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アメリカに住んでると誰もDXやってない感じがする話

 私はアメリカのシアトルエリアに住んでいるのですが、SNSを通じて日本語の情報を見ていると、政府含めてものすごく一生懸命 DX (Digital Transformation) に取り組んでいかないといけない!という気合を感じるのだけど、実際のところ私の観察範囲ではそんな雰囲気を全く感じません。なんでだろう?と思っていたのですが、ふと思い当たることがあったのでシェアしてみたくなりました。

観察範囲での日米の違い

アメリカに住んでいると、ソフトウェアを普通使うのはとても普通であり、かなり年配な方でも普通に使います。例えば私の英語の先生は、かなり年配の方ですが、普通にコンピュータを使って授業します。レッスン代は、友達とか、スモールビジネスの間でお金をやり取りできる Venmo というサービスがあるのですが、支払いを忘れてたら、Venmo 使ってはよ振り込んでなと催促されます。

会社でも、どんな高いレベルの人でも、自分でパソコン触らないとかそんな人は存在しません。

ほかの違いとしては、私の会社のみかそうでないのかは知りませんが、会社のシステムも数年おきに置き換わったり、開発の現場でも、みんなが使うコマンドがある日違うものに予告なく置き換わるとかも普通にありますが、誰も文句を言いません。システムが置き換わったら当然操作方法とかもみんな変わるわけですが、多分みんな「変わるのが普通」と思っている節がある感じで、誰も「変わったら困る!」とか言いません。

なぜそんな違いがあるのだろう?

日本で SIer にいたころは、基幹システムの操作性は変えられない。現場が混乱したらどうするんだとかよく聞きました。変わったら大変なことになるのかなと思っていたのだけど、実際こちらでゴリゴリに毎年変わっているのをみると、操作性が変わっても、最初の1,2回ぐらい混乱があるぐらいで、大した問題は起こらないので、結構びっくりしました。そんなものなのですね。

高齢の方はなぜアプリを余裕でつかえるのだろう?

 日本では偉い人や高齢の人は「コンピュータは使えなくても仕方ない」というノリがあると思います。でも、ソフトウェアを「使う」のはそんなに難しいことでしょうか?

 先ほど紹介した先生は、アプリを使って私に請求して、Skype でレッスンして、ドキュメントとかを Word で書いた私に送ってきます。そもそも私が彼女を見つけたのは、オンラインの先生の紹介サービスでよい評価だったか
らです。

 彼女は、特にコンピュータに強いわけではありませんし、多分にどちらかというと苦手だと思います。興味もなさげです。多分理由はとてもシンプルで、コンピュータを使ったほうが、顧客を見つけることができて、支払いも簡単だからだと思います。つまり、「そっちのほうが楽だから」ということに尽きると思います。税金の支払いとかも紙でもできますが、どう考えてもオンラインのほうがめっちゃ楽です。

年齢を気にしないから

アメリカに住んでいると、年齢を気にすることが少ないです。就職するときに特に年齢も書かなくてもよいですし、同僚の年齢もしりません。年齢関係なく、アウトカムを出すのであれば評価され、そうでなければ、評価されません。とてもシンプルです。だから、年配の人でも「価値を出そう」と頑張るようです。私も今51歳ですから、普通その年齢からプログラマになるとか日本だったらその年齢だけで雇ってもらえないことも多いのではと思います。

それが便利だから

 また、こちらでは、「偉い人」や、「高齢の人」はコンピュータ使えなくても仕方ないというムードがありません。別に「使わないといけない」というムードもありませんし、使わないと生きていけないわけでもありません。でも、どう考えてもそちらのほうが楽で、それが使えるほうがより評価されて、お客さんもたくさんゲットできるのだったら、年齢や立場に関係なく、そこに時間を投資する。それだけの気がします。

使わざるを得ないから

 もう一つの点は、「新しいものを使わざるを得ないから」ということもあります。先ほどのシステムの例ですが、現場に「お伺い」が立てられることなく、勝手にシステムが定期的に変わります。それについていけなければ単に「使えない人」になるだけですし、新しいシステムになっても、数回やってみればなれるし、周りに聞いてみてもいいし、サポートもあるので、実際にそんな問題にならないわけです。

日本だとどうすればよいのだろう?

 だから、日本のデジタル庁が掲げている「だれ一人取り残されないDX」というのは、大変難しいのではないか?と思います。

 どんな立場になる人でも、「そっちのほうが楽だから」、「そっちのほうが便利だから」、「勝手に変わっていくので、対応するしかない」という流れが私が住んでいるアメリカで、物事が変わり続けている要素な気がします。だから、誰も DX 頑張ってる感がなくても、普通にソフトウェアをみんなも使ってるのだと思います。

 もし、それをしなくても、何も不自由がなくて、誰かが代わりにやってくれて、今と同じことをしていればよければ、本人にとって特にメリットもデメリットもないのであれば、誰がそれをするのでしょう?

 そんなに、過保護にしなくても、人間にはそれができる能力は備わっているのだと思います。

 自分が日本に帰るころには日本がソフトウェアの世界でもトップレベルの国になってたらいいのになぁと心の底から思います。日本のDXの成功を本当に心から願っています。


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