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炎の魔神みぎてくん 大HANABI ③

③ おまえだけこんな無茶させてどうするんだ!

5.「さあ、いよいよ最後です!参りましょう!」

 コージとみぎてが会場に戻ったのはパレードが出発するちょっと前だった。

「もう、心配したわよコージくん!」
「悪い悪い。すぐ着替えるさ」

 ポリーニはいつもと違ってあんまりコージに文句を言わなかった。やはり少しはさっき彼が怒ったことがこたえているのかもしれない。彼女のコージ達に対する毒舌は、ある意味互いに慣れ親しんでいるからこその、ちょっとした甘えなのだろう。親しき仲にも礼儀有りという言葉もある。もしかするとコージの居ない間にディレルにでも絞られたのかもしれない。もっともあのおっとりディレルがポリーニを絞るなんてことが出来るとは思えないのだが。
 コージ達といっしょに駆けつけてきた氷沙にディレルはにこにこ笑いかけた。

「あ、氷沙ちゃんだ。いっしょにパレード入りません?」
「えっ?でもそんな仮装持ってきてないし…」
「大丈夫ですよ。和服だけでもちょっと珍しいですし、きっと人気でますよ!」
「そうねぇ、雪女のコスプレでいいじゃない!」
「っていうか、私、そのものなんですけど…」

 本物の雪女が雪女のコスプレと称するのは反則のような気もするのだが、その辺の細かいことはどうでもいいのである。とにかく騒げればそれでOKなのだ。
 大あわてでコスチュームを着たコージとみぎてが現れると、それだけでずいぶん妙な集団が出来あがった。みぎては真っ黄色、ディレルはブルー、コージはグリーン、ポリーニはピンクの戦隊ヒーローである。ちょっと首をかしげて氷沙はポリーニに聞いた。

「レッドっていないんですの?ポリーニさん」
「うふふ、それは大丈夫。ちゃ~んと登場するから」

 ポリーニはよくぞ聞いてくれたというようにうれしそうに言う。まあ発明家というやつは、自分の作品のことについて聞かれるのがなによりもうれしいものなのである。

 一同はパレードの出発位置に移動して、パレード用の車に飛び乗った。こいつは実はディレルの自宅の軽トラックを、色とりどりの紙テープやらモールやらクリスマスツリーの電飾やら、さらにはちょうちんまで並べてデコレーションしたものである。車の横に「潮の湯」とか文字が入っている(ディレルの自宅がお風呂屋さんであることは、既にご存知の方も多いだろう)のが、なんだかちょっとなさけないがこれはしかたがない。運転するのは助教授のロスマルク先生だった。セルティ先生は実行委員なので、パレード本体には参加できないわけである。

「なんだかえらく恥ずかしい車ですな。一世一大の赤っ恥のような気がしてしかたがありませんよ」

 この初老の温厚な学者は困ったようにコージ達に言う。

「まあ冷房効いた車内でパレード見れるだけでいいじゃないですか」
「そういってもねぇ…同じ山車しか見れないんですから、あんまりメリットにならないんですけどね」

 たしかに車内はそれなりに冷房が効いているのだが、パレードといっしょに車も移動しなければならない。つまり近くの山車しか見れないわけである。それに加えて超のろのろ運転をしなければならないのだから、このおんぼろ車ではあまり快適であるとは言いがたい。とはいえコージ達のように炎天下で変なコスプレしながらダンスもどきをしなければならないというわけではないだけ、助教授の仕事はまだ楽である。あくまで大学の企画の一環なのだから、多少は恥をかいてもらわないと不平等と言われてもしかたがない。

「あ、でも前のグループすげぇ。女みこしだぜ!」
「おや、あれはすごいですな。ほっほっほ」
「やだ先生、何ですのその笑い方~」

 コージ達のグループの前には、これはどこかのスーパーマーケットの店員であろうか、なんとレジをやっているお姉さんやおばさんがおみこしをかつぐという集団がいる。リーダーらしいおばさんなどは胸をさらしで巻いているものだから、なかなか勇ましい姿だった。ロスマルク先生はこういうちょっと色っぽい感じがする出し物のほうがうれしいらしく、あやしい笑い方をして氷沙に突っ込まれる。

「後ろはどんなグループなんだろうな、コージ」
「もうすぐ来るんじゃないか?出発まで間もないしさ」

 みぎてはコージが機嫌を直したので本当にうれしそうに笑いかける。結局こいつの単純な笑顔にコージは惚れたのである。さっき氷沙が言った、精霊族ではみぎては異端視されて、仲間が出来にくいという話をちょっと思い出してコージは魔神に笑い返した。
 ところがその時である…

