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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー⑤「お嬢様。お帰りなさいまし」

5 「お嬢様。お帰りなさいまし」

 ということで、三人はポリーニの案内で、いよいよ目的地…「自宅」を訪問することになった。といっても彼女の自宅がある「西病棟」というのはお隣のビルなので、外をぐるりと回ると意外と距離がある。昼間ならばそれも悪くないのだが(この病院の周囲は庭園である)、こんな時刻になってしまうとあまり面白くない。ということで今回は中央病棟を大突破して西病棟へと向かうことになった。

「みぎてくんって病気しらずってことだし、病院見るのも初めてじゃないの?社会見学みたいなものね」
「そうなんだよな。あれ?これ何のにおいなんだ?薬みたいだけど…」
「なにかにおい?あたしわかんないわ?」

 みぎては不思議そうに周囲のにおいをかぐ。確かにわずかに病院特有の殺菌剤のにおいがしているのだが、コージやポリーニには今ひとつぴんと来ない。というよりも「病院はこんなものだ」というイメージのせいで気がつかないのかもしれない。が、さすがにトリトン族であるディレルは気がついたらしい。

「あ、これですか?クレゾール石鹸じゃないですか?殺菌剤なんですよ。病院はこういうの使いますからね」
「あら、あたしぜんぜん気がつかなかったわ。普通こんなもんだと思ってたし」
「そうか、みぎては病院のにおいも初めてなんだよな。でも昔の病院ってもっとすごくにおった気がするよな」
「そりゃそうよ。患者さんが嫌がるじゃない。換気に気を使ってるのよ」

 病院特有のにおいというやつは、やはり苦手な人は苦手らしく苦情とかもあるのだろう。最近の空調は優秀で、こういうクレゾールのにおいだってここまですっきり取れるのである。
 社会見学ついでということで、ポリーニはちょっと遠回りして一同に病院の中を案内する。といっても病院は休みでもなんでもないし、患者さんの治療を見学するというのも失礼な話なので、ざっと流すだけである。それでも大柄で見るからに健康満点なみぎては注目の的である。というか彼ほど病院に似合わないキャラも珍しい。

「そういえば白衣って、いろんな形あるんだな。ポリーニが学校で着ているのと、お医者さんの白衣とぜんぜん違うだろ?」
「あ、あれ面白いわよ。白衣のカタログ。看護婦の白衣だって結構いろいろあるし。おしゃれなのもあるのよね」
「クリーンルーム用の白衣はちょっといやですけどねぇ。暑そうじゃないですか」

 すれ違うお医者さんや技師の白衣は、コージたちが大学で着る普通の(コート風の)白衣とは違って、肩のところにボタンがあるタイプである。純白ではなくうっすらと淡いブルーでおしゃれである。どうやら白衣にはかなり種類があるらしく、ちゃんと立派な(かなり分厚い冊子になっている)カタログもあるらしい。もっともあくまでファッションではなく実用品なので、着心地が良いものばかりとは限らない。ほこり厳禁のクリーンルーム用白衣にいたっては、すそがすべて縛ってあるし、宇宙服みたいな感じである。息をするのもきつそうな気がする。もちろんそういうものもカタログには載っている。
 しかし時刻が時刻なもので、ちょうど入院患者の晩御飯を配る光景にいたるところでぶち当たる。空腹の一同には結構目の毒である。

「あ、なんかあれうまそうだなコージ。サトイモかな。」
「相当腹へってるなみぎて。でもいいにおいだよな」
「ですよねぇ。病院食って昔はおいしくないっていうイメージがあったんですけど、どうなんですか?」
「いまどきそんなまずい病院食なんて無いわよ。外科なんて定食屋よりおいしいわ。内科のやつはちょっといまいちだけど…」
「あ、ちがうんだ料理…なんとなくわかる」

 昔から病院食はどうしようもなくまずいと相場が決まっていたものだが、最近はどうも違うらしい。たしかにトレーに盛られた料理を見ていると、量はちょっと物足りなさそう(特にみぎてには)だが、魚とかサトイモと鶏肉の煮物とか、おひたしとか、見るからにおいしそうなメニューである。少なくとも下宿暮らしのコージたちよりも栄養豊かな料理なのは間違いない。
 考えてみれば外科の場合、おなかのほうはまったく異常が無いのだから、何を食ってもいいのである。まずい病院食ではみんな外食してしまうし病院自体の人気にも影響がある。最近は病院だって客商売なのである。もっとも内科のほうは食事も治療の一環なので、たいていは薄味でもうひとつおいしくないというのは、今でも変わらないらしい。

