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「十年」のレジーム下での相次ぐ不祥事と日本の危機 —岸田政権退陣手前の状況とトヨタのグループ統治不全、豊田章男会長の責任―

おそらく真実とはシンプルなもので、人は誰しも齢を取ることで、少なくとも自分が若い時よりは真実が見えてくるものです。昨年末以来、日本の内政・産業経済で相次ぐ不祥事の数々。バブル崩壊以降の三十年を超える長期の混迷も、いよいよ極まってきた感がします。
筆者のnoteでの執筆もけっこう長くなりまして、今日は唐突とも思える話の取り合わせによって、世の中の真実に迫ってみたいと思います。
※ この記事は有料のマガジンに所収することを想定して執筆されたものであり、遠からず大幅増補のうえで有料化されますので、無料公開期間中にご覧ください。


はじめに

振り返れば、今現在の日本の混迷の発端は、安倍派の政治資金問題と、ダイハツの開発過程での不正というバラバラの形でした。当初は政治は安倍派固有の政治資金問題、経済はダイハツ社内の体質に起因する個別のできごとであるかのように見えました。
やがて政治資金問題は自由民主党の総裁派閥である岸田派を含む広がりを見せ、批判は自民党全体に及んでゆきます。またトヨタ傘下企業の開発不正問題がトヨタの源流企業である豊田自動織機にまで及ぶに至って、もはやダイハツ1社の問題ではなかったことは誰の眼にもあきらかになっています。本稿はここからさらに議論を進めて、この政経の両面をつなぐ病巣についてあきらかにしようとするものです。

トヨタ自動車とその母体となった豊田自動織機との関係、自動車製造への着手については、下記拙著の第4章を参照。

1. 安倍派支配の果てに

こちらは私ならずとも、多くの方が思い当たる内容でしょう。2022年7月に暗殺された安倍晋三元総理は、2012年から第二次政権でアベノミクスと称されるようになる際限のない量的緩和に基づいた政策パッケージを打ち出し、その是非はともかくとしてほぼ8年に及んだ長期政権を維持して、ロッキード事件後の田中角栄元総理になぞらえられるような政界の大御所となります。やはり長期に及んだ同派(厳密には同派の前身)の小泉純一郎政権以来、同派が肥大を続けて最大派閥であり続けたことは、安倍派が政権を維持するうえでの強力な装置として機能しました *1

*注1 安倍派に続いてまもなく、二階派の政治資金問題が表面化する。2016年以降、21年9月の菅義偉内閣(菅氏自身は下図で「菅G」と記されているように一定数の手勢は率いていたが、派閥と呼べる規模ではなかった)の崩壊にいたるまで二階氏が党幹事長であり続けたことで、 二階派もまた肥大してゆくが(図表1参照)、安倍政権とその後の体制を支えたレジーム(体制の枠組み)の下で肥大し続けた両派がそろって金権政治の元凶として指弾されるに至ったことは、決して偶然とはいえない。

図表1 自民党派閥の人数推移
(細田派→安倍派、竹下派→茂木派という読み替えが
必要、またすでに解散済の派閥も含む)
出典:  https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e335960ad893a38c62d40e0953b74563ec1a904a

安倍派そのものの政権と、それを後ろ盾としたその後の政権のレジームの存続は、1990年代半ばに導入された小選挙区制の下での党幹事長への権限集中と相まって、党総裁と幹事長の派閥への資金の集中をもたらして、裏金作り等を含めた政治資金の問題を深刻化させてゆきました。それが今、久々の金権政治批判となって吹き出しているのです。
この第二次安倍内閣と、それ以降安倍氏が凶弾で倒れるまでの同派に依存して政権運営してきた菅・岸田の二代の内閣の期間を合算すればほぼ10年
(正確には9年7ヶ月)に及びました。これほどの長期間にわたって、特定の勢力に権限とカネが集中すること自体がもたらす問題について、次に日本の産業経済での顕著な事例について見てゆきましょう。

2. トヨタグループ企業の相次ぐ不正

冒頭にも記したとおり、この問題は当初はダイハツという個別企業の隠蔽体質によるものと思われていました。ただ筆者は当初よりこの問題の一般化を考えていましたが、そのきっかけはかつて三菱自動車が旧ダイムラー・クライスラーの傘下に一時的に入った時にやはり起きていた、クルマの不正の問題でした。
この問題についての詳細は、下記拙著の第2章に詳述されています。

