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【小説】『Dystopia 25』~楽園~Phase Ⅱ



Colony Ⅲ


「ウェルバー・・・もう行くのかい?」
 レイアが帰ろうとする男を引き留める。

「・・・ああ、いい加減、帰ってやらないとライトが怒るだろう」

「ライトって・・・弟、だったよねたしか。その子もこっちへ移住させてもいいけどね」

「やめとこう。ここのルールやレイアの立場もあるだろう」

「・・・あんたが存分に”甘えられない”からじゃないの?」

「・・・ああ、その通りだ!」
 そう言ってウェルバーは、下着だけを掃いた格好で去ろうとした踵を反し、また部屋の半分を占める大きい麻袋に藁を詰めた寝床の中心に寝そべっているレイア目掛けてダイブし、二人は熱い口づけを交わす。

「・・・チェバラ先生が見つかれば全てが”元どおり”なんだ。だから、悪魔の森にまた探しに行かなくちゃならないしな」

「あのドクター。本当に森に行ったのかしら」

「”落ちてきた”人がまた上へ戻れるはずもない。他のコロニーは徹底的に探した。そしてここ、第3コロニーにも居ないとなれば後は・・・第8か、森の深部しかないだろう」

「第8・・・か。あっちには上層界の一部の者としか繋がりを持てないからな」

「第8から移住してきた者と話が出来れば何某らの展望が見えるかもしれないが、レイアですら宛てはないんだろう?だから今、俺に出来ることは森を探すことしか出来ない・・・・・・」

「何度かForesterフォレスターどもと殺り合ったこともあるが、あいつらはもう人間ではなくなっている。ただのケモノだ。いい加減、一人では危険だよ」

「・・・ああ、ただ、先生は上層界から何かを感じ取って降りてきたような人だ。今回も、何かに巻き込まれたとか誘拐とかでもなく、何かを感じての単独行動だとしたら・・・そして、それは俺たちにも言えないようなことだとしたら・・・・・・」

「???」

「・・・ああ、いや、ありがとう。大丈夫だよ。境界線は熟知している。それを超えるなんてそんな無謀なことはしないよ。何か痕跡でもあればと思ってね」

「できれば私が一緒に行ってやりたいが、そうもいかなくてな」

「分かっているよ。君はここの統治をしなきゃならない。変な動きをすると直属の部下にまで不信を感じてしまうんだ。こうやって俺と密会してくれているだけでもありがたい」

「すまないね」

「また何か分かったら教えてくれ。恐らく、第6コロニーの一次的な臨時代表はオ―ヴェルか、俺か、ヘクトールの三人に絞られている」

「私は、あんたが代表になって欲しいんだけどね」

「そうすると、こうやって会えなくなるぞ。それに俺は先生の後を追わなきゃならない。きっと言えない何かがあるんだ。俺が先生の後を追って、こっちからその何かを知ってしまえば先生も説明してくれるはずだ。だから俺は選挙には辞退して、代表へはオ―ヴェルを推す」

「ヘクトール・・・あいつは硬すぎるからね」

「・・・・・・」

「まぁ、分かったよ。こっちからもオ―ヴェルを推薦しておく。その代わり、無理はしないでおくれよ」

「ああ。分かっている。愛してるよ」
 ウェルバーは軽いキスをレイアにしてから、まだ明らむ前の暗い朝の中、上着を持って窓から出ては森へと消えていった。


Forestry


 悪魔の森Devil's Forestはもはやウェルバーからすれば庭みたいなものだった。と言ってもこのコロニアから半径100メートル範囲内での話であり、その線引きを越えると悪魔がやってくると言われている。その境界線には太古の先人が敷いた麻縄がぐるっと一周し繋がれて、その下には石と砂、土で積み上げられた堤防、つつみの土手が腰ほどの山になり更に境界線を分かり易くしてくれている。
 現代ではその土手をもっと強固なレンガ式か、貴重ではあるが鉄製の骨組みを入れた壁にするかが各代表で話し合っている所だったが、第6コロニー代表だったチェバラが居なくなりずっと保留状態になっていた。