「あれっ?急に日陰になったぜ」
「雲じゃないの?…あっ」

 たしかに突然彼らの周囲に影が落ちた。まるでビルの影に入ったような状態である。影は丁度彼らの斜め前方向へと伸びている。だが驚いたことにそれは…人型だったのである。

「な、なんだろあれっ!」
「なによあれ!ゴーレムじゃない?!」

 振り向いた彼らは真後ろに大きな…ちょうど二階建ての家くらいのサイズの、巨大な人形がいるのを見た。

「な、なんだ、変な形だな~」
「なんだかボウリングのピンみたいだな」

 たしかにシルエットだけ見れば、人型というか、ボウリングのピンみたいだというか、やや細長いちょっとくびれのある卵型というか、とにかくそういう形である。フランス人形とかそういうリアルなものとはえらく違う。しかしちゃんと顔が(それも頬が真っ赤な女の子の顔が)あるし、それに胴体の部分はこれはもう極彩色の服のような模様が描きこまれている。かなりきちんとした彩色で、作ったやつのマニアぶりが伺われる。
 あっけにとられた彼らがその巨大な人形を見上げると同時に、どこかで聞いたような高笑いが聞こえてきた。その声を聞いた瞬間コージやみぎてはうんざりと、そしてポリーニだけは唇をかみしめ、闘争心剥き出しの表情になったのである。

「ははははは、凡人の皆さん、ご機嫌いかがですか?あなたのシュリ・ヤーセンです」

 変な人形の胸から小さなステージが繰り出し、そこから案の定、例の壊れ発明家、シュリが姿をあらわしたのである。どうやらこの変な人形は彼の出し物らしい。ポリーニはわずかに興奮気味に声をあげた。

「でたわね、へっぽこ発明家!このおにんぎょさんがあなたの新発明だというの?」
「もちろんそのとおり。さすがにポリーニさん、あなたは多少発明をこなす人だけのことはありますね。わたくしの斬新なアミューズメントマシンのすばらしさが判るのだから!」
「あ、あみゅーずめんとましん?コージ、どういう意味なんだ?」
「また馬鹿にされるから黙ってろよ、みぎて」

 ボキャ貧まるだしのみぎての戯言など無視して、シュリは得意まんまんの笑みを浮かべ、朗々とした声で(こういう時にしかシュリは大声を出さない)この自称傑作アミューズメントマシンを紹介した。

「祭りならではのビッグサイズにもかかわらず、ほとんど動力を必要としないエコロジー設計!日中だけでなく夜間も華やかな電飾装備のステージ!全身にお祭り仕様最新鋭打ち上げ花火三百発装備!さらには大音響サラウンドスピーカーの大迫力!これが最新作『クイーン・マトリョーシカ三世号』です!」

 どこからともなく割れるような拍手の音まで聞こえてくる。どうやらその「大音響サラウンドスピーカー」の威力らしい。

「マトリョーシカって…」
「あれって確か、ロシアかどこかの人形だよね。中にもいっぱい同じ人形が入ってるやつ…」

 思いっきりあきれ顔でディレルとコージは顔を見合わせたのは言うまでも無い。が、ディレルのあきれ顔はすぐに驚愕の表情に変わることになったのである。

 彼らが見ている前で、突然マトリョーシカ人形の胸のあたりからさらに大きなステージがせりだしてくる。同時に真っ白なドライアイスの煙までもうもうと流れ出した。電飾が(昼間だからそれほど目立つものではないが)ちかちかと瞬き、なんだかもうポップスの歌手のコンサートみたいな光景である。
 そしてそのステージの真中には、なんと驚いたことに(考えてみれば当然の結末なのだが)ディレルの妹のセレーニアが、これまたカーニバルならではの孔雀のようなすごい衣装と、それから真っ白なでかい羽根扇子まで持って現れたからだった。

「あっちゃ~、すごい格好…」
「あにき~、ねね、すごいすごい?ちょ~派手でしょ?」

 頭を抱えるディレルに対して、妹のほうはもう有頂天である。あの服装はマトリョーシカ人形とはまったく違うセンスなので、おそらくセレーニアが自分で指定したものに相違無い。とにかく彼女にしてみれば今風のド派手ファッションで、さらにお立ち台に立てればそれでいいのだから、これほど都合のよい話はあるまい。

