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Σ 詩ぐ魔 第4号

リハビリ病棟にて

市原礼子(大阪)

リハビリ病棟の
南向きの明るい部屋では
失われた機能の再獲得のために
リハビリ士たちが日々奮闘している
 
さまざまな理由で放置され
一本の木偶の棒となった私の右腕は
長時間の手術を経て
しかるべき角度に固定され
リ・ハビリスが始まった
 
折れ曲がった棒のような私の腕の
機能を回復するため
リハビリ士の指は
私の固まった筋肉をほぐしてゆく
 
力を抜いて
 
防護マスクの奧の
防護ゴーグルの奥の
瞳と目を合わせる
 
海に漂う海月のように
力を抜いて漂う
原初の人間存在のエクスタシー
 
リハビリの本来の意味は
人間らしさの回復
私はまだ人間に戻っていない
 
私の肩に突き刺さったままの一本の矢
私はまだ
リハビリ士の助けを必要としている

 

ポツンと一軒家の

熊井三郎(奈良)

山の中の
ポツンと一軒家の
八十七歳のばあちゃん

曲尺(かねじゃく)のように曲った腰で
裏山によじ登って水源の掃除
家のまわりは鹿や猪が喰うからと
毎日下まで降りて
野菜作り
にわとりの世話

夫が亡くなって三十三年一人暮らし
入院したことがないという
このばあちゃん
ケロッとしてのたまう
死ぬまで大丈夫や

参りましたばあちゃん
死ぬまで ね
確かに ね
 
本気なのか冗談なのか
ばあちゃん
山中の哲人とちゃうか   

痛棒

小柳憲治(京都)

じいじは一人で寂しくないの
とある時、孫娘が問うた
答えられなかった。
モゴモゴと友達がいるから、とか
小さな声で言っても、自分の声が身体の中で反響するだけで
寂しいのだろうか
自分のことなのに分からない
虚を突かれた痛棒を喰らう
ここから出発しよう
寂しさから歩いてみよう
逃げるのでなく見つめてみる
ありがとう  じいじも自分を生きてみるわ
 

しっぽ

阪井達生(大阪)

人間にはしっぽがある 会社の忘年会で郊外の温泉地
 出世頭の同僚の風呂上りを見てしまった 大事にタ
オルで拭かれ 誰も見ていないことを確かめては そ
れはパンツの中に隠された
 
上司に納品の単価を下げろといわれた 単価を下げれ
ば 納品数は増えると 売り上げが増えたら上司の手
柄 増えなければ会社に損をさせた私の責任だ 体は
二、三回大きく揺れて バランスを失った
 
普通に歩いているときには いらないだろう 走って
いたとき 急な停止や方向転換 敵は前から来るだけ
ではない 後ろを見ながらの 渓谷の一本の丸太の橋
を全力で渡るためには 
 

汽笛

佐相憲一(東京)

路地裏に午後の陽だまりがゆらめいている
晩秋の風が港の気配と夢の影を連れてくる
密集アパートと簡易宿泊所に洗濯物が舞っている
町工場や商店街に組合の匂いが残っている
誰もいない公園にブランコが佇んでいる
降り注ぐ紅葉は誰の心か
この黄金いろの時間は
ノスタルジーじゃない
ひとつの思想だ
 
海まで歩く
ガントリークレーンが何かを運ぶ
工場も倉庫もコンテナも対岸のまちもこの果てしない空も
すべてが波うつ
楽天的な近未来図を連想できる時代は過ぎて
途方に暮れて巨大なものに圧しつぶされそうになりながら人は港で
信号を見上げる
点滅するFマーク フリー 航行OKだ
自由に向かっていまも
夕焼けながらはばたくカモメ
危うい時代の大波を
意志の船がわたっていくのだ
 
黄金いろが山の彼方へ手渡される
この国の夜にも希望の汽笛は鳴るだろう
路地裏に焼き魚と味噌汁の匂い
バスルームから湯気と石鹼の匂い
人恋しさは万国共通だから
港の裏通り
まだら模様の時空に灯るのは優しい痛みだ


いちょう

高丸もと子(大阪)

はじめてこの木を見た人が
きいろいちょうの大群と思って
いちょうとよんだのでしょう
 
木から生まれたこのちょうは
風がふいただけでおどろいて
飛びちっていきます
 
むかえてくれる地面に
ゆっくりと羽をのばしながら

複眼

谷元益男(宮崎)

