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人生急に終わりを告げられたら、と今の自分を思う

山本文緒さんの「無人島のふたり」を読んだ。
山本文緒さんは2021年10月に永眠された。この本は旅立つ6か月前から書き始めた日記である。
この日記の中に生きることについての思いがたくさん詰まっていた。

「無人島のふたり」というのはタイトルから本人の気持ちと状況が苦しくなるほど伝わってくる。ある日突然病気が分かり、夫とそれに向き合うのだが、それを無人島のふたりとした。静かで何もない、そんなところにポツンと置き去りにされたふたり。世間と、現実との計り知れない距離感。そして本の中盤では、2人で暮らしていた無人島だが、夫はあと数週間で本島に帰り、私だけ残る時がくるとつぶやく。
そこに広がる無音の世界が悲しい。あがいても変わらない、その時が近づいている。

余命宣告されているのに、割引されたパジャマを買う。そうかと思うと、楽しかった過去のこと、失う未来のことで頭がいっぱいで苦しくなる。という心。当然なのだが、行ったり来たり。

帯には「私の人生は充実したいい人生だった。だから今は安らかな気持ち、、、余命を宣告されたらそういう気持ちになるのかと思っていた。それは違った」とある。

私は最近、人生とはをよく考える。
大した冒険をせず、保守的になりすぎて世間知らず、とんでもない50歳が出来上がってしまった。慎重なあまり、こうあるべきが強いあまり、その場を楽しむということは順位後ろにしてしまっていた気がする。
例えば、登山や旅行には大ハマリした。が、自分の目で見るより写真を撮ることに必死、また旅行はガイドブックの確認旅行だった側面が大きい。
更に言うと、一緒に時間を過ごしてくれた人とのつながりをもっと大切にするべきだったと今更ながら思う。

そんな自分の人生も、既に折り返し地点。
いや、そもそも、50が折り返し地点だなんて全然限らない。
もう80?90?%は消化してしまっているかもしれない。
今はそれが分からないだけなんだ。
と、はっとする。

娯楽面はまあ良しとしよう。広範囲になるので一旦置いておく。
仕事面で言うと、あんなにストレスで大変なことが多くて文句ばっかりいっていたのに、それが離婚な引き金にもなったのに(もっともっと自分が至らないという起爆剤もあるのだが)定年が見えてきたら、急に終わりにするのはおしい気持ちになっている。「自分から辞めてやる!」といってスッキリする野望より「辞めていただきます。」と相手にスッキリされる確率の方が断然高くなってきた。目の病気のこともある。いつまでも健康に働けると思っていたがそうではなかった。

恋愛だってそうだ、若かりし頃は「ごめんなさい」と言っていったこともある。何ならごめんなさいすら言わず高飛車な態度をとったりもしたものだ。それが私の満足だったのだろうか。更に離婚を決断し、今ひとりでいることはスッキリ解決なのだろうか。

帯に書いてあったように、人生の最後が見えた時、安らかな気持ち、もう満足、スッキリです。と思うだろうか。
確実にその答えはノーである。

だから、今更ながら、人生をよく考える。
遅すぎる!のだが、今気が付けてよかったと思っている。

日記には、体調を崩していても読書したこと、執筆をしたことが度々でてくる。作者が最後にやっていたことは本を読む、文章を書くことだった。
そして見舞いに来る人への思い、旦那さんへの思いがつづられる。
「ごめんなさい、ありがとう。」と人を思う言葉が最後にたくさん言いたくなるとあった。

さて、私には最後に「ごめんなさい、ありがとう。」といえる人がそばにいてくれるだろうか。そして、残された日々にやろうと思うことはあるだろうか。

残りの人生でそれができるかは分からないけれど、今やっと気が付いて、修正をかけようとしている。それにより何か異なる結果を生むのではないかと、虫のいい話だが考えている。

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