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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 8.「奥さんのためだし、許してあげるわ」

8.「奥さんのためだし、許してあげるわ」

「よっし、ここは一発いくぜっ!」

 みぎては意気揚々とベンチを立つと、アプローチに向かった。幹事と言うことでいろいろあって、みぎてたちのレーンはようやく今から第八フレームである。とにかくここでストライクを出さないと、蒼雷(ぴちぴちスーツ付き)が怒濤の男性陣優勝と決まってしまう。

「いくぜっ!いちっ、にのっ、さんっ!」
「やったっ!」

 さすがに気合いの入ったみぎての投球である。ボールはレーンを猛烈なスピードで走り、ピンを一掃する。ほれぼれするようなストライクである。

「いけますよ!みぎてくん」
「盛り上がってきたぜっ!へへへっ!」

 蒼雷にはちょっとかわいそうだが、ここでそうそう簡単に男子優勝の座を奪われるわけにはいかないというわけである。いや、この見事なストライクなら、プロが見ても舌を巻くかもしれない。事実エラ夫人は驚いたように手をたたいて絶賛している。

「さすが、さすが私の教え子です!その調子ですわっ!」
「エラ夫人もさすがにあのぴちぴちスーツがボウリング界を席巻するのは避けたいんでしょうねぇ…」

 いくら発明品に理解があるエラ夫人でも、やはりボウリング界が全身タイツだらけになる光景は見たくないのかもしれない。まあそれに数回とはいえ、夫人のボウリング講座で学んだ生徒ということもあるのだろう。とにかくここはありがたく声援を受け取っておくべきだろう。
 しかし当然ながら、そんなみぎてのストライクと周囲の大絶賛にカリカリするのはポリーニである。

「なによっ!あんなパワーばっかりのボウリングっ!蒼雷君、がんばって絶対勝つわよっ!」
「あ、ああ。はいはい…」

 見ていて哀れになる状況なのだが、もうこれはどうしようもない。というより蒼雷としてはさっさと最後の投球を済ませて、ぴちぴちタイツを脱ぎたいというのが本音であろう。

「さて、第七レーンの蒼雷選手、最後の投球です。ここでストライクがでればさすがに決定的でしょう」
「しかしあのぴちぴちタイツ、本当に暑そうですがねぇ…大丈夫なんでしょうか?」

 店長の妙に冷静な解説に、いよいよ場内は異様な盛り上がりを見せ始める。というかこうなってしまうと優勝争いより、むしろこの変な魔神同士の対決の方が、周囲の視線を集めている可能性すらある。ともかくいつのまにかギャラリーが蒼雷とみぎての後ろにうじゃうじゃと集まっているのだから、その可能性は高い。
 さて、ということで蒼雷はよたよたとアプローチに進み、ボールを手に構えた。興奮したポリーニの声が蒼雷を叱咤する。

「蒼雷くん!ストライクよっ!ストライクとらなきゃ『百叩き』だからっ!」
「百叩きって、それむちゃくちゃ」
「ポリーニ興奮しすぎですよ…」

 あきれかえるコージたちだが、ポリーニにそんなことを言っても無駄なのはいつものことである。

「ええっ!もうやけだっ!」

 蒼雷は完全にやけくそというような表情になると、投球姿勢に入った。が…

「あっ!」
「やった、蒼雷…」

 四歩目の左足を大きく踏み出した瞬間、ビリッという何かが裂ける音がして、そのままスーツの背中からお尻にかけてに亀裂が入ったのである。やけくそで力を入れたのが悪いのか、それともポリーニのスーツがぴちぴちすぎたのがいけないのか判らないのだが、ともかくスーツは見事に縦に裂けて、そのまま背中からお尻が丸だしになってしまう。ボールの方はレーンを転がって、なんとなく何本かピンを倒したようなのだが、誰もそんなものは見ていない。

「あーっ!破けましたっ!お尻が丸だしですっ!」
「いやあ、いつかはなると思っていたんです。ついにやっちゃいましたね。最後のステップが今回大きかったのが原因です」

 解説の店長さんは、この光景をボウリング場全体に冷静に中継する。と同時に、ボウリング大会の会場は爆笑に包まれることとなってしまった。かわいそうに蒼雷は、とっさにみぎてが投げ渡したスポーツタオルでお尻を隠して、大慌てで更衣室へとかけてゆくしかなかったのである。