 ウェルバーはその境界線の土手の上を登り、考え事をしながらライトが待つ第6コロニーにのんびりと歩きながら帰っていた。ウェルバーはいつもそうしてる。もしかして、自分の親代わりだったチェバラが森へと逃げたならば、どこかでばったり会えるかもしれないという一縷の希望を込めて。

 ウェルバーから見て左手には、木々が生い茂り数メートル先しか視認できない。右手には木々は点々として、左手の密林に比べれば少し殺風景である。全コロニーが定めた量の伐採を守り、完全な更地してしまわないようにとルールに従って林業をしている。そもそも、衣服も家具といった必要な物ですら配給がされているので、大掛かりな資源回収の必要もあまりないのだが儀式に使う物や子供のオモチャ、そして”性の道具”といった『必要では無い物』の支給、配給はないために、云わば人生を楽しむための道具を作るのに一定数の資源が必要になっている状態である。

 ウェルバーが少しだけこの仕事で納得していない事とは、自分が集めた資源を使って『拷問器具』を作っている輩も居てるという話を聞いたことがあった。
 レイアもいくつかの器具を所持していて、その用途は罪人への罰だそうだが、そういった使い方をしていない人物も一定数いてるという事実に理解が出来ないでいた。そんな現実を知り、今では幹を残した資材集めは殆どしなくなり、ずっとチェバラ探しを毎日行っている。この際、森に住む者『Foresterフォレスターにでも会ってしまってチェバラの目撃証言を聞きたいぐらいで、彼らに対する恐怖心は他の者とは違いとっくに消えていた。

 鎖国した第8コロニーへの捜索は、オ―ヴェルがこのまま第6の代表になってくれれば何とかなる。侵入は出来なくても捜索願の提出ぐらいは出来るとウェルバーは考えていた。だから自分が出来ることの最大限であり最優先はこの森の捜索だと確信的な先見がある。万が一、チェバラ氏が第6へ帰って来た時の為にもライトは残ってて貰わなければならなかった。

 そいった自分の考えをライト、オーヴェルに話そうかどうかとずっと悩んではいた。特にライトにとってチェバラは実の親以上に親という認識が強く、変にウェルバーたちが騒ぎ立てると必要以上に心配をして心労が大きいと思い、気にしていない風を装ってはいる。が、頭のいいライトは気づいていて、自分への気遣いですら察して自分も気にしていないフリをしていた。

 ウェルバーにとっては唯一の家族であるライトを中心にずっと考えて行動をしてきた。だからこそ、親同等であるチェバラの捜索を最優先として、家を殆ど空けてでも見つけ出すつもりで動いている。


「・・・よぉウェルバー!ちょっと手伝ってくれないか?」
 考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか第4コロニーの森の管轄まで来ていた。そこで見知っていた第4の木こりに出会った。

「ああ、いいぜ。・・・わざわざこんな最西端の木を切り倒すのかい?持って帰るのが大変だろう?」

「なんかよぉ、俺んとこ第4でForesterフォレスターどもが本格的なデモしやがってな。コロニア周辺の木を集中して切るなってことになったんだよ。まったく余計なことしやがって。フォレスト信仰に従事ている森の民達の住居の為とかプライバシーがどうこうってな。お互い今後の為に鎮静の条件としてそう決定したんだそうだ。だからわざわざここまで来ることになっちまった」

「マジかよ」

「その内コロニー全体への周知ルールとして、お前んとこにも通達がくると思っときな。・・・ちょっと、そっちから押してくれ!切り込み入れて追い口してもなかなか倒れてくれないんだ!こっちは紐を通して引っ張るからよ!」

 ギリ・・・ミシミシミシ・・・バキバキバキバキバキ!

 木の柔軟性を越える程の方向きを入れて10メートルはある高さの木が倒れていく。しかし、倒れる方向が森の境界線側へと倒れていく。

「ああああ!ヤバイ!そっちじゃねぇ!!」

 バキバキバキバキ!!

