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「水道水の水質基準が緩和された」というデマに騙されないために

はじめに


 これまで、私は水道事業の「民営化」という言葉に不安を抱く方々に安心していただけるよう、現在の水道事業の状況と法令について解説させていただいてきた。


 しかし、現在も、noteにおいて「水道」で検索をかけると水道事業や水道水への不安を訴える投稿が散見される。
 「水道水は発がん危険性が高い」「水道水のアルミ濃度が増えている」といった全く根拠のないデマを並べながら浄水器を宣伝しているような投稿については、論考にも値しないので、今後のnote運営による厳正な対処を待ちたいと思う。
 しかし、そうした意図的なデマではなく、「水質基準」が「緩和」されたというネット上の情報を見て不安を訴えている方々の投稿もある。
 そのため、今回はこの「水質基準」について、あらためて説明したいと思う。

「水質基準が最近緩和された」というのは誤り


 日本の水道水の水質基準は「水道法」第4条の規定に基づき、「水質基準に関する省令」で規定された水質基準に適合することが必要とされている。また、水質検査を含む「水源及び水道施設」等の維持管理の責任は「国及び地方公共団体」にあることも、水道法に定められている。これらの事実についてはこれまでも繰り返し解説してきた。

 上記リンク先記載のとおり、「水質基準に関する省令」では51項目の「水質基準項目」とそれぞれの基準値が定められている。
 この省令は出されたのは平成15年5月30日(厚生労働省令第101号)である。
 また、最新改定は令和2年4月1日施行であり、その際には「六価クロム化合物」に係る水質基準が0.02mg/L以下に強化されている。

 したがって、水質基準が最近緩和されたというのは誤りである。
 「水質基準が緩くなって水道水の安全性が低くなった」というのは誤解であることが、こうした正しい情報を確認していただければ、ご理解いただけると思う。不安を覚える方々には、どうかご安心いただきたい。


「水質管理目標設定項目」における農薬の見直しについて


 では、「水質基準が緩くなった」という誤解が広がっているデマは、どこから拡散したのか?
 その原因はどこにあるのか。

 このデマの原因については、先にリンクを貼った厚生労働省の水道水質基準のページを見ていくと分かる。

 水道水質基準の下には、「水質管理目標設定項目」として27項目とそれぞれの目標値が定められている。
 これらは、先の51項目の水質基準項目と比較して、「評価値が暫定(確定していない)であったり、検出レベルは高くないものの、水道水質管理上注意喚起すべき項目」として定められたものである。そして、その項目ならびに目標値は、最新のデータに基づいて、逐次改正されている
 この「改正」について、内容を精査確認する事なく「規制緩和!」と訴える人々の存在こそが、デマの元凶である。

厚生労働省ホームページより


 ここからは、デマと断定する根拠を具体的に見ていく。
 厚生労働省のホームページ上で確認すると、この27項目の「水質管理目標設定項目」に含まれる「農薬」については、平成20年以降、項目の追加や目標値の見直しがなされており、最新改正は令和4年4月1日より施行されている。
 最新改正後は、日本国内での使用量などを勘案し、水道水から検出される可能性の高いものや、検出されるおそれは少なくても万が一検出された時に影響が大きいと判断される農薬114項目が「対象農薬リスト掲載農薬類」としてリストアップされている。
 最新改定においては、除草剤の「イプフェンカルバゾン」が近年の使用普及により水源から検出されており、人体に対する影響が懸念されるようになったことから、それまでの「要検討農薬類」から「対象農薬リスト掲載農薬類」に引き上げられている。(この区分については後に掲示する表1を参照されたい)
 また、農薬類の対象リスト中、「ホスチアゼート」については人体への影響が少ないと判断され目標値の見直しがなされている
 水質管理における農薬の基準は、緩和されているのではなく、最新データと使用状況とを照らし合わせて適切に見直しがなされているのである
 規制緩和では無い。
 なお、これらの情報はすべて公表・公開されており、厚生労働省のホームページでいつでも誰でも確認することが出来る。特に、目標値の見直しについてはその根拠となる検査結果もすべて公表されているので、不安を覚えている方々がいらっしゃれば、是非とも正しいデータを確認し、安心していただきたい。
 なお、厚生労働省では、現時点で「対象農薬リスト掲載農薬類」に含まれている114項目の農薬だけでなく、日本国内で使用されている他の農薬についても検査・検討を行っている。また、水道事業関連のホームページ内においても「農薬の考え方について」というページを別途設けて、以下の通り説明している。

