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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 4.「…トレビアンって…あれっ」①

4.「…トレビアンって…あれっ」

 十一月も半ばになって、朝晩急に冷え込んでくるような季節になると、バビロン大学のポプラ並木も黄金色に色づいてくる。金色の並木道と、その下ににょきにょきといたるところに設置されている立て看板が目立つようになると、バビロン大学の大学祭「秋霊祭」の季節なのである。「秋霊祭」という名前はほかの大学の大学祭の名前と比較するとかなり変わっているのだが、魔法学部が主であるこの大学らしい名前といえないこともない。ちなみに既に百年以上の歴史がある由緒正しい大学祭なのである。

 もっとも大学祭なんてものは、名前は違っても内容はさほど違うものではない。だいたい三日間の日程で、クラブやサークルが展示や模擬店を出して活動をアピールしたり、アマチュアバンドのコンサート大会が開かれたり、後夜祭にはダンスパーティーが開かれたりというものである。それから最近は学生だけでなく講座のほうも「オープンキャンパス」を開いて来場する市民に研究の紹介をするというのも当たり前である。
 当然のことながらこれだけ大掛かりなイベントとなってくると、準備のほうも大変である。大学祭一ヶ月くらい前から構内には立て看板がぞろぞろ並び始めるし、昼休みや放課後、さらには一週間くらい前になると授業すらそっちのけでバンドの練習をする光景がいたるところに出没する。講座のほうは講座のほうで、これまたオープンキャンパスの準備で一騒動なので、研究は完全にそっちのけになる(幸い時期として院生の論文が終わった直後なので都合はよい)。
 特に今回はコージたちの講座の発案(つまりポリーニのアイデア)でファッションショー風講座紹介…「秋冬バビロン大学コレクション」というすばらしい企画が持ち上がってしまったもので、各講座とも例年になく準備に力が入っているようである。それはそうであろう…わざわざプロのプロデューサを招いてショーをプロデュースする上に、結構な予算を使って宣伝までするのである。

 実は講座というやつは学校の予算だけではなかなか経営が苦しいことが多い。研究機器を買うためにはかなりなお金が必要だし、ガラス器具やガスボンベのような消耗品一つとってもお金は必要である。ということでたいていの講座は大学の予算配布以外にもいろいろな収入をかき集めていることが多いのである。政府の科学技術研究費に応募してみたり、どこかの民間企業とタイアップしてみたり、はたまた研究費を援助してくれる団体と提携したり、それこそ血のにじむような努力をしていることも多いのである。というか、実は教授の最大の仕事は研究でも学生の指導でもなく、お金集めではないかという声もあるほどである。
 そんな中でのこういうイベントであるから、それこそ各講座とも準備に熱を上げるのは当然のことである。市民の注目を集める「研究成果の宣伝」に成功すれば、そのまま企業とのタイアップや研究成果の製品化などに道が開ける可能性があるからである。ただの大学祭ぐらいではそんな効果がわけもないのだが、どうやら今回は結構派手に外部にも宣伝することになっているらしい。というか、そのためにわざわざプロのプロデューサを招聘したの(という話)である。

 もっともある程度内幕を知っているコージたちには、今回のファッションショー企画がそんな切実な事情から登場したものではなく、ポリーニの私利私欲的思いつきとセルティ先生の悪乗りから走り始めたということがよく見えているので、ほかの講座がだんだんヒートアップして、話が大きくなってきているのを見ても「うーん」という気がしてしまう。「大々的に宣伝するためにプロデューサを招聘して」とさっき言ったが、真相は逆で「ポリーニの知り合いのプロデューサに手伝ってもらうために話を持ちかけたら、だんだん話が大きくなった」なのである。まあしかし今更そんなことを持ち出しても仕方がないし、大風呂敷を広げたのはポリーニの知り合いのファッションブランドのプロデューサ氏なのだから、それなりにきちんとプロデュースしてくれるものと割り切るしかない話である。

 とはいえ、魔法工学部の各研究室のヒートアップはかなりのものである。ほとんどの講座が教授自ら陣頭指揮を執って、出し物の準備やらなにやらにいそしんでいる。講座一つにつき持ち時間がたったの八分しかないし、まったくの素人の目を引くようなものにしないといけないのである。もちろん背景とかBGMとか、あとナレーションはプロデューサの側で準備してくれるというので、研究室側は見せたい成果そのものをでっかい模型にしたり、図にしたりすればいいわけである。ポリーニのように研究成果を着て練り歩くことができる講座は少数なので、大体は山車のようなものを作ってパレードをするという形になる。まあこの辺は五年に一度バビロン全体で祝われる「バビロンカーニバル」のパレードでおなじみの形式なので、各講座とも多少なりともノウハウはあるのである。

