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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 6.「そうだな、度胸だけはあいつ」

6.「そうだな、度胸だけはあいつ」

 コージたちが控え室に帰ると、いよいよ出番が近づいてきたとのスタッフからの連絡がすぐに入った。予想以上に会場内を泳ぎ渡るのに時間がかかったというのもあるし、それ以上にちょっと時間進行が早めになっているのである。まあこういうショーは普通は進行が遅れがちになるものなので、多少余裕を見てスケジュールを組んでいるのだろうが、遅れずに進行しているということはすごいことである。

「あと五つですね。三十分ちょっとと思ったほうがいいかな…」
「うーん、緊張する。俺さまひょっとすると最大のピンチかも…」
「…最大のピンチって…まあたしかにそれはありえるかも…」

 この魔神には珍しく、みぎては今回相当緊張しているようで、なんだかどうも落ち着かない様子である。まあ雪攻撃を我慢して颯爽と歩けというだけで、炎の魔神にしては相当ハードルが高い話なので、やはりそれなりに全身に力が入ってしまうのだろう。

「コージ、なんか食うもの無いか?なんだか急に腹減ってきた」
「ええっ?みぎてくんここでまた食べるの?お昼ちゃんと食べたんだしダイエット中なんだから我慢しなさいよ!」
「うーん、緊張すると俺さま腹減るんだよな。それにダイエット、今日で終わりでいいんだろ?」
「まあそうなんだけど、ねぇ~」

 ポリーニはかなり渋い顔を丸出しにする。あわよくばこのまま筋肉デブ魔神をスリムな細マッチョ魔神にしてしまおうという考えがあったのかもしれない。
 コージはこっそり持ってきていた、やきそばパンやジュースを魔神の前に並べた。こんな場合、絶対といっていいほどこの魔神が腹が減って困るという、同居人の経験則である。それに本音を言うとコージだってたいがいダイエットには飽きていたので、みんなで食べるつもりだったのである。と…意外なことにディレルも紙袋からやっぱりサンドイッチやらから揚げやらを取り出す。このトリトンもまったく同じことを考えていたのだろう。

「あと三十分しかないから、急いで食べないとダメですよ。僕もたべようっと」
「もう~っ!食べ過ぎて服が入らなくならないように気をつけてよっ!でもあたしももらうわ」

 ということで一同は最後の決戦準備に腹ごしらえを始めた。空腹でランウェイの途中でこけたりすると最悪である。自棄かもしれないが、ここは飯を食って腹をくくったほうが良いだろう。

「あ、皆さんおそろいですねー。ポリーニ君に脱帽してもらうすごい発明品をお見せしますから、期待していてくださいね」
「あっ!シュリ!『動くマネキン』大丈夫なのかよ?」
「もちろん完璧です!真夏だろうが大雪だろうが完璧に動作しますよ!」

 向こうの控え室にいたらしいシュリがポリーニたちに挨拶をしにやってくる。まあもともとお隣の講座なので、スケジュールだって近いのは当然だろう。どうやら例の「リニアモーターマネキン人形」を使ってパフォーマンスをやるらしい。先日の無意味な大回転ロケットパンチとかがどのように改良(安全確保)されたのかどうかはわからないが、とにかく自信満々な様子である。

「やる気ねっ!あたし達もやるわよ!シュリにだけは負けたくないわ!」
「負けるとか勝つとか、別に無いと思うんですけどねぇ…」
「ウケよ、ウケ!芸能人が来ているショーなのよ!」

 シュリの得意げな表情にポリーニはいつものとおり対抗意識を激しく燃やす。といってもいまさらどうにかなるというわけではないのだし、それ以前に別にコンテストというわけではないのだが、どうしてもライバル意識がめらめらと燃え上がってしまうのである。

 さて、コージたちは残ったわずかな時間で最後の準備を行う。化粧が崩れてないか(ものを飲み食いしたので、多少は手直しが必要である)とか、あといよいよ上半身や小物をつけて、鏡で最終チェックをするとかそういう作業である。コージは白のノースリーブシャツに格好いいジーンズ、ハイカットのブーツにそれから樹脂製のブレスレットという、見た目どこが発明品なのかよくわからないスタイルである。

