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炎の魔神くんシュプール②

雪女vs炎の魔神

4.「やべぇっ!あの雪女っ!」

 その少女は印象的なほど美しく長い髪をしていた。まるで純粋な水晶がそのまま銀糸となったような、それは美しい髪である。背中まで伸びる長いその髪は左右に分けられ、頬にあたる部分だけは短く切りそろえているのが、独特のエキゾチックな雰囲気をかもしだしていた。透き通るような肌は雪明かりを受けているせいかどこと無く青白くすらある。瞳はコージのような褐色でもディレルのようなグリーンでもなく、まるで北の海のような明るい青灰色だった。
 しかしもっともその少女が変わっていたのはその服装だった。純白のガウンのようなものに幅広の帯をつけているのである。ミトラ人が着ている「和服」とかいう服装に似ているが、あれはもっと柄がいろいろついているものである。

「き、君は?」

 消えそうな声でコージは言った。事実開け放たれた窓からブリザードが吹き込み、彼の声は自分でもほとんど聞こえない。あまりの異常な光景にいつもの元気が出てこないのである。
 すると少女は静かに答えた。

「私はヒサ。」

 彼女の声は決して大きいものではなかった。しかし荒れ狂うブリザードの中でその声は韻々と響き、はっきりとコージの意識に届いてきた。そう、彼女の言葉は音ではない…明らかに精霊の言葉と同じ霊的な言葉だった。彼女の持つ強い霊力が波動となってコージの意識に直接語りかけてくるのである。魔道士の卵であるコージだからこそ彼女の言葉が言葉として聞き取れるのだった。
 ブリザードの中たたずむ彼女は今やコージがはっきりと判るほど強い精霊力を放っていた。この氷雪自体が彼女がもたらしたものなのかもしれない。もしコージの隣に炎の魔神みぎてが(相変わらず寝ているのだが)いなかったら、掛け出しの魔道士にすぎない彼では「ヒサ」と名乗るこの少女の力に耐え切れず、あっという間に氷づけになりかねない、それほどまでに強力な精霊力だった。

(こ、これまずい!みぎてを蹴り起こさないと!)

 コージは慌てて傍らで相変わらずの惰眠をむさぼっている魔神にキックした。これ位しないとこののんきな魔神は目を醒まさない。とにかくことは今のコージの力でどうにかなるという問題ではなかった。
 いや、コージだけならこの際逃げ出してセルティ先生達を起こすという手もある。しかしあの少女、ヒサの隣にはどういうわけかディレルが、寝巻き一つの格好でぼんやりと立っているのである。このまま放っておいていいわけがない。
 ディレルは意識があるのか無いのかコージの目からははっきりと判らなかった。目は開いているようなのだがまるで夢を見ているような、ぼんやりと焦点の定まらない表情をしているのである。おそらくはこのヒサの魔力に当てられているのだろう。

「おいっ!みぎてっ!大変だって!」
「う、うう~ん、なんだよコージ…俺さま眠い」

 思いきりでっかい背中を蹴り飛ばされたみぎてはようやく目を醒ましたらしい。目をこすって寝ぼけた顔でコージのほうを見る。良くあるみぎてのボケぶりなのだが、今日に限ってはそういう平和なことを言っている場合ではない。コージは思わず大声を上げてみぎてに事態を把握させようとした。

 ところがコージが動く前に突然強烈な精霊力が、まるで鞭のように彼らを襲ったのである。

「あぶねぇっ!コージっ!」

 たった今まで寝ぼけてまったく事態を把握していなかったみぎてだが、この突然の攻撃には素早く反応した。とっさに魔神は炎の翼を広げ、一気に燃える炎の力を放ったのである。彼らを襲った精霊力は魔神の翼にはばまれかき消された。

