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観察、そして分かったこと(3月)負に負けないようにしていた自分は負そのものだった。

離婚のこと、おひとり老後の備えのこと、日々感じていることをnoteしています。今回はその14回目。誰かに何かを伝えるというよりは、連載型の私自身の思い出の備忘録に。徒然なるままに書いていることをお許しください。

2月の幸せもあっという間に終わりがきた。
私が、ゴミ箱にぽーーんとできなかったこと、それは、彼の荷物をチェックすること。

彼が家に戻ってからも毎日やっていた。
止めることができなかった。彼を疑っていたから。

これをぽーーんとできたなら、結果は間違えなく違ってた。
生活が元に戻ったのだから、疑わしてくても知る必要がなかったはず。
表向き幸せな暮らしがあるのだから、それでいいのではないか。
しかし、私はぽーーんとできる潔さという性格を持ち合わせ居ていなかった。例えその場にタイムスリップしたとしても、そうはできなかったと思う。

疑いがないときは、そんなことバカらしくてしないのに。

彼は帰ってきてからも不審な行動を続けた。
池袋に行くといって、練馬に行っていたり
・・・そんな嘘何かポイント?と思うのだが、やましいからよく行く場所を言ってしまうのだろう。元カレも渋谷に行くと行って横浜に出かけたレシートだったよな。

やっぱり彼は浮気をしていた。
私の心はまた崩れ始めた。
それでも、このまま我慢すれば、、いやいやもうダメだ
と3月に入り心は行ったり来たりしていた。

彼のかばんにはほぼ毎日2名分のレシートが入っていた。
彼はシフトで昼に帰る日がある。その日はランチを、休日はディナーを誰かと食べていた。
ディナーなんてかっこいいものではなく、私ともよくいくチェーン店やお気に入りの店ばかり。今度ここに行きたいといっていた店にも行っていた。
私も外食がしたかったわけではない。けれどよく一緒に行っていた名前の店ばかりのレシートを見て、孤独だった。

更に彼は手作りお菓子をよく持って帰ってきた。
かばんの中に入っているクッキー缶、それには彼へのメッセージ。
親し気な彼の呼び名、美しい字、心のこもった言葉、手作りであることが書かれ、甘いものは元気が出るよ!と書かれ、一番下には彼女の下の名前が書かれていた。際どいことは書かれていなかった。
明らかに恋愛初期。そんな印象だ。
かばんの中だけではなく、ゴミ箱にもお菓子が入っていただろう袋のゴミ、冷蔵庫にプリン、彼女の手作りお菓子の影が家のあちこちにある。
消耗品だとしても、その存在はとても私には大きかった。

1月は彼の浮気を確信する証拠はなかったが、今回は定期入れの中にバイアグラの殻のごみがあり、それらしき証拠が色々でてくる。

病院に行って薬を飲んでいた。飲んでいる薬が何に効くのかも調べた。男性の更年期障害、頻尿かバイアグラのような用途のどちらか。
彼は更年期障害に悩んでいたのかもしれない。それを相談できる奥さんではなかったということなんだな。私に話しても理解してくれない。そう思っていたのかもしれない。
彼が少しセンシティブなので、突発的な動揺はよくする。彼が動揺をする分、私は生活においての不安感をなるべく出さないようにしていた。楽天的と装っていた部分がある。装っていたと断言できるかは分からない。過去のいろいろな経験から深く考えても何も変わらないなというマインドだった部分もある。それが共感を示せない人に映っていたのかもしれない。実際に共感を示せない、示すことを忘れてしまっていた空気を読めないところがあったのだと、今は思う。
それは、今、もう離婚はしてしまったが反省を踏まえ直そうとしている自分の至らない部分でもある。

これは私の想像なのだが、1月お付き合いした人とは別れ、3月に別の人と出会ているような気がする。その人はなかなかいい人だった、より頻繁に会うようになっていった。2月に別れて家に帰ってきた。が彼は外に彼女をつくる活動をしてたので3月に新しい人ができたのではないか。はい、100%想像です。