「これのどこが発明品なんだよ?」
「あ、それ?ブーツは超強度樹脂を入れた安全靴なの。スタイリッシュな安全靴っていいでしょ?それからブレスレットはあたしの特許品の魔法発光樹脂、ジーンズはエコを考えた空き瓶をリサイクルした繊維で…」

 一言聞いただけでぞろぞろと説明が並ぶのがいつものポリーニの発明品コーナーである。普段だったら解説だけで軽く二十分はかかる。といっても今日は時間も無いので、全部を聞いているわけにはいかないのがありがたいというか危ない(結構失敗作が多いので)というか、難しいところなのだが…
 みぎては例のヒップアップレギンスの上に、これまたベルトそのものを肩から腰に十字につけるという、えらく露出の多いファッションである。明らかにボンテージ系ファッションというか、一部の方面で人気の出そうな危ないコーディネートである。

「いいでしょこれ。魔神らしくてすごくセクシーじゃない!」
「…っていうかこれ、街中歩けるか?」
「なに言ってるのよ。ファッションショーは別に街中をこれで歩くって限らないわ。水着なんかみんなそうじゃないの。それにみぎてくんの魔神ファッションだったらこれといい勝負じゃない…」
「ううっ、そういわれると俺さますげぇ痛いんだけど…」

 確かに魔界でのみぎての服…革パンツに前垂れ、上半身は裸ででっかい金属のこてとブーツという、魔神そのもののファッションの場合、このボンテージファッションと大して違いは無いといえないことも無い。ただしこのボディーベルトは明らかに縛り…つまり、SM系のイメージが付きまとうことだという問題点がまったく無視されているのだが…

「ディレルくん…ほんとにご愁傷様ねぇ…」
「僕、お嫁にいけないですよこれじゃあ…」
「お嫁にじゃないだろお嫁じゃ…」

 ディレルの服装に至っては、これは真夏のビーチ専用の素敵過ぎる水着である。新開発の「水の抵抗を極端に抑える樹脂コート」ということで、なんだか革のような風合いのショートスパッツタイプ水着に、上からこれまたビーチ用の派手なアロハシャツ、さらにはビーチサンダルである。アロハのほうはコージのつけているブレスレットと同じ魔法発光繊維なので、夜になると蛍のように光るのがきれいといえばきれいなのだが、不気味という声も無いではない。ビーチサンダルはこれまたリサイクル樹脂である。
 さすがに女性のセルティ先生はここまでイカれたファッションではない。みぎてのはいているヒップアップレギンスの女性用と、上はリサイクル繊維のキャミソール、それから上に羽織っているレースのガウンは実は中空繊維の中に香りの成分を入れたというものだった。まあこれならやたらセクシーではあるが許容範囲である。が、これでは無意味な特殊メイクがとても気になってくる。

「思うんだけど…これって特殊メイクの必要あるのかしら…」
「いいじゃないの先生!要はインパクトよ!みぎてくんみたいな筋肉ボディーは傷だらけのほうが絶対格好いいわ」
「俺たちは別にいらないような…」
「…もういいですよ、時間も無いですし…」

 要するにシリコン特殊メイクもポリーニの作品なので、絶対にはずしたくないのである。別にジーンズとか、ボンテージとか、水着とかで特殊メイクをする必要なんてまったくないにもかかわらず、彼女は頑として譲る気はないようだった。特殊メイクがあろうが無かろうが、一世一代の恥をさらすことが確定してしまったディレルは、もはや完全にあきらめの境地である。
 と、そのとき会場のほうから爆笑が聞こえてきたのである。

「あらっ、シュリ君のところね…爆笑が聞こえるわ…」
「あっ!あいつなにやったんだろ?俺さますっげー気になる」

 どうやらシュリは、あの「動くマネキン」を使ってなにかパフォーマンスをやったのである。会場全体で割れるよう笑い声が巻き起こっている。コージ達は大慌てで(もう出番の直前なので)舞台の袖に移動して、シュリのショーをのぞいてみる…と…

