月桂冠の魔法少女 #1 天使の矢 sagitta anglicae!

注意点
・以下に登場する人名、地名、団体などは実在のものと一切関係がありません。
・作者の経験不足により、魔法少女よりも特撮のノリになる恐れがあります。
・歴史上の人物をモチーフにしたようなキャラクターが出てきますが、独自解釈や作者の意図などで性格が歪められている可能性があります。

それでは、シモン・ボダン劇場の開幕です。

「久しぶり。って、さすがに覚えてないか。」
夕焼けの河原に、彼女はいた。
「…どうかしたの?」
しょんぼりとしていた少年に、黒髪をなびかせた彼女は優しく問いかける。
「そんなことがあったの。」
まとまりがつかない話を、赤いマントを羽織り、左肩掛けの布をまとった彼女は笑顔で聞いてくれた。
「サイは投げられた!これからキミがどうするかが大切だよ。」
夕闇に沈む世界で、月桂樹の冠をつけた彼女はそう言った。

「授業終わったぞ!起きろ晴人!」
「は!」
生地が固い学ランのせいで体が少し凝っている。夢、だったのか。

「起こしてくれてありがとう。前田くん。」
「気持ちよさそうに寝てたなー。惚れた女の夢でも見てたか?」
「そんなところかな。」
今まで何度も見てきたが、不思議なほどに、その度に初めてであるかのような昂揚を覚える。
「ひゃー!女には気を付けろとあれほど言っただろ!いいか、見ない、聴かない、話さない、あの娘の視界に入らない、これを貫くんだ。」
都心から少し離れた地方都市、そこにあるなぜか男子しかいない学校、滝の宮学園。ここには様々な人間がいる。
「え、じゃあ私は?」
ショートヘアーのかわいい女の子、ではなく学ランを着ていなければ女の子に見紛う男の娘が通りかかる。
「愛してるぜマイハニー!」
「私もよ!マイダーリン!」
前田裕介くんと瀬宇薔薇(せうばら)くんの鉄板ネタである。
「ああ、掃除の時間か。」
晴人は夢に気を取られつつも、現実に戻される。
「いつものことだがノリが悪いぞ晴人。何か悩みでもあるのか?」
「いや、まぁ大丈夫。ありがとね。」
「そうか、いつでも相談に乗るぞ。」
「私も。」
「重ねてありがとう。」

 202X年、5月7日。ゴールデンウィークも明けて、初夏の日差しを感じ始めたこの頃。晴人は2年生としての生活に慣れ始めていた。授業、そして掃除をそつなくこなし、帰路につく。
ドン、掃除を終えた帰り道、他校の生徒に軽くぶつかった。
「チッ」
彼から舌打ちが聞こえた。
「スミマセン。」
晴人は無感情に謝る。
主人公となるこの男、阿具里晴人(あぐりはると)は感情を遮断する能力を持ち、日々を無感情に過ごしていた。
学園の最寄り駅から電車に乗り、降りて家まで帰る。

「ただいま。」
家のリビングの戸を開け、ため息をもらすように口から出る。
「お帰り、おにいちゃん。夕飯はまだ?」
晴人とその妹、阿具里由利亜(あぐりゆりあ)には親がいたものの、仕事で帰りが遅く、夕飯は当番制で回していた。
「帰ってすぐそれかよ。ユリは今日もちゃんと授業受けたんだろうな。」
「あんな授業見る必要ないよ。テストも簡単だもん。」
由利亜は滝の宮学園の通信制(こちらには女子もいる)に在籍しいている。だから登校も月一程度と、ずっとリビングでネット世界に籠っていた。
「それよりお兄ちゃん、浮かない顔してるね。何か悩み事?男優の新説?それとも次に来る音mad素材?」
ニヤニヤした顔で問いかける
「そんなことで悩むかよ…。」
すぐに夕飯の支度を始める。長ネギを切って目に染みる。
「そうか、やっと二年生になったんだね。」
「留年したことないし、不祥事も起こしてないし。」
由利亜の影響で、晴人も若干ネットミームに詳しい。

 夕飯を済ませ、とりあえずベッドに横たわる。窓の外はすっかりと暗くなっている。
「ユリハラ カエサ…」
何度も思い出し、何度も夢に見たあの人の名前。今日も自然と口ずさんでいた。
 スマホでショート動画を観ながら、あの時を思い出す。動画の内容はほとんど頭に入ってこない。
 あれは夢だったのだろうか、それならどうして、あの奇妙な格好も、月桂樹の冠も、あの時の気持ちも、鮮明に覚えているのか、晴人にはわからなかった。

