救世主の余命
連作のSF小説を書いてみます。
毎週日曜日更新予定です。
時間ありましたらどうぞ。
第1話
その日、彼女は夢を視た。
未来の夢を。
彼女にとってそれはよくあることで、意識はぼんやりとしながらそれがただの夢か、予知夢であるかは判別できる。
それほど慣れ親しんだ感覚だった。
しかし、その日彼女が視た夢は今まで視たものとは桁外れに重要なものだった。
――――少なくとも彼女と彼女の星の民にとって。
その夢を視終えた彼女は蒼い瞳を開き、がばと跳ね起きた。
夢うつつという言葉が当てはまらない程意識が覚醒している。
恐らくは夢の途中で脳は目覚めていた。
それでも突然始まった未来のビジョンを余さず網膜に収めるため寝続けていたのだろう。
珍妙な表現かもしれないが、これも彼女にはよくあることだ。
仮眠用シートから飛び出し、狭い室内で目を閉じる。
集中力が一気に極限まで達し、彼女の姿は量子レベルに分解されかき消える。
そして再び構築されて目を開けると、そこは巨大スクリーンに漆黒の大宇宙を映し出す管制ブリッジの中だった。
目の前で数人のスタッフが計器類を操り、無線でやり取りをしている。
視線を手前に引くと黒いコートの背が高い後姿が見えた。
彼女の視線に気づいたのか、その人物が振り返る。
深紅の瞳が彼女を捉えた。
「サラ王女。仮眠時間はまだ1時間はありますが」
抑揚を感じさせない声は疑問でも質問でもなく、ただ声を発しただけのように聞こえる。
「ヒューイ。それどころじゃないの。我が星を救う予知が視えた」
そうサラが言うと、ヒューイと呼ばれたコートの男は紅い目を大きく見開く。
彼には睫毛や眉毛どころか体毛が一本もない。
そのせいで頭の形が綺麗なたまご型をしていることがはっきり分かる。
「スクリーンに?」
「うん」
サラが応えるとヒューイは周りのスタッフに「全員作業やめ!王女が予知を皆に視せる。刮目せよ」と声をかける。
さほど大きな声でもないのにブリッジ中に響き渡るのが不思議だった。
ヒューイの声にスタッフが一斉に作業の手を止め、スクリーンに注目する。
スキンヘッドの部下がこちらに目配せをしたのでサラは頷き目を閉じる。
集中力がまた上昇し、サラの赤く肩口まで伸びた髪をわずかに浮き上がらせた。
そして、スクリーンに彼女が先刻視た夢が映し出された。
それは、青く美しい星が無残に破壊される夢。
スタッフがざわめくのが分かる。
しかし、これは夢の一つに過ぎない。
惑星が粉々の塵になってからしばらくすると画面が切り替わる。
今度は一人の人間だった。
サラが視せたかったのはこれだ。
新たに現れた人物の動向に再びスタッフが騒ぎ出す。
うっすらと目を開けると傍らに移動してきたヒューイが「これは……」と言葉を漏らす。
この男が無意識に口走るのは珍しい。
それほどに目の前の光景は信じがたく、彼らに希望を与えるものだった。
そして二つ目の映像も終わる。
5分も経たず終わった予知夢に宇宙船内は騒然となった。
そのほとんどが歓喜の声だ。
「王女。これはいつのことですか?」
「今から455日後」
「最初に滅んだ星があの人物の母星ですか?」
「多分。でもどこのなんて惑星かまでは分からなかった」
「王女と同じ人型でしたな」
「うん。連合に登録されている星の人じゃなさそうだけど」
「未知の惑星………。探すのに骨が折れますが」
「1年じゃ足りないかもだけど………」
「分かっています」
ヒューイは言うと先ほどと同じくよく通る声で全員に意思を伝えた。
「今の映像を視たな。あれが我らを救う救世主だ。どこにいるかは一切不明だが、この人物を探し当てることが我らの未来を決める。なんとしても探し出すぞ」
その言葉に全員のおお、と言う返事が返る。
皆希望に満ちた表情で持ち場に戻り、ある者は操縦を続け、ある者は早速情報を集め出す。
その気概にサラは微笑し、自分の指定席である指導者座席に腰を下ろした。
ヒューイが長身を折り、「お疲れさまでございました」と労ってくれる。
サラは「うん」とはにかむが、すぐに表情を曇らせた。
「なにか心配事でも?」
「いや、予知と一緒にあの子のデータが流れ込んできたんだけど」
足を組みながら言う。
サラの予知夢は映像のみの時もあれば、いつのことであるか日付や場所まで言語情報として閃く時がある。
今回は情報量としては多い方だが、肝心なことが分からない。
同じ予知を意識的に何度も視ることもできないので情報分析に映像を保存するのは必須だ。
