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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 5「…どうやってこれ倒すんだよ」①

5「…どうやってこれ倒すんだよ」

 さて、それから二ヶ月の間でコージたちはボウリング大会の準備と、それから(本来はこちらが主目的なのだが)毎週一回ボウリングの練習をするということになった。もちろん大学では研究とか論文作成とかいろいろあるので、ボウリングばかりにかまけているわけにはいかないのは当然である。が、今回は(変人として有名とはいえ)教員であるシュリのお供だという口実があって、普通のレジャーよりずっと参加しやすい。

「ところで貧乏魔神君たち、マイボールとかはどうする予定ですか?妻からそろそろどうかって伝えてくれと言われましてね」
「あ、うん…やっぱり俺さまはほしいよなぁ」
「うーん、予算がなぁ…」

 定例のボウリング練習会(毎週水曜の夜)の朝、大学の廊下でシュリからそんなことを言われたコージたちである。まあ朝から発明品を見せびらかされないだけラッキー、スポーツの話であるからとても健康的な話なのだが、財布を預かるコージにとってはなかなか悩ましい話である。
 先日エラ夫人からもらったチラシを見る限り、「大特価マイボールキャンペーン」で、やすいボールで四九〇〇円、ちょっといいボールになると一五〇〇〇円くらいである。が、人数は二人なので当然予算は二倍必要である。三万円となると、貧乏学生のコージたちにしてみればかなりの痛い出費となる。

「シュリさんの買った玉はどれくらいの値段なんですか?」
「あ、私ですか?まださほど上手じゃないですから、一五〇〇〇円のこれですよ。いずれは自分で開発したいところですが、まだこのジャンルは研究を始めたばかりですからねぇ…」
「…新型ボール開発するつもりなんだ…」

 どうやら発明家たるもの、マイボウルだって自作でなければならないという変な自負があるらしい。が、ともかく今のところは特に高級なものではなく、キャンペーン商品のやつである。

「まあやすい方でも買おうぜ、コージ。シューズ代バカになんないしさ…」
「まあそれがあるか…」

 実はボウリング場にいってなにが高いかというと、ゲーム代ではなくシューズ代なのである。ゲーム代の方は「三ゲームパック一〇〇〇円・学生証があれば九〇〇円」とかそういうのがあるし、遊んだ分だけ支払うものであるから納得できる。ところがシューズの方は一回借りるだけで四五〇円もとられてしまう。安物シューズの値段が二〇〇〇円ほどであるから、四回行けば元が取れるという計算になる。つまりボールよりシューズの方が優先度が高いのである。もっともそれよりも「みぎてのサイズに合うハウスシューズを探すのが大変」という問題を解決できるメリットの方がもっと大きいのだが…
 いずれにせよそろそろコージたちもボールとシューズのセットを買う必要があるのは間違いなさそうである。
 ところがここで、シュリが意外なことを言い出した。

「そうですね…ちょっと私から提案なのですが、みなさんのマイボール、せっかくですし私と同じ一五〇〇〇円のやつににしませんか?差額は私から出しましょう」
「えっ?」
「それはちょっと…」

 コージもディレルも目を丸くするゴージャスな提案である。四九〇〇円のマイボールを一四九〇〇円にグレードアップするとなると、四人であるから差額だけで四万円になる。いくらシュリが大学の先生でこっちが学生だからといって、ほいほいおごってもらうというのはなんだか気が引ける。いやそれ以前に日頃の悪行(発明品の実験)を考えると、絶対何か悪巧みがあるという気がしてならない。

「さすがにそこまではいいって」
「だよな、値段一万円違うし。俺さまもさすがに悪いって思うぜ」
「そうですか?…本当はほしいんじゃないですか?貧乏魔神君達」
「なんだその不気味な笑みは…」

 思わず身構えるコージ達に、シュリは不気味な笑いを浮かべながら勧めてくる。こんな笑みを浮かべられては、たとえ一〇〇%善意だとしても逃げ出したくなるのが正常な反応である。ともかく今回はまだ高級ボールではなく、自腹で買える入門用ボールにするのがよい。というよりこのままこの場にずるずるいれば、不気味な笑いの理由…つまりやっかいな発明品とかが登場する可能性が高いだろう。
 コージ達が、逃げるようにシュリの前から脱出したのはいうまでもない。