 さて、一同は中央病棟を抜け、西病棟との間にある中庭を横切る渡り廊下に差し掛かる。ここは屋根がある廊下なので、雨の日でも美しい中庭が見れるようになっている…が、さすがに今は夜なので植栽のシルエットしかわからない。それでも街灯に照らされて、遅咲きのバラがちらほらと咲いているのがわかるほどである。満開のシーズンならばどれほど見事な光景になるか、あまり植物に興味の無いコージでも想像だけでため息が出るほどである。

「ポリーニ、これ手入れ大変じゃないですか?バラ園…」
「わからないわ。月に一度くらい業者が手入れしてるのよ。病院の土地だから草ぼうぼうってわけにはいかないでしょ?」
「だろうなぁ。公園みたいなものだし…」

 感嘆とも同情ともつかない妙な声でディレルはポリーニに聞いた。どうやらディレルは自宅が風呂屋ということもあって、お店の維持の厄介さがわかるのであろう。病院だって風呂屋だってお客が来る「お店」という点では同じである。お客さんが見る部分は庭だろうが屋根だろうが、手入れをしないわけにはいかないのである。
 それに公立の公園だって、草刈やら樹木伐採やらで定期的に業者か公園事務所の人がいろいろ作業をする。ましてや観光ガイドの雑誌に載っているほどのバラ園である。手がぬけるわけはない。

 そうこうしているうちに一同はいよいよ西病棟に到着する。西病棟は主に内科が中心で、どうやら中央病棟より古い建物のようである。つまりもともとはこの西病棟一つだけがレジオネラ病院だったのだろう。内装はきれいにリフォームされているのだが、つくりとしてはやはり「昔の病院」という感じがある。天井の高さとかが中央病棟よりやや低いのである。もっとも中央病棟の「リゾートホテル風建物」というのもちょっと行き過ぎという気がするので、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

 西病棟の中を少し歩くと、すぐに彼らの目の前に何の変哲もない扉が現れる。一見したところ倉庫への入り口かなにかという感じで、「PRIVATE」という文字が書かれている。誰が見てもこれは職員の更衣室とかカルテの保管庫である。要するに患者やお客様は入らないでという意味で、病院だけにかかわらず、ファミレスとかお店にも良くある。
 が、よく見るとちょうど人の頭くらいのところに、郵便受けのような蓋付きの切れ込みがある。これは普通の業務用スペースにはない奇妙なものである。
 ポリーニは扉の前につくと、こんこんと軽くノックをする。と、郵便受けの切れ込みがパカッと開き、中から人がこちらをのぞく。まるで違法カジノかなにかの入り口である。

「ポリーニ?これ…」
「あ、うちの玄関よ。今あけるわ」
「…どうみてもこれって映画に出てくる密売所みたいですよ…」

 彼女がにっこり微笑むと同時に扉はすばやく内側から開いた。中にはスーツと蝶ネクタイ、丸いめがねとカイゼルひげといった風貌の老人が立っている。絶対に病院ではありえないような服装とファッションである。というよりあきらかにこれは執事のおっさんとしか思えない。
 案の定、そのおっさんはにっこり笑ってこういった。

「お嬢様。お帰りなさいまし」
「ただいま。講座の友達がお見舞いに来てくれたのよ。部屋にお通しするわ」
「おお、そうでしたか!それはよろしゅうございました」

 恭しく彼女を迎える「執事」のおっさんと、いつものことといった感じのポリーニの様子に、ディレルとみぎてはあんぐりと口をあけてその場に凍り付いた。

「げげっ、マジかよっ!」
「…やっぱりポリーニ『お嬢様』なんだ…」

 大病院の理事長先生の娘ということがわかった時点から、「ひょっとして」という気がしていたものの、こうして「お嬢様」と呼ばれている光景を目の当たりにすると、人間(魔神を含む)ショックなものなのである。唯一ショックを受けていないのは事情を知っているコージだけだった。

「だから言ったじゃん。すごいって…」
「たしかに…これすごいですよ…」
「俺さま、今夜絶対夢でこの光景見るとおもう…」

 下町暮らしの魔神とトリトンはもうこの時点で居心地が悪くて仕方がなくなってしまったようである。といってもいまさら引き返すことなどできようはずもない。こうなったら「セレブ」なポリーニの暮らしをちょっと覗き込んで、後々の話の種にするしかない。
 というわけで、三人は(またしても)恐る恐る、「豪邸」ポリーニの家へと突入したのである。

絵 武器鍛冶帽子

*       *       *

 短い廊下を抜けると、そこはリビングルームだった。向こうにある窓からはバビロンの夜景が木々の陰からちらちら見える。(ウェストメサ地区は高台なので、夜景が見れるのである。)しかしこのリビングルームが半端ではない。十六畳かもっとありそうな広さで、壁も柱も高級な木材で作られている。床はふかふかのじゅうたんで、このまま布団にできそうな気がしてくる。
 コージたちはリビングルームのいすに腰をかけ、とてもお行儀よく周囲を見回しているしかない。なんだかどれも高級そうで、下手に転んで傷でもつけたら大変なことになりそうな気がしてしまう。高級車の隣に駐車するのは勇気がいるというのと同じ理論である。

