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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 5.「ダイエットは無駄にしないわよ!」②
さて、時刻も十時を回るとさすがにコージたちも体育館へと向かうことになる。今回のモデル役はみぎてとコージとディレル、それからなんとセルティ先生が自ら出場である。実はセルティ先生はエルフ族ということで、年齢を伏せてしまえばそんじょそこらのモデルと十分張り合える立派なグラマー美人である。「仕方ないわねぇ」とか言いながら実は最初から出る気が満々だったのは誰の目にも明らかだろう。まあ女性はいつだってファッションモデルは憧れの職業なのである。逆にポリーニのほうはといえば、みぎてやコージにダイエットを強いていながら、本人のほうは「デザイナーが表に出てどうするのよ」とか何とか言ってランウェイに立つ気はまったく無いようだった。まあたしかに着付けとかそういうこともしなければならないということを考えると、全員がお立ち台に立つのは問題があるのだろうが…なんだか釈然としないのが本音である。
体育館に着くと、まだ開場前だというのに周辺は人ごみでいっぱいである。もちろん学生なんかも多いのだが、どこからやってきたのかわからない派手な化粧のおねーちゃん(バビロン大ではついぞ見かけないおしゃれな種族なので、おそらくはどこかの女子大生)やら、雑誌関係者らしい腕章をつけた人、それからシンさんのようなテレビ関係者までがうろうろしている。
「チケット完売もいいところみたいですね…すごいというかなんていうか…」
「普通のファッションショーもこんな感じなのか?ポリーニ…」
「ちがうわよ、普通のファッションショーってこんなに大衆的じゃないわ。『オペルクラリア』とかその辺の高級ブランドだと、セレブな人ばっかりよ。やっぱり『ダブル・ダウン』はその点若者向けブランドだから…」
コージやみぎてのような貧乏学生にはまったく縁の無い話なのだが、実はファッションショーというやつは、かなりお金持ちの人種しか行くことは出来ないイベントらしい。そもそもああいうイベントを開催するブランドは高級ブランドが主で、『購買層に新作を紹介する』という目的である。ということは招かれる客も必然的に大金持ちになるというのは当たり前だろう。
ところが今回はメインになっているブランドが『ダブル・ダウン』、つまりコージたちだって手が届く、大衆向けヤングカジュアルである。だから観客だってファッションに敏感なバビロンっ子広くに開かれているわけである。まあその分ファッションモデルも学生モデル…というよりコージたちのような自前モデルなのだから、お客だけでなくスタッフまで大衆向けヤングカジュアルなのである。もっともそういう素敵なカジュアルファッションにセレブも興味があるからこそ、芸能人まで今回来場しているのだろう。
さて、コージたちはスタッフということで、一般客とは別のルートから開場前に体育館に入る。昨日行ったランウェイ横のたくさんある控え室である。どうやらこの控え室スペースは参加する各講座に一室づづ割り当てられてるらしい。扉にちゃんと「セルティ講座ご一行様」と書いてあるところでわかるわけである。
部屋の中にはテーブルが一つとパイプいすがいくつも、それから衣装掛やら鏡台やらが並んでいる。
「鏡台がいくつもありますね…これってもしかしてメイクとかするためのものですか…」
「もちろんよ。あ、男の子はそっちの荷物の隅で着替えてね。これがみぎてくん、こっちがコージね…」
「おっけー…やっぱり俺さまレギンス?!」
「当然よ。レギンスならキャットウォークで太もも擦れないでしょ?『あらくれヒップアップレギンス』、セクシーじゃないの」
「また破けないといいですけどねぇ…」
先日の大失敗にもかかわらず、どうやらポリーニはみぎてにまたしても補正レギンスをはかせるという暴挙に出ることにしたようである。といってもさすがに改良くらいはしたのだろうが…まあたしかに先日からの難問「太ももが太すぎてキャットウォークが出来ない」だって、レギンスなら解決する。ただし少なくともみぎての桁外れな精霊力に対応した作品でないと、群衆の前で先日の赤っ恥が再現されてしまうことになるのだが…