*     *     *

 ということでその日の放課後、コージたちはいよいよマイボールを買うために四人そろってスターレーンへと行くことにした。コージとみぎて、ディレル、そしてやっぱりポリーニもである。
 四人は大学を後にすると先日と同じルートでショッピングゾーン・バビロンスターレーンへと向かう。当然今回もバスである。

「コージ、今朝のシュリさんの話なんですけど…ちょっと気になりませんか?」
「え?気になるって…」

 バスの中で、ディレルはコージに首を傾げながらそんなことを言いだした。

「シュリさん、今回ずいぶん熱心じゃないですか。発明じゃないのに…」
「あ、それそれ、俺さまもすげぇ気になってたんだ」
「確かにそうなんだよなぁ」

 ディレルに言われるまでもなく、コージも今日のシュリの熱心な勧誘(ボウリングの玉を買え)にはかなり驚きを感じていた。知っている限り今までシュリが発明以外のことで、ここまで熱心な様子を示したのをコージは一度も見たことがない。まあまれな例外として自分の結婚式のときの舞い上がりぶりは記憶に新しいのだが、それは本当に特別な例である。

「どうせ奥さんに言われてに決まってるわよ」
「まあその側面はあるでしょうけどねぇ…」

 ライバルであるポリーニは相変わらず手厳しい。たしかに先日の様子を見るにつけ、今回のボウリングブームはエラ夫人が主導だというのは明らかである。が、わざわざコージ達にポケットマネーでマイボールを買うとかそんなことを言い出すのはちょっと解せない気もする。

「もしかして、シュリさん本当に健康診断で何か引っかかったんじゃないですか?」
「あ、そっちならあり得る…」

 エラ夫人が「主人が運動しないからボウリングにつれて行くことにした」といっていたのを思い出したディレルの意見である。明らかに運動嫌いな本人がそれなりに熱心ということは、それくらい大きな(健康診断で高血圧の疑いありとか言われた)要因があってもおかしくない。まだ三十歳そこそこで「高血圧・要検査」とか言われてしまったら、たしかに焦るのも当然である。

「だからあたし達に一緒にボウリングをさせて、気分的に続けられるようにしてるって言うのね。現金だし、ありそうな話だわ」
「まあそういうことになりますねぇ」

 納得したようなポリーニの顔に、思わずコージは苦笑しまう。「シュリのやることに魂胆がないことはあり得ない」というポリーニの視点が丸わかりだからである。まあコージ自身もその意見はおおむね賛成なのだが、こうもズバリと言われると、なんとなく苦笑したくなってしまう。

「まあいいじゃないですか。僕たちだって運動不足なのは同じなんだし、せっかくマイボールも買うんだからがんばりましょうよ」
「そうだぜ。俺さまちゃんとピンに当たるようになってきたし。これから一気にスコアアップするぜ!」
「もう~っ!あんた達相変わらずお人好しなんだから!また変な発明品が出てきても知らないわよっ!」
「…それポリーニ、自分で言わない」

 自分の珍発明品を棚に上げてコージ達にかみつくポリーニに、一同はますます苦笑したのは当然である。

 さてそうこうしているうちに、一同は「バビロン・ショッピングゾーン」に到着する。先日に引き続き今回も学校帰り直行なので、すでに時刻は六時半である。タイムリミットは終バス一〇時四五分なので、ボールを作ってボウリング練習をするとなると、正直言って時間はあまりない。
 一同はフードコートで大急ぎで晩ご飯を済ませ、それからボウリング場へと直行した。

「あっ!いらっしゃい。ヤーセン・プロのお友達の方ですよね。魔神さんってほんとなんですか?」
「あ、俺さま?うん、そうだぜ。炎の魔神族」
「みぎてくんってどこへ行っても一発で覚えられるんですよね…」
「まあこんなキャラ、ほかにまずいないからなぁ…」

 先日ちらっと会っただけなのに、店長はもう完全にみぎて達のことを覚えている。まあバビロン中探しても炎の魔神族はみぎてしかいないのだし、体のでかさといい、目立ちすぎる炎の髪の毛といい、覚えられない方がおかしいのも間違いない。

「ところで…初めてマイボールとか買おうかなと思ってるんです。四人とも…」
「あ、ほんとですか?ちょうど今『マイボールキャンペーン』やってますので、お得ですよ」
「それだよな、やっぱり」

