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人の文章に手を入れる

 僕は立場上、部下の作成した文章を毎日のように手直ししています。

 この、文章を直すという作業は、いくつかレベルがあります。

 まずは、なるべく相手の努力を尊重して、フリクションボールを用いて、手書き修正をするケースです。

 文章全体の出来が合格点だから修正箇所が少なくて済む、ということはあまりなく、文章表現としてはいろいろ至らないが、何とか趣旨は伝わるので、ある程度見切り発車ができるものに限定されます。

 たとえば打ち合わせのアイデアメモとか、スピード重視でとにかく事実関係だけを上長に報告するペーパーとか、口頭で説明する場合の手持ち資料といった類です。

 次に、かなりの箇所に手書き修正を加え、パラグラフごと入れ替えるような、ある程度の手術が必要なケースです。

 対外的に出す文書とか、上長に判断してもらうための説明資料などです。 
 
 対外的に出す文書は、基本的な文章作成のお作法がなっていないと、読み手がざらざらした思いを抱き心理的に読み進められず、そこで壁を作らせてしまうことがあります。

 また、文章の読み手が前提知識をどの程度持っているのかを考えず、自分中心に文章を書くと、内容や体裁は良くても、相手に肝心なところを理解してもらえない、残念な結果になってしまいます。

 上長に判断してもらうための資料も、担当者はとかく自分の前提知識とか、前に説明した内容を省きがちですが、組織の上層部に行くほど、多様な案件を抱え認知が分散しており、これまで説明したことをすべて記憶の引き出しから即座に取り出しつつ、説明資料を理解していくというのは、最重要案件か、本人の関心領域にない限り、無理です。

 前提知識や過去の説明が参考でもいいから文書の中にエッセンスとして落としこまれていないと、口頭での補足説明が増えて、判断に至るまで時間を費やしてしまいます。常に判断を求められる上長は、忙しいため、その分、他の案件の時間を奪うことになります。

 こうした時「以前説明しましたが」というのは、禁句に近いものがあります。何の引き出しもせずにそのフレーズを使うと、認知の分散している上司からすると、怒りの心しか湧いてきません。

 人間、常に本気モードで説明を聞き続けるほど、集中力や認知のスタミナがあるわけではなく、軽く説明された案件とか、その時点で最終判断をしなくて良い案件は、方向性として「流す」程度で済ますものです。

 また、過去の資料は上層部ほど、さっさと捨てていると考えた方が良いです。おそらくファイリングしていると、1ヵ月で段ボールひと箱とかになってしまうし、そんな余裕もない、ペーパーレスでの説明も多いので、とにかく話を聞いたら資料自体は捨てるか、リセットしてしまいます。説明資料を大事にとっているのは、担当者とその上席ぐらいと考えた方が良いと思います。

 最後は、データを引き取り、僕が全面修正をかけるケースです。

 相手に過たずこちらの意向を伝える必要がある、機微に関わる文章の場合は、どこかを直して足りるわけではなく、一部の箇所を修正すると、全体を手直しする必要があります。
 
 どのことを、どの程度の分量で伝えるか、パラグラフや章立てごとに、強調レベルを調整して、相手にどこが重要だと理解してもらうかをまず考えます。文章全体に下線を引くとか、なんでも情報をぶち込むというのは、担当としての責任放棄で、過不足なく情報を入れて、強弱のバランスを考える、これは職人技に近く、常にこのことを考え続けて、どこかで自分の中の蒙をひらくところまで、鍛錬しないと、いつまでもこの文章の宇宙を手に入れることはできないと思います。

 相手に対して譲歩を求める文章は、特に難しいですね。この譲歩は、相手の不利益を甘受してもらったり、相手のこだわりを引っ込めてもらったり、これまでの進め方の悪さをお詫びして、仕切り直しをお願いしたり、といった意味であり、ここで使う文章には力が必要ですが、直球というより、山なりカーブでストライクを取る感じでしょうか。

 相手の受け心をつくるために、まずはこちらに事情があることを理解してもらい、ハードルを下げてから、得を説くことを順を追って進め、相手の立場も理解しているんですよ、というところをさりげなく投げ入れ、何となく相手も落としどころが見えるような感じにして、最後にこれでいかがですか、もちろん、こちらも譲歩するところはしてあります、という流れになるでしょうか。

 この場合、一語一句に気を遣う必要があり、説明の順番にも細心の注意を払わなければなりません。そのうえで、説明者として、文章の構造を隅々まで理解して、この武器を使いこなす訓練を重ね、最後は誠意を持ち、心を砕いて、この武器を慎重に扱う。

 誰かにこの文章を使いこなしてもらう場合は、文章のこころを伝える必要があり、その伝授は、単に表面的に手直しするのとは比較にならないエネルギーを使います。

 こうした場合、よほどのことがない限り、人には任せず、自分で説明することになります。そうでないと、武器が最大の力を発揮することができませんので。
 


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