「やだっ!マネキンが空飛んでるじゃないの!」
「…大回転空中飛行…」

 見るとランウェイの上方に、シュリのマネキンが竹とんぼのように回転しながら浮いているのである。もちろん服を着たままなので、ばたばたとはためいてかなり間抜けである。ファッションモデル代わりのマネキンのリニアモーターシステムをつかったのか、それとも例の一分間に三六〇回転の超高速スピンをつかったのか…おそらくはその両方だろう。とにかく実用性はまったく無いのだが、インパクトだけは最高に違いない。観客の笑い声がその証である。

「うぬぬぬぬっ!やるわねシュリ!負けてられないわ!みぎてくん、セクシーに歩いてよ、セクシーに!」
「…努力する…」

 ヒートアップするポリーニに、みぎてはしぶしぶ答える。が、実際できるかどうかは本番にならないとわからないのは当然のことである。
 そうこうしているうちに、シュリの「空飛ぶマネキン」は舞台から姿を消し、音楽が変わった。ついにコージたちの出番がやってきたのである。

*     *     *

「引き続きまして、魔法工学部応用魔法学科セルティ研究室の作品をお届けします。テーマは『魔法素材の可能性』…」

 淡々とした女性のアナウンスの声が流れてきた。と、同時に会場内の照明がぱっと明るくなり、スクリーンには真夏のビーチの映像が映し出される。

「じゃあ僕からですね…」

 かなり緊張した面持ちのディレルは、しかし颯爽と舞台へと歩き始めた。水着とアロハとビーチサンダル姿なので、背景とばっちり合っている。初めてのキャットウォークなのだが、それなりに格好がついているところがたいしたものである。

「新素材を中心に真夏のアイテムを作ってみました。まずアロハシャツは発光性の繊維を使い、夜間でもおしゃれな着こなしが目立つように工夫をしています」

 例の「魔法発光性繊維」のアロハシャツの説明である。ランウェイの中心まで歩いたところで、ディレルの服の解説に合わせるように背景が急に夜に変わる。するとアロハシャツから赤や黄色に輝く蝶の模様が浮かび上がってくる。こういう光りものはもともととても受けがいいので、会場全体でざわめきが巻き起こる。

「ディレル、これでお嫁にいけるんじゃないの?」
「うーん、ありえるかも…お嫁じゃないけど」

 それなりにモデルらしく歩いて格好をつけるディレルの姿に、みぎては思わずコージにささやいた。いつもどちらかといえば世話役で人のいいディレルが、こういう場所で堂々としているのは大変ポイントが高い。さっきは「お嫁にいけない」とか不安がっていたが、これだけしっかりとモデルをこなせば、ひょっとすると彼女の一人も出来るかもしれないという気がしてくる。
 ディレルの堂々とした歩き方にちょっと触発されたコージは、いよいよ舞台の端に立つことにした。ディレルが戻ってくると同時にこちらを出発しないといけないからである。フットライトに照らされてしまえば、観客の姿はほとんど見えなくなるので緊張も吹っ飛んでしまう。

「GO!」

 スタッフの合図とともにコージは舞台を歩き始める。同時にコージに合わせた解説が流れてはじめる。

「現代のエコな時代には、優れたリサイクル繊維の研究は欠かせません…」

 残念なことに音楽に乗ってリズミカルにキャットウォークをするコージには、解説のせりふはほとんど聞こえなかった。一番の理由はもちろん緊張である。が、解説はコージの背中のほうから流れてくるので、正面を向いているコージには「音は聞こえても聞き取れない」という現象がおきるのである。とはいえ別にどんな解説が流れようが、ランウェイの先端まで歩いてポーズを決めるということは同じである。「自分はテレビにも出たことがあるから格好いい」(実際一度グルメ番組にみぎてと一緒に出たことがある)と思い込んで、悠然と歩くしかない。
 ランウェイの先まで行って、胸を張ってポーズを決めて、再び戻ってくる…その間にコージは汗びっしょりになっていた。フットライトは暑いし、それに猛烈な緊張である。が、ともかくなんとか舞台の袖に戻ってくることができた。

(みぎて、がんばれ!)