*     *     *

 さて、こうなってしまうとみぎては最大最後のチャンスである。同じ魔神の蒼雷には悪いが、ここで大逆転を決めて(それでも優勝ではないが)、ポリーニの発明品にとどめを刺さなければならない。当然ながら周囲の注目もこの炎の魔神に集まってくる。

「ここでまずストライクが絶対いりますねぇ。結構ピンチですよ」

 結局蒼雷は一七五で終わったので、みぎてが追いつくためにはここから最低でもあと二つストライクが必要となる。わずかなミスも許されないかなり厳しい勝負である。ところがみぎてはにこにこ笑いながら指をぽきぽき鳴らした。

「だいじょうぶだいじょぶ。よっしゃあ、いくぜっ!」

 ピンチになるほど燃えてくるのがこの魔神のいいところである。意気揚々とみぎてはアプローチに立つと、軽く深呼吸をしてボールを構えた。

「コージ、みぎてくんどう?」
「まああいつこういう土壇場は強いから」

 長年のつきあいのコージである。みぎてが絶体絶命のピンチに強いことはよく知っている。(逆にここでこけると大笑いという時に絶対こけるというのもある。)まあ実際ストライクをとれるかどうかは時の運かもしれないが、全力の投球だけはできることは間違いないだろう。
 と、豪快な音がレーンに響きわたる。九フレームもストライクである。

「でたぁっ!ダブルだぁっ!」
「やったっ!」
「すばらしいですね。ローダウン投法の強みが遺憾なく発揮されていますよ」

店長の解説を聞くまでもなく、みぎての剛腕ローダウン投法の破壊力は一目瞭然だろう。ここにきて連発のストライクである。これでスコアは最低でも一三三、最終フレームでストライクがでれば、ついに蒼雷に追いつくことになる。

「よっし、最終フレームだぜ。泣いても笑ってもこれでラスト!」
「ですねぇ。まずはみぎてくん、確実にストライクですよ。」
「力みすぎるなよ、みぎて」

 みぎてはにこにこ笑いながら、ボールをタオルで磨いている。さすがに何度もゲームをやると、ボールがレーンのオイルでベトベトしてくるのである。
 しかしコージもディレルも正直ここまですごい熱戦を間近に見られるとは全く思っていなかった。それだけでもなんだかこの大会を開いてよかったという気がしてくる。まあ多少のどたばたこそあったものの、この調子なら最高のボウリング大会といってもいいだろう。

「じゃ、いくかっ!へへへっ!」

 魔神は勢いよく立ち上がると、いよいよ最終フレームの投球をするためにアプローチに向かった。

「さて、いよいよみぎてくんの最後の投球です。店長さん、いかがですか?」
「まずスコア的にはストライクが出せるかどうかですが、ボウリングはメンタル面が大きいスポーツなんで、そこで勝負が決まりますね」
「なるほど、メンタル面ですか…」

 解説のほうはもう好き勝手なことを言っているのだが、そんなことはコージたちの耳には入っていない。というかもうコージたちはみぎてを応援することで精一杯という気分である。
 魔神はボールを軽々手に取ると、じっと構えて狙いを定めた。気迫のようなものがコージにまで伝わってくる。そして…

「でたっ!ターキーですっ!」
「すばらしいっ!これはすごいっ!」

 魔神の投球はすごい勢いでレーンを疾走し、ピンをいっぺんになぎ倒す。見ている方が爽快になるピンアクションである。コージやディレル、そして見ているギャラリーまでがわき返る、そんなすばらしいストライクだった。

絵 武器鍛冶帽子

「さすがにすごいわっ!くやしいけど…」
「だから発明品じゃダメだって言ったじゃん。それより今度うちの氏子にマイボール奉納してもらおうかな」

 まだ勝負がついていないにも関わらず、更衣室から戻ってきたポリーニと蒼雷はみぎてのすばらしい投球を見て、感嘆しきりといった感じである。スコアはともかく、これだけ爽快なボウリングを見れば、やっぱり誰でもあこがれてしまうものなのだろう。とはいえ蒼雷の「自分の神社の氏子にマイボールを奉納させよう」という企画は、氏神としてちょっとどうかと思うのだが…