「な、なにすんだよっ!そこの雪女!」

 すばやく置きあがりヒサの方をにらんだみぎてはそう怒鳴った。どうもみぎての見立てではあの「ヒサ」という少女は一種の雪女…雪の精霊の一種らしい。どおりであれだけの氷の精霊力を振りかざせるわけである。
 ところがヒサの方を見たみぎてとコージはたった今怒鳴ったばかりの言葉を忘れてしまうほど驚いた。さっきまで穏やかで冷静な表情だった少女の顔が、今度は思わず裸足で逃げ出したくなるほどの恐ろしい、あたかも夜叉のようなとんでもない表情に変わっていたからだった。びっくりした二人に彼女はヒステリックに叫んだ。

「そうだっ!そこの炎魔神!なぜあなたがここにいるの?!とっとと炎の魔界に帰りなさいっ!」

 そういうと彼女は再び全身から精霊力を呼び起こした。すさまじいばかりの氷と雪の力が嵐のように二人の周りを取り囲む。そして次の瞬間には怒れる雪の精のエネルギーは刃となって二人に襲いかかったのである。

*      *      *

 炎の魔神は翼をいっぱいに広げてコージをかばいつづけた。荒れ狂うヒサの氷の力は炎の翼に激突し、真っ白な湯気となって部屋いっぱいにひろがったとおもうと再び凍りつき、炎の翼からの光を受けてまるでオレンジ色のダイヤモンドの塵のようにきらめく。ことがこれほど異常な事態でなければ、本当に幻想的で美しい光景だった。

 どうしたことかみぎては一切反撃に出る様子はなかった。さっきからずっとヒサの攻撃から身を守るだけである。たしかにコージをかばっているというハンディーはあるのだが、それならそれでコージを部屋の外に出せば済む話である。それにコージにせよ多少なりとも精霊呪文が使えるのだから、短時間ならばヒサの攻撃をしのげない事はない。
 いや、どうもコージの見るところ、ヒサの力ではみぎてに有効なダメージを与える事は出来ないようだった。たしかにあのブリザードの攻撃はコージ達普通の魔法使いから見ればびっくりするような激しいものではある。しかしそれでもみぎての炎の翼すら突破する事が出来ていない。普段いくらのんきで単細胞のお気楽にーちゃんだといっても、みぎてはやはり本物の魔神、それも「大魔神級」の巨大な精霊力を持っているのである。

「みぎてっ!反撃しないのか!?」

 コージは多少焦りぎみにみぎてに言った。ところがこの魔神は困ったようにこう言ったのである。

「女の子に手、出せねぇだろっ?!」
「ちょっとまてよっ!そんな事言ってる場合じゃないだろ!」

 案の定のみぎての返事である。この単純魔神は昔気質というか、フェミニストというか、とにかく女性に弱い。雪女といえどもこんな少女をなぐったり出来るわけはないのである。そこがみぎての良いところなのだが、今日ばかりはそんな事は言っていられない。もしこのまま持久戦になればコージとみぎては無事かもしれないが、人質であるディレルが凍死してしまうかもしれないのである。

「ディレルが危ないって!なんとかしないと!」
「そ、そんなこと言われても」

 みぎて自身、事態がまずいという事は十分判ってはいるのだが、どうすることもできないのである。いや、思い切ってあの雪女を殴ってしまえば話は簡単なのだが、そんなことができるこの魔神ではない。まあそういう口論をしながらヒサのブリザード攻撃を完全に防いでいるのだから、みぎてとヒサの精霊力の差はやはり歴然なのだろう。

 ヒサ自身、このままではみぎて達を「炎の魔界に追い返す」ことはおろか、傷一つ与える事が出来ないことがはっきり判るらしい。さらにそれに加えてみぎてとコージが「女の子は殴れない」だとかなんとかもめているものだから、これは余計にしゃくに触るだろう。

「炎魔神!私を舐めているの?許しません!」

 彼女はヒステリックにそう叫んだ。が、やはりこの炎の魔神はまったく反撃する様子も無い。翼を大きく広げながら困ったように腕を組んで思案にくれている。
 ついに彼女は怒りを爆発させ、金きり声を上げた。

「くやしいっ!ならばこっちにも考えがあるわっ!」

 同時に周りのブリザードが更に激しくなり、彼女の姿は純白の雪で霞んだ。さらに雪はみぎての翼が巻き起こす熱気に激突して今度は一気に湯気となる。ブリザードと湯気で部屋は一瞬でホワイトアウトを起こした。一瞬視界を失った二人は慌てたが、どうする事も出来なかった。