 パレード開始前から疲れきったようなディレルだが、逆にポリーニはファイト満々である。派手さで言えば明らかに負けているのだが、どうやらまだ秘密兵器が有るらしい。ちょっと不安に思った氷沙はポリーニにこっそりと聞いてみた。

「まさかポリーニさん、まさかお約束でこっちも巨大ロボがくるとかそういうパターンじゃないですよね…」
「ほんとはそれやろうとおもったのよ。でも今回はやめたわ。予算オーバーしちゃうし…」

 真剣な顔で言うポリーニに氷沙はのけぞる。どうやら彼女も巨大人形を(戦隊ものにつきものの巨大ロボである)出すつもりだったらしい。そうなるとマトリョーシカ人形と戦隊もの巨大ロボという、極めてはた迷惑な巨大山車が二台並ぶことになってしまう。思わず氷沙は「そうならなくてよかった」とほっとしたのは言うまでも無いのだが、それに代わる派手な演出となると…想像するだけで嫌な予感がする。
 しかしそうこうしているうちに彼らの山車の出発時刻がやってきてしまった。そして氷沙の予想通りこのパレードはとんでもない展開となってしまったのである。

6.「…大魔神級…いるじゃん」

 真夏の太陽が照りつける中、パレードはゆっくりと進んでゆく。沿道の前にも後ろにもすごい数の観客が集まっている。
 コージ達はパレードの中でずっとさっきから夢中で飛んだりはねたりの演技を続けていた。ポリーニの戦隊ものスーツは、これは地味だが結構すごいもので、本当に特撮ヒーローのようにすごいジャンプが出来るというものだった。それに少々転んでも衝撃を完全に吸収してしまう。スーツの厚みを考えるとこれはもう大発明だと言っても過言ではない。
 とはいえ後ろの巨大マトリョーシカ人形に比べるとやっぱり地味である。人気のほうもそっちに集まってしまうのはしかたがない。マトリョーシカ人形はどういう風に走行しているのか判らないのだが、とにかくそのままの状態でするすると滑らかに地面を移動する。胸のステージではセレーニアが音楽にあわせてパラパラを踊って喝采を浴びる。やはり女性のパフォーマンスは人気が高い。それを見るごとにポリーニは怒りがこみあげてくるらしかった。

「うぐぐぐぐっ!このままって言うわけには行かないわ!みんな行くわよ!みぎてくん準備はいいわね!?」
「ま、まじにあれやるの?ちょっと危ないとおもうけどなぁ…」
「俺さまはいいけどさ…いいのかほんとに?」

 周囲が止めるのも聞かずにポリーニはポケットから小さなスイッチを取り出した。なんだか起爆装置みたいである。いや、「みたい」ではなくそれは本当に起爆装置だった。ポリーニがスイッチを押すと同時に突然ポンと小さな音がして、コージ達の足元からピンクや緑の煙を伴った爆発がおきる。当然コージ達は打ち合わせ通り空中にジャンプするのである。

「あ、やっぱり…」

 車の中の氷沙は予想したとおりの展開に半ばあきれ顔でため息をついた。運転手のロスマルク先生も同感である。やはり戦隊もの特撮とくれば、意味無く五色の爆発がおきて、左右対称にみんながジャンプしたりするものなのである。沿道で爆発というのは警察が怒るような気もするのだが、やってしまったのだから今さらどうしようもない。幸い爆竹程度の花火で、音もほとんどしなかったので警察が来る様子はないが、やはりひやひやものである。
 まあ無茶をしただけのことはあって、効果のほうはそれなりだった。時々この「五色の爆発」をやれば人目のほうは引く。爆発の瞬間にはきゃあきゃあと沿道から歓声と拍手がおきたのだから結果は成功なのだろう。ポリーニはちょっと機嫌を直して笑い始めた。
 しかしこの成功を見ていたシュリにとっては、これは面白くないことらしかった。例のステージからマイクを握りしめ、ポリーニに向かって大音響で言ったのである。

「はっはっは、なかなかの演出ですね。しかし上には上が居るということを教えて差し上げましょう!」

 シュリがそう宣告すると同時に、BGMが変わる。今までですら踊りがパラパラなので比較的アップテンポの曲だったのだが、今度はもう聞いているだけで目が回りそうなテンポの曲である。それにあわせてセレーニアも忙しげに両手をくるくると動かす。と、同時に…
 マトリョーシカ人形の全身から針ねずみのように小さな筒が生えてきたのである。