「これでついに魔神対決に決着がつくかっ!」
「次に六本で一七五ですから、これで一気にみぎてくん有利です。勢いで行ってほしいですね」

 スコア表示を見れば誰でもわかることなのでいちいち解説するようなことなのかとは思うが、ともかく第二投である。ここで魔神勝負にはけりが付く可能性は高い。もっとも大会の優勝争いはもっと上(エラ夫人とか、セルティ先生)なので、できればまだまだストライクをねらいたいところである。
 みぎては再びアプローチに立つと、おもいっきり球を投げた。が…

「あーっ!これは痛いっ!」
「ローダウンにありがちなスプリットです!ここで一七五、このままでは引き分けですね」

 今度はわずかに狙いがずれたようで、ボールはヘッドピンど真ん中に突き刺さってしまう。そしてそのままボールはピンを突き抜けて、左右二本づつを残す最悪のスプリットとなってしまう。ここにきて痛恨のミスである。

「げげげっ!最低!」
「うーん、とりあえずこの時点で蒼雷に追いついたけど…」
「こんなの取れるのかよ~」

 みぎてもコージもここしばらくのボウリング練習会で、何度かスプリットの経験はしているので、こういう場合スペアをとるのが本当に難しいことはさすがによくわかる。というかストライクよりスプリットメイクの方がずっと難しいのである。それもこんな大きく間隔の空いたピン配置では、ほとんど神懸かりでもない限り取れそうな気はしない。魔神でも無理なものは無理なのである。

「この場合、まあ左側の端をねらって右にピンをはじきとばす形が定番ですね。球威があるみぎてくんですから、可能性はありますよ」
「なるほど、あきらめてはいけないということですね」

 解説はえらく簡単そうに言うが、そうそう実際にはうまくゆくものではない。プロだって狙ってもなかなか成功しないものなのである。

「まあしかたねぇや。やるだけやってみるぜ」
「そうですねぇ…」

 みぎてがそういって最後の投球をするため、アプローチに入ろうとしたときである。

「ノンノンノン、こう言うときこそ私の発明品です」
「え?」
「シュリさん?」

 すでにゲームを終えたシュリが、コージたちのレーンの後ろから声をかけたのである。手にはさっきの変なメカっぽいリスタイ「フルメタルリスタイ」を持っている。もちろん今回の大会二ゲームの間、シュリはこの馬鹿でかいリスタイを装備してプレーしていたのだが、明らかに重すぎの欠陥品なのはさっき見たとおりである。
 が、シュリはにこにこ笑いながらみぎてを差し招いた。

「難しいスプリットの時こそ、このリスタイは威力を発揮します。ここと、ここのボタンを押すとあらかじめピンのパターンにあわせてセットされたプログラムが起動し…」
「…どうする?コージ…」
「まあしかたないか…シュリの結婚記念日なんだし…」

 とうとうと発明品を語るシュリの満悦した表情に、もはやコージもみぎても呆然とするばかりである。この段階にきてしまえば、どっちにせよスコア一七五は確定なのだし、シュリ夫妻のために開いたボウリングパーティーだということを考えると、ここはシュリの発明品につきあっても問題はないような気がする。あくまで危険がなければ、であるが…

「シュリさん、聞いときますけど、それ安全なんですよね
ぇ…」
「そりゃ当然ですよ。私が二ゲームプレーしてるんですから」
「まあそれはそうか…」

 ディレルは念には念を入れて安全性の確認をするが、シュリは自信たっぷりである。まあついさっきまで二ゲーム自分がこれをつけてプレーしていたので(スコアはともかく)、危険はないというのもそれなりに根拠はある。

「まあしかたねぇか。このままじゃどーせスペア難しいし、せっかくのシュリの発明品だから、さ…」
「まあそうだなぁ。すごく温情発言って言う気もするけど…」

 みぎては(今まで何度となく痛い目を見ているにも関わらず)今回のシュリの発明品を試してみようと言う気になったようである。まあたとえ大失敗だったとしても、スコアのほうは蒼雷と同点で問題はない。それになによりちゃんと目の前でシュリがこの発明品を使ってボウリングをしていたのを、彼らが見ていたという安心感もある。
 というわけでみぎてはシュリからメカリスタイを受け取ると、早速右腕に装着してみた。手袋のように手を入れてベルトをつければいいという、意外と簡単な装着方法である。

