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人はどうやって住む場所を選ぶのか? -朝日新聞出版 編著『移住。』-

 全国の人口減少に悩む地方自治体がさまざまな施策を考え、また、コロナ禍以降はより一層注目を集めることにもなった「移住」というテーマ。

 この『移住。 成功するヒント』という本は、数ある全国各地の移住事例のなかからいくつかのケースを具体的に取り上げつつ、移住を考えるうえでのさまざまな気づきを与えてくれます。

 以下に、この本の読書を通じて気づいたことや感じたことについて、メモしておきたいと思います。

【Discovery / この本を読んで得られたこと】

 この本の特徴の一つとして、著者が特定の個人ではなく、朝日新聞出版という出版社自体が編著者となっている点があります。

 単行本サイズの本ではありますが、まとめられている内容はムック本のように網羅的で、移住を考えるうえでのポイントの紹介に始まり、具体的な移住事例をふんだんに盛り込みつつ、巻末には全国の移住支援制度がまとめられています。

 ひとくちに移住といってもテーマの幅が広いため、自分のようにまずは「移住を取り巻く制度や仕組みを概観したい」や「実際に移住した方々は何を思い、何が決め手になって移住に至ったのか、具体的に知りたい」という興味がある方には、うってつけの編集がなされているように思います。

 そんなこの本を読みながら感じた3つのことを、以下に整理していきたいと思います。

▶︎移住先と出会う最初の「きっかけ」が肝心

 まず、この本で紹介されている実際の移住者の方々の事例を見ていて思うのは、移住に至る経緯は人それぞれ、千差万別だということです。

 この本で紹介されている事例は、東京都近郊の都市在住・在勤者が主で、紹介数も多くありませんが、以下に移住の目的やきっかけをまとめてみました。

【移住の目的】
 ▶︎地域のなかで子育てがしたい
 ▶︎自然に沿った生活がしたい
 ▶︎地元のために働きたい
 ▶︎家業を継ぐため
 ▶︎仕事をする環境に適しているため
【移住先を選んだきっかけ】
 ▶︎学生時代の就学先だった
 ▶︎リゾートバイトで訪れた
 ▶︎本の影響
 ▶︎旅行で訪れた時の印象
 ▶︎仕事で訪れた時の印象
 ▶︎移住先に親しい知り合いがいた
 ▶︎移住先に仕事上の繋がりがあった

 移住の目的は、子育てや仕事をする環境を良くするためであったり、自身のライフスタイルを自然のサイクルに沿った生き方をしてみたいなど、主に生活環境の改善を意識したものが多いようです。
 一方で、家業を継ぐためや、地元のために働きたいなど、元々生まれ持った出自に根差した理由、いわゆるUターン移住も一定数含まれます。

 また、地元出身者以外の移住者が移住先を決定するまでのきっかけは、就学・バイト・仕事などで元々縁があったり、旅行や読書を通じて良い印象をもったなど、一定程度偶発性のあるきっかけも多そうです。
 具体的に移住を検討し始める前から何らかの繋がりのある場所を結果的に移住先に選ぶ傾向があるのかもしれません。移住先に親しい友人が住んでいるので自身もそこへ移住するという方がいるというのは、ヒトの集住志向を現しているようで興味深いです。

 こうした数あるきっかけのなかで、元々「地域おこし協力隊」として移住先で地域活動を行っていた経験があるという事例が、いくつか見受けられます。
 少子高齢化が進む過疎地域への活動支援とともに、東京の人口一極集中を緩和する狙いもある国(総務省)の施策が、少なからず効果を上げている側面もあるんだなと、個人的には驚きました。

 また、現在首都圏で生活をしている方が、イチから移住を検討する場合に、東京・有楽町にある「ふるさと回帰支援センター」を訪れている事例もいくつか見受けられます。

 ホームページ上で掲載されている現時点での最新の年次報告書(2020年版)を見ると、コロナ禍以降、20〜40代の世代を中心に本気度の高い移住相談件数が急速に増えているとのこと。NHKの取材によれば、昨年2021年のセンター相談件数も約5万件と過去最高となったようです。

 国全体としても、地方創生の取り組みの一環として、内閣府が移住に関するサイトを一手に取りまとめた情報サイト「いいかも地方暮らし」を制作するなどして、地方移住を推進しています。

 一方、民間企業の取り組みでは、神奈川県鎌倉市のベンチャー企業カヤックが運用する、移住や関係人口を増やすためのマッチングサービス「SMOUT(スマウト)」など、面白いサービスも現れ始めているようです。

 このSMOUTでは、全国各地で現在募集中のプロジェクトが掲載でき、またプロジェクト実施者は全国各地の移住や関係人口に興味のある登録者を直接スカウトすることもできます。