 (やっぱり遠いな…)
翌日、学校も終わり、その後の塾も終わった帰り道、晴人は由利亜から頼まれた漫画を買いにリゲル通り(商店街)を歩いていた。
 多くの人に、「シャッター街」と揶揄されるこの通りも、新しい店が続々と入ってきて、空は暗くても昼間のような活況を呈している。
 目的地の本屋は地味に遠い。ネットで買えばいいじゃないかと提案しても、店舗特典が欲しいとのことだった。
 (家より塾からの方が近いという理由だけで、何で俺はマイナー漫画のお使いやってるんだ…?)
そう思ったそのときだった。

ガァァァァー!

商店街の中を、自転車に乗った男が暴走している。制服を着ているので学生だろうか。この商店街を自転車で通り抜ける学生は少なくないのだが、明らかに様子が変だ。

ビャッハー!

自転車が黒いオーラをまとい、急加速した。

ドン

鈍い音を聞く。晴人は避けきれず、衝突して宙を舞い、地面にたたきつけられる。

ガハッ、

全身が痛む、意識が遠のく、それでも晴人にはやらなきゃならないことがあった。

「スミマセン。」

感情を遮断して、平静を装い、平謝りする。相手に非があるのは間違いない。けれど、とにかくこの怪しい男の怒りに巻き込まれたくなかった。

グォォォ-!

晴人と男を野次馬が囲む中、男はうなり声を上げる。目が光り、全身が真っ黒な気を発していた。
(この人、正気じゃない…。)
心の中の焦りを抑え込み、冷静さを維持してなお、ここから逃げる方法が思いつかない。体の節々は痛み、立つことさえままならない。

(来るか…)
男が晴人に襲い掛かる。その一瞬、

「サジッタ・アングリカエ(天使の矢)!」

一本の矢が、群衆の隙間を縫うように飛び、男に突き刺さる。ふんわりと柔らかそうな矢羽根に、ハート形の矢尻。「天使の」と形容するにふさわしい矢だ。

群衆が騒ぎ出す。群衆が向いた方向を、晴人も見た。

そこにいた少女も、あの人と同じように、赤いマントを羽織り、月桂樹の冠をつけていた。
カエサさんと違うところと言えば、赤いセミロングの髪の毛と、天使のような羽と、あと、笑顔の入るスキのない、無表情な顔だった。

天使の羽をはばたかせ、群衆の頭上を飛び、晴人の傍にやってくる。群衆はあっけにとられ、声が出ない。

「大丈夫?」

女の子にしては低めの声で問いかける。

「は、はい。」

曖昧に返答する。

グワァァァー!

あの男が、さっきよりも張り上げたうなり声で、少女に襲い掛かる。
少女は造作なく再び矢を放ち、命中させる。

ガッ…ガハッ…

男は目に見えて弱っている。少女は弓を引き狙いを定める。

「うわぁっ!」

少女は急に、甲高い声で驚きながら、バランスを崩してよろけた。
晴人だ。彼は痛む身体を動かし、しゃがみこんだまま少女の足首をつかみ、持ち上げていた。

「ダメ…だ。」
晴人は足を持ち上げたまま、手放さない。
「放して。」
元の低めの声に戻る。天使の羽をはばたかせることによって体勢を立て直し、改めて弓を引く。
「相手がどんなに悪くても、傷つけちゃ…ダメなんだ…。」

「やっちまえー!」「負けるな少年!」
群衆がざわめきだす。何かのショーと勘違いしているようだ。

「どいて。」
少女は足を動かし、手が払いのけられた。機械じみた冷徹さと、悪魔のような無慈悲さ。少女はその二つを併せ持っていた。

「うぉぉぉぉぉぉー!」

晴人は力を振り絞り、立ち上がる。冷徹な少女の前に立ちはだかる。

「俺は、あの人と、カエサさんと、約束したんだ…!誰も、傷つけないって…!」
息を切らしながら、晴人は叫ぶ。

「…!」
少女が目を見開いた。それも束の間、

グォォォー!

暴漢が晴人を襲う。
パキッ、ガシャン
晴人の中で、何かが壊れた音がした。

ウワァァァァー!!!!