 木の上部分が境界線の向こうに聳え立つ木に引っ掛かり、完全に向こう側へ倒れずに済んだ。なんとか切り込んだ根本からこっちへ引っ張り込めば禁足地である境界線を越えて足を踏み入れずに済みそうだった。

「・・・でも、この状態じゃここで細切れにバラして持ち帰る訳にもいかないぜ?」

「そうだなぁ・・・ちょっと人手呼んでくるわ。ありがとよ、ウェルバー。じゃあな」


Longhorn beetle


 ウェルバーは第4コロニーの木こりを見送った後、境界線である土手とそのすぐ向こう側の木に寄りかかり倒れた木の上へと登り、素手で折れそうな枝たちを回収していった。ちょうどいい釜土の焚火として今持ち帰れる適度な太さを物色していく。枯れ落ちた枝葉でも焚火や篝火かがりびとして使うことも可能だが、雨に濡れ腐り、虫に食われていった木材は可燃性ガスが発生せずに逆に火を消してしまう結果になることも多く、その後の炭にもならずと、とにかく効率が悪い。出来れば生きているうちに伐採し、適切な乾燥を施すことで良い火を起こせる。暖房用の服や毛布、そして設備も配給されるがそういった器具や装置を使うと人体に良くないということも、長年の経験で長老や医師、シャーマン達に伝わってきている。なので昨今では天然素材の環境や食事、生活が見直されてきている。

 天然の食材の中で今、第6、第3コロニーで密やかに流行っている美食の一つ「カミキリムシの幼虫」は多くの人に好まれ、よく各地の儀式や振舞として重宝されている。一部ではその幼虫の繁殖をしようとしているが、多くの木をダメにしてしまう面もあり専門家は試行錯誤している最中だった。
 いつもウェルバーも木材の採取の際にこの幼虫もついでに探す様にしていた。彼らの大好物でもある。カミキリムシは別名「鉄砲虫」とも言われ、木にまるで鉄砲で撃たれた痕のように穴を開けながら木を食し、その深部に卵を産み付ける。産卵数は約200個と多く、長く放置していると一本丸まる木をダメにしてしまうので、出来るだけ木々を守る意味でも駆除として採取していった方がいいのである。その穴は内部から木屑と糞で蓋をするように塞いではいるが、よく見ればその痕跡は見つけることができる。そしてぽっかりと開いた穴だとしても、他にまだ羽化していない幼虫が居る可能性が高いため、探す価値はある。

 切り倒されて斜めになった木の枝を拝借しながら、その穴を確認していく。しかし、倒れた木にカミキリムシの穴は無かった。
 土手は張られている境界線の少し手前に作られていて、まだ倒木された木を登って行ってもそこを越える訳では無かったのでもう少しだけウェルバーは進む。

 倒木の中腹辺りで境界線越えの木に引っ掛かり、枝葉が絡まっているので超えた木の枝を掻き分けて境界線の木まで届いた。下を見る限りギリギリ、ウェルバーの身体は出ていない。内心は少し冷や汗ものだったが、その先にぽっかりと口を開けた穴を見つけたので、どうしてもライトの手土産として幼虫を持って帰りたかった。

 腰ひもに据えた小さな手斧を手にし、穴が開いた木に手斧を縦に食い込ませる。左右に斧を動かして木を木目に沿って裂き割っていく。何度か斧を振り降ろし木を割っていくと、穴の奥から白い幼虫の姿ではなく黒い何かが出てきた。


Miniature Camera


 手の平サイズのその黒くて四角い物は、大きな目のような部分が中央にあり陽光を虹色の輝きで反射させ、ウェルバーの心を掴んだ。触った感触は大きめの昆虫の外骨格のようにツルツルしていて頑丈な感触だとウェルバーは感じた。大きな目の奥には赤く光る点が見えるが、この物体は動く様子を見せない。気持ち悪いと思いつつも、棘や針、牙のような部分は見当たらないのでウェルバーに恐怖心は無かった。危険性を感じなかったので好奇心が勝ち、持ち帰ってこの変な昆虫の死骸を長老に見せてみることにした。

 ライトへの手土産にはならなかったことは残念に思いつつ、周囲には誰も居ない事を見図るようにきょろきょろと見渡し、ズボンのポケットに黒い物体を仕舞い込んで帰路へと向かう。