「みぎてくん、どう?」
「シュリ、これやっぱり重いぜ。俺さまは平気だけどさ」
「やっぱりそうですか…軽量化は今後の課題です」

 オール金属製のリスタイである。魔神のごっつい腕につけているからさほど感じないが、これは普通の人間族にはちょっとでかくて重すぎるのは間違いない。遠目で見るとまるでゲームにでてくる戦士の防具のようである。(というか、みぎての魔界での服装もこんな感じである。)

「じゃ、最後の一球、投げてくるぜ!」
「みぎてくん、気をつけてくださいね」
「だから言ったでしょ、安全です」
「それが一番信用できないんですって!」

 みぎてはアプローチに立つと、ボールを手に取る。が、なんだかさっきより少し持ちにくそうな感じである。リスタイがあるせいで、ボールをがっちりとつかめないのかもしれない。とはいえみぎての握力ならば、あの程度のボールをつかめないはずはないので問題はなさそうなのだが…

「さて、みぎてくんの最後の一球ですが…シュリ博士の変なリスタイ、どうでしょうか?」

 解説の方も当然この変なリスタイに注目である。もちろんさっきまでシュリが使っていたことは、誰もが見ているので、「重すぎますねシュリさんには」とかそういう話は出ていたのである。が、今回は剛腕のみぎてが装着して、難しいスプリットにチャレンジである。ちょっとさっきとは話が違うだろう。

「まあ重さの方はみぎてくんなら問題はないと思うんですが、一番の問題は…フォームですね。あのリスタイ、ローダウンに対応しているんでしょうか?普通、ローダウン投法では、リスタイ使いませんから…」
「えっ?」
「あっ!」

 解説を聞いていたコージはその瞬間びっくりしてベンチから立ち上がった。「ローダウン投法ではリスタイは使わない」のである。ボールを鷲掴みにして、巻き上げるようにバックスイングをして、そのまま手首のスナップを利かせてボールを投げる…これがローダウン投法特有の投げ方である。手首を固定するリスタイはじゃまにこそなれ、ぜんぜん必要ない。それを今回つけて投げると言うことは…

「いちっ!にのっ!…げげっ!」
「あっ…やった…」

 みぎてはなにも気づかずに、いつも通りに豪快なバックスイングをしようとした。が、手首を巻き込もうとしてもリスタイが邪魔になる。普通ならそこで投球をやめればいいのだが、この魔神の有り余る力は、そのまま強引にリスタイをねじ曲げて投球を続けたのである。バキッという音を立てて、メカリスタイはそのまま完全に折れてしまった。そして…
 なんとか投球こそしたものの、同時にメカリスタイはバチバチとわずかに火花をあげると、そのままプスプスと煙を吐きはじめる。完全に終了である。

「あー、壊れたっ!」
「いったいどんな力でねじ曲げたんですっ!」
「みぎて!はずせっ!」

 このまま放っておくとメカリスタイに内蔵されている変な機械が火を噴く可能性がある。ここはシュリには申し訳ないが、とにかく失火だけは防がなければならない。
 みぎては大慌てでメカリスタイをはずすと、必死になって床で踏みつけて火を消すしかなかったのは言うまでもない。

*     *     *

「さて、いよいよバビロン大学魔法工学部ボウリング大会も大詰めです。優勝候補はこの三人に絞られました…」
「最後の最後まで判りませんね。経験で言えばプロが一番なんですが、ダイナミックボンバーの破壊力も未だ衰えていません。それに…」
「ダークホースのセレーニアさん。あの女子大生投げでここまでくるとは誰が予想したでしょうか!」

 壮絶としか言いようのないみぎてと蒼雷の激闘(発明品対決の様相も含む)はともかく、残るレーンでもゲームは大乱戦、優勝争いはもつれまくりであった。最終フレームになるまで勝負はわからないという大接戦である。スコアとしてはもちろんエラ夫人が一番いいのだが、セルティ先生とセレーニアには四〇ピンものハンディがある。第一〇フレームで一気に大逆転もあり得る、ギャラリーからしても手に汗握るゲーム展開である。