「お紅茶でございますお嬢様。ダージリン・セカンドフラッシュをお入れいたしました」
「あ、ありがと。置いといて」

 執事のおっさんは馴れた手つきで手早く紅茶を全員に配る。極上の紅茶の甘い香りがすばらしい。どうやらカップも高級洋食器らしく、なんだか触るのが怖い気がしてしまう。が、そんなコージたちの心理を見抜いたらしく、ポリーニはけらけらと笑う。

「大丈夫よ、これそんな高くないって。あたしだって高級食器落っことしたらいやだもの」
「そういうけどさぁ…なんだか見るからに華奢じゃんこれ」」
「ロイヤル・バギニコラですよねこれ。一脚で一万円くらいじゃないかなぁ…」

 どうやらディレルは洋食器については多少知っているらしく、さらっとブランド名を当ててしまう。一脚一万円というと、たしかに最高級のものではない(最高級は一セット百万円とかがあたりまえである)が、コージたちの使う百円ショップ食器などと比較すると充分すぎる高級食器である。「そんなに高くない」と言われても気休め程度にしかなってない気がする。とはいえせっかく入れてもらった紅茶をぬるくしてしまうのも何なので、恐る恐る飲むしかない。

 さて、勇気を出して紅茶を飲んだ一同は、多少緊張もほぐれてまともな雑談に入る。といっても話題は当然まず室内調度品とか間取りとか、一番ありがちな話からスタートである。

「でもほんとに広いよなぁ。宮殿みたいだぜ」
「っていうかみぎてが小さく見えるくらいだからなぁ」
「そんなんじゃないわよ~。大げさすぎよ。」
「っていうか、みぎてくん宮殿って行ったことあるの?」
「博物館になってるところなら俺さま見たことあるぜ」

 「宮殿みたい」という表現はちょっと大げさすぎるとしても、たしかに立派な邸宅である。コージたちの家(1K)なら、このリビングルームにすっぽりと収まってまだお釣りが来てしまう。当然相対的にみぎてが小さく見えるというのも事実である…が、これは逆にコージの家が狭すぎるというほうが正しいかもしれない。
 ざっと見たかぎりでは、どうやら間取りは5か6LDKといった感じである。高級マンションとかにある豪華な間取りである。しかし6LDKとしても、一つ一つの部屋の大きさがこれだとすると、ただの高級マンションのレベルではなく、超高級マンションということになる。まあ自分の病院の一角を自宅にしているのだから、これくらいのスペースは取れるということなのだろうが、それにしてもリッチな間取りである。
 リビングの中央には、これはたぶんアンティーク品であろうが、重厚な感じのテーブルと椅子が置かれている。壁には大きな壁掛けテレビ、それから良くわからないが人物の肖像画がおかれている。

「ポリーニ、この人物画は?」
「あ、これ?あたしのひいおじいさん。この病院を創設したんだって」
「初代社長ってやつですね…あ、理事長か」

 予想通りだが、こういうところに掲げられている肖像画は、ポリーニのご先祖様である。まあ見た感じあんまりポリーニとは似てるとはいいがたいのだが、こういう肖像画は思い切り美化していたりするものである。それに「ひいおじいさん」ということは、彼女には八分の一しか血が流れていないご先祖様になるので、あまり似ていないのも当然かもしれない。
 さて、部屋の広さで話が盛り上がると、当然のことながら「ポリーニの私室」にも話題は波及する。女性の私室を話題にするのは、普段だと大いにはばかられるのだが、今日はせっかくの家庭訪問である。ということで、ディレルは何気なく部屋の広さを聞いてみた。

「ポリーニの部屋ってどれくらいの広さなんですか?」

 ところが、ポリーニはあっさりとこう答えたのである。

「あ、見る?いいわよ別に」
「え、ええっ!」
「ポリーニいいのか?」

 ポリーニは平然というが、逆にこれにはコージたちがあわててしまう。女性の部屋を覗き見するというのは、男性陣としては結構勇気がいるのである。というより女性の部屋は女子高の中と同じで神秘の領域に等しい。大量のぬいぐるみがあるとか、アイドル歌手のポスターが張ってあるとかいろいろ妄想は働くが、実際のところは誰も知らないのである。妹がいるディレルだって妹の部屋以外の女性の部屋は見たことがない。
 ところがポリーニはそんなことまったく心配していないようである。

「何いってるのよ。あんたたちしょっちゅうあたしの『ラブラブ研究室』来てるじゃないの。あれってあたしの私室みたいなもんだから、おんなじよ」
「…って、それは…」
「もしかして…それですか…」