「ウェルバー兄さん!お帰り!!」
 ライトは待ちかねたかのように明るい笑顔を見せた。

「ただいま。何日も空けてて悪かったな」

「また、森へと先生を探してたの?」

「・・・いや、レイアのとこで色々とな。ここ第6の代表を勧められたりしたり」

「え?!兄さんが代表になるの?」

「いやいや、丁重に断って来たよ。変わりにオ―ヴェルを推しといた」

「オ―ヴェルかぁ・・・確かに、規律の重んじ方や頑固さはピカイチだしね」

「ああ・・・それに、俺はやることがあるしな」

「・・・先生は、本当に森へと行ったのかなぁ」

「・・・・・・」

「・・・兄さんが森で見た白衣の人って・・・・・・」

「分からん。とにかく確認してハッキリとさせたいんだ」

「・・・うん。そうだね」

「・・・ああ、ライト、これ・・・何か解るか??」

「え?」
 ウェルバーはポケットから例の黒い物体を取り出してライトに渡した。

「・・・わかんないなぁ。なんかの目玉とか?」

「木の幹の中から出てきたんだ。木の目ん玉とか言うなよ」

「・・・悪魔の森Devil's Forest・・・Devil Tree悪魔の木・・・・・・」

「おい、止めろ縁起でもねぇ。長老にでも見て貰いに行くわ」

「あ、僕も行く」
 二人はこの第6コロニーで一番の高齢者の元へと向かった。


Old tales


「・・・これはぁぁぁ」

「見た事ありますか、長老!」

「あぁあぁ、少し形状や大きさは違うがのぉ。二回目のフロア抗争の時に・・・そん時に見た。この丸いとこがそっくりじゃ」

「そ・・・そうだったのですか?!どこでこれを?長老も森ですか??」

「森??いや・・・おぬしら、チェバラ氏の子達だからこそ言うんじゃが・・・まだ奴め、見つかっとらんのじゃろ??・・・では、何らかのヒントになるかもしれん。これから言う話は絶対に秘密にせいよ」

「「はい!」分かりました」

「あん時は・・・そう、配給が降りてこなくなって一か月ほどたったころじゃ。わしらはもう蓄えも無くなり待ってられず、違法行為じゃったが工具を使い上への扉や檻を破って上層界へと乗り込んだ・・・階段を上り二階フロアへと出た先には下への配給途中だった物がフロア分、8つに分かれてそのまま放置されていた。缶詰や乾燥させた物以外は全てが腐り、そこら中に腐敗臭が充満しわしらは全員がその場で吐いた」

「「!?」え・・・ちょ、長老は上層界へと行ったことがあったのですか?!」

「・・・あぁ。わしはあの時、上には残らなかった人間じゃ。チェバラからどこまで聞いとるのかは知らんが、わしみたく下へと引き返えした当時のレジスタンス仲間はもう、みんな死んでしもうた。恐らく、生きているのはわしだけじゃろな」

 ウェルバーとライトは何も言わず、黙って長老の話を聞いている。

「今までわしがこのことを黙ってきたのは、当時の仲間が次々と『変死』していったからじゃ・・・ある日、寝るとそのまま起きてこなくなる者や森で原因不明な事故に遭ったり、行方が分からなくなった者もいる。そう、今回のチェバラのようにな」

「長老は、先生が居なくなった原因を知っているのですか?!」

「いや・・・消えた理由を知っているのではない。上の事情を何らかの経緯であれ知った人間がことごとく、いつの間にか様々な方法で消えるという事実だけが残っとるということだけじゃ」

「・・・しかし、先生も長老も、大分と長くこうやって過ごしてきたではありませんか。それが原因とは言い切れないのではないですか?」

「・・・わしは・・・見てしまったんじゃ。上層階で、あの光景を・・・・・・」


Floor War Ⅱ


※CSタワー内部 螺旋階段中間地点

ガンッ!・・・ガンッ!・・・ガンッ!・・・・・・

「よし!!みんな!少し離れろぉ!!」

ガリガリガリ・・・ガッ!!
・・・ガッシャァァァァァンッ!!!