オニヤンマが舗装に仰向いて
前脚で さかんに眼をこすっている
眼に映る大きな蟻
とりつく数十匹は 胴や足や羽にまで
這いまわる
細い影は 蟻の重さで
沈みそうだ
 
ぼくはトンボの羽をつまみ
荒い息で 蟻を吹き飛ばした
ひつこく 喰いつく蟻は
それでも 地面に叩き落とされた
這いずる蟻が消え
僅かな水面に トンボを置いた
 
打ち震える羽
水の遠い記憶が
細い体内を流れている
蟻が近づいた痕は すでに影すらも
残っていない
脇の叢にトンボを移すと
さかんに前脚で
生をこすり 細い胴が波打ちはじめた
 
両眼奥に 裏山が
おおきく写り
ぼくは
生えたように そこに
立っている
 

休日

豊田真伸(大阪)

am7:30
 あどけない朝の態度がとても優しい
 心の隙間に潜んでいるものたちの声が聞こえます
 その言葉のひとつやふたつ
 耳たぶに貼り付けて今日は過ごしましょう
 それで困るくらいなら
 今日はおそらく駄目でしょう
 朝から真夏日でクラクラになります
 暑い日のお化粧は体に堪えます

am9:00
 午後からのキャンセル
 致し方ない?それとも人格との戦い?
 もともと気にしてないって言ってあげるわたしは天才
 でも十日も雨が降らないと食べ物が心配
 今はただひたすらあなたを患っていて
 そうだとしても食べ物は心配
 別腹ですから

am10:00
 いつかの耐えきれなかった時間がまた現れる
 今度も自分が嫌になるなら黙っているのがよいでしょう
 次会うときは花束を添えてあなたに届けようと思う
 困らない勇気、あなたはまぁまぁあると思う

am11:30
 今日はいい感じで午後を迎えられそうです
 でも心臓破りの坂は体に悪いから今日はやめておきます
 今は蛇口をひねって喉を潤すぐらいの気持ち
 お湯を沸かして午後の計画を練ろうと思います
 いろいろありますが
 それぐらいの元気はあるってことです

今夜の眠り

奈木 丈(奈良)

わたしの夢の中に
突然に登場してくる人たちがいる
亡くなっている人であっても
なぜか元気な姿を見せてくれる
 
夢の中に
突然に現れて
心地良い眠りを妨げる人が
いつもいる
 
わたしも
誰かの夢の中に登場して
役者のように
演技をしていくのだろう
 
どんな夢を見るのか
予想などできない
眠りの中で
未知の世界につれていかれる
 
心地良い眠りを続けたくて
夢を食べる獏に来てもらい
朝の光がさす前に
いくつかの夢を食べてもらった
 
消えてしまった夢には
叶わなかった物語の続きがあった
あなたとの幸せな日々がある
忘れてはならない悩んだ日々がある
 
新しい物語は
明日の朝になっても始まらない
今日と同じ物語の続きを見るために
今夜の眠りがある

ラクダはなんだ

苗村吉昭(滋賀)

白い大きなラクダの夢をみた
アラブの青年につきそわれ
近所の川から現れたから驚いた
我が家の屋根を越える巨体だ
アラブの青年がいうには
知り合いを訪ねてきたが
連絡先がわからないそうだ
目覚めてもラクダのことが忘れられない
夢判断ではラクダは努力や忍耐の象徴
大きなラクダだから大きな試練のようだ
でも場合によっては吉夢でもあるそうだ
けれどあの白い大きなラクダは
自動車が行き交うアスファルトの街中を
とても目的地まで辿り着けない
大きすぎるからトラックにも乗せられやしない
行き先がわからぬまま
アラブの青年も途方に暮れていた
わたしにもあるのだろうか
みんなを困らせるほどの大きな何かが。

定期点検

速水 晃(兵庫)

ここ数年6ヶ月毎の点検
要する時間は30分から1時間
精密検査となれば結果は延べ3日待ちとなる
 
走りつづけた時代モノ
速足程度で近距離の遠出
車体の傷やへこみは修理ができるが
動力伝達装置や電気系統部品は製造を中止
──お客様はこのまま乗り継いでいきたいとのご意向
  機関全ての交換も選択肢の一つに と
  お伝えしておきます
  
あなたがかかえる問題は
あなたの意思ひとつで決まる
丁寧に点検することで
あなたの生い先が見えてくる
大いにお悩みください
これまでの負荷を背負って──
(だって 他人様のことですから)
 
他の部位や新たな技術では書き加えられない
走行距離とその記憶 
 
点検はいつも混み合いますので と
1年先までを検索していただくが
希望日時は既にいっぱいで
申し訳ないのですが と恐縮され
それではよろしくと 指示を仰ぎ
現状維持の状態は過ぎていく