「御覧なさい!これはすべてこのマトリョーシカ人形の主砲とも言うべき大型花火弾です。これだけの火力を持ってすれば、あなたがたのちっぽけな演技など一撃で吹き飛んでしまうでしょう。はっはっはっ!」

 どうもシュリはこの人形を戦車かなにかのつもりで作ったのだろうか…主砲とか火力とか、用語そのものが既にダメである。まあしかし花火を打ち上げるには丁度ころあいもよい。向こうのほうには終点である市庁舎前広場が見えている。たしかにクライマックスにはふさわしい場所だった。

「さあ、いよいよ最後です!参りましょう!」

 シュリが高らかにフィナーレを宣言したその時だった。どういうわけかマトリョーシカ人形がぴたりととまったのである。

「…」
「なあコージ、なんだかあれ煙吹いてないか?」
「あ、ほんとだ…」

 ステージの上に居るセレーニアはあれっとでもいうように一瞬踊りをやめた。とはいえBGMは止まるどころかますます速くなっているので、彼女は気を取り直して踊りを再開する。ところが彼女が踊りを速めるとともに、煙のほうはどんどん激しくなってゆくように見える。

「コージ、やばいぜあれ。中にすげぇ力がたまってる!」
「ほんとかみぎて?!故障したみたいだし…」

 コージ達は慌てて演技をやめ、マトリョーシカ人形を注視した。すると…
 突然巨大な人形は、見る見るうちにぶすぶすと煙と炎をはき始め、燃え上がり始めたのである。

*     *     *

「うわっ、火ぃ吹いた!」
「みぎてっ!頼むっ!」

 炎は人形のあちこちから激しく吹きだしていた。人形の外装の境目から吹きだす炎は、まるで火山の地割れから吹きだす溶岩のようだった。そして内部の圧力に耐えられないのか、マトリョーシカ人形はバリバリとひび割れてゆく。
 大慌てでみぎては深紅の翼を広げ、空中へと舞い上がった。人形はともかく乗っているシュリとセレーニアを助けださないといけない。いくら自分の失敗発明品だからといって心中するというのはあまりにもひどい。みぎての翼が輝きを増すにつれ、今までの黄色のウェアーが深紅に変わる。みぎての精霊力に反応しているのである。ポリーニお得意の魔法検知性繊維である。(これがさっきポリーニが氷沙に言った『レッドもちゃんといる』という意味なのだが、今回はそれどころでは無くなってしまった。)
 しかしいくらみぎてといっても、同時に二人を助けだすのは無理である。炎のほうはみぎてにとってはなんていうことも無いのだが、場所が悪い。二人の居る場所はマトリョーシカ人形の胸のステージなのだが、丁度バルコニーが二段になっているところで、多少の距離が有るのである。
 空中に踊りあがったみぎてはまっすぐ目の前のシュリのほうに飛んだ。シュリ、セレーニアの順で飛べば、地面に着地したときに二人への衝撃は少ない。しかしみぎてがシュリにたどり着こうとしたとき、さらに激しく爆発が起こったのである。

「まずいっ!」

 真っ青になったコージの目の前で、マトリョーシカ人形はそのまま崩れ始めた。これでは間に合わない。シュリもセレーニアも、下手をするとみぎてまでも大怪我をしてしまうかもしれない。
 ガラガラと激しい音と炎と煙をあげて、人形は崩れ落ちた。

「だいじょうぶかっ!みぎてっ!」

 コージはやけどの危険も省みず、崩れ行く人形のほうへと飛びこんだ。不思議なことに炎の近くに居るのにもかかわらずあまり熱さを感じない。煙の向こうに人影が居る。

「みぎてっ!」
「コージっ、こっちは大丈夫だぜっ!みんな無事だ!」

 見るとそこにはみぎての翼に守られて、シュリとセレーニア、そして意外なことにディレルが居たのである。二人とも衣装こそ多少すす汚れているものの、まったくの無傷だった。

「あにき、ちょ~すごいっじゃん!みなおしたよ!」

 どうやらみぎてがシュリを助けだす間に、ディレルが妹を助けに飛びこんだらしい。そう言えば今着ている戦隊ものスーツは、本物みたいにジャンプが出来るという代物である。どおりであのタイミングで間に合うわけだった。