 舞台の袖の近くで、ちょうど今出発したばかりの魔神とすれ違う。コージは目でみぎてに応援の合図を送る。炎の魔神はわずかに緊張した面持ちで軽くうなずく。

「大丈夫ですよ。みぎてくんは僕やコージより何倍も度胸はありますって」
「そうだな、度胸だけはあいつ、ほんとにすごいし…」

 今までも何度もコージはみぎてと一緒にどたばた騒ぎに直面してきたが、たしかにあの魔神はどんなときでもまっすぐ突っ込んでゆく勇気を持ち合わせていた。この程度で緊張しすぎて倒れるとか、そういうことはまず考えられない。そんなみぎての度胸を見て、コージだっていつも勇気を出してきたのだから…まあもちろん多少の失敗はあるかもしれないが、そんなことはいつものことである。

「…今年の流行、男性用のレギンスにセクシーさを追求しました…」

 さすがにみぎての太すぎる太ももでは、いくらダイエットしたといっても完全なキャットウォークは無理のようである。が、それはそれで格好は悪くない。というより男性が無理にキャットウォークをするというのも、こうしてみるとどうかなという気がしてくる。みぎてのように筋肉のしっかりあるモデルの場合、遠慮なく筋肉質の男性らしい歩き方をすればいいのだろう。そういう点で今回のみぎてのウォークは十分な合格点であろう。少なくとも全力をつくしたという気はする。
 みぎての後にセルティ先生が出発すると、ディレルはほっとしたようにつぶやいた。

「なんとかなりましたね…これでおしまいかな…」

 本音を言うと服はともかく、この変なメイクだけはさっさと取ってしまいたいからである。シリコンとはいえなんだかごわごわして気持ち悪いのは間違いない。
 ところが残念ながらまだ彼らの出番は終わりではなかったのである。

「あの女性が戻ってきたら、全員でもう一度出てください」

 スタッフがそうコージたちに言ったのである。こういうショーにはフィナーレがつきものなので、全員でもう一度ランウェイに出て、デザイナー…つまりポリーニに拍手をするというのがお約束なのである。まあその程度ならたいしたことは無いので、文句を言うつもりは無いのだが…

「コージ、あのさ、雪はいつ降るんだ?」
「え?あ…」
「そういえばまだ出てませんね?予定変えたのかな?」

 戻ってきたばかりのみぎては、首をかしげて言った。たしかにあれだけ「雪を降らしますよぉ~」と言った割に、まったく今のところ人工雪が降るような形跡は無い。というかたしかに真夏のファッションをしているコージたちだから、予定を変えて夏バージョンのPVを流したのかもしれないが…
 しかし残念なことに疑問点を熟考する暇も無く、フィナーレの時間がやってきてしまったのである。

*     *     *

「最後にもう一度セルティ研究室の皆さんを紹介します」

 ナレーションに合わせて四人は早速もう一度ランウェイを歩き始めた。今度は四人が一緒なので気は楽である。コージは先日見た「バビコレ」のビデオを思い出して、観客に手を振ってみた。なんとなく感触はかなりいいという感じである。これなら…このまま平穏無事に終われば、今までに無い大成功かもしれない。
 彼らの後ろからポリーニが姿を見せる。観客からはお約束だが(受けが良かったのかはまったくわからないが)盛大な拍手が贈られる。ところが…

 突然背景のスクリーンが、今までの晴れたビーチから黒雲の映像へと切り替わったのである。雷鳴の音と稲光が画面を貫く。そして突然季節が真夏から真冬へと変わる。

「げげっ!」
「…このタイミングかよっ!」

 会場は見る見るうちに暗くなり、上空からふわふわと白いものが落下し始めた。明らかに…雪である。同時にランウェイに一陣の冷たい風が吹き抜けた。

「うわっ!」
「コージ、大丈夫か?」

 思わずみぎてはコージをかばう位置に立つ。さすがにこれは寒い…袖の無い夏服で真冬の寒気を食らえば誰だって寒いのは当たり前である。いや、コージがこの寒さであるから、海水パンツ姿のディレルなんてもっときついはずである。