晴人は叫び声をあげ、前方に倒れた。



目を開ける。ぼやけた視界の焦点が定まってゆく。見慣れた天井だ。
「あ、起きた。」
聞き慣れた声を聞いた。
「…。」
晴人は起き上がろうとする。
「無理しないで。昨日あれだけボロボロになって帰ってきて、お母さん心配してたよ。」
「あ、ああ、すまない…。もう大丈夫だ。」
昨日のことが夢だったかのように、体に痛みはない。
「『大丈夫だ、問題ない』じゃないよ。昨日は何があったの?」
「…まぁ…後で話すよ。」
(お兄ちゃんがミームにツッコまないなんて…。)
違和感を覚えつつも、由利亜は兄の起床を母に報告しに行く。

「今日もかわいいよマイハニー!」
「あなたもかっこいいわマイダーリン♡」
前田と薔薇は今日もアツアツだ。
「…。」
教室のドアを開け、晴人が入る。
「おはよう。晴人。」
「私のアイジン!」
「もーう、浮気はダメって言っただろ!」
「…。」
晴人は黙り続ける。
「どうした?いつにもましてつれないなー。」
「何、私のアイジン、そんなに嫌だった?ごめんね…。」
「いや、何でもない…。」
晴人は窓際の席から、外の風景を眺める。
「お、おう、それならよかったけど。」
「私たちのは、全部、冗談、なんだからね…。」
二人は困惑し、何をすればいいのかわからない。

授業も休み時間も、まったく気力が出ない。いつにもまして必要最低限しか喋らず、ボーっと過ごしていた。

「やっぱりここだったんだね。」
帰り道、再び低めの声が聞こえた。
赤いマントに月桂樹の冠、あの少女がいた。
「学ランから調べさせてもらったよ。こっちに来て。」
晴人は手を引かれるままに、帰路に面した公園に連れられた。
二人はベンチに腰掛ける。
「まずはあなたのような一般人を巻き込んでしまったこと、謝ります。」
「はい…。」
晴人は静かに答える。
「同僚から薬をもらってきたから、お詫びのしるしに。」
少女に補助されながら、差し出された真っ白な錠剤を、公園の水道を使い飲み込む。
バラバラになった心が、形を取り戻し、組み合わされて、元の状態に戻る。そんな気がした。

「はっ!あなたは…」
気力を取り戻した晴人は、目の前の少女に驚く。
「治ったようだね。早速だけど、君は『ゆりはら かえさ』という人のことを知っているの?知っていたら、教えてくれない?」
「あなたは…何者なんですか。」
「質問に質問で答えるの。まぁ、いいわ。オクタウィアナ。ウィアナでいいわ。カエサさんの姪。」
(それにしては似てないような…)
昨日の一件といい、表情、話し方といい、格好と外見以外、カエサとは似ても似つかなかった。
「それで、教えてくれる?」
「わかりました。俺は11歳のとき…」

ビュービュービューン!

突如として強い風が吹いた。砂ぼこりを防ぐために腕で目をふさぎ、右足を踏ん張る。
「晴人ォォォ!」
「か、カズヤ!」
「友達なの?」
ウィアナは問う。
「はい、小学校時代の友人です。しばらく会ってなくて…」
「あの時の…仕返しだ!!」
カズヤが黒いオーラをまとい、オーラは右手に集まり、大きな拳を作る。
「あの時のこと、すまなかった!」
晴人は頭を下げ、謝罪する。それも普段の無感情なものではなく、しっかりと誠意を込めた謝罪である。
「ずっと、悪かったって思ってたんだ。それでも、お前が転校しちゃったから、ずっと謝れなくて…。」
「また、優等生のフリかよっ、」
カズヤは右の拳を振り上げ、またもや風が吹き荒れる。
「くっ…!」
晴人はまるで紙で作った人形のように吹き飛んだ。視界の中で地面が遠ざかっていく…たたきつけられたらひとたまりもない…
「アングリカ・ヴォロー(天使は飛び立つ)!」
ウィアナが天使の羽で飛び立ち、晴人を抱え、背中でおぶった。
「とりあえず、逃げるよ。」
空中で加速し、街の上空を低空で飛行しながら、公園から逃れた。

(あの時と…似てる。)
心の中で、晴人はそう思った。

次回
『月桂冠の魔法少女』 #2 淡い記憶の続き continuatio de tenui memoria

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