「どう?あたしの新発明『特撮ヒーローブーツ』と『超断熱ウェアー』は?」

 悠々とポリーニは炎を乗り越えて彼らのほうにやってくる。表情には「勝ったわ」という思いがありありと浮かび上がっていた。

 しかし彼女にせよ至福の時間に浸っているわけには行かなかった。このままでは二人どころか観客までけが人が出てしまう。こまったことに観客のほうは、これがなにかのアトラクションだと勘違いしているのか、騒ぐばかりでいっこうに逃げ出す様子が無いのである。マトリョーシカ人形のほうは既に外皮の部分がはげおち、中から骨格やら動力機関やらが剥き出しになっている。崩れ落ちた外皮のあたりには、さっき紹介のあった「花火弾」がごろごろころがっていて危なっかしいことこの上ない。
 そして瓦解した人形の中心には…これはもう明らかに危険なエネルギーの塊が、既に光の塊となって存在していたのである。

*     *     *

「お、おいっ!シュリ、あれなんだよ?」

 みぎては炎の翼を精一杯に広げながら、光の塊を指差した。光の塊は赤や黄色、緑とさまざまな色に輝き、脈動している。それはあたかも周囲の観客の騒ぎ声や興奮に共鳴しているかのようだった。
 シュリはちょっと怪我をしているにもかかわらず、うれしそうに立ちあがる。

「よっく聞いてくれました!あれこそは『クイーン・マトリョーシカ三世号』の心臓部、お祭りの興奮をそのまま偉大なエネルギーに変換して動力にする永久機関!名づけて『御神体XR』なのです!」
「御神体って…」
「よく見ればあれ、仏像じゃん…」

 たしかに強く輝く光のせいではっきりとは見えないのだが、なんだか仏像のように見える。そのものずばりを指摘されたシュリはちょっとむっとした表情になる。
 しかしポリーニはちょっと慌てたようにシュリに言った。

「ちょっとシュリ、あんたひょっとすると計算間違えたのね!お祭りの興奮のエネルギー!」
「は?そんなはずはありませんよ、この私が…」
「なに言ってるのよ!あんたのところのマトリョーシカ人形とパラパラが目立って、観客が大喜びするとエネルギー増えるのあたりまえじゃない!それ計算に入ってないわよ!」
「…まずい…」

 さしものシュリも一瞬顔色が変わった。自分の発明の欠陥をずばりと指摘されたのがショックだったのだろう。もっともシュリ以外のメンツはもっと重大なことで顔色を変えることになった。

「コージっ!あれまだ強くなってるぜ!」
「なんだってっ?みぎてっ、ほんとか?」

 コージだけでなくその場の全員は光り輝く仏像のほうを注視した。たしかに…魔法使いの卵であるコージ達には明らかに、仏像「御神体XR」のエネルギーがどんどん強くなってゆくのが一目でわかる。それと同時に周囲の沿道の人々が騒ぐ声が大きくなってくる。光と煙に驚く観客達がますます興奮の度合いを深めているのである。
 コージはとっさに動き始めた。もはや一刻も猶予は無かった。

「氷沙ちゃん!沿道に寒気で結界を張って!爆発しても大丈夫なように!」
「はいっ!」
「ディレルは妹さんつれていって!安全なところに!」
「わかった!」

 同時に一同は動き始めた。氷沙は雪女の本当の力を呼びだし、周囲に寒気のバリアーを張り始める。彼女の力ならとりあえず今は火災を防ぐことはできるだろう。ディレルは妹をつれて瓦礫の向こうへと走ってゆく。
 みぎては残った三人を守るように翼を広げて言った。

「コージ、なんかアイデア有るのか?」
「ないよ。今考えている。」

 人々が興奮すればするほど御神体XRのエネルギーは増えてゆく。いずれはリミットを超えて行き場の無いエネルギーが爆発を起こす。そうなればいくら氷沙といえども被害を防ぐことは出来ないだろう。お祭りを解散させればいいのだろうが、この状況ではとてもできない。
 コージ達は青ざめた表情で七色に強く輝く仏像を見つめて、なにか手段が無いか必死に考えるしかなかった。タイムリミットはもうすぐ…間違い無くもうまもなくだった。

