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Σ 詩ぐ魔 第5号

いつか行きます

市原礼子(大阪)

いつかこっそり覗きに行きます
君はそう言ってくれた
いつか
いつかはいつのことなのか
まだ来てくれない
いつか
いつになるかわからないけど
こっそり行きます
 
君を待っていると
ずんずん伸びてくる青い芽
君の優しい声が聞こえてくる
いつか行きます
 
昔話にある
お姫様は逃げる男を追いかけて大蛇に変身
大蛇は恋しい男に巻きついてもろともに焼死
そうなってもいい
君に巻きついてみたい
 
旧い球根から伸びてくる青い芽
干からびて皴皴になっていた球根から
いつのまにか
春一番の突風に靡くまでに伸びている芽
 
植え替えてやらなければ
しゃがみ込んで作業しているうちに
立ち上がれなくなっている

国家病ワクチン

佐相憲一(東京)

注射器を抜くと毛穴から毒素も抜けた
夢が現れる
爆撃に追われ銃口が我が人体に向けられて
あっというその瞬間
戦争という言葉の意味とこの命が終わる実感
 
汗びっしょりで目覚めると国家菌が抜けていた
もうナニジンでもない
ひとりひとりの人間がいるばかり
 
敵地攻撃能力というのが話題になっていた
税金でそれを持たせるべきだと
政治家だけでなく主婦まで興奮している
ナニナニジンはおそろしい
ナニナニコクからやられる前にやっちまえ
日常のおのれのストレスをぶつけて
 

そんなものがフィクション以外にあるのだろうか
国家菌のなくなった心身が自問する
国旗そのものが滑稽に見えてくる
このワクチンを拒否しているのだろうか
こんなにすっきり世界が愛おしくなるのに
なぜ古い病を治そうとしないのか
 
それはね
と政治家先生がいやらしい顔で札束を握らせる
世界が勝ち組と負け組に分かれているからだよ
キミもそろそろ勝ち組に入りたいだろう
国家は病ではなく富への鍵なんだよ
 
世界に勝ち組と負け組があるとしたら
とワクチン効果で反論してみる
勝ち組は戦争と貧困を乗り越えた先にしかいない
あなたのその鍵は錆びている
あなたも殺害される寸前の夢を見てみなよ
 
彼らに注射針を刺そうとしたら
わたしは射殺された
敵として 

山岳地帯の物語

豊田真伸(大阪)

物語を語る老婆の好きな花はバラ
語り口は滔々と夢の中の偽り
なかったことでもあったことにしてしまう
口を大きく開いた財布をバッグに忍ばせ
権力にしがみつく輩に噛みつく
 
油断ならない山岳地帯の王は今年で満八十才
牛の生き血を吸うというもっぱらの噂だが虫も殺せない臆病者
腹が一斗樽のように突き出ているがいつも足元にいる猫の尻尾も踏んだことはない
山岳地帯の王たるゆえん
 
街へと続く坂道をくどくどと歩いてゆく五十がらみの配達夫はそろそろ後のことを考えている
かといって息子もいず頼るべき親類もいず
あるものといえば三十年以上肩に担いだなめし皮のバッグのみ
しかしそれは魔法のバッグ
薄汚れた空気の攻撃を三十年以上に渡り受け付けずにきた動物性皮脂由来の頑丈さを備えている
配達夫の意味は頑丈である事
五十がらみの配達夫がさんざんぱら言われてきたことを体現するそのバッグこそがかの男の教養だ
 
物語を語る老婆は小さな菜園を持っている
積み木を重ねた仕切りで覆われた菜園で育つものは何?
言いがかりは山ほどあるが老婆は何も発しない
一言も発しない!
 
その傍を虚ろな目をした少女が過ぎる
何処の街にもよくある風景
思春期特有の鼻持ちならなさを醸し出しながら正義の器を小脇に抱えている
共に歩く弟の擦り傷とは対照的に彼女の傷口からは鮮血が孵化する
奇妙な思いやりのイメージだが後にそれがこの国を丸くする
 
街に古くからある肉屋は古くからあるだけあって住人の信頼を得ている
主人はめったに顔を出さないが奥で目を光らせている
その主人に目を光らせているのがその妻女だ
妻女は工場の生産管理よろしく先を打って働く
ということもあってそこの従業員は皆よく足が動く
先月新しく入ったアルバイトの青年もまた同様に
 
街から少し離れたところにある大きな石の塊は神聖なものだが冒すべからずという程のものでもない
健全なストーンヘンジ
親たちは生まれたばかりの赤ん坊の名を書き込む
最近生まれた風習だがこれもとやかく言う程のものではない
勿論虚ろな目をした女の子の名前もその弟の名前も肉屋の青年の名前も書いてある
近くに川があるから丁度良い憩いの場でもある
例えば新しい料理屋の味付けがどうとか娘の担任がどうとかこうとか…
 