「みぎて、まずいっ!」

 しかし…次の瞬間ようやく視界を取り戻した彼らの目の前に彼女の姿はなかった。それだけではない…雪女の隣にぼんやりと立っていたはずのディレルの姿まで、まるで雪の中に溶けてしまったかのように消え去っていたのである。

「ディレルっ!」
「やべぇっ!あの雪女っ!」

 血相を変えて叫ぶ二人に、ブリザードの中から嘲笑の声だけが聞こえてきた。

「ウフフッ!この坊やは預かりました!悔しかったら私の元へ奪い返しに来たらいいわ!」
「卑怯だぞっ!」
「早くしないと凍死してしまうかもしれないわよ!待っているからね!」

 彼女の声が遠ざかるとともに、吹雪は次第に止んでいった。しかし二人は声が去っていった方向…窓の向こうのゲレンデの方を呆然として見つめている事しか出来なかったのである。

5.「妖怪の分際で偉そうにするんじゃないわよっ!」

 雪女が立ち去った後、まるで眠りから覚めたようにホテルの空調はいっせいに動き始めた。今までの凍りついた空気が次第に春の陽気に変わって行く。おそらく空調故障はあの雪女…ヒサの魔力だったのだろう。
 しかしみぎてとコージは空調のありがたみを噛みしめているどころの騒ぎではなかった。とにかく目の前でディレルがさらわれたのである。のんびりしている余裕があるわけはない。というわけで、二人は大急ぎでセルティ先生の部屋へかけ込んだのである。

「洒落になってないじゃない!」

 二人の急報で部屋にかけ付けたセルティ先生は、コージ達の部屋の惨状を見て仰天した。なにせさっきのヒサの巻き起こすブリザードのせいで、部屋の中は一面の雪景色になっていたからである。みぎてが立っていた場所だけが雪が無いのであるから、状況は明々白々である。

 セルティ先生はコージとみぎてに言った。

「とにかくロスマルク先生にも事情を話して、それからすぐに出かけることにしましょ。二人は着替えて玄関で待っていて。」
「えっ?着替えるって?何に?」

 魔神はてっきりいつもの「魔神のパンツ+こて+ブーツ」姿で飛び出すつもりだったのだろう。着替えるといわれてびっくりしたような顔をした。

「みぎてくん、ゲレンデに魔神のパンツ姿で飛び出すのは止めなさいって。それにそのこてとブーツは金物だから凍傷になるわよ。」
「あ…そっか、しかたねぇなぁ」
「ほらほらっ、手伝ってやるからさっさと着替えようぜ」

 そういうことでみぎてはちょっと窮屈なスキーウェアー姿でヒサとの決戦を迎える事になったのである。

*      *      *

 三人はスキーウェアーにブーツ、板持参というどう見ても早朝スキーをするとしか見えないスタイルで玄関前に集合した。天気はさっきの嵐が嘘のように晴れわたっている。やはりあの嵐もヒサの魔力だったのかもしれない。しかし困った事に太陽は登っていないどころかようやく東の空が白み始めた時刻なので、照明でもつけないとちょっとスキーは難しい。いや、それ以前にリフトが動いていないのだからゲレンデを登る事が出来ないわけである。

「照明の方は私がなんとかするわ。リフト代わりはみぎてくんよろしく。」
「えっ?うーん、まあなんとかならぁ。」

 セルティ先生が軽く呪文を唱えると、彼女の近くにいくつものまばゆい光の珠が現われた。「ハロゲンの精霊」「ネオンの精霊」達である。普通の光の精霊(ひとだまとか)に比べてハロゲンの精霊は光量がずっと大きい。もちろん召喚にかかる魔力も高いので、家庭用ではなくサーチライトやイカつりの漁船などで使われている。ネオンの精は光量は普通だが、代わりに赤や緑のいろいろな光を放つ事が出来る面白いやつらである。看板でおなじみの精霊だろう。ハロゲンの精は照明で、ネオンの精霊は信号用につかうのである。