人命を運ぶ自動車産業の場合、いうまでもなく安全性が何より重視されますから、厳格な認証の制度があります。そのため新モデルの発売スケジュールを守ったり、市販車としての「型式」を維持する(「型式」の取り消しを回避して量産を継続する)ことが強く求められる組織風土の下では、今回のように認証段階での不正の隠蔽が横行する場合も出てきます。特に後から他社の傘下に入ることになって、親会社から極端な言い方をすれば社長だけが送り込まれてきて、モニタリングを兼ねた企業の統治を行っている場合、生え抜きの副社長までしか本当の情報が上がらずに、このことが多年にわたる不正の温床となりがちです
本項の冒頭に記したように、他社の傘下のケースでは2000年に発覚した三菱自動車(当時ダイムラー傘下)のリコール隠し、2022年3月に発覚した日野自動車(トヨタ子会社)の排出ガス・燃費の不正、前述の23年12月のダイハツ(同)による認証申請に関わる前代未聞の全生産車種での不正、そして今回あきらかとなった豊田自動織機 *2による、やはりエンジンの認証申請に関する不正があります。後から他社の傘下に入ったわけではないスズキ自動車でも、2016年に大規模な燃費不正の問題が起きています。

*注2 豊田自動織機については、現在でこそトヨタ自動車の子会社の位置づけですが、「はじめに」にも記したとおり昭和初年に同社が自動車の試作を初めて以来、長期にわたって自動織機の側がグループの母体であったわけですから、話はそれほど単純ではありません。

現在の騒動が多少沈静化したあとで間違いなく問題視されるのは、日野とダイハツの親会社であり、豊田自動織機に対しても実質的な親会社格のトヨタ自動車自体によるグループのガバナンスの問題であり、前社長である創業家出身の豊田章男会長の経営責任問題です。1月30日に、トヨタ側は機先を制して章男会長自身による謝罪の会見を開催しましたが(下記動画参照)、派閥会長でもあった岸田総理自身による率先しての派閥解消の表明という奇策(政権維持の術策であるとともに、会長としての責任追及を逃れるためでもあった)と同様に、果たしてこれだけで事態が沈静化するかということです。

ダイハツの不正は30年前にさかのぼるとされており、日野の不正もまた2020年に発覚した北米向けエンジンの認証問題をきっかけにして主力の国内向けまで波及した問題で、自動織機の事件にしても昨年3月に表面化したフォークリフト向けエンジンの不正を調べているうちに、付随して本丸の自動車向けエンジンに飛び火したものですから、いずれも章男氏の社長在任期間(その翌月である昨年4月の退任までの13年10ヶ月の在任)に生じた問題です。
すべての自動車メーカーが現在でも創業家による経営なわけではありませんが、創業家から社長が出ることには功罪の両面があります。メリットは特に危機の後の大政奉還的な登場(章男氏の場合はリーマンショック直後の売上不振に伴う連結最終赤字への転落がきっかけであった)によりグループ全体に求心力が働くことですが、デメリットとして上述の親会社から子会社に社長が送り込まれてくるのに近い状況になること、つまり周囲のサラリーマン役員が創業者の直系である社長に過度に忖度してしまい、不都合な情報が途中で伝えられずに揉み消されてしまうことが挙げられるでしょう。これが累積してゆくと現在のトヨタグループのように、やがては大問題になって吹き出します。

むすび

以上、現在噴出している日本の政治・経済両面の問題の根底に横たわる、特定の個人による長期にわたる統治・経営に伴う問題の所在について述べてきました。眼を国外に転じれば、同様に治世が十年どころか、実質的には二十年を越えているプーチン政権の愚行としてのウクライナ侵攻についてもいうまでもありません。もっともプーチン氏は一代で成り上がった人物です。
豊田家は言うに及ばず、安倍家もまた三代続いた政治家の名門の家系であり*3、ことは日本の社会階層の固定化、換言すれば流動性の低下に伴う社会的なガバナンスの問題といえるかもしれません
問題の根幹は、この社会のリーダーシップの欠如にあるのですが、ことは日本社会が今のままで大統領制共和国を導入すれば解決するというような単純な話ではありません。この話は今回の紙幅には収まりませんので、また改めて論じることにします。

*注3 晋太郎-晋三の系譜の安倍家は二代前に本家の惣領が若くして亡くなったことから、当主の妹が婿養子を取ったものであり、その本家もまた毛利家の家中の武家ではなく、江戸期の長門の土着の大庄屋が地主化したものであった。 
出典は下記。

なお本記事冒頭の記者会見の謝罪画像については、下記の日経記事に負うものです。


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