この国の気候は目まぐるしい
虚ろな目をした少女より目まぐるしい
肉屋のアルバイトより目まぐるしい
憩いの場の昼の話題より目まぐるしい
ぐるぐるとかき混ぜマーマレードみたいに皮は残して満遍なく行き渡る
ゴールドの羽音がする瓶詰めの気候
 
やがてこの国にグラニュー糖の雨が降り注ぐ
老婆の菜園に滋養を与える雨になるのか
配達夫のバッグの頑丈さを試す雨になるのか
山岳地帯の王の太鼓腹を冷やすことになるのか
当時は誰も知らなかったが、
最も恩恵を受けたのは意外にも老婆の大きく口を開いたバッグだった! 


タヌキ

中井ひさ子(東京)

向こうから
最近親しくなったタヌキが来た
 
にこやかに
笑顔を渡そうと右手を差し出した
 
ガブリと右腕に
タヌキは噛み付いた
 
「痛い なにすんねん」
思わず出た大阪弁
 
好きになったら
好かれると思った私が浅はかだった
 
私は気がよすぎる
優しすぎる
 
くるりと振り返った タヌキ
「ごめんなさい タヌキ汁にでもして下さい」
ぬけぬけといった
 
「共食いはせえへん」


浮かんでいる

奈木 丈(奈良)

高い建物の上から飛び出した
地面に手がとどくのに
300メートルの高さから
かかる時間は8秒ぐらい
新幹線のような速度で
地面に到着するようだ
 
学校で
いつも思っていた
教室では
もっともっと高く
運動場では
もっともっと高く
そして長く
 
空を見上げると
いつでも
飛び出した人が
浮かんでいる
手を動かして
足を動かして
じたばたしている
 
飛び出していって
空に浮かんでいるのがいい
昇るのでもなく
沈むのでもなく
ほんのすこしだけの時間を
のんびりとして
浮かんでいるのがいい
 
これから昇っていくのだろうか
これから沈んでいくのだろうか
今はまだ
空に浮かんでいる

誰が悪い?

苗村吉昭(滋賀)

餃子のチェーン店に老人がやってくる
タッチパネルの注文の仕方がわからなくて店員にどなっている
若い女の子のアルバイトが老人のオーダーを聞いて代わりにタッチパネルの入力をする
餃子とラーメンとチャーハンが運ばれてくる
「胡椒がない!」と老人はまたどなる
店員が形式的に謝って胡椒の瓶をもってくる
老人は食事を終えて不満足に店をでる
店員は不機嫌に忙しく仕事する
不慣れな店員の操作ミスで私はキャンペーン中のポイントをつけてもらえない
この店にはロシアのミサイルは飛んでこないしトルコのような地震で押し潰されてもいない
それでもどうも幸せではなさそうだ。

約束しなかったんだけれど 

速水 晃(大阪)

身体凍らせて待っているのかM兄よ
行かないよ 積み重ねたこれまでが
代えがたいものとして〈今〉を占めているから
 
懐かしさの往来は自由で
盃からコップ コップからグラスへと重ね
夜気に包まれる道を
上機嫌でゆられて帰ったよね
 
歯のない口と笑顔で
自然の摂理にまかす と言ったような
だからぼくは
儀礼的なモノには出ない と
引き留めようとしたのだ
 
  来てくれたんだねー
  棺にいても感じられるから
  最後にしっかりと見るだろう
  わかるもんだよ 誰がいるかは
 
自らの出立を静かに口にする兄に それでも
行かないよ と言ったのだ
 
遠くない日にきっと会える 
神社の木立 汚れた顔して素早く引っ込み
泳ぎ出す悪童の姿して
 

透視の達人

松村信人(大阪)

占い師、祈祷師、霊媒師
これまで色んな人に鑑定してもらった
当たったと言えば親の年齢よりも長生きできたこと
ある易者からは還暦前後にブレイクすると告げられ
その時を楽しみに待った
ここぞという時期を見定めて勝負に賭けてみたが
結果は残酷なものとなった
 
それから何年も経った
遠縁に透視のできる人がいて結構人気があるという
もはやこの年齢恐れるものなどない
興味あることは極めたい
紹介者を介して鑑てもらうことに
今やネット社会
自撮り画像を送信してその結果を待つ
 
一見して胃腸系の弱い人との判断
こちらが心配していた糖尿病など大したことはないと一蹴
運気を高め健康維持を保てるとの数珠が
紹介者から届けられた
要は珠を独自に組み合わせ念を込めた数珠に仕立て上げたものだ
水に触れるとき以外は三六五日腕から取り外してはいけない
外すときは小粒の水晶を敷きつめたケースで保菅
細かな規則があり遠隔操作されていそうな感じさえする
 