顔を引きつらせて、しかしあきらめたように着替え始めたみぎて達だが、さらにそれを追い討ちするようにポリーニは予想外のことを言い出した。
「あ、レギンスつけたら上着はまだ着ないで。メイクがあるから」
「…えっ?俺さま、メイクするの?」
「みぎてくんだけじゃないわよ。全員メイクして当たり前。だって舞台よ!」
「化粧品はあるのかしら?私は自分の分があるからいいけど…」
「先生の分も含めてあるわよ。ただの化粧じゃなくていろいろインパクトを出すためにちょっと特殊メイクしないとだめだし…」
「特殊メイク???」
特殊メイクということは、SF映画のエイリアンやホラー映画に出てくるゾンビのようなすごい顔にするということである。たしかにインパクトは百倍かもしれないが、あまり商品の売込みにはプラスになるような気はしない。「格好いいファッション」が「恐怖のファッション」になってしまうからである。(ポリーニの発明品自体が恐怖であるという根本的な問題はこの際無視する。)
「じゃーん!これはゲル状ですぐ固まるから、素敵なメイクが出来るわ!」
「…これってシリコンみたいなもの?」
「そうよ。メイク用にあたしが開発したの!顔の表面に塗りつけて盛り上げれば、上から塗料でいろいろ描けるわ。生傷とかあざとかいくらでも作れるのよ」
「…ってことは発明品かよ!」
ただでさえも「メイクをする」というだけで、げんなりしてしまったコージたちなのに、それがよりにもよって「ポリーニの発明品」である。とはいえファッションショーで化粧なしというのは確かにありえないのはわかるので(今の今まで気がついてなかったのだが)あきらめるしかない。
「俺さま、かぶれたらどうしよう…」
「…うーん、ポリーニを信じるしかないですよ。僕も不安ですけど…」
「…本番終わったらすぐはがせば大丈夫…と、信じたい…」
ということで、コージたちは鏡台の前に座って、ポリーニの手自ら顔にシリコンを塗られたり、塗料でいろいろ描かれたりするはめになったのである。
* * *
さて、みぎて達のメイクが大体終了したころになって、いよいよ控え室にまで大音量の音楽が響いてくる。メイクやら着替えやらで大騒ぎをしていたのでまったく気がついていなかったのだが、どうやらとっくの昔に開場になって観客は体育館に入っているらしい。
「コージ、ちょっと様子見てこようぜ」
「あたしも行くわ!興味あるじゃない」
「そうだな、貴重品もってけば大丈夫だろ…」
というわけで、結局全員で控え室から会場の方へと向かうことになる。もちろん会場はチケットを持っている人しか入場できないし、ランウェイのすぐ傍はセレブな人たちの特等席なのだが、スタッフ参加している彼らは例外である。(もちろん座ってじっくり見ることはできないが、ちらりと見る程度なら問題はまったく無い)
ちょうど今は農学部の連中が、丸々太った牛や馬を連れてランウェイを歩いている。こんなのがファッションショーに出てくるなんて前代未聞に違いない。観客も生で見る牛に大いにインパクトを受けているようである。これのどこがファッションショーなのかというと、どうやら牛を連れている連中の着ている農作業着がファッショナブルな新作らしい。たしかにデニム地のつなぎにいくつもポケットがついていて、刺繍なんかもかわいい。ニュースでちょっと話題になった『イケてる農作業着』のたぐいだろう。
が、ちょっと気になったことは、モデルの服がどうもみんな薄いということだった。半そでとか、タンクトップとか、ハーフパンツとか、あと色は白とかパステルカラーなど、どう見ても夏の服という感じなのである。
「コージ、なんだかちょっと寒々しくないですか?今十一月ですよねぇ…」
「うーん、そうだよなぁ…下手すると水着とかも出てくるかもしれない…」
コージもディレルも首をかしげることしきりである。と…案の定本当に水着ファッションまで登場する。男性用ならサーファータイプの水着から、競泳用としか思えないハイレグカットのビキニ、女性用はバレオタイプやら見えそうで見えないきわどい水着までのオンパレードである。女性はどうやらプロのファッションモデルを使っているらしく、プロポーションも完璧である。男性のほうは水泳部員を動員したのだろう、さすがに下手なファッションモデルなんかより身体もよく、こういう場合ずっと格好よく見える。
