見出し画像

人生初のオーディション

書こう書こうと思っていたのに、この記事を書くのに一年経ってしまった。それほどまでにこの体験を受け入れるのに時間を要したのだ。”私なんて”が強すぎて、今でもまるで夢だったのかと思えるような、相当の勇気を出した体験だった。

”人生に後悔したくない””何事も体験”だと、オーディションにポチっとスマホで応募した私。すぐにLINEで返事が来て、オーディション日程が決まった。3月3日のひなまつり。その日は子どもを友人宅に一日泊りで預けて、一人高速バスで5時間かけて東京へ向かった。

このバスに乗るのにも一苦労だった。あまりに高揚しすぎていたせいか、山道で(我が家は山奥のへき地にある)あろうことかタイヤをパンクさせてしまったのだ。もう”終わった”と思った。”やっぱり私がオーディションなんて受けられるはずないんだ”とネガティブな想いに支配される。どうにか道端に車を停めて、どうしようかと途方に暮れていたら、救世主が現れた!なんと通りすがりの軽トラのおじちゃんが、”パンクしたのか。家近いからジャッキ持ってきてやる”とわざわざ引き返して、ジャッキを持ってきてくれて、やすやすとタイヤ交換してくれたのだ。もう神様はいるのだと思った。スムーズに交換が済み、なんとオーディション時間に間に合ったのだ!移動の高速バスの中で、”神様が行かせてくれたんだ。もう楽しむしかない。なにも怖がることなんてないんだ”と感謝と覚悟のような気持ちでいっぱいになった。

画像1

朝のパンク事件から心臓バクバクが収まらず、ソワソワしたまま渋谷のオーディション会場に着いた。会場には順番を待つ人が10~15人ぐらい。みんな若くてキラキラしている。”私なんて42歳のオバサンがこんなところにいるなんて”すぐに恥ずかしさと劣等感に支配されそうになるが、”いやいや、周りは関係ない!今日は社会体験に来たんだ”と言い聞かせ、配られたアンケート用紙に記入することに専念した。アンケートには「オーディション後はどんな活動がしたいですか?」などと質問があり、わたし、オーディション後のことなんて何も考えていないことに気づく。いいや、受かることも分からんし、好き勝手妄想を書こう!と自分のなりたい姿を書いた。そうしているうちに歌手になっている自分を想像して、今、劣等感でいっぱいのただの40代主婦である自分を忘れることができた。私は歌手だ。堂々と歌おう。そしてついに、私の順番が来た。

小さな会議室の長机に5、6人の方々が並んでいて、「では、歌ってください」と促された。アカペラでワンコーラス。自分の好きな歌を歌う。私はなんとなくオーディション応募時に頭に浮かんだ一青窈の”もらい泣き”を歌った。緊張で歌詞も飛びそうになったけど、歌い進めるうちに、自分の内に入って、誰も気にせず堂々と歌い上げることができたと思う。歌い終わると一瞬の出来事で、でも心の底からの満足感でいっぱいで、もう充分とばかりに勝手に帰り支度をして「ありがとうございました」と頭を下げて立ち去ろうとしてしまった。審査員の人が「アピールを」というので、このオーディションに応募した経緯と、ここに来るまでの珍道中を早口で話したと思う。もう頭まっしろになって細かくは覚えてはいないが、もう人前でオーディションで歌えたことに満足して、その結果のことは本当にこのときはどうでもよくなっていた。

最後にプロデューサーさんが声をかけてくれた。「音程も大丈夫だし、声もとてもきれいだから、もっと堂々としていればいい。」と。その言葉だけで十分だった。自信のない私に人前で歌えたという自信、たくさんの有名な歌手をプロデュースしてきたプロの方に”声がきれい”と言われたことは、オーディションの結果に関わらず、私の一生の宝物になった。ひとまず私の挑戦が終わってほっと一息。

思えば、こうやって自分の望みを叶えてあげられるようになっただけでも大きな進歩だ。人の意見、世間体、自分自身への評価に振り回されて、挑戦することを自分に許してこなかった。結果がついてくることだけ挑戦してきた。受験だって合格圏内の学校しか受けなかったし、就職だって世間の流れに従って世間で言う普通の安定の道を進むことだけ自分に許していた。歌手なんて夢みることも許さなかった。確実に人から評価されることを、自分ができる範囲で、失敗しないように、人生を歩むことをよしとしていた。良い学校を出て、社会人としてそれなりに働いて、母になり、マイホームを建てて、世の中的には幸せな人生を歩んできたはずなのに、心がずっと満たされなかったのは、自分の純粋な本当の望みに耳を傾けてあげなかったから。やっと認めて、それに挑戦させてあげたことで、私の世界は彩りを放ち始めたんだ。

そして2日後、オーディションの結果を電話で受けることに。そこからまた私の心の葛藤が始まるのでした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?