 農薬類については、現在、水質基準に位置付けられている物質はなく、水質管理目標設定項目の一つとして「農薬類」が定められている。
 水道水(浄水)における農薬類の評価方法は、個々の農薬について検出値(濃度)を目標値(濃度)で除した値を計算し、それらを合算した値が1を超えないこととする「総農薬方式」を採用しており、測定を行う農薬は、各水道事業者等がその地域の状況を勘案して適切に選定する。 検出状況や使用量などを勘案し、浄水で検出される可能性の高い農薬114物質が「対 象農薬リスト掲載農薬類」として整理されているが、これらの農薬以外の農薬についても、 地域の実情に応じて測定を行い、総農薬方式による評価を行うこととされている。
 なお、農薬類には、「対象農薬リスト掲載農薬類」の他に「要検討農薬類」と「その他農薬類」の分類区分があり、内容等は表1のとおりである。

厚生労働省ホームページより
厚生労働省ホームページより農薬類の分類区分表

  一部引用させていただいたが、興味のある方は是非とも厚生労働省のホームページで各農薬のデータをご確認いただきたい。


「日本は農薬使用量が多い」というのもデマ


 ここまで、水道水における農薬の基準項目と、令和4年4月1日付の改正について説明してきた。
 最後に、補足として、日本における農薬の使用量について触れておきたい。
 デマを引用するのはデマ拡散に協力するようで非常に心苦しいが、わかりやすい例として、現在note上で確認出来る農薬に関するデマの具体例を提示させていただく。

・日本は世界でもトップクラス農薬を使用している国。農薬の危険性を理解していれば、使用量の規制を強化すべきでした。しかし、農薬の使用量を緩和した結果、水道水に多くの農薬が混ざることで、水道数の規制を緩める結果となったのです。

noteにおけるデマの一例

 個人攻撃は本意ではないのでリンクを貼ることは控えるが、上記は、「水道水」というタイトルで、水質基準が緩和されたという誤った情報を書いているnoteの一例である。 
 水質基準の規制が緩められたという嘘については前項で解説したのでここでは省略するが、「日本は世界でもトップクラスの農薬を使用している国」というのもデマである。
 「誤り」ではなく「嘘・デマ」であるという厳しい表現をするのには、根拠がある。
 
この件は、株式会社農業技術通信社のウェブサイト「AGRIFACT」において、2021年に検証・論考済である。


 この論考は、多くの方々に是非全文をお読みいただきたい。日本の農薬使用の状況についての正しい情報がわかりやすく解説されている上、危険をあおり、日本の農業を貶めるためのデマを拡散する人々が用いる手法についても具体的に解説されている。

 尚、AGRIFACTによる検証記事は2021年のものだが、日本の農薬使用量に関するデマについては、2023年に入ってからも日本ファクトチェックセンターにより検証がなされている。


 日本ファクトチェックセンターによる検証結果は、ヤフーニュースでも報じられた。同センターのnoteよりも、ヤフーニュースの記事で目にした方も多いだろう。


 先に引用した「日本は世界でもトップクラスの農薬を使用している国」とのnoteは、こうした検証がなされ、その詳細が報道された後に書かれたものである。この事実を踏まえると、認識の誤りではなく、意図的かつ悪質なデマであると判断せざるを得ない。
 こうしたデマがnote上で流布される現状を残念に思う。

意図的にデマを流す人々にだまされないために


 水道水についても、農薬についても、誤った情報を拡散する人が後を絶たないのは残念である。誤解ならともかく、意図的にデマを拡散し不安を煽る者たちには怒りを覚える。
 しかし、正しい情報とデータを伝えようとする個人や組織が増えていることも事実である。
 特に農業関連では、先にリンクでご紹介させていただいた農業技術通信社のウェブサイトをはじめ、ツイッター上においても農業に従事されている方々から直接発信された正しい情報を目にする機会も増えている。
 

 過去のnoteにも書いてきたが、意図的にデマを拡散する人々には、どんなに丁寧に事実とデータを提示しても、決して理解されないだろう。
 しかし、たとえデマ拡散者の意見や認識を改めさせる事は困難であっても、そうしたデマを目にして漠然とした不安を抱いてしまった方々には、正しい情報を提示することで、安心を取り戻していただきたい
 ここに記載してきた情報が、その一助となれば嬉しく思う。
 多くの方々が、正しい情報に基づいた冷静な判断により、安心を取り戻してくださることを、心から願っている。



2023.4.14追記
 目次と各項のタイトルおよび本文中の表記を一部修正

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