「ちょっとこれ寒すぎですよ!」

 ディレルやセルティ先生も、思わず身震いしてみぎての傍に集まる。こういうときはさすがに炎の魔神が発する熱気がとてもありがたく感じる。
 人工雪はランウェイの両端からどんどん激しくコージたちの周りに降り注ぎ始めた。観客は突然の場面転換に驚きの声を上げる。こんな演出は珍しいのでみんな興味津々である。
 コージは雪の発生源である「人工雪発生装置」のほうをみた。そこには…ケリーと思しき犬獣人のシルエットが見える。どうやらなにかゼスチャーをしているのだが、それはあきらかに「もっともっと!」である。既にかなりの勢いで雪の粉は彼らを襲っているのだから、これ以上になったらほとんど吹雪かブリザード状態である。みぎての熱気が強力なので、なんとか彼らのところに届く前に消えているだけである。
 しかしケリーの合図に従ってスタッフは人工雪発生装置のボリュームを最大にした。まるで人工スキー場の雪を作る装置のような量の氷が、コージたちに向けて発射される。

「げげげっ!」

 みぎては全員を自分の熱気でかばいながら、何とか雪の攻撃を我慢していたが、さすがに限界に達したようだった。

「しかたねぇっ!」

 突然魔神は軽く空中にジャンプすると、その場で強い精霊力を放ち始めた。同時に逞しい背中から辛苦に輝く美しい炎の翼を広げ始める。普段街中では(邪魔になるので)隠している炎の翼である。背丈とほとんど同じくらいの見事な翼は、煌々と光を放ち、会場を明るく照らし出す。その美しさに観客達は歓喜と盛大な拍手をしはじめた。
 そのときだった。彼らの後ろからポリーニの声が聞こえた。

「今よっ!スイッチ、オン!」
「えっ?!」

 彼女の掛け声と同時にみぎてのつけているボディーバンドの留め金がまばゆい光を放ち始めた。そしてそこからレーザー光線のようなものが一気に広がる。レーザー光線は空中に舞う雪を照らし出し、あたかも人気アイドルのコンサートのように会場を赤や青に染めた。そして…

「あ…文字が浮かんでる…」
「こういう演出ね…」

 真紅に輝く魔神を中心に広がるレーザー光線は、雪をスクリーン代わりに文字を映し出したのである。「PRESENT BY セルティ研究室&ダブル・ダウン」…これがポリーニとケリーが用意した「すごい演出」だったのである。
 空中に浮かぶ魔神と光文字に、観客達は感動しながら盛大な拍手を惜しみなく続けたのは言うまでも無いだろう。こうして無事にポリーニの「作品発表会」は大成功に終わったのである。

絵 竜門寺ユカラ

*     *     *

「ね、ね、すごい演出だったでしょ?」
「…っていうか、みぎてが雪を我慢したらどうするつもりだったんだよ…」
「そしたらもっとパワー上げるにきまってるじゃないの!」

 ファッションショーが無事に終わったコージたちは、研究室にそそくさと戻って普段の服に戻った。本当は全部のプログラムを見たかったのだが、なによりも厄介な特殊メイクをとるのが最優先だったのである。ちょっと苦労してシリコンゴムの特殊メイクをはがした一同は、早速の反省会&お茶会である。

「うーん、まあ最悪でも文字くらいは出たんでしょうから、問題は無かったんでしょうけど…あらかじめ教えてくれたっていいような気もしますよね」
「えーっ、サプライズよ!やっぱりああいう機能はサプライズが素敵なんじゃない!ダイエットの苦労が報われたでしょ?」

 ポリーニはまったく悪びれる様子も無く彼らにそう言い放つ。まあ今回はたしかにポリーニにしては大成功の作品ばかりだったし、心配していた雪だってなんとか無事に乗り切ることが出来た。まあせっかくがんばってダイエットをしたのだから、あれくらいの大成功してくれないと困るというのもたしかにある。
 が、みぎては得意満々のポリーニに妙なことを言った。