その内なんとなく運気も上昇してきた気分になるし
体調もすこぶるよい
ところが不況のあおりでガクンと業績が悪化
本当に願が叶うのなら
私はアレが欲しい
黄金色のシャワーが降り注ぐ夢を見る
 
大きな水晶玉のなかに私がいる
長い目で見れば大丈夫、願いは叶う
それはいつの日のことか
達人は微笑みを浮かべて水晶玉に見入っている

ボートパンくず

森下和真

ちいさなボートが
池のうえを
ただよっている

冬の風が
遠くで鳴っている

つめたい山が
サラサラと
くずれて
昼の太陽が
チラチラと
ひかっている

こどもは
夢を抱えて
ねむる

父親のあくび

母親のあくび

こたつ布団に
散らばるパンくず

クラゲ

吉田 定一(東京)

ふんわりと浮き
ふんわりと海中に沈み
 
潮の流れに 身のすべてを委ねて
触手を伸ばして 泳いでいるクラゲよ! 
 
どうしておまえは そんな無防備な身で
か弱い命を 守っていられるのだ!
 
身もこころも透き通っていて
とても この世の生き物とは思われない
 
優雅な装いと その美しさ
まさに漢字で書く名の如く「海月(クラゲ)」だ
 
海のお月さまだ
ふんわりと満月が 水中で浮き沈みする
 
人もまた この世の波間に浮き沈みする
海月のようではないか
 
世間の波に揉まれ 
さらさわれているうちに 持っている総てを
 
無に帰していくかのように
空っぽの透明な こころになっていく
 
哀しみも喜びも 憎しみさえも
透き通った 想い出となって……
 
ああ 時代の 潮の流れに身を委ねて
この世を生き 漂っていこう
 
ほら 見ろよ! 盛り場の夜の海を!
海月の大群が 若さを持て余して 
 
ふんわりと 何のわだかまりもなく
今宵も 戎橋はしの欄干に 群がり漂っている
 

〈特別編〉

白鯨の第86章で、メルヴィルは(カモシカの瞳や小鳥の羽根よりも)クジラの尾を讃美しました

小笠原鳥類(岩手)

本稿で「」の中は西脇順三郎『第三の神話』(『西脇順三郎全詩集』普及版、筑摩書房、1964)から

「エビをとる機械を発明すること

を考えながら旅をして来た

錯覚のエビ」

テレビで俳句を見ている緑色がトマトだ赤いピーマンのようなカエルである。たくさんの魚が紙の箱に入っているから、醤油は甘い魚

「しばらくヒヨドリが

南天の実を啄むのを見ながら

生命のドン底へおちていくのを

待つているのだ」

くだもののケーキが、ゼリーである透明人間ではない。メロンの味であると思っているからスイカが逃げる。チョコレートとは、わからないものなのだ、と、古い建物が数百年前に言う(漫画だった)。服

「犬が吠える雪の上に桜の木の影が

うつるのでそれが動物には恐ろしいものと

なるからであろうが 犬の脳髄の活動は人間

のそれとどんな風に違うものか」

トカゲになりたいと思うクッキーも、喋るだろう電子レンジだ。サボテンがある風景の犬と、馬が、それから、人間はエルヴィス・プレスリーみたいではないか オレンジジュースが毎朝出てくるジャムだから、ハトはニワトリになりたいな そうだよ

「前にもいつたようにエビをとる

機械を発明することを頼まれてしまつた」

こまかい声が、貝や、虫から出てくるガラスが喋っている(ペンギン)。そこをイルカが泳いでいる魚だったのか、水が緑色であるアザラシとイグアナ

「ガスタンクの向うにコーバルト色の

鯨をみたのか」

いにしえの魚の図鑑を見たら、意外なものが緑色であったり、塗られていたりゾウだったりするだろう雑誌の表紙だ。ビッシリ魚を描いているから顔

「日がくれかかつたのでいたちのように早く歩いた」

ハトを見ながら、棚は動かなかった金属(の中のアイスクリームであるだろう)。銀色の紙があるオニギリ

「とんぼ

蟻」

どのようにすれば粘土で作った月を置けるか、新聞紙の上のようにジャガイモ

「耳が立つている野犬は雲に吠えていた」

いちばんこわいのは五センチメートルくらいの謎の虫がサメですよ テレビが巨大になったタラ

「人間は魚だ

人間は魚だ」

ヘビの映画の最初にドドーンと……そのようなサメであるのではないかと宇宙が思った窓だが、ゼリーが〈私は四角いの~〉ミイラのように歌う

「いけツバメの奴」

ヒバリ(ヴァイオリンで弾く)は、カモメがウミネコであるだろう めずらしいカモとシュモクドリ

「ウグイという

魚をもつてはだしになつて歩いて来た」

靴がゴムであるハト。そのアオバトは塩水を飲みたい緑色

「「この辺に粟がないということは

けしからん かなりやなどは飼えない」」

テーブルで、(木のテーブルの上に知らないキノコ、酢で食べる)ミミズクが食べる穀物を集めるリス。それが入っている細い金属だな、葉のような魚が緑色の虫(鳥)

