことをのびのびとやって過ごしてほしいということ。もっといろいろなものに出会い、視野を広げてほしいということ。
二人でたくさん話し合い、中学校進学とともにフリースクールに通うことを決めた。
いつか来る未来へ。岩本町駅からの一歩
「ただいま!」
玄関を開け、息子が帰ってきた。外が暑かったのか少しだけ頬が赤く、息を切らしている。
「フリーススクール、今日はどうだったの?」
「英語の授業があったよ。僕は簡単な基礎英語からスタートしている」「プログラミングでは質問できなかったから次は質問できるようにしたいな」「休み時間はマインクラフトで街を作っているんだ」「放課後に先生が心理学の話をしてくれたよ」
キラキラとした笑顔で今日のできごとを矢継ぎ早に話してくれる。たくさん話したいことがあるみたいだ。
息子の楽しそうな表情に私もうれしくなる。
明日の朝も、岩本町駅から歩いていく息子を見送る。
母親としてのこの仕事も、いつかお役御免になるだろう。
堂々とした背中で未知の世界へ踏み出す息子を送り出す。
そんな未来まで、きっとあっという間だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。このエッセイは、NPO法人シングルマザーズシスターフッドのMother's Dayキャンペーンのために、シングルマザーの五月メイさんが執筆しました。
このキャンペーンでは、ひとりとして同じ人はいない、個性あふれるシングルマザーたちのかけがえのない素顔を祝福し「自分を大切にすること」「セルフケアの大切さ」を呼びかけています。「こういう支援て大事よね」と応援してくださる方にはぜひ、ご寄付をお願いしております。ぜひ、Mother's Dayキャンペーン応援ページもご覧ください。
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