*     *     *

 ところがそのとき、シュリがぼそりと言った。

「簡単ですよ。『御神体XR』から力を引き出せばいいんです。」
「は?…」
「どういうこと?」

 事態をまったく把握していないのか、それともやっぱりマッドなのか判らないが、シュリは悠然と、そして得意げに説明を始める。

「現在『御神体XR』は臨界近くまでエネルギーをためこんでいます。せっかくの莫大なエネルギーのはけ口が無いからですね。このはけ口が『マトリョーシカ』だったのですが…」
「で?」
「マトリョーシカが壊れてしまった以上、代わりに誰かがエネルギーを引き出し、それを魔法にして放出してやればいいのです。しかしあれだけのエネルギーとなると、せめて大魔神級の巨大精霊かなにかじゃないととても制御なんて無理ですけどね」
「大魔神級?そんなのとっさになんて無理じゃない!」

 悲鳴のようにポリーニは声をあげた。しかし…コージはちょっと首をかしげて、一言言った。

「…大魔神級…いるじゃん」

 同時に全員の視線はみぎてに集中した。そう、もしシュリの解説が本当だとすれば、この場を無事におさめることが出来るのは、ただ一人みぎてだけだったのである。

7.「俺が手伝うからさ。みぎて」

「しかたねぇな。へへっ、俺さまの出番か」

 みぎてはまったく躊躇せず立ちあがった。恐怖など微塵も感じてないような口ぶりである。しかしどうしたことかコージには、今日に限ってみぎての緊張がはっきりと判った。まるで自分自身が緊張していると思えるほどの緊張感だった。

(みぎて…)

 今になってコージは、今回に限ってはみぎてが自信を持てずにいるということに気がついた。別に仏像のエネルギーが怖いのではない。今まできっとこの冒険魔神はもっときわどい勝負を切りぬけてきたのだろうし、自分だけなら絶対に生き残るだけの強大な力は持っている。少なくともみぎては本物の大魔神なのだから。
 しかし彼が何が自信が持てないのかというと、「このエネルギーを制御する」という一点だった。彼は若い…魔法が下手で、有り余る精霊力をもてあました若き炎の魔神なのである。その彼があの力を増してゆくエネルギーの塊を制御してどうにかできるのかというと、これはどうにも自信が持てないのはあたりまえである。万一、万々が一、制御に失敗したとしたら、周囲に居るコージやポリーニ、それに氷沙ちゃんまでまとめて吹き飛ばしてしまうことになりかねない。たとえみぎてが平気でも、その時は誰も残らない…
 それが、その恐れがこの魔神にとって、何よりも、それこそ暗い淵の奥底を除きこむような恐怖だったのである。

 今さらながらコージは、自分の不用意な一言を後悔した。「みぎては大魔神級だ」と言えば、この陽気で意地っ張りの魔神は絶対に引かないことを知っていて、その一言を無造作に言ってしまったのである。たとえ今の彼にはそれ以外、大惨事を防ぐ方法は思いつかないとしても…
 だったらそれと同じことを、コージはコージ自身にも科さなければならない。そうでなければコージは自分で自分のことを決して許すことが出来そうに無かった。そしてそれだけがコージにとって、「みぎて」という魔神を恐れず大切な相棒と思っていることの証明…少なくとも今の彼にはそうとしか思えなかったからだった。
 だからコージは心の中で、しかし力強く、みぎてに聞かせるかのようにはっきりと言ったのである。

(俺が手伝うからさ。みぎて、いっしょにやるぞ)

 その時不思議なことに、みぎてはそれをはっきりと理解したのである。言葉ではなく、思いの中で…そして魔神はコージの方を見てにっこりと微笑んだ。

「じゃあ行くぜ!コージ!」

 ポリーニやシュリが驚くのを後目に、みぎてはコージを抱えて宙へと飛びあがった。そして二人は一気に光の中心へ…無数の人の興奮と熱気が文字通り坩堝となった力の場の真中へと飛びこんでいったのである。

*     *     *

 光の中心に近づくにつれ、コージは熱気を肌で感じた。逃げ出したくなるくらい熱い、焼けつくような熱である。ただの炎や光から来る熱とは違う、それこそ人々が激しく燃やす興奮の熱である。無数の人々の熱い思いが、魔法のエネルギーと化してそこに集まっていた。ポリーニ特製の戦隊ものスーツが無かったら、そして炎の大魔神の翼が彼を守っていなかったら、コージ自身が焼き尽くされてしまいそうなエネルギーだった。
 中心には「御神体XR」…どこかの骨董屋で買って来たような金銅製の小さな仏像がある。普段だったらそれこそ古い蔵の中に転がっていそうな、半分さびたような仏像だったが、今は無数の人々の祭りのエネルギーを結集して、まこと神々しく光り輝いていた。