 もちろんコージ達もそのつもりである。というか、予算の都合上もあるので、それ以外の選択肢は現時点ではほとんどないといっていい。

「こちらがキャンペーン商品のボールです。定価だとボールだけで九八〇〇円ですが…」
「なんだかすっげーかっこいいよな、こういうのって」

 みぎては目を輝かせて興味津々という顔をする。棚におかれている他の高級ボール(三万円近い)と比べると、なんとなくプラスチックっぽさはあるものの、飴色の光沢はやっぱり格好いい。

「最近は廉価版ボールも素材がよくなりまして、昔の高級ボールと同じウレタンになってます。まあこっちのいいボールはもっと新しい素材ですから、フックとかのかかりやピンアクションも格段にいいんですけどね…」
「…」

 熱心に語る店長だが、残念ながらコージ達には「ピンアクションの違い」とかがわかる知識があるわけもない。ともかく今回は本当に最初なので、おとなしく一番入門者用の安いやつを買うしかないだろう。
 が、ここで大きな問題になるのは色である。

「えっと、じゃあ四人ともこれ買うってことで…」
「コージ、色とか違う方がいいんじゃないですか?四人一緒にやることが多いと思うし、間違えたら何じゃないですか…」
「あ、それはそうだなぁ…」
「あたしはかわいい色のやつじゃないといやよ!女の子はそういうの大事なんだから」

 同じメーカーの同じボールを四人とも買うと、いざレーンに出たとき、どれが誰のボールがわかりにくい。もちろん一番重いボールはみぎてのやつだということは(持ってみれば)わかるのだが、おそらくコージとディレルのボールは重さでは判別つかない可能性が高い。

「あー、一応三色ありますから大丈夫ですよ。それに穴は各人に合わせて空けますから、まず間違えることはないと思います。」
「あ、そういう仕組みなんだ…」

 実はマイボールがなにがよいかというと、各人の手の大きさや形に合わせて、ドリラー(穴空け技師)が空けてくれるということなのである。つまりぶかぶかとか、きついということが絶対に起きないわけである。当然他人のボールは、よほどの偶然でもない限り穴のサイズが違うので、間違えることはないということになる。

「なら安心だな。みぎての指のサイズって普通あり得ないし…」
「みぎてくんのボールは、はじめから誰も間違えようがないですって。重いし…」

ということで、コージ達はついに腹をくくって、マイボールを購入することに決定したのである。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 指のサイズや手の大きさを測って、いよいよ彼らのボールの穴空け作業が始まった。もちろんのことだが、みぎてのボール穴はコージのものと比較するととんでもない大きさになる。元々みぎての小指はコージの親指以上の太さなのだから当然だろう。
 ドリラーが作業をしている間、コージ達はショップの中を散策したり、休憩コーナーで雑談しながら缶ジュースなどを飲んでおしゃべりである。まあ平日ということで、プロショップも相当暇らしく、店長も彼らにいろいろ話をしてくる。

「みなさんはヤーセン・プロとは長いおつきあいなんですか?」
「あ、いや、むしろ僕たちは旦那さんの方がメインなんですよ。同じ大学だし…」
「講座が隣なんで、いろいろ、ね…」

 ここでシュリの大学でのドタバタを暴露するというのは、さすがのコージもちょっと遠慮してしまう。もっともあれほどいろんなところで発明品を(成功も失敗も含めて)披露しまくっているシュリのことだから、おそらくこの店長も噂は聞いていると見て間違いない。「シュリの友人」という肩書きはどう考えても赤面ものという可能性が高い。
 すると案の定店長はクスクス笑う。が、続いて出てきたせりふは意外なものだった。

「ああ、シュリは相変わらずみたいですね。発明でいろいろやってるでしょう?」
「え?」
「お知り合いなんですか?」

 コージ達はちょっと驚いて店長の顔をまじまじと見る。相手はプロボウラ…つまりれっきとしたスポーツ選手なので、シュリのような見るからに不健康キャラではない。室内スポーツなので日焼けこそしていないが、どう見ても健康そのものといった感じの人物である。が、今の「シュリは相変わらず」というせりふは、奥さん関係(つまりボウリング関係)を経由してではなく、シュリのことを直接昔から知っている友人のせりふである。

