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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 4.「…トレビアンって…あれっ」②

 今回の例はあくまで一例に過ぎない話で、大学の各講座ではこういうどたばたがいたるところで起きているわけである。というか今年に限っては講座の準備騒ぎがサークルの準備よりはるかにどたばたしているのだから大変な事態である。たった八分間のショーのためにここまで騒ぐ光景は、いささかこっけいに見えてくるのだが…みんなお金が絡むとこういうものである。
 さて、大学祭もいよいよ明日開幕という段階になってくると、各講座の準備だけでなく、施設のほうのセットアップも大詰めである。いつもの大学祭なら、まあせいぜい校門のところにアーチが設営されたり、模擬店用のテントがずらずら並び始めたりという程度のこと(それだけでもずいぶん派手なのだが)で済むのだが、今回はちょっと状況が違っていた。
 なんと二台の大きなトラックが体育館のところに横付けされ、そこからさまざまな資材…音響機器とか、照明とかの道具が運び込まれていた。もちろん毎年行われるプロコンサートでもこの手の資材は搬入されるのだが、今回はさらに派手である。大型のスクリーンやら巨大なスピーカーやらの数々を見ると、大学祭というより大人気アイドルがスタジアムで開くコンサートという感じである。

「…なんだかマジにすごいな…俺さま緊張してきたぜ…」
「でしょ?本格的ですごいでしょ?こんなところであたしの発明品を一般市民に見せるなんて感動だわ!」
「…完全に酔いしれてるだろ、ポリーニ…」

 「すごい会場で発明品を紹介できる」という興奮のエクスタシーに酔いしれるポリーニに対して、みぎてやコージはあきれるしかない。実はコージたちは会場設営の様子を見学するために、体育館のそばにやってきたのである。こういう派手なイベントの設営というのは、一般にはなかなか見れるものではない。それに今回プロデューサーをやっている、ポリーニの知り合いのブランドデザイナー氏が陣頭指揮のために来場しているということなので、挨拶にゆくということになったのである。

「これでお客どれくらいくるんだろ…」
「…どうなんでしょうねぇ…ほんとのファッションショーだとチケット入手が困難って言いますけど、大学の研究発表だから…」

 ディレルは首をかしげながらコージ達に答える。今回はコージたちの講座が発案というだけで、別に責任を取らなければならないというわけではないのだが、それでも気分的には「大失敗だけは避けたい」のである。もちろん宣伝のほうもちゃんとやっていて、大学のそばの商店街とかにはポスターだって貼ってある。

「ディレルのうちのお客さんは興味示してるのか?」
「うーん、微妙ですねぇ。うちに来るお客って、おじいさんとか多いし…」
「銭湯じゃなぁ…」

 ディレルの自宅は実は銭湯を経営しているので、脱衣所の一番目立つところに堂々と大学祭のポスターを貼ってもらったのである。が、よく考えると銭湯に来るお客というのは大体おじいさんとか、背中に絵が描いてある人とか、大学祭とはあまり関係のない人が多い。もっとも夜中のほうになってくると結構若い肉体労働系のお兄ちゃんも出没するのだが、どっちにせよオープンキャンパスに興味があるような種族ではない。これでお客の有無を予想をするのは無理があるだろう。

 さて、入り口をくぐって中に入ると、そこはもう完全にいつも見慣れた体育館とはまったく別の世界になっていた。まず窓はすべて暗幕で閉ざされ、内部にはすごい数のいすが並べられている。舞台側から中央に向かってビロードがしかれた通路ができているが、これは間違いなくランウェイだろう。舞台のところには大きな銀色の幕が垂れ下がっており、映画が上映できるような状態になっている。そして天井や壁の上方には照明機器が大量に設置されていた。
 面白いのは舞台寄りの左右には、完全にパーテションで区切られた部屋ができていることだった。おそらくモデルや出し物のスタッフ控え室なのだろうが、それにしても結構たっぷり確保されている。まあ大学中の各講座が準備に入ってくるということを考えると、これくらいのスペースは必要なのだろう。

「コージ、これなんだろ?」
「うーん…見たことないなこんな機械」

 左右の脇に設置された機械は、なんだか送風機みたいなのだが、透明な箱がついている。箱の中には無数の銀色っぽい小さな紙ふぶきが入っているのがわかる。

「知らないの?ショー用の雪なのよ」
「雪?今回そういう演出があるんだ…」
「えっ!ええっ!雪って俺さまマジ困るっ!」

 紙ふぶきの雪なのだから、みぎてのような炎の魔神族でもダメージを受けるということはないはずなのだが…蒼白になるみぎての様子を見る限り、その辺はやはりトラウマなのであろう。
 さて、一行は完成間近のスタッフ控え室の前に到着する。中ではどうやらスタッフがどたばた作業をしているのが、薄っぺらい壁の向こうからの気配でよくわかる。