「よっし、コージいくぜっ!」
「OK、みぎて、気をつけて」

 気をつけて、といわれても気をつけようが無いのだが、とにかくみぎては不安感を隠すかのようにコージの腕を握りしめると、反対の腕で仏像をつかむ。途端、猛烈なエネルギーがこの大魔神に襲いかかった。今まで出口の無かったエネルギーがみぎてという出口を見つけて、奔流のように吹きだしてきたのである。みぎてはわずかに苦痛の声をあげた。みぎての腕を握るコージにも、その莫大なエネルギーが伝わってくる。みぎてという大魔神級のダムがあるからなんとかなっているのだが、もし直撃を受ければコージ程度の魔力では、魂ごと消し飛んでしまいそうなエネルギーだった。

「みぎてっ!」
「ちょ、ちょっと…こいつぁ俺さまにも…きついぜっ。どこかに…吐き出さねぇと…」

 みぎての翼は今や深紅から金色を超えて、純白に近い色で輝いている。まばゆいその光はあたかも真昼の太陽のようにあたりを照らしはじめていた。そして驚いたことにみぎてはの手足や体そのものまで、次第次第に炎と変わり始めていたのである。あまりに強いエネルギーに、みぎて自身が魔神としての姿を保てなくなってきているのだ。みぎての体は次第に炎に包まれ、それ自身が大きな鳥の姿へと変わり始めていた。尾が長く、輝く翼を持つ「火の鳥」の姿へ…

 コージには、これが大魔神フレイムベラリオスの真の姿、原身であることが判った。今まで一度も見たことは無かったが、間違い無くこれこそフェニックス、不死鳥の姿だったからである。翼は十メートルはあるだろうか…煌々と輝く深紅の瞳、吐く息はまさしく灼熱の炎の、それは大怪獣といってもおかしくない姿である。
 しかしどうしたことかコージは、はじめてみるみぎてのこの姿がまったく怖くなかった。怖いわけは無い…見かけがどうであれ、目の前のみぎてはいつものみぎてだったからである。ドジで、お人よしで、そしてコージの無二の相棒…その証拠があの美しいルビー色の瞳だった。その瞳を見つめれば、コージは目の前の火の鳥がいつもと同じ「みぎて」であることを、熱い思いとともに確信できたからである。そして今、コージはみぎての痛みも寂しさも、そしてやさしさも自分自身のものとして感じ取ることができたのである。
 その時、まるで雷鳴のようにコージの中に何かがひらめいた。

「みぎてっ!」

 コージは叫んだ。たった今すべての解決策が見えたのだ。それはコージだけにしか出来ない、コージとみぎてだけの解決策だった。この巨大な炎の魔神を誰よりも大切に思っているコージだからこそ、みぎてが食い止めている巨大な力を、みぎてを通じて使うことが出来るはず…それに賭けることが今の彼らにとって唯一の方法なのである。危険が無いわけではない。コージがどれだけの力に耐えられるか、みぎてが呼吸よくそれを制御できるのか…それはどれだけ二人の息が合っているかにかかっている。しかしコージは今やなにも怖くなかった。
 コージは空いている手で足元に転がる金属の筒を拾い上げた。それは「花火弾」…巨大人形についていたいくつもの打ち上げ花火のひとつだった。コージは手早く探知呪文で中を確かめる…簡単な装置だった。これなら彼にも使える。

「みぎてっ!俺に力をまわせっ!」
「無茶だって!」
「おまえだけこんな無茶させてどうするんだ!俺もやるっ!」

 コージの真剣な目を見てみぎてはうなずいた。そして少しづつダムの堰を空け始める。巨大なエネルギーはこの大魔神というダムからあふれ出し、ただ一人彼を恐れない相棒、コージのほうへと流れ込んでゆく。コージはエネルギーを意識すべてでうけとめた。不思議なくらいそれはコージにとってたやすく、スムーズなことだった。そして彼はその力を、全能力をこめて一気に花火へと流し込み、大空に向けて放った。

 その時、バビロンの夕方の空に、大きな、とても大きくて美しい打ち上げ花火が、あたかも金色の驟雨のようにあがったのである。

*     *     *

 日がすっかりくれて、バビロン・カーニバルはいよいよクライマックス、街中が飲めや歌えの大宴会となった。パレードの大トラブルすら、単なるイベントであったかのように、人々は楽しげに酒を汲み交わし、歌や踊りを楽しんだ。
 空にはさっきまで、人々がはじめてみる大きな打ち上げ花火が何発もあがっていた。それがみぎてとコージが命がけであげたということなど、誰も気がついてはいなかったが、その見事な大きさと美しさは誰もが感嘆の声をあげて空を見上げていたのだった。