「鉄格子が外れたぞぉ!!いくぞぉぉぉぉ!!」「おおおぉぉぉぉ!!」

 数十人の表層民が、三人分程の幅の階段を駆け上る。手には各々何らかの簡易的な武器を持ち威勢的に前へと進んでいく。

 突き当りには綺麗に鞣してある欅の扉が待ち構え、先頭を切っていた若者が駆け上る勢いのまま蹴破ると、簡単に鍵が壊れて開け放たれた。

「みんなぁぁ!続けぇぇぇぇぇぇ!!」

 薄暗かった螺旋階段内部から飛び出てきた一同は、外部の眩しさで少しだけ目が痛む。視界が回復する前に、異臭が鼻を劈く。

「こ・・・これは?!」

 鼻を塞ぎながらも視界が回復して見たものは、配給品であろう物資で食料の多くがそこら中に散らばり、腐り、そして見渡す限り人っ子一人居ない空間が広がっていた。
 下層の中心部から見上げた時に、まるで傘のように覆って見えていたフロアの屋根、というべき部分に彼らは降り出たのだった。左右には簡易に紐や布で仕切りをされている。恐らくは下層への各フロアごとに仕切って配給をしていると思われる。
 半径は凡そ2、30メートルといった広さで、3メートルはあろうかという壁が周囲を囲っている。上を見上げるとまたここと同じような形状の傘が上階に作られている。大きさはここの四分の一程度。

「ここは・・・下層と、更にへの中継地点、か」
 男は周囲を見渡しつつも振り返り、ルートとなるそれぞれの入口や通路を確認していた。

「おい、あれはなんだ?」
 レジスタンスの何人かが、先ほど蹴破り出てきた螺旋階段への入口上部を指さしている。そこには筆箱ぐらいの大きさで長方形の黒い物体がいくつか壁に設置されていて、壁に貼り付きぶら下がっている黒い物はパッと見ではコウモリかと思われるが、形状は角ばっていて直ぐに動物ではないことが解る。

「・・・分からんな。いくぞ!」
 等間隔に離れた距離を保ちながら、恐らくこの配給場であろうエリアの探索に取り掛かる。


 多くの茶色い紙でできた箱が乱雑に置かれ、台車や荷車があちこちに放置されていて、レジスタンスの誰もが見た事も無いような物体や機械と思われる物、設備や装置も多くあった。

「なんなんだ・・・これは」
 誰も、その問いに答えられないでいる。

「分からん・・・とにかく、今は分からないことは考えるな。まずはこの上層民を探し出すことを優先しよう」

 皆は、誰が決めた訳でも無いこの自然と出来たリーダーの言葉を聞き、頷きながら自分を納得させて行動に移した。

 全員が高く作られた壁まで到着すると、左右へと壁沿いに別れて捜索することにした。十数人づつに分かれて半周、グループは示し合わせることもなくスムーズに分かれ全員が息を吞む中、異様なこの空気に飲まれていった。


Chamber


 二手に分かれて捜索し、またもや自然と逞しい者がもう一つのリーダーとなったその2名が、凡そ反対側で合流し情報を共有する。

「どうだった?」

「ああ、途中で下に降りる階段を二か所、見つけた。一つ目で5名を降ろし他はここの捜索を継続。二つ目を見つけてそっちは4名を降ろした」

「こっちも、似たようなものだ。では、合計で下に降る階段は四つか・・・この下にここの住人が居住する部屋があるってことかな」
 堅い大きな石を切ったように整った、SCタワーの壁と同じ材質で作られた地面を少し蹴りながら一人が言った。

「そうだろうな。道中はずっとこの風景が続いているだけだった。当然のように人の気配はない。どうする?」

「・・・二名をここに残し、俺らはここからまた中央にいってみよう。このフロアのタワーから、更にあの三階フロアへと続く階段がどこかにあるはずだろう」

「確かに、そうだな。全員が上へ逃げたのかもしれんしな」

「行こう」

「お前と・・・お前はここに残って、下の捜索者たちを待っててくれ。後はもう一度、中央のタワーへとここから向かおう」

 残った二名は喜びながら、近くに置いてある物資の箱を漁り食べ物を探すことに必死になった。
 

 当分、先ほどと同じ光景が続く。様々な物資とそれらを運ぶツール、そして食べ物の腐敗臭。開けた屋上のようなこの広場だからこそまだ我慢ができている。時折、風が異臭を運んでくる。中心部に食料が集中しているようで徐々に異臭を強く感じてくる。