*     *     *

 コージたちのお隣の講座、シュリ・ヤーセン研究室でも当然のことながら今回のイベントの準備に大騒ぎしているようだった。シュリ・ヤーセンというのは過去何度も登場したこともあるので覚えておられる方も多いだろうが、ポリーニに匹敵する変人発明家である。というか、院生であるポリーニと違って彼は一応立派な「講師」先生である。(この講座にはいろいろあって現在教授や助教授は欠員で、講師であるシュリが筆頭なのである。)

「あ、コージ君、みぎてくん、いいところへ…」

 コージたちがシュリ研究室の前の廊下を歩いていると、まるで狙っていたかのようにシュリの声が部屋から飛んできた。もう十一月と言うのに研究室のドアを開けっ放しにしているのであるから、廊下を通る(であろう)コージたちを待ち構えていたのであろう。この廊下はコージたちの研究室からトイレや生協に行く最短ルートであるから、毎日頻繁に通過する二人を待ち伏せするのは極めて容易である。

「…みぎて、シュリに呼ばれてるぞ…」
「…俺だけ犠牲者にするなよコージ…」

 呼び止められた二人はひそひそ声で相談する。これもいつものことなのだが、みぎてたちを実験台にしたがるのは別にポリーニ一人ではない。同じ「自称天才発明家」のシュリだっていつも実験台を求めているのである。そんなに実験台がほしければ、自分のところの学生でいいのではないかという気もするのだが、この辺は腐れ縁というか…シュリがまだ助手先生だったころからのお約束である。相手が「魔法工学博士」で「講師」だという立派な事実があるにもかかわらず、コージたちがシュリを呼び捨てのため口で話せるのは、何度も実験台にされているという「貸し」が高山並みにたまっているからである。

「今回はお客さんがいっぱいいるんだから、危険なのはだめってわかってるよな」

 研究室に入ったコージはシュリの用件も発明品の内容を聞く前からいきなり釘を刺す。ポリーニも結構ひどいが、シュリの発明品は大掛かりなものが多い分トラブルを起こしたときの影響も大きい。巨大ロボットやでっかい花火などを平気で作るのである。その点今回は大学祭ファッションショーでお客も多い。あらかじめきちんといい含めておかないとまずいわけである。
 するとシュリは平然と言った。

「ノンノンノン、この天才発明家の発明品はいつも完璧じゃないですか。リスクなどあろうはずがありませんよ」
「…似たようなこと、俺さまこの間ポリーニに聞いたけど…」

 ボサボサ髪を掻きながらシュリは心外そうにコージたちに答える。この変人発明家は二年前に結婚したばかりなのだが、結婚前後は多少ましになっていたものの、最近はまたしても元のボサボサ髪の青びょうたんに舞い戻っていた。しかし「あたしの発明はいつも安全よ」とかその辺のせりふは、ポリーニだって毎度同じことを言う。それで毎度大騒ぎになるのだから、発明家のこんなせりふほど信用できないものはない。
 が、シュリはちょっと表情を変えて、意外なことを言った。

「ところでちょっと気になっていたんですが…最近お二人ともちゃんと栄養取ってます?」
「えっ?」
「顔がなんていうか、少しこけたような気がするんですよね。貧乏魔神との同居はなかなか大変なのはわかりますし…」
「…貧乏魔神って、なんだか貧乏神みたいな言われ方…」

 二人とも学生の身の上でお金がない、というのは事実なのだが食うものが食えないほどの悲惨な状態ではない。とはいえシュリはシュリなりにコージたちのことを心配してはくれているのだから、好意はありがたく受けておくのが大人の対応だろう。
 それはそれとしても、二人とも「顔がこけた」というのはちょっと意外な指摘である。当人達はそこまで感じていなかったのだが、ひょっとするとあの「おからクッキーダイエット」の効果が出ているのかもしれない。

「ちょっとやせたように見えるかなぁ…俺さま毎日飯我慢してるんだけど…」
「ダイエットですか!それは興味深い!もしかして今度の大学祭対策ですか」

 シュリは感心したような(ちょっとあきれたような)表情で、二人の顔やら胴回りやらをしみじみと見る。「少しはやせたかなチェック」…ダイエットという話題になるとかならず誰もがやる素直な反応である。が、残念ながら服装がヒップホップ系だぶだぶのシャツとかジャケットなので、体型の変化はぜんぜんわからないようである。

「うーん、なかなか厳しいようですねぇ。ファッションモデルなんてものはスリムな体型でないと勤まりませんからね。うちの講座はその点は安心ですが…」
「…安心って…まあ出し物にもよるし…」