宇宙の塵になった星を探し出すのが最優先であり、彼らはきっと見つけてくれるだろう。
そう信じるしかない。
しかし、視覚外で彼女が知りえた情報は有益なのか無益なのか。
「あの人物がなにか。見たところサラ王女と同じ年頃の様でしたが」
「そうね。クルド星と同じ公転周期の様だから、私と同じ16歳。映像の頃は17歳になっているはずだけど」
「それが?」
「あの子の命、風前の灯なのよ」
ヒューイが片目を細める。眉毛があればしかめていたのかもしれない。
「病気ですか」
「うん。未来は移ろいやすいもの」
座席に背を預け腕を組む。
「ひょっとしたらあの子、見つけた頃にはこの世にいないかもしれない」
「…………余命わずかな救世主、ですか」
ヒューイがスクリーンを見つめながら呟く。
そこには未来の映像はすでになく、ただただ広い宇宙を映し出すのみだった。
◆◇◆
上杉透真は彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ、こう言った。
「好きです。付き合ってください」
これまで世界中の若者の口から何千、何百、何億、ひょっとすると何十億回と滑り出したであろうその台詞を透真は生まれて初めて口にし、彼も何十億人分の一人になった。
心臓の鼓動がやけに早く脈打ち、耳下で聞こえているかの如くうるさい。
短い言葉に込められた想いは彼が生きてきた中で最も尊く重いものだ。
その彼の想いを投げられた少女は目を大きく見開いて驚いていた。
高階凛―――。
背中まで伸びた真っ黒な髪は艶やかで同じく黒く大きな瞳と合わせて純日本人的な印象を与える。
白い肌やスッとした鼻筋と程よく膨らんだ唇も形のいい眉も、美少女というに相応しい美貌を形作っている。
彼女は中学3年の時、透真がいる学校に転向してきた。
東京から長崎県の学校に家族共々引っ越してきた理由は知らない。
よそから、しかも東京からやって来た転校生は一時周囲の注意を集めたが、名前の通りに凛とした表情で振る舞いつつも明るくよく笑う快活なイメージですぐにクラスメイトに受け入れられた。
男女問わず人気があり、何度か告白されては断っていたようだ。
そんな彼女に告白をするというのは透真にとってもかなり勇気のいる事だったが、中学が同じ事や高校入学してからもたまたま同じクラスになったことなどの幸運から、凛と話をする機会は他の男子より多かった。
そんな頼りないアドバンテージを僅かな心の支えに7月に入った今日、一世一代の決意をして放課後の帰り道、町を縦断する川辺に誘い彼女にその想いを告げた。
凛の瞳が微かに潤むのが見えた―――。
透真は胸を不安で一杯にしながらも、図々しいことに凛も自分と同じ想いを透真に対して抱いていると思っていた。
確証はもちろんないのに、透真と話している時の彼女はなんとなく、他の誰といる時よりも嬉しそうにしているような気がしていたのだ。
――――が、沈黙する彼女の様子に、やはりあれは錯覚だったのかもしれないと思い始めていた。
背中に大汗をかき始めたのは夏の陽気のせいではない。
近くを走る路面電車の音がやけに大きく聞こえる。
透真が沈黙に耐えきれなくなり、更に言葉をかけようとした時、凛の口が開いた。
「ごめんなさい」
透真の思考が一瞬停止した。
そんな答えが返ってくることも当然想定していたのだが、実際に言われるとショックが大きい。
両膝から崩れ落ちそうになるのを必死にこらえ、透真は女々しくも問う。
「えっと、ど、どうして…………?」
我ながら間の抜けた質問だった。
これでは断られると微塵も思っていなかったようだ。
実際、彼女も自分のことを好きだろうと勘違いしていた部分も正直ある。
透真は思い上がった自分が強烈に情けなくなり、この場で死んでしまいたい程に恥ずかしく思った。
内心で絶望と失望に苛まれる透真に、凛は先ほどの質問に律儀に答える。
「君のことはいい友達だと思ってるよ。でも、恋愛対象としては別」
泣きたくなった。
完全に自分の思い違いだったとは。
大人ならやけ酒でも飲むところなのだろうか。
凛はなおも続ける。
「だからさ。今日のことはお互い忘れて、また明日から仲良くしようよ。ねっ?」
振った後とは思えない軽やかな口調で天真爛漫な笑顔を放つ。
この笑顔に惚れたのだが、今はそれが彼の心を残酷に抉った。
全身から力が抜けた感覚に襲われ、同時に胸の中にずん、と鉛の塊でも座ったかのような重みを感じた。
――――これが失恋か。
明日からまた仲良く?