「お、俺さまもう限界…腹減った」
「お、俺も…こんなに疲れたのは、高校のマラソン…」
「それこの間も言ってたぜ、コージ」
「そ、それくらい疲れたってこと…まじ…」

 パレードが終わった大通りのすみのベンチで、コージとみぎて、そしてポリーニ達は完全にへたりこんで座っていた。結局今回はあのマトリョーシカ人形暴走に巻き添えを食らった形で、コージ達もパレード途中リタイアという形にならざるを得なかったのである。あれだけたまったエネルギーを使いきるには、一時間以上花火を連続で打ち上げなければならなかった。これではパレードどころではない。
 もっとも人々は夕闇の空を染める、予期せぬ美しい大花火に歓声をあげ、本当に喜んでいた。マトリョーシカ人形暴走も、これの準備段階だったと勝手に解釈してくれたのだから運がいい。そうでなければ警察や消防が駆けつけて大騒ぎになっていたはずだった。

「ふふふっ、いいじゃないですか。皆さん無事でしたし、あんな素敵な花火、見せてもらえましたし。さすがはみぎてさまとコージさまですわ」

 氷沙は笑いながら彼らにそう言った。実際コージとみぎてがどうやってあの仏像を止めたのか、本当の意味で理解しているのは同じ精霊族の氷沙だけだろう。そして二人の迷いや思いも、おそらく彼女はうすうすながらも知っている。コージはちょっとウインクをして氷沙に感謝した。

「へへへっ、でもほんとはちょっとやばかった。コージが居なかったら俺さまもお手上げだったかもしれねぇや」
「まー、みぎてくんじゃねぇ…あたしぜったいやばいとおもったもの」
「みぎてのちょんぼぶりは俺が毎日よく目撃してるしさ」
「ちぇ~。でも今回はちょっとな」

 みぎてはしかしうれしそうにうなずき、コージの頭をがしがしとなでる。コージはちょっと恥ずかしくて笑いながらもみぎてに舌戦で反撃した。その様子はこれまで以上に仲がよい兄弟のようで、氷沙やディレルは大笑いだった。
 今回の結末に不満たらたらなのはポリーニである。

「もう、またシュリにいっぱいやられたじゃないの。あたしの特撮スーツが無かったら全員大やけどで大変だったのに、結局目立ったのはシュリの花火のほうじゃない!」

 たしかに結果で見れば、シュリ特製の花火弾が締めくくりとなってしまったのだから、ポリーニにしてみれば気分が悪い。当のシュリはみぎてのおかげでやけどひとつおわなかったのに、突然の大花火を取材に来た新聞社にインタビューされ、またもや評判をさらってしまったのだから、これはポリーニが怒るのも無理は無い。
 しかしディレルと氷沙は苦笑しながら言った。

「しかたないですよ。それよりみんな怪我しなくてよかったです。もうこりごりですよ…」
「ふふふっ、ほんとに人騒がせなお祭りですね。でもよかったわ、少しはお役に立てて。」
「えーっ、ちょ~おもしろかったよ~。あにきもちょっと見なおしたと思ったのに、やっぱり臆病かな~」
「セレーニア~…少しは懲りろよ~」

 ディレルにしてみれば妹まで巻き込んでの大騒動となってしまったのだから、今回はいつもにまして疲れたらしかった。しかし当の妹のほうはあれだけ危ない目にあったのに、けろっとしたものである。
 しかし何はともあれ、無事に(トラブルだらけだったが)終わったのだから、なにもいうことは無い。立役者のみぎては空腹に耐えかねて声をあげた。

「な、それはそれとしてさ…飯くおうぜ。せっかくだし打ち上げ宴会。俺さま腹減った、飲みたい!」
「そうですね、バビロン・カーニバルはまだまだですから、飲んで騒ぎましょう!」
「そだな。今夜はすごく酒が回りそうだけど…」

 コージはようやくベンチから立ちあがり、かたわらのみぎてに誘うように手を出した。みぎては輝くような笑顔を見せてコージの手をとる。その笑顔はやはりいつもの笑顔だった。しかしコージにとって、その笑顔の意味は今までと少しだけ違っていた。別に今までと何も違わない、しかし二人はわずかだけど明日に進んだような、そんな気がしていたからだった。

(おわり)


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