「おっとーっ!ここで痛恨のミスっ!」

 意外なことにここでエラ夫人の投げた玉はわずかにジャストポケットをはずれ、左右に広がるスプリットとなってしまった。さっきのみぎてのどたばたでも出てきたが、いくらプロといってもこれだけ間のあいたスプリットをとることは容易ではない。それにたとえスプリットをとったとしても、後の二人がストライクをとってくれば一気に不利になる。
 逆転の目が出てきたということで、セルティ先生は俄然ファイトが出てきたようである。

「見てらっしゃいっ!真の実力を見せてあげるわっ!」

 丹念に手を乾かしてからセルティ先生はボールを手に、アプローチに立つ。元々男勝りの性格だが、こういうときの彼女は本当に勇ましい。
 セルティ先生はいつもより入念にバックスイングをすると、勢いよくボウルを投げた。

「ああっ!セルティ先生もスプリットだぁっ!これは痛いっ!」
「勝負どころということで力みましたね。これはさすがにつらいか…」

 プロですら倒すのが難しいスプリットである。いくら力んだところでさしものセルティ先生もどうすることもできない。
 エラ夫人の二投目は惜しくも一ピンのこり、セルティ先生もオープンフレームとなって、二人のスコアは確定である。

「ここでいよいよ最後のダークホース、『女子大生投げのプリンセス』、セレーニアちゃんです。」

 司会者はいつの間にか勝手に決めた二つ名をセレーニアにつけて連呼している。セレーニアの日常を知っているディレルなどにとっては、「プリンセス」なんて称号が絶対似合わないことが判っているだけに、なんだか複雑な心境である。

「彼女の場合、まずダブルがいりますね。逆にダブルが出れば逆転優勝です」
「さあ、奇跡の女子大生投げで果たしてダブルがでるのか?注目の一投ですっ!」
「さすがにがんばってほしいなぁ…」

 妹思いの兄らしく、ディレルは食い入るようにセレーニアの投球を見ている。いや、実際の話を言うと、コージたちにとってはこの三人の誰が優勝してもそれはそれでうれしい話なのである。みんな知り合いだし、それにすばらしい大熱戦である。まさかここまでボウリング大会が盛り上がるとは誰も思っていなかったのだ。

「でたぁっ!ストライクっ!」

 一〇ポンドの玉でストライクをとるのは本当に難しいのだが、奇跡のように彼女の玉はヘッドピンに吸い込まれ、パタパタとドミノ倒しのようにピンを倒してゆく。これであと一つストライクが出れば、大逆転である。

「うおおっ!俺さまちょっと緊張してきたぜ」
「みぎてくんが投げる訳じゃないですって。でも妹、こう言うときもぜんぜん平気なんですよねぇ…」
「それってすごいと思う…」

 確かにここから見ている限り、セレーニアの表情は緊張でこわばるどころか、あくまで気楽に、楽しくプレーしているのがよくわかる。むしろ見ているコージやみぎてのほうが手に汗が出てくるほど緊張している。というか、みぎてに至ってはついさっきの自分の死闘のときより緊張しているような表情である。
 そして彼女はいよいよアプローチに立って、勝負を決める一球を投げた。

「ストライクっ!セレーニアちゃん優勝だぁっ!」

 ピンがパタパタと(ぜんぜん豪快ではなく)、しかしすべて倒れた瞬間、会場は一斉に沸き上がった。負けたエラ夫人とセルティ先生すらベンチから立ち上がって彼女に惜しみない拍手をする。かくしてバビロン大学魔法工学部ボウリング大会は(まさかの大番狂わせだが)、「女子大生投げプリンセス」セレーニアの逆転優勝で幕を閉じたのである。

*     *     *

「よかったわ、ほんとにありがとう。みなさんがこんなすてきな結婚記念日イベントを開いてくれるなんて思っても見ませんでしたわ」
「よくみなさん気がつきましたね。まあそういうことでお願いしたというわけなんですよ…」
「あはは、店長さんが耳打ちしてくれたんですけどね…」

