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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー③「…それもある。それも…」

3 「…それもある。それも…」

 さて、それから二日たったのだが、どうもポリーニの風邪は一向によくならないようだった。結局翌日(今日から見れば昨日なのだが)はお休み、そして今日もまだ(そろそろ始業時刻なのだが)姿を見せないのだから、これはかなりひどいようである。

「あ、コージ。ポリーニ今日もダウンだってさ。」
「やっぱりなぁ」

 受話器を置いたディレルの報告に、コージは納得したようにうなずく。どうやら今の電話はポリーニの自宅かららしい。本人なのか家族の人なのかはしらないが、とにかく今日も彼女はお休みということである。まあおとといポリーニの様子を一番正確に確認したのはコージであるから、あの風邪がそう簡単に治るわけは無いことくらいは想像がつく。熱もかなりあったのだから、数日は休んだほうがいいに決まっている。

「コージ、ポリーニ大丈夫かな?」
「うーん、そこまで心配することは無いと思うがなぁ…」

 二人のやり取りを聞いていたみぎては心配そうにそういった。どうもこの魔神は相当ポリーニが心配なようである。風邪でお休みというのは、人間族の場合(魔神と違って)そんな珍しいことではないので、そこまで心配することは無いと思うのだが、やはりみぎては「人間族の病気」というものが不安で仕方がないらしい。まあたしかに風邪で肺炎を起こして死ぬとかそういうこともあるので、なめてかかるとまずいのは間違いないのだが…それにしてもちょっと心配しすぎという気もする。
 するとみぎては首をひねって面白いことを言った。

「なんていうか、ポリーニいないとちょっと寂しいんだよな。どたばたが無くて…」
「…みぎて、それどたばた中毒」
「あはは、みぎてくんらしいですよね。でも同感だなぁ…」

 思わずのけぞってしまいそうなみぎての発言だが、実はコージもディレルも同感である。だいたい毎日のようにポリーニが変な実験とかを発明品とかを振り回して、コージとみぎてを追い掛け回すというのがお約束となっているのに、ここ二日はそんなどたばたが皆無なのである。研究室が静まり返ってなんだか気持ち悪いくらいだった。そこで「物足りない」と感じてしまうということは…認めたくは無いが、どうやらみんなそろって「どたばた中毒」なのである。

「まあでも風邪って普通は数日で治るものですから、大丈夫だとは思いますよ。それにポリーニのお父さん、お医者さんなんだし…」
「そうそう、またすぐ騒がしくなるって。休んでる間に思いついた発明品がぞろぞろ…」
「うげぇっ!俺さまそれ怖い」

 風邪をひいていようが寝込んでいようが、彼女が発明をお休みするということだけは、絶対にありえない…これもまたコージたち三人の共通見解である。風邪が治ればその分たまっていた発明品が彼らを束になって襲ってくるのは確実だろう。
 つまりこの静寂は、あくまでつかの間の休息に過ぎないということである。笑ったほうがいいのか嘆いたほうがいいのかわからないのだが、結局三人ともげらげら笑ってしまったのは言うまでも無い。

*       *       *

 さて、午前中は瞬く間に過ぎて、お昼休みの時刻となる。ここセルティ研究室ではだいたいお昼ご飯時はできるだけ一緒に食べるという、大学の講座では珍しい風習がある。(普通の講座は、各人の実験スケジュールにあわせて適当にご飯を食べるというのがあたりまえである。)まあここの研究室は教授から学生までとても仲が良いので、こういう古き良き風習が生き残っているのである。

「それにしても彼女が風邪って珍しいわね。講座に来てから初めてじゃないのかしら?」

 教授のセルティ先生は、とんかつ弁当をうまそうに食べながらそんなことを言った。この美貌の女性(理系の大学教授が女性というのは少数派なのだが、さらにかなりの美人である)に、風邪が珍しいとか言われるとちょっと困ってしまう話なのだが、しかしたしかに記憶に無い。というよりこの講座での病気ネタといえば、助教授のロスマルク先生の腰痛とか、一度コージが熱射病になりかけたとか、その程度なのである。珍しいといえないことも無い。
 が、セルティ先生のこんな軽口にディレルは苦笑して答える。

