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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 1.「発明品だって最新流行のデザインを」②

 講座についたコージたちは、案の定廊下でわめいている女性二名の姿に迎えられた。ポリーニとセルティ先生である。セルティ先生というのはコージたちの所属する講座の教授…つまりコージやディレル、そしてみぎての担当教官である。理系の大学教授にはやや珍しい女性の、それも結構美女なのだが、当然ながら魔法工学部の教授なので外見にだまされるとひどい目にあう。
 ポリーニのほうは、これまた毎度レギュラーなのでご存知かとおもうが、コージやディレルと同じ講座の仲間で、実はコージを中学のころから知っている幼馴染でもある。もちろんコージだけでなくみぎてにとっても毎日会う、とても仲のよい仲間ではある…いくつかの問題点を除けば、であるが。
 が、今はそんなことを説明している場合ではない。とにかく女性二人はコージやディレルの姿を見つけるなり、大変な剣幕で文句をつけ始めたのである。

「ちょっとぉ~、みんな遅いわよ!あたしを何十分待たせるつもり!」
「ディレル君心配したわよ。いつも早いのに今日に限って遅いじゃないの」

 どうやら二人とも今日に限って講座のドアの鍵がかかったままなので、廊下で待ちくたびれていたようである。といってもいつも必ずディレルが一番で登場して、部屋の電気をつけたり、湯沸かし器の準備をする…というのは、単にほかのみんなが甘えているだけの話なのだが、こういうときにそんなことを言っても無駄である。いや、それ以前に二人とも(というかコージを含めた講座の院生全員と教員は)講座の鍵を持っているはずなので、わざわざこんな廊下で待ちくたびれる必要などないはずなのだが…

「すいません、ちょっと家でいろいろあったんですよ。でもみんなも鍵持ってるんだから…」
「そんなこと言ったっていつもはあんたがいるじゃないの。あたし部屋の中に鍵置いたままよ」
「私も今日に限って忘れてきたのよねぇ。守衛さんにマスターキーを借りてこようかと話していたところなのよ」
「うーん…それって僕に頼りすぎじゃ…」

絵 武器鍛冶帽子

 どうやらポリーニだけでなく、セルティ先生すらディレルを当てにして鍵など忘れてきたようである。これで急にディレルが風邪を引いて休み、などとなっていたら大変なことになっていたに違いない。とにかくそういうところを見ても、この講座がいかにディレルで回っているのかよくわかる。
 もっともたしかに今日のポリーニの荷物はいつもよりもかなり多い。普段はコージたちと同じように財布や筆記用具、本の入ったかばん程度なのだが、今日はそれ以外に大きな紙袋を三つも持っている。中身が何かという問題はあるのだが(いきなり不吉な予感はするのだが)、この状態で廊下で三十分というのはちょっと大変というのもわからないこともない。
 ともかくこれ以上こんなところで騒いでいるというのも何なので(どうせ女性陣を論破できないことはいつものことである)、ディレルは早速かばんから鍵束を取り出して研究室の鍵を開ける。今日はちょっとスタートが遅いのだが、さっさとお茶でも入れてこの二人の文句を封じてしまうのがよい。というわけでディレルは急いで部屋に入り、早速やかんに水を張ってお茶を沸かし始める。ポリーニやセルティ先生、それにコージたちもぞろぞろと研究室に入って朝の準備を始めた。

 ところが…さっきから傍らでこの荒ぶる女性陣を(こわごわ)見ていたみぎては、小さな声でコージに言った。

「…コージ、ポリーニの荷物…あれ、なんだろ?」
「…やばいと思ってるだろ?俺も絶対やばいと思ってるし…」
「…だよなぁ…」

 どうやらコージだけでなく、この魔神もポリーニの荷物の放つまがまがしいオーラ(といっても彼らが勝手に妄想しているだけだが)に、内心かなり恐怖しているようである。いつものことなのだが…ポリーニの荷物といえば、もうこれはほぼ確実にみぎてやコージにとってはどたばたというか、災厄の始まりを意味しているからである。

*     *     *

 研究室の朝の定例作業…つまり恒温機やドラフトチャンバー(有毒ガスが出てくる実験などをするときに使う排気装置のことである。魔法工学部の研究室にはかならず設置されている)の電源を入れたコージたちは、これまた朝の恒例…お茶タイムをはじめた。もちろんお茶を飲みながら全員で今日の予定とかを確認するのである。研究室なんてものは、先生方も院生もみんな自分の仕事や研究でまちまちのスケジュールで動いている。そのため朝一番に一度は顔を合わせて予定とかの確認をしないと、講座全体の行事などの連絡ができないなどの問題がでてくるわけである。まあもっとも朝一番にはおいしいお茶をのんで一息つきたいというのが一番大きな動機という気もしないこともないのだが…
 ディレルがいつもの通りおいしい紅茶を入れて(彼の入れる紅茶はかなり絶品である)、講座の主要メンバーが教授室のソファーに腰掛けると、朝の打ち合わせ(?)の始まりである。といっても今日はセルティ先生は残念なことにじっくりお茶を飲む時間は無いようだった。

「じゃ、あたしは教授会行ってくるわ。戻ってきたらディレル君もういっぱい紅茶お願いね」
「だから朝あわてていたんですね…鍵を忘れて」
「まあそういうことなのよ。じゃ、後お願いね」