「正直言って俺さま、直前に飯食っといて良かった…腹へってたらあんなの無理だった」
「ええっ?みぎてくんどういうこと?」
「腹へってたらやっぱり力でねぇよ。精霊力だって同じだぜ…」
「みぎてくん結構ハードなダイエットする羽目になってましたからねぇ…」

 ポリーニは気がついていなかったのだが、みぎては結構がんばってダイエットをした分だけ、いつもよりもかなり元気が無かったのである。人間だって腹が減れば力が出ないというのと同じであろう。というか、そういう弱音をなかなか見せないところは、この魔神のいいところでもあり欠点でもある。もちろんコージはそれでもちゃんと気がついていたし、ディレルだってわかっていたのだが(だから本番前にパンとかから揚げとかを買ってきていたのである)。
 するとセルティ先生は笑いながら言った。

「まあともかく成功してよかったわ。あんなセレブなお客様が来てたんだし、本当に心配したわよ」
「…でも先生も結構楽しんでいたような気がしますけどねぇ…」

 ファッションショーというネタに飛びついたのは、ポリーニだけではない。セルティ先生だって憧れのランウェイを堂々とキャットウォークしたのである。ここで「心配した」とか言われても説得力のかけらも無いのは当たり前だろう。ディレルの鋭い突っ込みにセルティ先生はくすくす笑ってごまかしながら、こんなニュースを告げた。

「あ、そうそう…さっきケリーさんから電話があったのよ。大成功を祝って今夜祝賀会をするからぜひ参加してくださいって…」
「えっ?祝賀会って飯だよな!俺さまいくっ!」
「みぎてぇ…まあでもダイエットは終わりだし、今夜はみんなで飲みたいよな」
「ケリーさんのあの謎のしゃべり方は、ちょっとおもしろいですよね…僕も行きますよ」
「もちろんあたしも参加よ!あたしがいなきゃ今日は始まらないわ」
「じゃあみんなで後片付けをしたら、会場に向かいますって返事をしておくわ」

 ダイエットから始まって悪戦苦闘したファッションショーである。せっかくの祝賀会なのだからみんなで参加するのは当然だろう。ダイエット明けの大宴会なので気をつけないとリバウンドしそうな気もするのだが…それも今日は忘れてOKだろう。
 ということで一同はわいわい騒ぎながら、ショーの後片付けを始める。脱ぎ散らかした衣装とか、特殊メイクの残骸である。衣装のほうはポリーニが回収して、今後の資料としてとっておくのである。
 が、衣装を集めて状態をチェックしていたポリーニは、突然叫び声をあげた。

「みぎてくん!ちょっと!」
「えっ?なんだよポリーニ…」

 恐る恐るみぎてはポリーニのところにやってくる。もちろんコージやディレルだって、あまりのポリーニの剣幕に驚いて集合である。すると彼女はみぎての前にレギンスを突き出した。さっきみぎてがはいていた衣装である。と…
 みごとにまたしてもおしりのところが破れていたのである。

「みぎてくん…また破いたのね!」
「…だって精霊力出すとき、力入れるからさぁ…もともとパンパンだったし…」

 どうやらさっきの本番で、炎の翼を広げて精霊力を発揮したときに力みすぎて、おしりのところが破れてしまったのである。まああんなサプライズな企画を準備したポリーニが悪いといえばそうなのだが、みぎてのほうも思ったよりやせていなかったということでもある。
 ポリーニはここでやっぱり、またしてもとんでもない宣告をしたのだった。

「もうー、予定通りウエスト五センチ減らしたらちゃんとはけるはずだったのよ!…ダイエット継続決定!」
「えええええっ!そんな~っ!」
「せっかくあたしがみぎてくんのために作ったんじゃない!これがちゃんとはけるようにならないと、デブ魔神の汚名が返上できないわよっ!あと一ヶ月くらいがんばってよ!」
「俺さま、もうだめ…倒れていい?」

 ポリーニのデブ魔神宣告とあと一ヶ月のダイエットを想像するだけで倒れそうという顔になって、みぎては頭を抱えたのは言うまでも無い。そんな魔神の姿を見て、コージやディレル、そしてポリーニすらげらげらと笑い始めたのだった。

(炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 了)

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