「まあでも先生、気をつけたほうがいいですよ。他の講座でも風邪流行ってますし…」
「そうねぇ、シュリくんのところも三人ダウンしてるって聞いたわよ。あそこからうつったんじゃないかしら…」

 「シュリくん」というのは、お隣の講座の講師のシュリ・ヤーセンのことである。今年講師に昇格したばかりのこの風変わりな先生は、実はポリーニと互角の「発明マニア」で、みぎてたちを実験台にしたがるところまでまったく同じである。わずかな違いといえば、ポリーニは「変な服」とか「実用品っぽいもの」(あくまで、っぽい)を作るのに対し、シュリはロボットとかそういったメカ系発明が多い程度である。
 しかし感染源がどこであれ、お隣の講座で風邪が大流行しているということは、たしかにこの講座でもいつ風邪が流行してもおかしくないということである。一昨日聞いた話では、魔神族だって風邪をひくということであるから、種族性別にかかわらず(美女でもなんでも)気をつけないといけない。外から帰ったらうがいをするくらいのことはしたほうがいいだろう。

 しかし助教授のロスマルク先生は、困ったように(しかしやはりロースしそ巻き弁当を食べながらである)言った。

「しかしこまりましたな。ポリーニ君に学会の参加書類をわたしておかないといかんのですよ」
「あらやだ、まだだったの?来週だったわね締め切り。困ったわね」

 これは切実な問題である。研究生ともなると当然学会発表も年に数回はある。ちょうどポリーニが発表する予定の学会の申込締切が来週なのである。論文そのものは後から提出なのでよいとしても、申込書だけは出さないと都合が悪い。しかし彼女のあの様子では、今週一杯お休みする可能性も充分ある。まあ実は申込書が手に入ったのは昨日今日ではなく、もう二週間以上前である。ロスマルク先生がうっかり忘れていたのがこのピンチの原因なのだが…ちょっと天然ボケの入ったこのおじいさん先生にこの辺を突っ込んでもいまさら仕方がない話である。

「じゃあ僕がお見舞いついでに帰りに行ってきましょうか?ちょっと気になるし…」

 人の良いディレルは笑いながら(ロスマルク先生のうっかりミスだと気がついているのである)フォローする。とにかく彼女が今週休むかもしれないとなると、自宅に書類を直接届けるのが一番確実だというのは間違いない。まあそうでなくてもお見舞いをするというのは、同じ講座の友達として望ましいことである。別に見舞ったからといって風邪が治るわけではないのだが、こういうことは気持ちの問題である。
 みぎても同じことを考えていたらしく、(うまそうにわらじサイズのとんかつをほおばりながら)諸手をあげて参加表明である。

「あ、じゃあ俺さまも行く。コージも行くよな」
「えっ?うーん…」

 ところが…当然のように同意を求めるみぎてに、意外なことにコージは渋い表情になる。これにはみぎてだけでなく、ディレルもちょっと驚いた。

「えっ、お見舞いだぜコージ?行ったほうがいいって」
「うーーーん、それは…」
「…コージ、さては…なにか秘密あるんですか?」

 大人の常識として、お見舞いというものは「行こう」と誘われると断るわけにはいかないものである。少々めんどくさかろうが「病人を励ます」という行事を、特に友達としては反対することなどできようはずはない。ということは…
 どうやらコージは単に「めんどくさい」とか「風邪がうつるかも」とか、そういう理由で渋い顔をしているわけではないようである。というよりコージの複雑そうな表情を見ただけで、「ポリーニの家にお見舞いに行く」という行為が、「ディレルの家に遊びに行く」とはまったく違う…騒ぎの危険を伴っていることがもろばれである。たとえば…

「ひょっとしてポリーニの家って、発明品だらけだとか…」
「…それもある。それも…」
「…なんだか俺さま、それ聞いただけでちょっと不安がよぎってきた…」
「『それも』ってことは、それ以外もあるんですよねぇ…」

 コージはどうやらポリーニの家に行った事があるらしい。実はコージは中学生のころからポリーニを知っているので、いろいろ過去の秘密も知っているのである。(もちろんポリーニもコージの秘密を握っているのだが…)当然ポリーニの家の実態を知って、これだけ躊躇しているのである。となると…これは墓穴である。それもかなり大きな墓穴なのは確実のようだった。