そんな割り切りが出来るほど自分は器用ではないし、彼女への想いも軽くない。
自分がいつの間にか足元を見ていたことに気付く。
心の重さが知らず知らずに首も下げていたらしい。
本当に彼女にとって自分はただの友達だったのだろうかと、のろい動作で視線を上げ、彼女を見返すと、凛はさっきと同様の笑顔でこちらを見つめて――――
いなかった。
透真の自分を見る目が変わったことに気付いた少女はキョトンとした表情を見せた。
「どうしたの?鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」
彼女は気づいていないようだ。
目を見開く透真に凛は上目遣いに顔を寄せた。
「どうしたのよ。一体」
透真は戸惑いながら独り言のように呟く。
「泣いてるよ………」
「え?」
言葉の意味がわからないというふうに聞き返す彼女は、確かにその双眸から涙を流していた。
じわじわと透真の言葉が浸透したのか、凛は右手を恐る恐る自分の頬に添え、指先に当たる冷たい感触に呆然とした表情を浮かべた。
「え?何これ?あ、あはは。なんだろ。知らない間に目にゴミが入ったかな。ごめんね。振った方が泣くなってね」
笑ってごまかす声が震えている。
取り繕う間に彼女の目からは更に新たな雫がこぼれ落ちた。
「もう、なんなんだろ。アレルギーとか?なんか急に発症しちゃったかな?」
あくまでおどける凛に、透真はポケットからハンカチを差し出した。
「お!気が効くじゃん。男子もちゃんとハンカチとか持参してるんだね。こんな気配り出来るならすぐ彼女出来るよ」
ハンカチを受け取りいつものお調子者なテンションで茶化す凛に対して、透真は静かに問いただす。
「何か隠してる?」
「え?何も隠してないよ?」
「高階さんが泣いてる理由」
「だからぁ、目にゴミが入っただけだって」
「嘘だよ」
「嘘じゃないって!」
突然弾けるように叫んだ。
二人の間に数秒の沈黙が流れる。
「………ごめん。ちょっと疲れちゃった。帰るね。これは洗って返すから」
顔を伏せ、透真のハンカチを軽く掲げた。
そのまま顔も見ずに透真に背を向け、彼女は歩き出す。
透真は迷わず駆け寄り、少女の左手を掴み引き止めようとするが、凛はそれを振り払い鋭く叫んだ。
「やめてよ!なんなの?振られたんだからさっさと帰りなさいよ!それとも力ずくで襲うつもり?だったら見損なった。あんたなんか大嫌い。今すぐ消えて」
誰にでも優しい、いつもの彼女からは考えられないほど、眉をきつく吊り上げ叱責された。
ここまで言われれば引き下がるものかも知れないが、この時の透真にはそんな選択肢は不思議となかった。
睨む凛にまた静かに告げる。
「帰らないよ」
また凛の顔が険しく歪む。
彼女が何かを叫ぼうと大きく口を開けるが、その前に透真ははっきりと言った。
「好きな人がそんな悲しそうな顔してるのに放っとけるわけないだろ」
静かだが力強い口調だった。
凛の動きが思わず止まる。
「高階さんってさ、時々ひどく思いつめてる時あるよね」
「………………」
「いつも元気に笑ってるけど、何かに怯えて悲しそうにしてる時があった。無理して明るく振る舞ってたけど、誰にも言えない悩みを抱えてる。俺はずっとそれが気になってた」
透真が言葉を継ぐと怒った顔が今度は困惑し、更に眉が下がり瞳から涙が溢れた。
確かに高階凛という少女は常に快活なイメージがあり、時に友人から『あんたって悩み無さそうでいいわよね』などと言われ、『何を!私だってガチャで○イバー来なくてお小遣い注ぎ込もうか悩んでるんだからね!』とふざけて返していたが、笑いながらもどことなく落ち込んでいるような、何かを怖がっているように透真には見えていた。
表情が、ではなく彼女自身からそんな嘆くような雰囲気が滲み出す事が時々あった。
恐らくそれは他のクラスメイトには見えない彼女の感情。