海の音

藤原功一(大阪)

砂にはまり込んだ
足の痕跡が呟いている
 
闇がまだらに薄くなると
かがり火が消えていく
雲は重い気配を垂らし
風は濁った色を吹きつけている
 
暗い波間から
不明者たちの沈んだ声が
どんよりと噴きあげている
すり硝子状の肌寒い記憶
 
海は絶えず
泡立った怒りを見せ
生と死の潮目に
にがり汁を流し続けている
 
孤独の匂いと
孤立の岸辺に立って
屹立した穂先にとまる
 
哀音
 

タカハシ

松村信人(大阪)

マツムラって、あのマツムラ?
東京に住む男からのメールだった
タカハシって、あのタカハシだろ
大変な目に遭わされた
あの詐欺師の
 
四年前に出版した詩集のなかの
「笑うタカハシ」をネット上で目にしたという
まさかと思い検索した結果こちらに辿り着いた
もう何十年も昔の話だ
当時は東京商工会議所の若き経営指導員だった
タカハシと関わってしまったために
人生の歯車が狂ってしまった
 
私もタカハシの面倒をずいぶんと見てきたが
彼と同様憤りに駆られて
タカハシを追いこむ破目となり
大阪から東京、埼玉、千葉と
タカハシの足跡を追い続けた
 
タカハシが自ら命を絶ったと知らされ
やむなく追跡を打ち切ったが
今でもまだタカハシは生きているような気がする
そもそもタカハシとは一体何者だったのだろう
 
私はパソコンの画面を見つめながら考える
画像には
年老いた一人の男の姿があった

ぽわんりん

都 圭晴(大阪)

暑い夜のこと、窓を開けた
闇を迎えたら、月が来て、僕はういた
頑張ろ、つぶやいた、あぶくとなった、ぽっ
うかんだ、目が覚めた、部屋のかがみ
のぞいた、ひとりくらげ

ぽわん、ぽわりとたゆたい、僕はゆれる
なんだろう、過ごしている
そよかぜは笑うからか
会社に行っているからか

時が来るから、いつもを繰り返す
朝起きる、ご飯と納豆、お茶
お電話ありがとう、ございます
昼飯は腹のなかへ、お疲れ様です
僕はくらげでも、ぽわん、月末に給料

ガンバリマス、毎日あぶくとなって
明日を迎える、いつからか、流されて
水の国で、ガンバリマス、ケンリとギム
ぷくぷくんぷ、本日は参議院選挙

〇〇党、〇〇党、〇〇会、〇党、〇〇会
コクミンのセイカツ、ぷくぱくぷ、ガンバリマス
僕は、ぷくぱく党に、投票する、なんとなく
コクミンのケンリ、流されて、何託す
みんな、なんとなくは知っているけど
いつからか、意見のない、くらげばかり

入り口

森下和真(京都)

ちょっとした隙間というか
悪い間とでもいうような所に
湧いて出る
 
最初は少量の染みのようなものであっても
それが呼び水となってシミシミと
どこからともなく滲んで湧いてくる
 
あの死の水は
大概が演出用のニセモノであって
下水に流れて行くものであるが
ときおりホンモノが混じっていて
なにくわぬ様子で
足元をかすめていくのである
 
そのつるっとした感触は
蜘蛛の糸さえ揺らさないほどの
澄んだ空気のような深い空間で
いまもぽっかり口を開けている

<特別編>

遠いトランスルーセントグラスキャットフィッシュ

小笠原鳥類(岩手)