「じゃ、ディレル君、みぎてくん…くすくす、じゃあ遠慮なくお願いするわ。」
「…言い出した手前引っ込みがつかないじゃないですか、先生…」
「…これって、ひょっとして俺さま墓穴?」
「学習しろよみぎて」

 必死に笑いをこらえて、セルティ先生はディレルたちをこの「危険な配達係」に任命する。言いだしっぺのディレルはもちろん、大いに賛同したみぎても断れるはずが無い。微妙に顔を引きつらせながら、みぎてとディレルはこの大変な任務を引き受けざるを得なかったのである。

*       *       *

 ということで三人は夕方五時過ぎに学校を出て、ポリーニの住むウェストメサ地区へと向かうことになった。三人、というのは当然ディレルとみぎてとコージである。一応あの時点で任命を受けたのはディレルとみぎてということになっているのだが、二人ともポリーニの家には行ったことはないという理由で、結局コージも同行することになったのである。まあもっともこれは口実で(一応ランドマークといってもいいほどのでっかい病院なのだから、地図を見れば行けないはずはない)、あれだけ昼間に二人をびびらせた手前、さすがにコージとしても同行せざるを得ないわけである。もちろんコージ一人で講座に残ってもつまらないというのも大きいのだが…
 バビロン中央バスターミナルでバスを乗り換え、三人はいよいよウェストメサ地区のある新市街へと向かう。困ったことに時刻はちょうどビジネスマンが帰宅する時刻なので、朝ほどではないがバスは結構混んでいる。みぎてのような大柄な乗客はそれだけでちょっと邪魔になってしまう。

「みぎて、ほんとにお前ラッシュに不向きだな…」
「うーん、俺さまもそう思う。っていうかバスで通学って俺さま絶対無理」
「まあみぎてくんぐらいの体格の人もバスは使うと思うんですけどねぇ…」
「こいつの場合、さらに発熱量が問題なんだよな」

 ディレルの言うとおり、みぎてぐらいの大柄の人だって(人間族ではめったにいないだろうが、鬼族とか獣人族なら結構いる)バスには乗るのだから、これくらいで迷惑とか言い出したら人口の一割くらいはバス禁止になってしまう。が、実はみぎての場合もうひとつ問題があって、炎の魔神族なので満員のバスだとさすがに暑苦しいのである。季節は幸い晩秋(風邪が流行するくらい)なのでまだましなのだが、これで真夏だったとしたら、エアコンを最大出力にしても死人が出るのではないかという気もする。もっともバスというものは炎の魔神族が人間界に住んでいるということなど前提としていないので仕方がないといえばそうなのだが…

絵 武器鍛冶帽子

 さて、バスは旧市街の境目である旧城壁の北門を抜けて、いよいよ新市街地へと入る。コージたちの住む旧市街と違って、新市街は町並みも新しく整然と区画整理されている。なにより道が広い。

「コージ、ファミレスいっぱいあるな。あ、あそこもだ」
「なんだか食う場所ばかり探しているみたいに聞こえるぞ、みぎて」

 乗客も少し降りて、ようやく窓から外を見る余裕ができた三人は、夜の新市街の町並みを観察をはじめた。こういった新しく開けた場所というのは、たしかにファミレスとかコンビニがやたら目に付くものである。広い土地が確保できるので、大きな駐車場が必要なファミリーレストランには都合がいいのだろう。郊外型の店舗、というやつである。が、それにしてもちょっとそういう店ばかりをチェックしすぎという気もする。

「出発前に何か喰っときゃよかったかな、腹減ってきた」
「…やっぱり…」

 よく考えると学校を出たのが五時過ぎで、それからお見舞いのお土産を買って、バスを二本乗り継ぎであるから、もう六時はとっくに回っている。魔神でなくてもおなかが減ってきてもおかしくない時刻である。