彼女からそんな感情の兆しが見えた時はさりげなく近付いて笑い話の一つも振ってみたりして彼女の様子を伺うのが透真なりの気遣いだった。
それに対して困ったような笑みを漏らしながらもまた明るく笑って応じてくれる彼女も少しは気が晴れていたように見えた。
その時のことを思い出したように涙声を絞り出す。
「そうやって………一人にして欲しい時に一人にしてくれないから......あんたが嫌いなのよ」
打って変わって弱々しく吐き捨てると彼女はその場に力なく座り込んだ。
透真は歩み寄り彼女の側にしゃがみ込むとそっと右手を差し出し、凛の肩に少しだけ触れた。
汗がにじむ夏服は湿り、ひんやりとした感触を手の平に伝える。
そしてそこからは彼女の体温とは違う、別の何か見えないものが彼に流れ込んでくるような感覚があった。
さっきもそうだ。
凛がどんなにふざけた振りをしようが怒った振りをしようが、心の底に感じるものは表面上の取り繕ったものとは違う、恐れ、哀しみ、そして僅かな喜びが渦を巻いている。
透真には時々、人の秘めた感情を読み取ることができた。
表情や仕草に隠れた本当の気持ちを見抜くのが彼の得意技の一つだった。
だからこそ自分と彼女が相思相愛なのではないかと思ったのだが、今は凛の心にのしかかるものを取り除いてやりたかった。
振られたのなら振られたままで構わない。
しかし、今彼女が泣き崩れているのは自分が原因なのだと分かる。
そんな状況の彼女を放っておけるはずがない。
「明日からまた友達でいよう………………本当にそう思ってくれるなら、君の悩みを聞かせて」
凛の肩が震える。
もはや完全に泣き出してしまった彼女の激情が落ち着くまで透真は待った。
しゃがみ込んだ先に見える川の煌めきが眩しい。
晴天が続くこの川の流れは緩やかで、この流れに調和していくように少しずつ、彼女の嗚咽が引いていく。
透真の手が触れる背中の震えが止まり、その体温が伝わってくる。
透真ははっとなって手を離した。
いつの間にか女の子の身体に触れていたことに赤面する。
自分も冷静ではなかったようだ。
彼女は男の手が勝手に自分の身体を触っていたことを不快に思わなかっただろうか。
恐る恐る彼女の横顔を覗き込むと、涙に濡れた瞳に出くわした。
ひとしきり泣いて落ち着いたのか険しかった表情は鳴りをひそめ、長い睫毛を伏せ、彼女は口を開いた。
「私、もうすぐ死ぬの」
その言葉がやけに遠くから聞こえたような気がした。
現実感を帯びない音の羅列が理解できない。
「――――え?」
聞き返す声に力が入らない。
声を発した後急速に喉が乾燥しだした。
凛は川面を見つめたまま呟く。
「心臓が悪くてね。本当は10歳まで生きられないって言われてた」
ひどく落ち着いた声音で言う。
さっきの怒鳴り声とは正反対に無感情な響きだった。
「でも何度も入院して検査して、中学生までなんとか生きられたけど、心臓の状態はだんだん悪くなっていって、もういつ死んでもおかしくないってお医者さんに言われたの」
とつとつと続ける声はやはり感情はなく、それが真実であると透真に告げていた。
表情の消えた彼女の横顔は美しい。
見惚れながらも心に空虚な風が吹き込むのを感じている。
これは、自分の気持ちではない。
恐らく高階凛の今の心情。それが、彼の胸の奥に流れ込んでいる。
透真には何故かそう思えた。
「それで、両親の実家がある長崎に来たの。友達がいっぱいいる東京で一人死ぬのが嫌で、誰も知らない人ばっかりの所の方が、自分が死ぬ時、あまり孤独じゃないかもって思ってね。変な理屈でしょ」
最後にこちらを省みて微かに笑う。
その笑顔がひどく儚い。
凛は立ち上がり背伸びをした。
