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中学受験を学びの階段を上がる契機に

 このところ、中学受験が過熱しています。受験産業にとっては、かつてのお得意様であった大学受験については、大学の難易度の二極化や浪人生の激減でパイが縮小しており、中学生の9割以上が受験する高校受験についても、そもそも少子化で同じくパイが縮小していて、この先を考えるといずれも縮小は避けられない。
 そうした将来を見越した受験産業サイドの動きと、学校サイドで早期に優秀な生徒を囲い込み、進学実績を上げたい私立学校、早い段階から系列に取り込むことで学費収入を確保し経営を安定化させたい私立大学グループ、そうした動きに対抗し、優秀な生徒の流出を防ぐために中高一貫校化を進める公立の動きが相まって、学区によっては小学校のクラスの半分以上が受験するというところもあるようです。
 僕のところも上の子どもが公立の中高一貫校に入ったこともあり、また、周囲で受験する同級生が比較的多いこともあり、下の子どもも受験を意識するようになり、上と同じ公立中高一貫校を目指して勉強しています。
 正直、上の子どものように机にかじりついて勉強している感じでもないので、大丈夫なのかなと思いますし、実際、成績はまだまだ至らず、親から見ていても厳しいのかなという気もしています。
 ただ、個人的には、公立中高一貫校の適性検査というのは、読解力や思考力を問う問題が多く、そうした問題に数多く触れておくのは、先々、役に立つような気もしますし、8月には、朝から晩までの日帰り合宿的な講習が1週間あるようですが、一度、そうした厳しい環境に身を置いてみるのも、人生経験にはなると思います。
 学びというのは、半ば周囲の環境に影響されて、強制的にはじめたものであっても、そこがきっかけになって、学びへのハードルが低くなる面はあると思いますし、いつまでも学び続けられるのか、年齢を重ねると、そうした時間は潤沢に取れなくなりますし、いろんな力が低下していきます。それに、災害や戦争といった事態が、災害であれば今日明日に起こってもおかしくないですし、戦争も10年、20年のスパンではないとは言い切れないと思います。
 今のうちに、少しでも本人に意欲があるうちに、可能性の云々はともかく、中学受験をきっかけに、学びの階段を上がってもらうことは、大事だと思いますし、それに対する投資も小さくはないですが、それで生活基盤が揺らぐというわけではないので、ケチらず使いたいと思います。
 お金は、確かにあればあるほど良いわけですが、どこまでもその布団を厚くする必要はなく、ある程度確保できれば、あとは使っていくことで、生きることになります。ためていて、人生の終盤に使おうと思っても、思うように使い道がない、今はそういう人も少なくなりつつありますが、多少なりとも万人に共通する教訓ではあると思います。人生、50代で亡くなる人も、意外と多いですからね。

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