 表彰式や商品の授与が終わったあと、エラ夫人はシュリと一緒にコージたちのところへやってきた。きっかけはシュリの健康ボウリングという話だったのだが、結局楽しいボウリング大会にまでこぎ着けたのである。エラ夫人にしてみれば、とてもうれしいことだったのだろう。そう、なりより今日は二人の結婚記念日である。最高のプレゼントだったことは間違いない。
 もっとも今回はコージたちにしても、予想以上に大好評なイベントだったということで、それなりに満足度はある。ポリーニの発明品が多少笑いを生んでしまったものの、ボウリング場に迷惑がかかるほどではなかった。もっとも犠牲者となった蒼雷だけは、かなり派手な赤っ恥をさらしてしまったので、がっくり落ち込んでいるのだが…

「ひでぇ目にあったぜ。みぎてぇ、いつもおまえよくこれ我慢してるな…」
「人間界の暮らしで一番大事なのは、我慢なんだよな…」
「といっても、人間界でもこれは普通じゃないと思うんですけどね…」

 今日の蒼雷の災難に関しては、みぎてもディレルも慰めるしかない。といってもいつもならみぎてがこういう赤っ恥をさらす羽目になっていたところなのである。
 しかし…コージはさっきから一つだけずっと気になっている疑問があったのである。

「ところでシュリ、今日の発明品なんだけど…」
「おや、興味を持っていただけましたか?」

 コージは苦笑して首を横に振る。コージに興味があるのはシュリの変な手袋ではない。むしろその発明が控えめだったことなのである。
 いつものシュリだったら、ポリーニと同等かそれ以上のとんでもない発明品を登場させてくるはずである。実際コージの予想では「ボウリングロボ」とか「変形・合体するボウル」とか、その程度はまず確実に出てくるとまで思っていたのだ。ところが今回登場したのが、コージの予想とはかなり違った、地味なリスタイ程度だったのである。あれだって「重すぎる」とか「みぎてのようなローダウン投法には使えない」ということさえなければ、それなりにまともな発明品といえないこともない。

「ああ、それですか…いろいろ準備はあったんですけどね。今回はやめました。自粛です」
「ええっ?シュリが自粛?」
「俺さまちょっとびっくり…」

 「自粛」というせりふがシュリの口から飛び出すなんて、コージでなくてもびっくりである。特に驚いたのはポリーニで、ライバルが今回発明品の投入を控えていたというのは結構ショックである。
 ところがシュリは頭をかきながら言った。

「いや、正直な話を言うと、妻が本気でやっているスポーツじゃないですか。門外漢の私があんまり未完成品を中途半端に投入するのはどうかと思いましてね。やっぱり結婚記念日ですよ」
「…あ、なるほど…」
「やっぱり今日は妻が活躍して、楽しそうだったのが一番うれしいのですよ」

 そういえばボウリングを始めることになったということも、エラ夫人が夫シュリの健康を心配してである。逆にボウリング大会の方は、奥さんのことを配慮して、シュリが発明品を自粛したというならば、これはもう夫婦の愛、愛と言うしかない。さすがは結婚記念日である。
 するとポリーニはちょっと悔しそうに言った。

「なによ、じゃああたしは狂言回しみたいなもんじゃない。あんたと対決するために気合いを入れてたのに…でもまあ奥さんのためだし、許してあげるわ」
「あはは、いつでも私は対決を受けますよ。天才発明家の真の実力を見せてあげます」

 シュリが自信たっぷりにそう答えると、その場にいた全員は大笑いである。挑発を受けたポリーニは、傍らにいる蒼雷に言った。

「蒼雷君、対決の時には手伝ってね。」
「えっ?えっ?えええっ!」

 青い顔になってうろたえる蒼雷に、またもやコージたちは爆笑した。やはり発明家との恋愛というものは、なかなか大変なものなのである。

「ところでさ、そろそろ飯にしようぜ。俺さまいい加減腹減った」
「そうだな。せっかくだしまたみんなでフードコートでも行こうか。セレーニアちゃんのの優勝祝いもあるし…」
「ええっ?あたしの優勝祝い、フードコートなの?」

 ちょっと不満そうなセレーニアだが、それでもすごくうれしいのは間違いない。なにしろたったの二ゲームだが、大熱戦だった。みぎてだけでなく、全員が全員腹が減ってしかたがないのは当たり前だろう。やすくて、量がいっぱい食べれるとなれば、フードコートが一番である。
 一同は笑顔いっぱいになって、ボウリング場を後にして、「ショッピングゾーン・フードコート」へと足取りも軽く向かったのである。

(炎の魔神みぎてくん すたあボウリング 了)

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