けれど、証拠をつかんでも泳がせていた。
証拠を隠されると困るので、一番いいタイミングで問い詰める材料にしようと思って、それらの証拠をせっせを写真を撮っていた。
悪人に聞こえるだろうが、もはや心は無になるしかなく、ショックなものが出てきても、自分でない自分が自分を平静に装わせていた。

「でも、知っているんだよ。私は。」という思いを止めれらなくなり、彼に離婚したいなら離婚してもいいよ。と言った。
彼は怒って、なんでそんなこと言うの?全く離婚なんて考えていない。と言った。が、もちろん追い詰められていた私への慰めの言葉などない。まあ、追い詰められていたことも知らないから仕方ない。

これを言ってから、彼は週末全く家にいなくなった。
朝7時に家を出て、夜23時に帰ってくる。そして私は出かける理由を聞くこともできず、携帯のカレンダーに7時23分外出23時12分帰宅などとメモをする。その時の自分の気持ちも書き添えて。そしてそれを何度も何度も読み返していた。
それと同時に、何していたのかな、フリスビーのレシートがあったから2人公園でフリスビーして遊んだんだな。きっと面白かっただろうな。
私は彼を楽しませてあげることはもうできない。何にもアイディアが浮かばないし、そもそも彼はもう私とは出かけたくないはず。
そんな現実と妄想とを行き来して、それはいつしかすべてが現実のように思っていた。

私の心はこうである。

■彼に幸せになって欲しいという愛
彼が幸せならそれでいい。
恋愛初期を止めることはできない。折角見つけた幸せならば、それを邪魔していけはいけない。

■自信喪失
私はもう彼を喜ばせることも、楽しませることもできない。こんなつまらない人の価値はない。

■彼との関係を保守
このままこの状況が続いたら爆発して人として言ってはいけない事を言ってしまいそう。
そもそも今自分がしている荷物を見ることを知られたら、彼は二度と私を思ってくれない。
この期に及んでもまだ彼の信頼を失いたくないという自分がいた。彼にもうこれ以上嫌われたくなかった。

■相手の嫌いな部分
離婚とは、浮気だけが理由ではない。
それだけなら、やり直そうとする。
でも世の中そうしないのは、それを上回り理由があるからだ。そんなことを言っている人がいた。
そうだ、私にとっての上回る理由、それは私の心にずっとひっかかっていた彼のフキハラだ。これがあるのだから離婚していいのだ。このことが私の心をドンドン押してくる。

フキハラといっても彼と生活を共にした時間の1%、いや0.1%で起こったこと。過去にもそのことを辛いと思ったけれど、結婚して一緒にいると決めたのだから、方法を見つけて、2人がよりよくいれるように考えようと前向きに考えていた。これまではそれによって離婚するなどとは考えたことはなかったのに、浮気を知ってからは結局それを決め手にしようと考えるようになってしまった。

私は今まで世の中の多くの人は、浮気を許せないのだと思ってた。
それは、私が見えていなかった部分だと思う。
離婚を考える人は、DVとかなら別だがもっと奥が深くて、複雑なのだ。
夫婦のことは夫婦にしか分からない、そい言われる通りだ。

私は間違った道を歩み始めてしまった。そして結局5月に離婚するのだが、私がやればよかったことは他にたくさんあったと思う。
あらゆる後悔と、自分の至らなさと、罪悪感と未熟さにぺちゃんこに押しつぶされる1年を離婚後に経験する。息をしているのも苦しく、生きている意味が何もなくなってしまったと心から思った。離婚から1年経つが、正直彼のことを考えなかった日は1日もない。自分の人生で一番好きな他人であることも残念ながら?変わらない。

しかし、24時間苦しむことはなくなった。離婚は避けられなかったとやっと思えるようになったからである。根本が解決されていないのだから、どんなにその時の自分の決断を後悔しても、絶対に避けることはできなかったと思えている。

とはいえこれは新たなトラウマでもある。またいつどこで再熱して自分を苦しめるか分からない。それでも私はこの経験から1つ大きなことを気が付いた。そしてそれ以外にも小さいけれど大切なことをたくさん学んだ。それは心の変化を追いながら、またつづっていこうと思う。


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