「これが私の悩みってやつ。相談されて少しでも点数上げたかった?ごめんね。君に解決できるようなことじゃなくて。心臓が悪いからジェットコースターなんて乗ったことないし、激しい運動もできない。それどころか普段の生活でも発作が起きるような女なの、私。いつ死ぬか分からない彼女といても楽しくないでしょ?だから上杉くんは他の可愛い彼女みつけなよ」
背中を向けたまま歩き出す凛に、「送るよ」と慌てて声を掛けるが、凛は振り向かず拒絶の言葉を口にした。
「ごめん。一人で帰りたいの。また明日ね」
透真はそれ以上何も言葉を掛けることが出来なかった。
ぼんやりと見つめるしかない。
あの背中を。
日はゆっくりと沈みかけ、赤い光が川面に落ち、その反射光が二人を照らす。
透真の目にはいつも元気な彼女の背中が夕陽に溶けそうなほど儚く映った。
凛の姿が見えなくなってからも、透真はその場に立ち尽くしていた。
◆◇◆
その夜、透真は自室のベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。
川辺で我に帰り家に着いたのが7時過ぎ、帰宅部の透真がこんな時間に帰って来たので何をしていたのかと母親が尋ねるが、それに答える気力もなく部屋に戻り着替えもせずベッドに身を放り投げ、そのまま寝転んでいたが、妹の夕食を伝える声にゆっくりと体を起こし、のろのろと着替えた。
食欲は無かったが、凛のことが頭に浮かび、食べられる食事を食べないのは生きることの放棄なのではないかと無理矢理腹に詰め込んだ。
それから風呂に入り、着替えてまたベッドに横になる。
何も考えられない。
失恋のショックよりも凛が余命いくばくもないという事実が彼の胸を打った。
彼女は何故あんなに明るいのだろう―――
もし自分が同じ立場だったらあんな顔はできないのではないか。
自分より長生きする同級生を羨み、誰とも親しくならず教室の片隅でひっそりと声を殺して授業を受けているか、学校には通わず引きこもっているかもしれない。
それよりも世を儚んで自分から死を選ぶのではないか。
高階凛はそのどちらも選ばなかった。
彼女は実に生命力に溢れているように思えた。
恐らく悩み苦しんだ果てに一日一日を大切に生きようと思い立ったのだろう。
それが今の彼女の生きる原動力になっているのかもしれない。
「俺に何がしてやれる?」
ぽつりと呟いた彼の問いに答えるものは当然いなかった。
◆◇◆
「なんで泣いちゃうかな………」
凜は部屋のベッドの上に寝転がって呟いた。
夕方の透真の告白が耳に残っている。
寝返りを打ってそばにあったスマートフォンに手を伸ばす。
アルバム機能を起動させ撮りためた写真をどんどんスワイプさせると、目当ての画像が見つかった。
映っているのは体育着を着た自分と透真のツーショット。
スマホを持つ凜が歯を見せて笑い片手でVサインを作り、その隣で透真が照れ笑いをしている。
二人で映っているのはこれだけだった。
この時は体育祭で二人のクラスが学年1位に輝き、盛り上がったテンションでみんなが記念写真を撮り出した。
凜も便乗し仲の良い友達とツーショットを撮りまくり、その流れでついでに透真とも撮った。
そう。ついでを装った。
本当は透真と二人だけの写真が欲しかったのだ。
「泣いてる姿なんて誰にも見せたくなかったのに、よりによって上杉君に見られるなんて」
病気が分かってから何度泣いたか分からない。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣き疲れて涙も出なくなった頃、決心した。
もう涙は誰にも見せない。
自分の命の期限が尽きるまで力強く、精一杯生きてやる。
その為には涙は邪魔。
もう絶対に涙は流さない。
そう決めたのに。
「嬉しかったよ………でも、ごめん」
スマホを胸に引き寄せ一人ごちる。
「私も上杉君が好き」
その独り言に答えるものも当然いない。
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