 さて、「リフト代わり」の御指名を受けたみぎてはセルティ先生の準備が出来たのを確認すると、一気に炎の翼を広げた。炎の翼といっても実はこの魔神の精霊力が形になったものである。スキーウェアーが燃えたりすることは滅多に無い(激怒したりすると危ないが)。そして彼はそのまま二人の背中をつかむと一気に空へと飛びあがった。人間二人を軽々と抱えて平気なのだから、やはりこの魔神はたいした力持ちなのである。

「すごいわね、さすがは魔神だわ!」
「へへっ、これぐらいは俺さま大丈夫…あ、コージ、動くなって!」
「大丈夫なのか?かなり不安なんだけどさ…」
「丘の上までなんだから頑張ってよ!」

 実はみぎては腕力の方にはまったくの問題はないのだが、飛ぶ方に今一つ自信が無いのである。コージとセルティ先生は体重がかなり違うので(やはり女性であるセルティ先生の方が軽い)左右のバランスがなかなか取れないのである。まっすぐ飛ぶのに相当苦労しているのがよく判る。

 どうにかこうにかゲレンデの上までたどり着いた三人はいよいよスキーで目的の場所、ヒサのいるらしい「クロスカントリーコース」へとチャレンジする事になった。セルティ先生の霊視だからコージやみぎてよりずっと確度が高い。まああれだけの精霊力を振りかざす事が出来る雪女だから、魔道士が本気になれば居場所をつかむ事は簡単な事だった。

「みぎてくんにはちょっとハードなコースかもしれないけど、頑張ってね!」
「おっけー、任せとけって!」

 こういう時は根拠がどうであれ、みぎては自信たっぷりである。ということでハロゲンの精霊のまばゆい光に照らされて、三人はさっそうとクロスカントリーコースを滑っていったのである。

*      *      *

絵 武器鍛冶帽子

「まさか来たの?!スキーなど出来ないと思っていたのに!」

 クロスカントリーコースのちょうど中間、杉林のそばで彼らはついにヒサを見つけた。彼女は相当びっくりしたようである。まさか赤や黄色のまばゆい照明(例のネオンやハロゲン精霊)を引きつれて「炎の魔神」が、それも「スキー姿」でやってくるというなど、彼女の想像図にはまったく無かったのであろう。いや、実際ここアナトリアホワイトバレースキー場開設以来初めての大珍事なのであるから、彼女の驚愕は無理も無い。

「へへっ、俺さまスポーツは大得意だぜっ!」
「みぎて、自慢している場合じゃないって!」

 驚く雪女の表情を見て,みぎてはちょっと得意げなポーズをつけた。が,あいにく今はそういう気楽な状況ではない。人質、ディレルの命がかかっているのである。

「あんたね?うちの学生を誘拐したのは!」

 セルティ先生は怒りをあらわに雪女に噛みついた。こういう時の先生は正直、かなり恐い。大魔神であるみぎてすら逃げようかなと真剣に思う恐さである。

「ほほほ、女魔法使い。おまえ程度の魔力で私に勝てるとでも思っているの?」
「言ったわね!妖怪の分際で偉そうにするんじゃないわよっ!」

 舌戦の段階でこの始末である。このままではすさまじい女の戦いになるのは確実な様相だった。

「ちょっとみぎて、先生逆上してるから頼む!」
「あ、判った。任せとけっ!」

 ちょっと参ったようにコージはみぎてに耳打ちした。とにかくこの場はディレルを救出する事が肝心である。雪女は先生とみぎてに任せて、その間にコージがディレルを救出するのである。そこまでのことを二人は一瞬のうちに目で会話したのだから、やはり二人の息はぴったりだった。

 雪女と先生のかなり醜い口論を後目に、コージは林の中に入っていった。その姿が消えたのを確認してみぎてはいよいよ炎の翼を広げた。まばゆい赤とオレンジ色の光が朝焼けのゲレンデを明々と照らす。