「お前は 昔 魚だったじゃあないか」
トカゲが、イルカであるペンギン
「そうだ 水族館に入ると途端に俺は生き生きとした あの青い光の中の魚のひらひらした感じ」
電気を出す生きものを見て、ペリカンはカワウソのようなものだと思ったんです。グラフを見ていたら、オレンジ色に光る数字とイカ
「ももんがでもない」
キツツキが、水槽に来るハトであると、楽器がたくさん置いてある部屋の窓は、うみうしだ
「ジンベイザメだ!」
小鳥がたくさんいる図鑑に、顔が並んでいるツル。テレビで雪を見ていたら怪獣の数億年
「ところが
部屋においてあるフルートが
吹いてくるささやかな風の具合で
ふと鳴るときがある と
楽器店の人から聞いたことがある」
ウニが歩いているアザラシであることを見ているコンクリートが、いい映画だな(泳ぐ魚が細かいメダカのような、光の下ひらひら、ヒレ長い、それから遠いトランスルーセントグラスキャットフィッシュ)
「ネッシーも
いっぱいいるといいのに」
ピアノが、椅子になって、それから雪男の上でゆっくりと跳ぶのがウソである鹿だ。それらは速い足跡です
「きのう ぼくは 海で
トビウオと ともだちになった」
ラジオを作っている時計が、テニスのラケットだ。その中のいろいろな金属と、ヤギ(と、ヒトデ)
「あした コマドリが
小枝に巣をかけたら
どうしよう」
ミツクリザメは、コウノトリになりたいと思う青いプールだった。ピラニア……
「象が眠っている間に
象の牙に
小鳥の絵をかきたい」
お菓子は、イクラのように貼ってある。棚に入っているガラスの中の、その中の粉がケーキになりたい箱を開けると、チョコレートを食べながらソロバンの塾に行く熱帯魚を飼っていた。人間とサカサナマズ 花
「象の前に
象の目方分の
花束を積み上げたい」
きのこ図鑑を見るとドッサリ。籠の中だろう犬
「カバは ほんとは
イルカのごとくすばやくて
陸の上だって
すてきに早く走るのだ」
飛んでいるイモリを見ている湖。緑色とは、透明のことだ魚の後ろを見ていた。その機械をコアラが出す
「花が好きなワニ」
犬を持っている鳥を、白黒写真で本の最初に置いていると、魚の図鑑が青いな 青い硬い布を使った
「もう
ワニとは
よべないかもしれない」
ゴムのモグラ(紫色)を砂が見ていた砂たち。水槽が多いからナマズは四十センチメートルくらいだろうと思えたが、写真から想像するのはフクロウ
「鳥をみて
ふしぎがあふれてくる」
ニシキテグリを確認するための長い作業が、少し斜めになっているエイとヒラメ
「シーラカンスは
恐竜より古く三億年ほど前に発生し
いまも大昔のままだ」
カンガルーを見て、フラミンゴだ!パンダ叫ぶ
「トビウオ
きみは そのむかし
どのようなことであったのか」
このカレーライスは……なんだろう テーブルなのか
「河ではワニが白腹を青空に曝(さら)しっと」
もっと魚のように犬は食べなさいと言われ、屋根が言われていた。するとペンキが光るスヌーピー

今回、「」の中はハルキ文庫の『川崎洋詩集』(2007)から
……
隣に参考資料のように、小学館の図鑑NEO POCKET『魚』(2010)。



あとがき

第4号の「あとがき」を書いている。友人が「3号で終わりだ」と悪口?とも取れる言葉を思い出して書いている。確かに私個人の力量では友人の言うことは正しいと思う。ところが、作品が集まって来るのだ。電子詩誌の魅力なのか。紙の本にして、ページ数を気にすることはない。極論だが、作品の数を心配することもない。
と気軽に書いているが、肝心なことが抜けている。この詩誌の方向性だ。また、筆が止まりそうになってくる。(阪井達生)
 
とうとう第4号まで来てしまった。1年前には創刊に向けて熱っぽく話し合っていた。<note>というソフトに可能性を求め、文字、音声、画像の三位一体のメディアの発信に漕ぎつける着ける予定だった。
第3号を前に技術面での柱であった和比古が体調を崩し、いまだ回復にいたっていない。不安定な飛行を続けながらも、ともあれこの1年の締めくくりに向かう。得たことも多い試みだった。紙媒体とは違った便利さと柔軟性、ここに新たな機能性を加えて、来年こそはより進化した<詩ぐ魔>を目指したい。(松村信人)

《投稿規定》

未発表の詩。投稿料は無料。自由に投稿していただいて結構です。掲載するか否かは編集部にご一任ください。校正はありません。行数、字数は自由。横書き、できればWordファイルで下記の編集委員のいずれかにメールでお送りください。メール文での作品を送っていただいても結構です。季刊発行で、3,6,9,12月の隔月10日の予定。各号の締め切りは2,5,8,11月のそれぞれ月末です。ご質問はメールにて受け付けております。

関連リンク(随時募集中)

和比古  https://note.com/note8557/n/nb90c621353ab
澪標   https://www.miotsukushi.co.jp /


∑詩ぐ魔(第4号)

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発 行  2022年12月10日
編 集  和比古  hirao@chem.eng.osaka-u.ac.jp
     阪井達生 ryu.2010.nesukun@docomo.ne.jp
     松村信人 matsumura@miotsukushi.co.jp
協 力  山響堂pro.
発行所  澪標 
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