「いや、僕はシュリとは大学で同じ講座だったんですよ。まあだからみなさんの先輩ってことになるのかなぁ…」
「え?店長もバビロン大だったんですか!」
「道理で…」

 どうやら店長は大学の頃、シュリと同級生だったらしい。つまりバビロン大出身…コージ達の先輩ということになる。まあもっともバビロン大は歴史のある大学なので、卒業生はいくらでもいるのだから驚くには当たらないのだが…道理でシュリのことを詳しく知っているはずである。
 コージは興味半分でシュリの話を店長に聞いてみることにした。

「シュリさんって、学生の頃からああなんですか?」
「あはは、そりゃそうですよ。突飛な発明で僕も結構巻き込まれましたねぇ。」
「店長も俺さま達と一緒だ、よかったぁ」

 なにがよかったのか実はよくわからないのだが、なんとなくコージも同感である。ポリーニは当然のようにうなづいて毒舌を放つ。

「そりゃそうよねぇ。あたしあいつって子供の頃から発明好きだったっておもうもの」
「まあポリーニもそうだし…」
「何か文句あるの?コージ」

 じろりとにらみつけるポリーニに、コージ達は苦笑するしかない。同じ発明マニアなのだから、「子供の頃から」うんぬんというのも同じようなものだろう。(少なくとも幼なじみであるコージはその事実をよく知っている。)
 と、そのときである。店長は笑いながらこんなことを言ったのだった。

「しかしみなさん粋ですね。あいつの結婚記念日にボウリング大会をしてあげるんでしょ?」
「えっ?」
「あっ!そういえば…」

 今の今までコージ達は全く気がついていなかったのだが、たしかにその通りである。シュリとエラ婦人は二年ほど前の今頃結婚したのだ。コージ達も出席した披露宴では、恒例の発明品が登場し(愛の力で浮くゴンドラとか、全自動お召し替えマシンとか)大騒ぎになったのは今でも記憶に新しい…が、その日付がちょうど二年前だったということなど、彼らはすっかり忘れていた。道理でシュリが今回ボウリングに熱心になるわけである。

「なんだ、そういうことだったのか…」
「それならもっとにぎにぎしく演出してあげた方がいいかもしれませんね。」
「だよなっ!俺さまもちょっとがんばらねぇと」

 今まで「渋々幹事をやります」という気分だったコージ達だが、店長からそんな秘密を聞かされては、乗り気にならざるを得ない。なんだかんだ言ってもそれなりに長いつきあいだし、結婚式にも呼ばれた(まあ実際は発明ショーなのだが)ほどの間柄なのだから、二人の結婚記念日を祝う気持ちくらいは十分にある。これはちょっとがんばって素敵なボウリング大会を演出してあげるのが粋と言うものだろう。
 するとそんな彼らの様子を見て、店長はにっこり笑ってこんなことを言ったのである。

「いいでしょう。そういうことなら超特価!こっちの高級ボールを八九八〇円で出しましょう」
「えっ?こっちって…一五〇〇〇円のやつですよね…」
「いいですよ。あいつのために結婚記念日ボウリング大会やる、先生思いの学生さんたちじゃないですか。それくらいさせてください」

 これは本当に役得というかなんというかラッキーというやつである。今までシュリのドタバタに巻き込まれて、初めてのご褒美といってもいいかもしれない。もちろん払っているお金は実は増えているので(当初予算が五〇〇〇円が九〇〇〇円なのだから)、うまいこと売りつけられたという見方もできるのだが、「超特価・お客様だけ特別に」というやつは、それだけでとても幸せになれるものなのである。これはますますもって素敵なボウリングパーティーを開かないといけないという気になってくる。
 もっともご想像の通り一人だけ別方面で燃えているのは問題なのだが…

「いいわよっ!それならあたしもすごい発明品準備しなきゃ!」
「ええっ!ポリーニ!本気でやるんですか?」
「当然じゃないの!発明家のボウリング大会に発明品無しなんて、二人に失礼だわ」
「…それすごい勘違いですって…」
「…ボウリングの範囲内でやれよ」

 またしても恒例の発明対決宣言をするポリーニに、全員悲鳴を上げる。結婚式披露宴の対決を思い出すと、ボウリング場になにが登場するか想像するのも恐ろしい。しかし今までの経験上、ヒートアップしたポリーニを止めることはまず絶対に不可能である。
 コージは「せめてボウリングを逸脱しない範囲内で」という条件を付けるしかなかった言うまでもない。

(5「…どうやってこれ倒すんだよ」②へつづく)


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