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欧州旅行記❷「パリはやっぱり」

 ヨーロッパと聞いて、大勢の人々が思い浮かべる街の一つは、間違いなくパリだろう。名だたる美術館を古都のあちこちに並べ、石畳に青い目、白い肌の美男美女が踵を鳴らすその街は美しい。だがしかし、私が迎えたパリの初夜は、唯ならぬ焦燥と疲労に塗れた、苦い記憶から始まる。
シャルル・ド・ゴール空港に飛行機が着いたのは、予定の時刻をとうに過ぎた夜半だった。その夜私は、民泊サイトで知り合ったベンという男の家に泊まる予定だった。とにかく指定されていたバス停まで行ったが、予定より2時間も過ぎたその場所には無論、誰も居はしなかった。テレフォンカードを買おうにも、フランス語の話せないアジア人に、売店の親父は冷たい。
途方に暮れて重いスーツケースを引きずっていると、後ろから"ユキ?"と声をかけられた。

あの時の安堵感は未だに忘れられない。そして未だに、2時間もの間冷え切った街を、探し歩いてくれた彼の労が、信じられない程ありがたい。

 パリの記憶は、ほとんどが夜だ。初夜に立ち尽くした寂しい交差点も、ベンが連れて行ってくれた夜の屋台で頬張る、熱々のカルツォーネも、街頭に照らし出されるノートルダムも、ベンの次に泊めてくれた男のバイクの尻に乗って走った石畳のがたがたも、暗いジャズバーでバンドが演奏する音楽と味の濃いビールも、全てはっきりと思い出せる。反対に昼の記憶は、ルーブルやオルセー、ポンピドゥーの膨大な展示品や、薄ら曇った空、寄付に当て付けて、出した財布に即座に伸びる悪食な手の数々に隠れて、思い出すのにも苦労する。
美しいものほど、影も濃いものだ。パリは、フランス人の彫りの深い顔に落ちる、陰を感じさせられる街だった。

 ヨーロッパと聞いて、大勢の人々が思い浮かべる街の一つは、間違いなくパリだ。立ち並ぶ石造りの建物は美しく、焼立てのパンの匂いは、角を曲がる度にイメージ通りに鼻をくすぐる。それでも既に7年近く経つ旅の記憶に残るのは、地下道にこだまするけたたましい物乞いの声や、夜の街角で、一杯200円程度で売られている焼き栗の甘い匂いだ。パリはやっぱり、写真通りに美しく、そしてパリもやっぱり、世界に定められたルール通り、汚く、やかましく、人間味に溢れた当たり前の街だった。

 パリを発つ日、発駅はガレドゥノルを選んだ。何本も、何本もの線路が絡まり合いながら流れ込む"北の駅"は、あの日満員電車で見たアーチ屋根では無かったが、やっぱりとても、美しかった。

パリはやっぱり。2014年2月11日-16日。
#旅行記 #ヨーロッパ #フランス #パリ

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