「もしかしてこれって、来年の春夏コレクションじゃないかなぁ…」
「ええっ!そうなのか?」
ディレルの推測に驚くコージとみぎてだが、後ろのポリーニは呆れ顔で三人に言う。
「当たり前じゃないの!ファッション業界って、半年以上前に次のシーズンのラインナップを発表するのよ。そうじゃないと契約とか生産、間に合わないわ」
「…ってことは僕達が着るのも、夏服なんですか?」
「もちろんよ!セクシーに行くわ!あんた達のダイエットは無駄にしないわよ!」
「…ますます不安になってきたぜ、俺さま…」
こんな肌寒い季節に真夏のファッションをするということなどまったく予想もしていなかった三人は、春夏コレクションにまったく似合わない凍りついた表情を浮かべて笑うしかなかったのは言うまでも無い。
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順調にショーが始まったのを見たコージたちは、今度は(まだ出番までは結構時間があるので)プロデューサのケリー氏のところへと行くことにした。もちろんポリーニやセルティ先生は挨拶なのだが、コージたちはちょっと違う。正直な話を言うと、「どんなとんでもない演出をしでかすか」が急速に不安になってきたからである。
「コージ、俺さますっげー心配なんだよな。あの雪…」
「…今となってはみぎてくんの心配、僕も同じですよ。夏服ですよ。下手するとビキニですよ!」
「…うーん、人工雪発生装置がなぁ…」
冬服だろうが人工雪がつらいみぎてはもちろんのこと、トリトン族ということで、水着には縁が深いディレルだって警戒心丸出しである。なによりこの場合はポリーニが悪いのではなく(十一月では春夏コレクションが常識、といわれると納得せざるを得ない)、そんなショーに人工雪をバンバン降らせようとするケリー氏が問題なのである。せめてちらほらと小雪が舞う程度の演出にしてもらわないと、彼らはまとめて地獄を見てしまう。
ケリー・マケイナス氏はプロデューサの特等席…正面スクリーンの右隅(全体がちゃんと見えて、すぐに指示を出せる場所なのである)の裏側にある秘密の席に陣取っていた。まあこういう最終段階になると、プロデューサ自身はどっかりと構えているもので、ほとんどがタイムテーブル通りに進んで行くもののようである。もちろん突発のトラブルも多少は起きているかもしれないが、ケリー氏まで慌てなければならないということにはなっていないのだろう。観客の様子をチェックしながら、どうやらちょっとアルコールまで飲んでいるらしい。
「ケリーさん!無事開催おめでとうございます~」
「すばらしいショー、感動ですわ!」
ポリーニとセルティ先生が絶賛の言葉とともにケリーに挨拶すると、ケリーはにこにこ笑いながら、ちょっと赤い目をして(獣人族はお酒を飲んでも顔は赤くならないのだが、目は真っ赤になるのである)いつもの調子で軽快にしゃべり始める。
「オーッ!出だしは好調ネ。これもポリーニさんやセルティ先生のおかげネ!」
「あたし達もがんばらないと~。出番も近づいてきたし」
「素敵な演出するヨ~、ダイナミック!期待通りだヨ!」
「ダイナミック」という猛烈に不安を掻き立てる一言に、コージやみぎてはまたしても凍りつくが、ポリーニやセルティ先生は大喜びである。「人工雪」で「ダイナミック」となると、なんだかどうしてもブリザードか雪崩しか思いつかないのだが、とてもじゃないが釘をさせる雰囲気ではない。と…残念なことにスタッフがやってきてケリーになにか耳打ちをする。
「あー、ゴメーン。トラブル起きたみたいだから、また後でネ」
「あ、お忙しいところありがとうございました。よろしくお願いします~」
どうやらどこかでなにかトラブル(設備かなにかだろう)がおきたらしく、ケリーは忙しそうに席を立ち走り去ってゆく。そんな姿をポリーニとセルティ先生はうれしそうに、コージやみぎては不安たっぷりに見送るしかなかったのである。
(6.「そうだな、度胸だけはあいつ」へつづく)
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