 まあショーの出し物がファッション系でないなら、別にファッションモデルのようなスリム体型になる必要はない。が、なんとなく今回はそういう意味ではなさそうである。微妙な余裕の笑みが怪しい…

「…もしかして、なにか試作品つくっただろ?また…」
「えっ?変な発明品?俺さま逃げる…」

 ぴんときたコージはシュリにずばりと指摘する。こういうちょっと得意げなシュリの表情は、間違いなく試作品の紹介…というか実験の前触れである。というかこういうところはポリーニもシュリもまったく同じなので、発明家共通のサインなのである。

「そこのメタボ魔神、逃げなくても大丈夫です。今回は実験ではありません…完成品ですから」
「…メタボって俺さまちょっとショックなんだけど…」
「まあ太ってるのは間違いなからあきらめろ」

 みぎてがメタボリックかどうかはともかく、どうやら今回は既に実験段階は終わり、完成品をコージたちに見せびらかすという企画らしい。といっても今まで散々失敗作でひどい目にあってきたコージたちであるから、完成なんて言葉は毛ほども信じていない。実験台にならないだけ幸いと思うだけである。
 シュリは得意満々の表情で、向こうのほうで作業をしていた学生に合図をした。すると学生は隣の部屋から布をかぶせた大きな像のようなものを台車に乗せてくる。なんだか美術室にある彫像のような感じである。

「…これは?」
「…これさえあれば、プロのファッションモデルなど必要ありません!ご覧ください!」

 シュリが合図をすると、学生はヴェールをさっと引っ張る。と…中からはまったく等身大の裸の人形が現れる。顔やら腕やらはリアル、それもなかなか素敵なファッションモデル体型なので、どう見ても百貨店なんかにいるマネキン人形である。関節のところが可動式らしく、継ぎ目のようなものがある。

「…マネキンじゃん…これのどこが発明品なんだ?」
「百貨店にあるやつだろ?俺さまも見たことある」

 いまひとつこの発明品の斬新さがわからず、コージもみぎても首をかしげる。が、シュリは呆れ顔でコージたちに言った。

「だめですねぇ二人とも。マネキン人形じゃファッションモデルの代わりはできませんよ。ではスイッチ、オン!」

 シュリが手元のスイッチを入れると、驚いたことにマネキン人形は…そのままのポーズでゆっくりと数センチ空中に浮かび上がり、前進し始める。

「…リニアモーター式マネキン人形…」
「役に立つのか微妙だよなこれって…」

絵 武器鍛冶帽子

 たしかに重いマネキン人形が自走するというのは、それなりに悪いアイデアではない。が、そこまで大発明かといわれるとそれも微妙である。まあしかし、今回のようなイベントの場合、マネキンに服を着せて、モデル代わりにランウェイを自走させるという作戦だとすれば、それはそれでイケてるかもしれない。少なくとも「モデル自身が研究成果です」というのはアピール力はあるからである。実用上なにも問題がなければ、の話だが…
 コージは一つだけ気になっている点をあげてみた。

「でもちょっと気になるんだけど…これってターンできるのか?」
「もちろんですよ。御覧なさい!」

 シュリはコージの指摘に、これまた得意満々になってもう一つのスイッチを押す。するとマネキン人形は空中に浮かび上がったまま、こまのようにスピンを始める。というか、これはターンではなくもはやきりもみ大回転の世界である。

「どうですこの見事な回転!最大回転数は一分間に三五〇回転です!」
「…それってなんの役に立つんだろ、コージ…」
「…ドリルアタックするとか、目からビームを出して全方位攻撃するとか…それくらいしか思いつかない…」

 くるくると高速で回転を続けるマネキン人形を前に、コージはあきれていうしかない。と…案の定ここでトラブルが発生する。高速回転のGに負けて、腕がスコーンと吹っ飛んだのである。抜け落ちた腕はまるでロケットパンチのように壁に飛翔し、豪快な音を立てて激突する。

「あぶねぇぇぇっ!」
「ありゃ…まだ強度が不足していたようですね。もう少し関節部分を強化せねば…」
「っていうかそれよりそんな回転速度要らないんだから…」

 ロケットパンチが人に激突すれば大怪我間違いなしという、かなり危険なトラブルだったにもかかわらず、シュリはまったく平然とそんなことを言う。これだからマッド発明家はやばいのである。というかこれが観客の目の前だったらと想像するだけで、コージは頭が痛くなってくる。
 というわけで、二人は自走式マネキンの改良を開始するシュリと学生をその場に放置し、そそくさと研究室から脱出したのである。

(4.「…トレビアンって…あれっ」②へつづく)

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