 セルティ先生は大慌てで紅茶を飲み干すと、ファイルを持って部屋を飛び出してゆく。どうやら朝一番で教授会の予定が入っていたらしい。道理で講座の鍵を忘れてあわてるわけである。
 教授室に残ったメンバー…コージとみぎて、ディレルとポリーニ、それから助教授のロスマルク先生は今日の予定とか、連絡事項とかをちょっと話し合ったり、それから雑談(まあたいていこちらのほうが割合が多い)したりである。もちろん今朝の話題はディレルの朝のトラブル…妹さんのファッションねたである。

「でもさ、ディレルの妹さん、最近はどんな服着てるんだ?」
「あー、うん、結構すごいよ。今年はレギンスが流行だって言ってるんだけど、今朝も赤とか黄色とかのしましま模様のレギンスにして…」
「それってかなり派手だよなぁ…」
「レギンスってなんじゃね?」
「これだから年寄りはだめよねぇ。スパッツみたいなものよ」
「…股引っていったほうがわかりやすいような気がしますけど…」

 どうやらロスマルク先生はレギンスという言葉を聴くのははじめてらしい。まあこの初老の助教授先生に最新流行ファッションを求めるというのは無理があるので、こういう反応は当然である。
 とはいえレギンスが女性に流行というのはコージも少しは聞いたことがあるのだが、実際のところはいまひとつぴんとこない。なにせコージもみぎても大学と自宅の往復がほとんどで、最新流行ファッションにはちょっと疎いのである。が、今のディレルの説明を聞く限り、ディレルの妹さんのファッションはかなり派手(赤や黄色のしましまというだけで、少なくとも配色は派手である)なのは間違いなさそうである。
 もっともこの場にいる唯一の女性であるポリーニは、多少意見が違っているようである。

「何いってんのよあんた達~。レギンスなんて最近誰でもはいてるわよ!」
「ええっ!だってポリーニがはいてるの、僕は見たことないですよ。」
「そんなの当然よ。研究室にそんなものはいてきても誰も気がつかないじゃない」
「…っていうか、俺さまポリーニって白衣姿しか見たことないや…」

 みぎての爆弾発言にポリーニはじろりと怖い顔でにらみつける。人間界では女性のファッションにけちをつけることはタブーである。それでなくてもポリーニと舌戦をして勝てる男性はなかなかいないのだが…
 ファッションに疎い男性陣にあきれ返ったのか、ポリーニは肩をすくめてコージたちに言った。

「いいことあんた達。最近は男の子だってレギンスはくのよ。格好いい男の子はみんなそうだわ」
「ええっ?そうなんですか?」
「ぴちぴちのタイツみたいなやつだろ?うーん、想像つかねぇや…」

 首をかしげるみぎてやディレルに対して、ポリーニはますますあきれ返り、かばんの中から雑誌を取り出す。「バビロン・ストリート通信」…コンビニとかで売っているファッション雑誌である。表紙に出ているモデルを見れば、たしかにハーフパンツの下にカラフルなスパッツのようなものをはいている。ただ問題はどう見ても対象は高校生向けという感じである上に、モデルは全員痩せ型…少なくともみぎてのようながっちり筋肉デブではない。それどころか中肉中背のコージやディレルですら不合格なのだから、こんなファッションが彼らに似合うわけがないだろう。
 しかしポリーニはそんなことは毛ほども考えていないらしい。ぺらぺらと雑誌をめくって特集ページを開いた。

「この冬の着こなしはこれよ!おしゃれじゃない」
「…うーん、どうなんでしょう…なんだか貧相って思いませんか?」
「モデルだから痩せ型だし、髭生やしてるからなぁ…」
「足首の太さなんて俺さまの半分ないんじゃねぇのか」
「あんたたちが単にデブすぎなのよ!」

 こうすっぱり言われてしまうとコージたちに反論などできるわけはない。雑誌のモデルが格好いいというのは、コージたちがどう思おうが世間が認めた事実なので、服が似合わないのも太すぎて体型が合わないのも全面的にコージたちの責任なのである。
 しかし…ちょっと気になることは、この雑誌が明らかに男性向け雑誌であるということである。レギンス特集ページに載っているモデルはもちろんのこと、ほかのページだってみんな男性モデルである。それに後半には…これは男性ティーンエージャー向き雑誌によくあるのだが、ちょっとエロ関係のネタ(「彼女とヤル時のABC」とか、「夏の初体験」とか)が満載である。これはどう考えてもポリーニが普通に買うような雑誌ではない。何か明らかに特別なたくらみがあって持ってきたのである。というかコージの予想は、十中八九「あれ」である。

「…ところでポリーニ、お前この雑誌…」
「そういえばそうですね。これって男の子向け雑誌ですよ…」

 コージが恐る恐る疑問を口にすると、ディレルもどうやら同じことを考えていたらしく、不思議そうに賛同する。もちろんその表情にはどこか危機感のようなものが見え隠れしているのだから、おそらく彼の予想もコージと同じなのである。
 すると案の定ポリーニは平然と彼らにいった。

「そりゃもちろん研究よ。発明品だって最新流行のデザインを取り入れないと格好悪いじゃない。」
「…ま、またかよっ!」
「最新流行ファッションの、発明品…ねぇ…」
「ま、まさかワシも対象じゃないじゃろうな…」

 コージもみぎても、そしてディレルやロスマルク先生すら、毎度恒例となったポリーニの迷惑コーナー…つまり発明品予告に、せっかくの朝の紅茶が凍結してしまいそうなほど凍りついたのは、これまたいつも通りのことである。

(2.「面白いアイデアを考えたのよ」①へつづく)


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