 また、双方向のコミュニケーションをより一層進めるための各種企画を盛り込んだオンラインイベント「みんなの移住ウィーク(フェス)」を毎年開催するなど、ベンチャー企業ならではの一歩進んだサービスを展開しています。

 官民のさまざまな努力を背景に、移住先を選ぶきっかけはますます増えているように思います。このことは、移住を考えている人々にとっては選択の幅が広がって喜ばしい反面、まち同士の競争性の高まりも意味します。

 だからこそ、少子高齢化などに悩む全国各地のまちの関係者は、より一層、自分たちのまちの良さを知ってもらうためのきっかけづくりが重要となってきます。

▶︎移住には極力「お金」をかけない

 この本には、それぞれの移住者へのインタビューとともに、移住前後の住まいの変化、収入と支出の変化、支援制度の有無などのデータベースが掲載されています。

 これを見ると、多くの方々は移住するにあたり、移住前よりも収入が減るケースが多く、その分、居住に関する出費も抑える傾向があるように思いました。
 特に住まいに関しては、立派な家を探して住むというよりは、古民家をDIYでリフォームするなどして、あまりお金をかけない方法で生活環境をつくっているケースが多い印象を受けました。

 一方、この本で紹介されている移住事例では、移住に際して行政の支援制度を活用したという事例は意外と少なく、補助金などの金銭面での支援制度の有無が移住先を選ぶ重要な決定要因になっているわけではないのかなと感じました。

 とはいえ、移住をするうえで、お金の工面はとても大事なこと。前述した内閣府の移住情報サイトでも、地方移住の際のお金にまつわる注意点などを紹介するページがつくられていたりします。

▶︎移住先を選ぶのは、あくまで「移住者」

 コロナ禍以降、テレワークの普及とともに、特に人口密度の高い東京都から地方への移住が急速に進み始めています。

 総務省統計局の「住民基本台帳 人口移動報告」によると、昨年(2021年)の1年間における東京23区の転出者数が転入者数を1万4,828人上回り、初めての「転出超過」となったそうです。

 転出先は、移動人数でみると神奈川県、埼玉県、千葉県などの東京都近郊が多いようですが、コロナ禍前(2019年)と比較した増加割合でみると鳥取県、長野県、高知県などといった地方で人口増加している傾向もみられます。

 この日本全体の人口移動の傾向が、コロナ禍前から少子高齢化に悩んでいた全国の地方自治体にとって、少なからず追い風となっていることは間違いなさそうです。

 一方で、冷静にデータをみれば、あくまで現在の勤務を継続しながら、通勤可能な範囲(東京都から概ね100km圏内)での移住を希望している方が大多数であるということにも注意しておく必要があります。

 いまだ業種や地域ごとにテレワークの普及率に大きな格差がある現状においては、一足飛びに東京から地方へ移住するという選択ができる方は限られるというのも事実。

 さらにいえば、多くの地方自治体の移住施策でこれまで想定をしてきた「仕事と住まいを同時に変えてもらう移住」というのは、実際の移住ニーズとはズレが生じていることを、コロナ禍以降の人口移動に関する各種データが明らかにしてくれたともいえるかもしれません。

 その点では、この本で紹介されている事例も、移住前の仕事をさらに生活環境の良い場所で継続しているケースが多いように思います。

 いずれにせよ、移住先を選ぶのはあくまで移住者です。

 少子高齢化などに悩む全国各地のまちの関係者は、常に現在の社会環境の変化を敏感に捉えながら、全国各地の移住を考え悩んでいるある種の「潜在顧客」ともいえる方々に対して、より良い生活環境をプレゼンテーションしていかなくてはなりません。

 そのためには、自分たちの暮らしているまちのPRポイントを第三者に伝えられるように明確化することはもちろん、そうした情報を潜在顧客にまで届ける発信力も極めて重要になってくるかと思います。

 自分たちのまちには何ができるのかを常に相対的に考えて、速やかに実践していけるようでないと、ますます情報過多となっていくこれからの時代に生き残っていくまちになることは極めて難しいと感じます。

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 以上の3つのことがらが、個人的には気になりました。

 今回、移住をテーマにした本を読むに至ったのも、数年前から携わっている豊田市足助のまちづくりの仕事のなかで、少子高齢化に悩む地域住民の声を直接聞いたことがきっかけでした。

 現在、そうした地域の悩みに少しでも応えられるように、足助のまちでの暮らしの良さを日本全国に伝えるための1冊の本を制作中です。

▼本の制作に至るまでの過程(実行委員会 活動実績)は、コチラ

 今回の読書を通じて、移住とは何かについて、自分のなかでもぐっと理解が進んだように思います。そのうえで、自分自身も誰かが移住をする際のきっかけをつくれたら幸いです。

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