「十月だ 蝶がまだ少しいる」

シーラカンスが乾燥するということが、これ以上、あるのだろうかウニ。チョウザメが歌っている池

「アネモネを蝶々も二羽つけて

籠に入れてもつて来た」

イソギンチャクは、ドジョウを見て、金魚がナマズだったなと思うことが可能だ。思ったよりトンボのような虫の種類が多いガガンボ、猫

「サメのようなカマスを釣るのだ」

牛とトラのどちらがどちらを食うかを、アヒルやサギは考え続けるだろう時計。ロボットもガシーンと

「淡紅色のみみずを入れておく桃の

ブリキのカン」

キャラメルの箱をピアノが見ているだろう光。木にニスを塗るルービック・キューブ(の幻)スヌーピーの幻、おふろで見ていた蓋

「「なんだまた鮒の野郎か」」

肺魚がめずらしいピラニアであるとしたら、プールで泳ぐ深海魚のようなものはハゼなのか透明な。それが……イモリと……ヤツメウナギ

「魚の骨のようなトゲのある

古木のサイカチの木の下にある

大亀の上にのつかつている石碑」

どのようなウサギが帽子から出たらヒルだろう、とコウガイビルが喋っている、コンクリートの上。ヤモリが乾いた日にやってくるだろうからモズも這うウソ(鳥)かささぎ

「よくわかるような気がする

四十雀が松の中にとんでいるのも」

ウナギに似た虫であるグループだ、星のように分ける。砂に住むパンダ

「二階の窓から鳥を見る望遠鏡でみた」

星雲が、缶詰の群れである(まわりに金属の印刷、怪獣のポスター、色)、そこからワニの声が来るだろうセミ。なぜなら走っているトカゲのヒレが、水のように、人気になりました歌。レコードは回転するからチャイコフスキーのようなものだ(ゴジラの声ヴァイオリン)

「メルヴィルの白鯨を読むに適するところだ」

サメの図鑑をイルカが集めている、いろいろと。種類がいくつかあったんだな増える(木の箱の中で、紫色の魚屋が青い闇)。青い灰色のゴムを見ているキノコが、顔をこちらに見せてくれない畑。木々が多いから、そこでここにもニワトリ……ペンキの板

「鷺の巣だ」

文鳥が白鳥であるインコであるとき、溶けるウミウシがトマトを思い出すカエル。カルガモ

……

本稿で引用した西脇全詩集の隣に、メルヴィル(田中西二郎訳)『白鯨』上・下(新潮文庫、1977改版)クジラの顔
 

あとがき

 2023年となって最初の発行・第5号。この2月は何かと雑用に追われ、準備が全くできていなかった。それでも〆切の月末になると自然と作品が集まってきていた。有難い限りである。そもそも「グループ牛」として、せめて干支が一巡するまでは頑張りたいとの意志のもとに始めたものの今や月日を追うごとに体力の衰えを実感。自由な電子ジャーナル詩誌としての道筋がついていけば、だれでもいつでも運営がやっていけるのではないか、そんな期待を抱きながら、新たな作品との出会いを楽しんでいる。(松村)

《投稿規定》

未発表の詩。投稿料は無料。自由に投稿していただいて結構です。掲載するか否かは編集部にご一任ください。校正はありません。行数、字数は自由。横書き、できればWordファイルで下記の編集委員のいずれかにメールでお送りください。メール文での作品を送っていただいても結構です。季刊発行で、3,6,9,12月の各月10日の予定。各号の締め切りは2,5,8,11月のそれぞれ月末です。ご質問はメールにて受け付けております。 

関連リンク(随時募集中)

和比古  https://note.com/note8557/n/nb90c621353ab
澪標   https://www.miotsukushi.co.jp /


Σ詩ぐ魔(第5号)

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発 行  2023年3月10日
編 集  和比古  hirao@chem.eng.osaka-u.ac.jp
     阪井達生 ryu.2010.nesukun@docomo.ne.jp
     松村信人 matsumura@miotsukushi.co.jp
協 力  山響堂pro.
発行所  澪標 
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