「なんだかすげぇ修羅場って感じがするけど、入っていいのか?」
「仕方ないじゃないの。こういうイベントは直前なんていつもこんなものよ」
「うーん、どうなんでしょうねぇ…」

 不安がるみぎてやディレルだが、ポリーニはまったくそんなこと気にせず控え室の扉を開け中に突入した。と、中にはやはり結構な数のスタッフが集まって壮絶な大騒ぎをしている。何台かのミシンと格闘している人やら、接着剤で布とか金属片とかを貼り付けている人といった具合である。ショーの前日だというのに衣装がまだ未完成というのが一目でわかる。

「…これって、やっぱり普通なのか?ポリーニ…」
「ちょっとぎりぎりかも…」

 まあ普通のファッションショーがこんな直前に服を縫うということがあるのかといわれると、正直ポリーニにもコージにもわからないのだが、とにかくスケジュール的にはかなりぎりぎりという感じである。が、ともかくこれは手短に要件を済ませて退席したほうがよいということは間違いないだろう。
 ポリーニは近くにいるスタッフに声をかけた。

「すいません、マケイナスさんは?」
「あ、チーフはあっち!」

 スタッフの女性は顔を上げもせずそう答える。まあ修羅場なのだからこれはしかたがないだろう。しかたなく一同は「推定あっち」(あっちでは方向もなにもわからないのだが)へそそくさと移動する。どうもパーテションで区切られた隣にいるらしい。
 パーテションの向こう側は、今度はファッションモデルの顔写真やらタイムテーブルがずらりと並べられたテーブルがある。周囲には数名のスタッフが写真を見ながらディスカッションしたり、奥のパソコンの画面とにらめっこしたりと急がしそうである。ポリーニはその中の一人を見て、大声で呼びかけた。

「あっ、店長さ~ん!」

 「店長」と呼ばれたその人物はひょいとこちらを向いた。スタッフの中では珍しく獣人族のようである。犬系の獣人族ならではのふさふさした毛並み(銀色と黒のぶちという感じ)とぴんと立った耳がなかなかかわいらしい。といっても獣人族のイケメンというのがどういうものかといわれると、コージにはまったくわからないのだが…が、ともかくどうやらこの犬獣人が「店長」らしい。

「あ~、ポリ~~ニさぁ~ん!」

 驚いたことに犬獣人はちょっと間延びした、しかもかなり外国語なまりのあるしゃべり方で返事をした。なんだかイックスとかバギリアスポリスのような西方からやってきたばかりの人といった、かなり極端ななまりかたである。
 犬獣人はうれしそうに席を立つとポリーニのところに小走りでやってくる。「うれしそうに」というのは、犬獣人らしく尻尾をぶんぶんと振っているからわかる。残念ながら獣人族の知り合いがほとんどいないコージだって、犬獣人が尻尾を振ると喜んでいるということくらいは知っているのである。少なくとも彼らのことを(この忙しい状況にもかかわらず)大歓迎だということは間違いないだろう。
 ポリーニはコージ達のほうを振り向くと、得意満々の笑みを浮かべて「店長」を紹介した。

「紹介するわ。『ダブル・ダウン』の店長兼メインデザイナーのケリー・マケイナスさんよ!パパの知り合いで、今回のイベントのプロデュースをお願いしたの!」
「みなさぁぁん、おげぇんきですかぁぁっ、ミーはケリーですぅ~」
「あ、えっと、コージです…」
「俺さま、みぎてだいまじんさま…」

 コージもみぎても度肝を抜かれたように呆然と、しかし礼儀正しく挨拶をする。別に獣人族がファッションデザイナーをやっていることが驚きなのではない(バビロンの街では、獣人族はちょくちょく見かける種族である)。なんていうか…ケリーの不思議すぎるなまりと勢いに度肝を抜かれてしまったのである。