「・・・ぉぉぉぉぉぃ」
 遠くで誰かが呼んでいる声が聞こえ、全員周囲を見渡しながら振り返った。

「・・・ぉぉぉおおおい!!」
 待機させてきた一名が走ってこっちへとやってくる。

「・・・どうしたぁ?!なにかあったのかぁ?!」

「・・・見つけたってよぉ!!ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」

「誰かいたのか?!」

「ハァ、ハァ・・・ああ、下に言った奴らの一人がやってきて、人を見つけたって」

 リーダーの二名が目線を合わせてから、同時に頷いた。

「みんな、行こう!」
 

 分岐点にはまた二名だけを残し、後は全員で向かった。

 人が見つかったという場所は二つ目に見つけた下への階段で、下は大、中、小の部屋が入り組みまるで迷路のよう入り組んでいると言う。


「では、ここの階段上部にまた一名残ってくれ。そして階段の下にもう一名。何かあったら別動隊と合流をして伝達役を頼む」

 そう言って、その他の者は吸い込まれるかのように次々と階段を降りて行く。


「こっちです!」
 先にここへ来た者に案内をされながら、既にものすごい悪臭が全員を包み込む。

「ここは・・・外の比ではない臭いだな」

「この先で、人が死んでたんです」

「なにぃ?!」

「それを見つけて、直ぐに俺はみんなを呼ぶように言われて・・・・・・」
 間もなく、その死体を調べている先に来た二名と合流した。

「どうだ、何があった?」

「・・・分かりません。外傷は全く見られない。この表情から見て、毒か、窒息か、心臓病などの病死っぽいですね」

「ううん・・・換気はあまり良いとは言えないが、俺たちが呼吸出来ているからここは問題は無いだろう。・・・先に進んでみよう。他に死体があるかもしれん」

 それぞれに緊張が走り、各々が手に持つ木こり用の斧や草刈り用の鎌、三又の鍬などを持つ手に汗を滲ませる。

 通過していく部屋の扉を順番に開けていくが、人を疎か死体すら無かった。

ガチャ・・・ガチャガチャ・・・・・・
 大部屋らしい部屋の扉が空かない。

「おい・・・・・・」

ガン!ゴスッ!バキバキ!!
 手斧を持つ者三名で、必死に扉を壊そうと振り上げ下ろしどんどんと木片が床に散らばっていく。

「・・・ぐわぁぁぁ!なんだ!この・・・おえぇぇぇぇ!!」

 扉の中央に隙間ができるや否や、今までに嗅いだことのない悪臭が廊下全体に広がり、次々とその場で吐きだし床はゲロに塗れた。
 リーダーは怯むこともなく、勇むかのように素手で隙間に手を入れ腕力で扉の木を引き剥がしていくと、その開いた隙間から人の腕がボロン、と出てきた。その腕に血色は無く明らかに死体の腕だった。

「これは・・・・・・」
 足元で吐き続けている者の斧を拾い、扉を壊していくと部屋の中から
ミシミシ・・・バキ、ミシ、ミシミシ・・・・・・
 と、何らかの圧力がかかり今にも扉が完全に破損する雰囲気を出してきた。

「おい、みんな、少し下がれ」

 悪臭で大半の者は出口へと逃げて行った。リーダーは元々下層では家畜である猪や野生の鹿などを捌く仕事をしているので、こういった臭いには強かった。他数名、少し鼻が慣れてきた者が残り行く末を見守る。

・・・バキバキ!!・・・ドサドサ!ドサッ!!

 とうとう扉は全壊すると、中から上層民らしき死体が何体も流れ出てきた。臭いに慣れてきた者達は視覚からも追撃を受け、また嗚咽を繰りかえす。しかし、ずっとろくな食事が出来ていないのもあり、胃液と唾液しか滴ってはいない。

「なんだって言うんだ・・・これは」

 リーダーは左腕で鼻元を抑えながら、部屋の中を覗こうと向かう。しかし、室内は真っ暗で殆ど見えない。仲間の一人がもつ松明を借りて中を照らすと、部屋中に死体が埋め尽くされていた。自分達の目線の高さにまで死体が積み上がり、足元まで残っていた扉も死体の重みで壊れると同時に、圧力で押しつぶされて出てきたであろう腐った内臓のような肉片と血が流れ出て、全員その場から逃げるように立ち去った。


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