「さっきの『夢魔』で僕達もなにか食べておけばよかったですね。帰るの八時過ぎじゃないですか?」
「うーん、あそこ俺さまちょっと苦手なんだよな。甘すぎて…」

 実は今日のお土産は、ポリーニ御贔屓の洋菓子店「夢魔」の甘い甘いケーキである。練乳たっぷりの劇甘ケーキと、要塞としか思えない巨大パフェが有名な店なので、女性には人気があるらしい。が、コージたち男性陣の共通見解ではちょっと甘すぎである。もちろんお見舞いのお土産である以上、別にコージたちが苦手だろうがポリーニが好きならそれでいいのだが…
 しかしポリーニの家に迷わずたどりついたとして、順調にお見舞いしておしゃべりして、適当に引き上げてくるというスケジュールを計算すると、どう考えても解散は八時過ぎである。たしかに軽く何か食事をしておいたほうが良かったかもしれない。

「バス降りたらコンビニでおにぎりでも買って食べますか?」
「あ、それ俺さま賛成。お見舞い中に腹へって倒れたら困る」
「みぎて、ポリーニのうちで恥ずかしいことするなよ。腹減ったとか口走ったり」
「うっ!わかってるって…ちょっと自信ないけど」

 お見舞いに行って、向こうでお茶菓子とかをご馳走になるというのはよくある話だが、こちらから「腹減った」とかいって請求するのは大顰蹙である。この食欲魔神は食い気で失敗することが一番多いので要注意だろう。やはり念のためコンビニおにぎりで多少は空腹を緩和しておいたほうがよさそうである。
 そうこうしているうちにバスはいよいよ坂を登り始め、目的のウェストメサ地区…「セント・レジオネラ記念病院」へと近づく。夜なので周囲は良く見えないが、昼間ならばこのあたりは豪邸ばかりのセレブな町並みが目にできるはずである。いや、こんな夜でも(なんとなくではあるが)、一軒一軒の敷地が段違いに大きいことがわかるほどである。

「やっぱりすげぇよなぁ。ディレルの風呂屋とどっちが大きいんだろ…」
「うーん、敷地で言えばうちもあまり変わらないと思うんですけど、ほとんどがお風呂ですからねぇ…」

 よくよく考えるとたしかにディレルの家(銭湯潮の湯)も面積的にはこれくらいはあるのだが、居住スペースで考えると完敗である。ましてやみぎてとコージなどは相変わらず六畳1Kの狭い学生アパートである。ここらへんのお屋敷の一室にすら勝てないような気がする。
 さて、バスは坂を登りきると、幹線から右に曲がって少し細い道に入る。同時に車内のスピーカーから自動音声のアナウンスが流れ始める。

「次は『レジオネラ病院前』。御降りの方はお近くのボタンを…」
「あっ!次だぜっ!押すっ!」
「みぎてぇ」
「小学生みたいですよそれ…」

 嬉々として降車ボタンを押す魔神に、思わず二人は突っ込みまくりである。まあコージだって子供のころは降車ボタンを押すのは楽しみだったのだから、人のことをぼろくそにいえたものではないのだが、こんな巨体の魔神が「降車ボタン早押し」っていうのもちょっと恥ずかしい。案の定、他の乗客からの好奇の視線が一気に集中する。まあ魔神が街中にいるということだけで既に好奇の的なので、いまさらどうということもないのだが…やはり今回のこれはダメである。
 しかしそんなことでもめている暇もなく、バスはさっさと目的地…「レジオネラ病院前」バス停に滑り込んだ。馬鹿話でもたもたしていると乗り越してしまうので、三人は大慌てで下車するはめになる。当然料金箱のところで小銭を探してどたばたすることになるのもお約束だろう。

 ということでようやく三人はポリーニの住んでいるという、「セント・レジオネラ記念病院」にたどり着いたのだった。この段階で既に三人とも充分騒いだという気もするのだが、もちろんこれからが本番なのは言うまでも無い。というか、この程度でいろいろ騒ぐこのトリオでは、とてもじゃないが平穏無事な「お見舞い」になることなど(たとえポリーニが病気で元気が無いとしても)ありえないことは自明である。
 コージは今回もまた爆笑騒動だらけになってしまうことを、早くもこの段階で完全に覚悟していたのは言うまでも無い。

(④へつづく)

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