「おのれっ!炎魔神!これ以上私のテリトリーで暴れさせるわけにはいかないわ!」
「テリトリーって、鳥じゃあるまいし、俺さまがスキー来たくらいで文句つけんなよ!」
「うるさい!スキーに名を借りて侵略しに来たのは判っているのよ!」
「それ誤解だって!」

 どうもこの雪女は大魔神級の炎の精霊であるみぎてがこんな雪山に姿を現したという事で、テリトリーを侵されたと勝手に誤解しているようである。まあたしかにみぎてほどの強大な炎の精霊力ともなると、他の精霊がびっくりするのは無理も無い。いや、炎の魔神がスキー旅行に来る事そのものがかなり非常識な話なので、彼女の誤解は当然の成り行きだった。
 しかしいくら誤解で喧嘩になったからといって、関係の無い(というわけでもないが)ディレルを誘拐してしまうというのはやはり許される事ではない。問答無用というように氷の精霊力を呼び起こし始めたヒサに、みぎてとセルティ先生は炎の結界を張って応じたのである。

6.「えええっ、決まりですかぁ?」

 ヒサの攻撃は前回よりも更に強力なものだった。さっきはホテルに進入するために空調を止めたり嵐を呼び起こしたり、要するに余計な魔力を使っていたせいであまり十分な力を攻撃に使う事ができなかったのだろう。雪原を巻き上げて襲ってくる強力な呪文の打撃力は半端なものではなかった。バビロン大学の教授であるセルティ先生が防戦一方になるほどである。

 とはいっても今回はみぎてとセルティ先生の二人がかりでの結界である。大魔神級のみぎての魔力とセルティ先生の数々の呪文を組みあわせれば、相手がよほど…精霊神級の力の持ち主でもない限り何とでも対処できる。みぎてが本気になれば一撃で勝負がついてしまうかもしれない。

 しかしやっぱりこの魔神はどうしてもヒサを殴ったり炎を投げつけたりすることは出来ないらしかった。これにはセルティ先生も参ってしまう。気持ちは判らない事も無いが、ひたすら防戦ではちょっとやっていられない。

「みぎてくん!このまま防戦じゃ辛いわよ!」
「わ、わかってらぁ。」

 そういいながらもいっこうに反撃に出ないのだから、やっぱりみぎては相当のフェミニストである。
 雪女の方はこんなみぎての態度が腹がたつのか、ますます激しく二人を攻めたてる。しかしみぎてとセルティ先生の結界は頑丈で、とても彼女の精霊力ではひび一つ入れられそうに無かった。

 ついに彼女は最後の手段に訴える事にした。

「炎魔神!結界を解きなさいっ!こっちには人質がいるのよ!」
「くっ!」
「まずいわっ!みぎてくん!」

 悲鳴とも抗議の声ともつかない叫びが二人の口から漏れる…が、今の彼らには他に方法は無かった。みぎては唇を噛み締めて結界を解こうとした。その時である…

「おーい、みぎて~っ!先生~っ!こっちはもう大丈夫だ!」

 林の向こうから声が、彼らを救う声が飛んできたのである。コージだった。コージがディレルを見つけ出し、無事に保護してくれたのである。

「な、なにっ!まさかもう一人が回り込んでいたの?!」

 慌てる雪女だがもはや手後れである。コージはディレルを抱え、既に林から抜け出している。ディレルはちょっと弱ってはいるものの命に別状はないようだった。
 雪女はもはやこれまでと、コージ達を二人まとめて氷づけにしようと魔力を振り絞った。ブリザードが一気に舞いあがり全てを飲み込もうとする。しかし…

「コージっ!!」

 次の瞬間みぎては一気に翼を広げ、空中に踊りあがるとそのまま炎の魔力を開放したのである。周囲全てに灼熱の光が広がる。そしてその光が終わったとき、ブリザードはまるで泡雪のように溶け去っていたのである。