*     *     *

 『ダブル・ダウン』という店は、コージ達も聞いたことのある有名なストリート系のショップで、バビロン市内のみならずバギリアスポリスやイックスでもショップがあるという、なかなかの有名ブランドである。コージも一つか二つくらいはアイテム(Tシャツとかかばんとか)を持っているほどであるから、かっこよさと価格を両立させたという、若者のためにあるような素敵なブランドであることは間違いない。最近はミセス向けのちょっと高級路線や、シルバーアクセサリーなどもはじめたということもあり、ファッション業界の注目を集めているのは間違いがない。
 それに実はみぎて達にとってこのショップが身近である理由はもう一つある。サイズや形のバリエーションが豊富なのである。みぎてのようにかなり…いや非常に大きな体格の人から、ドワーフ族のような小柄な種族にいたるまで、いろいろな種族の体型にあわせた服がちゃんと取り揃えてあるのである。「獣人XXL」とか「ドワーフXS」とか、そういう感じである。これは人間族の規格ではサイズが合わない種族にとっては、本当にうれしいことだろう。最近でこそほかのブランドも多種族対応をはじめたが、『ダブル・ダウン』がその先駆者だというのは間違いない事実である。ちなみにみぎてのよく着るカーゴパンツやトレーナーなんかも、実はこのブランドだったりする。
 が、このケリー氏にあってみれば、多種族対応が『ダブル・ダウン』で発信された理由は一目瞭然である。本人が獣人族なのだから、自分が着れるストリートファッションをデザインしたい、という素直な理由なのである。もちろんそれはコージだって大いに賛同する素晴らしいテーマだし、それがこのブランドをここまで有名にした理由なのだろう。
 が…ケリー氏がなんだか妙なしゃべり方をする、謎の獣人であるという点は別である。というか、ポリーニとの盛り上がり方を見ると、さらに別の不吉な予感が忍び寄ってくる。

「今回のショーはいいよぉ~、素晴らしいよぉ~…ワンダフルだよぉ~」
「でしょ?もう会場の設営だけでドキドキしてくるわ!タイムテーブルのほうはもう大丈夫なの?」
「オー!ミーのタイムテーブルだから絶対安心ね。ご機嫌なサウンドに乗ってみんなキャットウォークするね」
「あ、そうか…BGMとかPVとかあるから、タイムテーブルきちんとないとまずいんですねぇ…各講座にきちんと時間守らせるって…これ意外と難問ですよ」

 言われてみればわかるのだが、ファッションショー形式ということは音楽とかビデオ映像がショーと同時に流されるということになる。歩く人のほうは遅かったり速かったりして、いろいろずれることもあるだろうが、音楽やビデオはそういうのには全く関係なく時間が決まっている。時間厳守というのは社会人の常識なのでこんなことは当然の話なのだが、普段のポリーニとか、シュリの様子を思い出すと絶対に無理という気がしてしまうのはディレルだけではないだろう。
 と、みぎてはさっきから心配でしかたなかったこと聞くことにしたようである。

「ところでさ、あの…雪降らすってほんとなのか?俺さま心配でさ…」
「…だからあれって紙吹雪だって…」

 さっき会場で見かけた「紙吹雪装置」がどうしても気になるらしい炎の魔神である。まあ雪というだけで過敏に反応したくなるのは炎の魔神としてはわからないことも無いのだが、いささか心配しすぎという気もしてくる。
 ところが…その心配は残念なことに的中していたのである。

「オー!アレ素敵な機械です!雪降ります!」
「…雪って…本当にですか?」
「…まさか…」
「人工雪ねっ!すごいわっ!」
「やっぱり!俺さまの不吉な予感当たるんだよな!」

 得意満々の表情でうなづく犬獣人に、コージもディレルもびっくり仰天である。というかまさか体育館の中に本物の雪を降らそうとするなんて思っても見なかったのである。ポリーニの言うとおりすごいといえばすごい発想なのだが、どう考えてもむちゃくちゃな企画である。
 もちろんコージたちも駆け出し魔道士ではあるので、部屋の中だろうがなんだろうが、その気になれば少しくらいは雪を降らせることは可能であるし、雪の精霊の力を借りれば、コンサート会場に深々と降りしきる雪なんて演出も可能である。それにもかかわらず実際にはそんなことをまずしないというのは、雪なんて体育館の中に降らそうものなら、その後溶けた雪で床が水浸しになってしまうからである。たいていの体育館は床がワックスがけの木で出来ているものなので、水浸しになろうものなら後で手入れが大変なことになる。ということで、常識的な感覚ならあんな体育館に雪を降らすなど、禁じ手もいいところといってもいい。
 しかしそんなことなどまったく気にもしていないとでもいうように、ケリーは興奮して遠吠えを始めた。

「あの紙ふぶき、氷点下十八℃に冷やすと雪そっくりになりますよぉ。素敵な粉雪、トレビアーンです!イッツ、トレビアーン!」
「…トレビアンって…あれっ、みぎてくん??」
「俺さま、氷点下十八℃って聞いただけで倒れそう…」

 すばらしい企画に酔いしれるケリーと、恐怖の企画に悶絶するみぎての間でコージとディレルは困惑するしかなかったのである。

絵 烏丸毛虫

(5.「ダイエットは無駄にしないわよ!」①へつづく)

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