 どうやらポリーニの私室というのは、学校の彼女の(私物化)研究室と似たような状況らしい。当然ながら彼女の発明品とか試作品がぞろぞろと転がっていると考えるべきである。つまり彼女の部屋を見学するということは、彼女の発明品を拝見するということと等しい。これはまさしく…見事な墓穴である。コージは冷静にディレルに突っ込んだ。

「今日はディレルが墓穴だな…」
「…やっちゃいました…」
「よかったぁ。俺さまじゃなくて…」
「何言ってるのよ。発明品はみんなで試すのよ。あたしの部屋を見せてあげるんだから」

 ということで、結局コージたちは全員で彼女の自宅研究室(ようするに私室)を拝見して(八畳ほどの素敵な部屋だが、机の上にはいろいろな発明品のつくりかけやメモがころがっていた)、試作品の全自動肩もみジャケット(ジャケットの内部に肩もみマシンが入っている。ちなみに重さは二十キロ)の実験をするはめになったのは言うまでもない。

*       *       *

 全自動肩もみジャケット「ラブリーもみりん☆」で思いっきり肩がこってしまったコージたちだが、そろそろ時刻は七時半である。本音を言うともうおなかが減って帰りたい気分なのだが、なかなかきっかけがつかめない。

「みぎてくん、大丈夫?」
「…腹減った…」

 こっそりとディレルが声をかけると、魔神は情けない声で答える。もちろんポリーニには聞こえないように小さな声である。が、さすがに顔は情けない。もう半分目が回っているような表情である。最初からかなり腹が減っているのだからこれは当たり前だろう。さっきの紅茶一杯程度で空腹がおさまるというのは、いくらなんでも(魔神でなくても)無理である。といっても今夜のような(病み上がりとは思えないほど)ノリノリのポリーニに、もう帰りたいと切り出すのはなかなか勇気がいる。
 が、さすがにポリーニも、みぎてがおなかをすかして目が回りそうな状態であることはわかっているようだった。というよりそもそも彼らの遠慮を押し切って自宅につれてきた最大の口実は、「みぎてくんがおなか減らしてる」だったのだから、これで食い物無しは悪逆非道といわれてもしかたがない。

「もう~、みぎてくんなさけないんだから。もうちょっとしたらパパとママが帰ってくるから、晩御飯たっぷり食べさせてあげるわよ」
「えっ?ご両親と、ですか?」
「たすかったぁ…」
「…みぎて、ぜんぜん助かってない。むしろピンチ」

 みぎての頭の中では「もうちょっとしたら→晩御飯食べれる」という短縮ダイヤルになっているが、コージとディレルはびっくり仰天である。彼らは単にポリーニのお見舞いに来ただけで、ご両親に挨拶するとかそんなつもりはまったくない。まあ居合わせたら挨拶くらいはするつもりだったのだが、御会食となるとさすがに気が引けてしまう。

「えっ、でも悪いんじゃ…ご両親びっくりしちゃうでしょ?」
「大丈夫よ。パパもママもみんなに会いたがってるし。それにこんな時刻になってご飯くらい食べていってもらわないと、あたしの恥だわ」
「…っていうかポリーニ、両親にみぎてのことしゃべりまくってるだろ?」

 先ほど確認したとおり、看護婦さんたちの間では既にみぎてのことがあれだけ知れ渡っていたのである。ポリーニが両親に彼らの話をしていないわけはない。しかし一番の主役であるみぎては、もはや空腹のあまり事態を認識できないようである。

「俺さま飯食えるならなんでもいい…」
「事態を把握する元気もなさそうですね…」
「もはやなるようにしかならないって気がしてきた…」

 コージはあきらめたようにうなづいた。たしかにこうなってしまうと、この場はお行儀よくにこやかにみんなで御会食以外には、事態を収拾する方法はなさそうである。それに考えてみれば、コージたちも晩御飯代を浮かせることができるし、そんなに悪い話ではない。空腹のあまりみぎてがはしたない食べ方をしないように気をつければ何とかなるような気もしてくる。ポリーニ本人は変な発明品を振り回す謎の女の子だからといって、そのご両親が変わっているとは限らない…というか大病院の理事長先生なのだから、変な人物ではないと信じたいものである。
 そのときだった。

「お嬢様。旦那様がお帰りになりました」
「あ、パパ帰ってきたわ。」

 執事のおっさんの声に呼ばれて、ポリーニはあわてて玄関口へと飛んでいった。彼女の後姿を見送りながら、コージもディレルも心の中で「ポリーニのお父さんが普通のおっさんでありますように」と祈る。しかし…
 その願いもむなしく、やっぱりポリーニのパパという人は、かなり規格外の一風変わったおっさんだったのである。

(⑥へつづく)

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