*      *      *

「私の負け、炎魔神…」

 雪女はがっくりと肩を落としてその場に膝をついた。魔力でも敗れ、人質すら奪い返されては完敗である。彼女はあきらめたように首を横に振り、降参した。

「もういいだろ?俺さま、スキー楽しいしさ、判ってくれりゃいいんだよ!」
「えっ?本当にそれだけなの?」
「だから言っただろ?俺さまスキーしにきただけだって!」

 あっけらかんとみぎては言った。実際この魔神にしてみれば、コージ達とスキーさえ出来ればどうでも良いのである。まさかヒサからスキー場のテリトリーをもらいうけるわけにもいかない。炎の魔神の彼が雪を降らせることが出来るわけも無いではないか。まあ誘拐されたディレルの身になって考えてみればちょっとしゃくに触るのだが、そんなことより今日のスキーの方が大事である。
 セルティ先生は呆れたように笑うと言った。

「そうねぇ、みぎてくんがそういうならこの話、水に流しても良いわ。まあ雪だらけになったホテルだけなんとかしないといけないけれど。ディレル君も元気そうだし…」
「かまわないですよ。ホテルに帰ってちょっと寝れば元気が出そうです。さすがにびっくりしたんですが」

 やさしく笑うディレルを見て、みぎてはうれしそうにうなずいた。そして…突然ヒサの方に振り向くといたずらっぽくこんなことを言ったのである。

「せっかくだし雪女ちゃん、俺達といっしょにスキーしないか?俺さまそれで大満足だけどさ?」

 みぎての予想外の一言にヒサは驚いた表情になった。さっきまであれだけ激しく闘っていたというのに、まさかいっしょにスキーをしたいだのと言い出すとは予想もしていなかったのである。しかしにこにこと笑う炎魔神の笑顔を見ているうちに、さしもの雪女の顔も次第にほころんできた。この炎の魔神の言葉は嘘ではない。そう、さっき確かに(彼女から見ればとても上手とは言えないが)、彼はシュプールを描いてやって来たではないか。
 少しはにかんだような表情になってヒサはうなずいた。それを見た炎の魔神はやったというように拳を握ってポーズを決める。

「ほらほらっ!ナンパ大成功っ!」
「みぎてぇ、おまえのスキーの腕で雪女ちゃんについてくつもりかぁ?きっとすごく巧いぞ」
「そうねぇ、手取り足取り教えてもらいなさいよ。」

 呆れたようにつっこむコージとセルティ先生にみぎてはいつものふてくされた表情になった。それをみて一同は声を上げて笑ったのはいつもの事である。
 さて、ひとしきり笑った後ヒサは不思議そうにコージに聞いた。

「しかしコージさん、あなた、なぜわたしの隠した人質を簡単に見つけ出す事が出来たの?」
「あ、そうだな、俺さまも不思議。気配全然感じなかったからどうしようかと思ったんだ。」

 彼女があれだけ簡単には判らないように魔法をかけて隠しておいた人質が、どうしてこんなにあっさり見つかってしまったのか…ヒサにとってこれだけはどうしても理解できないことだった。さっきも言ったが彼女の魔力はみぎて程ではないが相当強い。その彼女が隠した人質を、どうしてコージとかいう魔法使いの卵がいとも簡単に見つけ出す事が出来たのだろう。
 するとコージはにやりと笑い、ポケットから小さな箱のようなものを取り出した。それは古ぼけた紙の箱で、表紙には錬金術士の絵が描かれている。そう…コージが祖母からもらったタロット、この炎の大魔神とコージをつないでいる力あるカードだった。彼はいまだそれを使いこなす事は出来ない。しかし今回人質のディレルを見つけ出したのは、このカードを使った簡単な占いだったのである。
 自慢げにタロットを見せるコージに、ヒサは驚いたような表情をした。

「それは!スレイマンのタロットね!」
「えっ?雪女ちゃん、知ってるの?」

 雪女はうなずく。精霊と魔神達の王にして友スレイマン、その伝説の王の秘宝の一つがこのスレイマンのタロットだった。真の使い手が手にすれば偉大な力を発揮するといわれている。しかしスレイマンのタロットで彼女の呪文を破られたというのであれば、それはこのコージという青年が真の使い手…少なくともそうなる可能性を秘めているということを意味しているのである。
 雪女ヒサはコージに例の美しい微笑みを見せ、こういった。

「このカードは使い手次第で自在の力を発揮するというの。コージさん、それを使えるなんてすごい。」
「げげっ、なんだかしんどそう…」
「そうね、じゃ、コージ君、来年の論文はこのカードの研究で決まりね!」
「えええっ、決まりですかぁ?」

 スキー場でいきなり学位論文のテーマが決まってしまうとはなんだか間抜けである。ちょっと情けないような表情になったコージにみんなはまた大声で笑った。その時ちょうど東の空に太陽が顔を出し、純白のゲレンデをオレンジ色の光で染めたのである。

*      *      *

 残りの話はもはや後日談である。ちょうどホテルの朝食時間に帰りついたみぎてたちは大急ぎで朝飯をかきこみ、部屋の片付け(雪だらけの部屋をなんとかしなければならない)を大急ぎでやっつける事になった。幸いヒサは雪を自由に操る事が出来るので、積もった雪を戸外に放り出し、みぎての炎の翼で部屋を乾かしたらいいのである。(こういうのを「精霊力の無駄遣い」と呼ぶのかもしれないが、さっきのバトルに比べればずっと建設的な使い方とも言える。)そして十時前には再び、ヒサまで連れだってゲレンデに飛び出したのであるから、やはりこいつらは遊ぶ事に関しては執念を燃やしている。

 ディレルは意外と元気で、凍傷はおろか風邪も何もひいているようすはない。まあ大切な人質という事で怪我をしないようにヒサが保護していたのだろう。身体が弱っていたのは単なる睡眠不足である。ということで昼過ぎにはもうゲレンデに出てヒサといっしょに楽しくスキーをしていたというのだから呆れるばかりである。当然ながらヒサのスキーの腕前は素晴らしく、彼女の滑走についてゆけるのはコージやディレルではとても無理で,スキー暦十数年のセルティ先生だけだった。

 みぎてはというと、二日目になってかなりスキーらしいスキーが出来るようになっていた。まあディレル救出戦でいきなり夜間のクロスカントリースキーをこなす羽目になったということで、少々のコースは平気になってしまったのである。ときどき転んで周囲に湯気を巻き散らすことはあるのだが、まったく気にしていないようである。本質的にスピードが出るものが好きなので、がんがん滑って…やはり転ぶのである。

 そして瞬く間に三日目、彼らが帰る日がやってきた。

「楽しかったな~、俺さまスキー大好き」
「みぎては面白かったろーな、喧嘩も出来て…もうちょっとこけるかと思ったのにさ」

 日頃の運動不足を解消して満足した顔つきのみぎてに対して、コージはいささか不満顔である。もうちょっとみぎてがスキーでうろたえるところが見たかったのであろう。しかし本音はこれほどまでに密度の濃いスキー旅行は初めてという感じが強い。激しいが、楽しかった…これ以上何を望むべきだろうか。
 しかし幹事で、トラブルのド真ん中に放り込まれてしまったディレルは苦笑していった。

「いろいろトラブルありましたが、まあこのぐらいで勘弁してください。いくら幹事でもこんなトラブルは防げないですよ…」
「済みませんでした。早とちりでディレルさんにはご迷惑をおかけして。しかし久しぶりに楽しくスキーが出来ましたわ」

 ヒサがにっこりと微笑むとディレルは笑ってうなずいた。結局のところ彼も騒ぎの後にヒサという新しい友人を得る事が出来たのである。良い思い出であろう。
 そろそろバスの出発の時刻である。みぎて達は次々とバスに乗り込み、窓を開けて見送りのヒサに手を振った。

「手紙、必ず書くわ。来年も来てね!」
「おう!またな~!」
「また来ますね!」

 バスはクラクションを鳴らすと雪煙を上げてゆっくりと走り始めた。窓から手を振るみぎて達に彼女はにっこり微笑んで深々とお辞儀をした。そして…
 バスが見えなくなるまで彼女はそのままみぎて達を見送っていたのである。

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